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11-4


***


 暗い、暗い、真っ暗な闇だ。


 ティフィアは辺りを見回し、それから自身の掌へ視線を移す。

 しかし何も見えない。


 確かに自分という存在がいるのを感じるのに、視覚も触覚も聴覚も、何も感じとることが出来ない。


「―――」


 声が、出ない。――いや、音が聞こえない、というべきか。


 五感の全てが失われたような。

 全ての感覚が曖昧に溶けて、歪で狂いそうになるのに。なのに不思議と居心地も良くて、まるで夢うつつにいるような。

 闇の中で「ティフィア」という意識だけが揺蕩っている、ような。


 ふわふわとして、微睡みに委ねてしまいそうになるのを堪え「ダメだ」とハッキリ自分の中で拒絶する。

 このままぼんやりと闇に浸っているわけにはいかない。


 ――どうしてだっけ。


「(僕にはやるべきことがあるから)」


 ――何をしようとしてたっけ。


「(助けにきたんだ)」


 ――ここはどこ?


「(ここは―――どこだろう?)」





「ここは我が“業”の中だ、人形よ―――」


 ハッと。微睡みから我に返ったように、急に意識が鮮明になり感覚が研ぎ澄まされる。


「……ノーブルさん」

「まさかこんなところまで追いかけてくるとは、まこと愚かな者よ」


 闇の中、ポツンと浮かび上がる豪奢な玉座。そこに座すノーブル・シャガマは皮肉めいた苦笑いを浮かべた。


「なるほど、人形故にこのような(・・・・・・・・・)芸当が行えた(・・・・・・)わけか。我らと共に心中でもする気か?」

「僕はノーブルさんと話すためにきました」

 彼に近づこうと足を前に出そうとして、その体がぴくりとしか動かないことに眉を顰める。


「今更何を議論するというのか。――我が意志は変わらない、ナイトメアで世界を救うのだ!」

 冷淡な鳶色の瞳。

 確たる意志が宿るその瞳に、もう一つの感情を見いだす。


「――なら、どうしてナイトメアを“業”って言ったんですか?!」


 ノーブルさんは後悔してる。

 でも、あの軍人の女性が言ったようにそれすらも覚悟の上で、この人は戦っている。


「本当は誰も犠牲にしたくなかったんじゃないですか? 人工勇者計画も、だからノーブルさんはミファンダムスを敵視してる」

長年の両帝国の軋轢ではなく、ただ一人の人間として許せなかったのではないだろうか。

「……確かにクローツ(父さま)の計画は最小の犠牲で数多を救おうとしています。僕は、」


 僕も。

 それが嫌だった。


 責任を感じて計画を進める、寂しい決意をするクローツ父さまを見るのも。

 それほどみんなと仲が良かったわけではないけど、人工勇者たちが死すら恐れぬ覚悟を見るのも。

 だから僕はクローツ父さまに言ったのだ。


 ―――僕が勇者になる、と。


 誰も犠牲になって欲しくなくて。旅をして、強くなって、大切な人たちを守れるように。


「この国には魔術兵器の技術がある。ミファンダムは魔術への知識がある。―――手を取り合えないですか? 気持ちが同じなら、目的が同じなら……!」

 お互いの欠点を補い合って高め合うことが出来れば。

「犠牲なくして世界を救うことが出来るかもしれない!」


 人間同士で牽制やいがみ合うのではなく、協力して戦う。

 それは理屈で分かっていても、きっと政治が絡むことだから容易ではないこともなんとなく分かる。

 それが出来れば最初からクローツ父さまもやっていただろうから。


 でも。

 それでも。

 少しずつでいいから、みんながそれぞれ歩み寄れたら。


 隠しごとが多い僕をアルニが信じてくれたように。

 酷いことを言ったはずの僕に、レドマーヌが手を貸してくれたときのように。


 きっと何かが変われるはずだから。


 ――もう僕は言い訳しない。

『人形』であることも。『偽物』であることも。『弱い』ことも。


「ノーブルさん、お願いです。クローツ父さまは僕が必ず説得します! だから……っ」



「ひとつ、訂正しよう。―――――勇者(・・)よ」



 ノーブルは億劫そうに玉座から腰を上げた。

「え、」

「我は貴殿を勘違いしていたようだ。……憐れな人形でも、愚かな傀儡でもない。貴殿はその証を持たずとも、なるほど、確かに『勇者』だ」

「……」

「夢物語を口にするのはさぞ気持ちが良かろう?」

「――っ!?」


「勇む者、勇者。その想いだけは一人前ということだ。だが想い無くして前へは進めぬ、か」

 クッと口端をつり上げてシニカルな笑みを浮かべた。

「勇者ティフィアよ、貴殿はこの世界を知らなすぎる」

「それは、」確かにそうだ。

 そもそも世界の常識すら僕はあまり知らない。だから何度かアルニを怒らせてしまったことがある。


「前勇者リウル・クォーツレイの死―――貴殿はそれが“自殺”であることを知っているか」

 知っている。リウルさんは自ら命を絶ったのだと、お母さんから聞いた(・・・・・・・・・)

 たくさんたくさん傷ついてしまったから。

 心がもう限界だったみたい、とお母さんは何かを堪えるような悲しげな表情で教えてくれた。


「ならばそれがミファンダムス帝国が原因であることも、知っているか」

「―――ぇ」

「前勇者があの国の傀儡であることを諸国は知っていた。そしてミファンダムスは勇者の力を逆手に諸国を脅迫していたことも知っていたか?」

「――――」


 傀儡?

 脅迫?


「前勇者が死んだことも魔王と相打ちになったなどと人々を騙し、健在である魔王を秘密裏に殺そうと計画を謀り。100の巡りで再び魔王が復活するまでの権威を維持しようと躍起になっていることすら――貴殿は知らぬのだろう?」


 ……権威の維持?


「ミファンダムス帝国はもとより他国と手を取り合う気などない。故に女神教が我にコンタクトをとってきた。――魔王軍が再編成され、侵略行為までにもう時間はない。

 我が国も恐怖に我慢を強いてきたが……限界だ。これ以上は持つまい」


 ノーブルが玉座に触れると、それはボロボロと呆気なく崩れていき、後に残ったのは一つの魔術紋陣――否、『勇者の証』だ。


「ま、待ってください!」

 未だ衝撃に心がついてこない。それでも、その証の中にはシスナちゃんの意識が残ってる。

 足は動かない。でも止めないと! だけど説得出来るだけの言葉が思いつかない。


 ダメだ。ダメなんだ!

 ここで止められなかったら―――


「お願いです、待って! ミファンダムスが信用出来ないなら他の国でもいいです! サハディが限界だと言うなら僕たちもここに残って協力します!」


「他国、か。よもや嘘をついていない(・・・・・・・・)国など(・・・)、存在しているかどうかも疑わしい。帝国の現状を知るのは我だけでは無いだろうしな。――それでも、どの国の長も動きは見せなかった。それが答えだ。貴殿が残ったところで意味などなかろう」


「っ」

 僕ごときじゃ、なんの影響力もないってことだ。

 そんなこと分かってる。分かってるつもりだったけど……!


「……貴殿の“友”を犠牲にしてしまうことは謝罪しよう。当然許さなくて良い」

 泣くな! 泣いてる場合じゃない!

「貴殿も巻き込まれたくなければ、ここから逃れるが良い」

 下唇を噛み締める。


 分かってしまう。ノーブルさんを止めることは、今の僕では出来ない。

 でもこのままだとシスナちゃんも、ノーブルさんも、ナイトメアの材料となってしまった人たちも。誰も、救えない。


 残るのは、きっと後悔と虚しさだけだ。


「待って……! お願い、待って――――っ!」


 ノーブルが魔術紋陣に手を翳す。それはこの闇の中を照らすほどに発光し始めた。

 駄々をこねるように叫ぶティフィアを一瞥し、ノーブルの体は光の中へと呑まれていってしまう。


 これ以上は自分も危険だ。だけど諦めきれなかった。

 何も、本当に何も出来ないの……!? ここまで来て、手も足も出ないまま―――



***



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