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11-2


 分厚い甲殻から顕わになった巨大砲撃機。――それがナイトメアの本体。


「あれは攻撃して大丈夫なんですか……?」

 ノーブルがナイトメアと一体化し、ニアとガロがアルニたちの元へやってきた。


「大丈夫――というか、たぶん攻撃しても弾かれるかも。また結界が張られてるん」


 魔術の術式解析をしながら、リュウレイはちらりとアルニを窺う。

 魔力を使い果たし、体力的にも限界の様子なアルニに魔法はもう使えないだろう。魔法が使えれば、結界なんて関係なく攻撃出来ただろうが。


「でも見た感じ、あっちからも攻撃仕掛けてくる感じもなさそうじゃない?」

「うん、あの本体の攻撃手段は見たまんま砲撃のみ。そして今はその砲撃のためにエネルギーを充填してるん」

「……もしかして、それが【魔界域(ラグラ)】に撃ち込もうとしてるやつですか?」

「今度こそ間違いないね。ものすごい量の魔力とエネルギーが収束されてってる」


 あのナイトメアは人間の魔力と周囲に漂う魔力を集積してる。おそらく甲殻が剥がれる前に見えた魔術紋陣が“核”だろう。


 ノーブルは言っていた。多くの部下を犠牲に、と。兵士たちの命をナイトメアに使った、だから兵力が無かったのだ。

 そして何故今になってナイトメアの本体を晒したのか。――それはおそらく太陽にある。


 空気中にも魔力というものは微量ながら漂っていて、ただし朝と夜とでは魔力の因子が違うのだ。

 太陽が出ていると(プラス)因子が活発になり、月が出ていると(マイナス)因子が活発になる。

 2つの因子はけっして混じり合うことはないので、ナイトメアが集積できる魔力因子は+の方だったのだろう。


『封印の間』で魔石からの動力源を絶たれたため、朝になるまで時間を稼いで魔石の代わりに空気中からの魔力を動力の一部として集めているのだ。


「とりあえず本体に近づいて、もっと正確な解析を――」

 言いながらナイトメアへ近づこうとするリュウレイだったが、不意にニアに肩を掴まれて後ろへ下がらせられると、いつの間に近寄っていたのか牙を剥く調教獣を一撃で仕留めた。


「あ、ありがとう、ニアおばさん」

「感謝するのはまだ早いようですよ」


 ニアの視線の先、ナイトメア本体付近の地面に刻まれた魔術紋陣。そこから一体、また一体と次々に調教獣が姿を見せる。

「これはまた二手に別れるしかないねぇ~」

 苦笑いを浮かべるガロに、リュウレイは首を傾げた。


「リウを守りながらナイトメアに向かう組と、そこのお荷物を守る組、かな?」

「――悪かったな、お荷物で」

 自覚してても言われるとむかつくな、とアルニは口元を引き攣らせた。


「まだ動けないん? それともどっか怪我でもしたん?」

 魔力は……確かに尽きてる。でも動こうと思えば本来ならば動ける程度には回復してきてる。

 正直に話すべきか悩んでいると、ハッと何かに気付いたニアがアルニの服を剥かしにかかった。


「ちょっ、お、おい!?」慌てふためくアルニを余所に、晒された脇の傷にニアとリュウレイは顔を顰め、ガロは「うわぁ」とドン引きしながら襲いかかってくる調教獣を斬り捨てた。


「あのときの、ですよね。何故黙っていたのですか」

 久しぶりに見る冷めた薄桃色の瞳に射貫かれ、言葉に詰まる。

「……せ、戦力は多いに越したことはないだろ。多少は動けるし、このくらい――」


「――このくらいではありませんっ!!」


 急な大声に驚いていると、ニアはすぐに背中を向けてしまった。

「先生、この馬鹿者は私がなんとかします」

「――、ふぅん。まぁ、いいよ。ほら行こうかリウくんっ! 君の魔術で囚われのお姫様を救いに行こうじゃないKA☆」

「うざ……」

 心底嫌そうに小脇に抱えられたリュウレイは、ガロと共にナイトメアへ向かっていった。


「………………………貴方は、どうしてそうなんですか」


 背中を向けたまま問いかける彼女の表情は見えない。

 だからニアが何を考えて感じているのか、全く分からない。


「正直、気味が悪いです。勇者が嫌いだと言うのにティフィア様に優しくして、魔族相手にも普通に接したり、貴方を嫌っている私を庇ってそんな重症を負って」

 理解出来ないから気持ち悪い――と。


「……別に、理解出来なくてもいいだろ」

 どうせ目的地までの仲間なんだから。


 そう言った直後、ニアが思いっきり振り返った。

「あ、なたは――――っ!」


 ニアは。


「だからどうして“そう”なんですか!? 仲間だと言いながら! 私たちのことに関わっておきながら!」


 ニアは、怒っていた。

 だけどいつものような冷たいものではなく。


「『仲間』なのでしょう!? それなら――少しは心配くらいさせなさいっ!」


 しん、ぱい? そんなもの、いらないだろ。

 出来ることがあるなら、少しでも動けるなら、一緒に戦うべきだ。そりゃあ今みたいに動けないくらい手負いであれば荷物にしかならないけど。

 それに心配されるのは嫌いだ。嫌い、というか苦手だ。仲間の心を煩わせてしまうなら、心配そうな顔を見るくらいなら――。


「アルニ、貴方は雑魚です!」


「ざ、」ザコ……。


「今までなんとかなったのは偶然です! もしくは周りのサポートのおかげです! 貴方は弱い。私の足元にも及ばないくらい」

 ……いや、弱いことは分かってる。だから傭兵団で得た知識と経験をフル活用してなんとかしてきたんじゃないか。


「弱いんですから……弱音くらい吐いたって、誰も何も言いませんよ」

「―――、」

「………っ、ま、まぁ、弱音吐かれても戦ってもらうことはあると思いますけどね! 貴方の魔法や策は頼りに――り、利用出来ますからっ!」


 自分で言っておいて恥ずかしくなったのかプイと顔を逸らすが、後ろからでもその両耳と首筋が赤いのが見える。

 目をぱちくりさせて驚いていたアルニは、何故かむず痒い気持ちと笑いが込み上げてきて「ぶはっ」と堪えきれずに肩を震わせて笑い始めた。


「ぶっ、くくく……! ちょ、痛い! 傷がまじで痛ぇ! 笑わせんなよ……っ」

「~~~~! わ、笑うな! 本当に嫌いだ! 貴様なんか大っ嫌いだ!」

「ふっ……子供かよ……くくっ」

 一回りも年上なくせに。


 ――なんとなく傭兵団の仲間たちが思い浮かび、そうか、と納得する。

 騎士ということもあってあいつらよりは頭固いけど、だけど義理堅いところも仲間思いなところも、傭兵団のみんなに似てるんだ。


「い、いいですかっ、勘違いしないでくださいね!? その傷は私の責任でもあるわけで、だから今回は守ってやってもいいかなって思っただけで――――て、聞いてます!?」

 いちいち大きな声出さなくても聞こえてるから。

 そう返そうとした口からは、しかし声が出ないまま息だけが吐き出された。


「アルニ?」不審そうな声に大丈夫だと答えたいのに、やはり声は出ない。


 ……あー、まずいな。

 思ったよりも状態が良くないのかもしれない。


 体が重い。ぴくりとも動かない。瞼も、口も、重すぎて自然と閉ざしてしまう。

 アルニ、と呼ぶ声が聞こえる。

 ? なんかニアの声に混じってティーの声が聞こえた気がしたけど、あいつがここにいるわけがないか……。


 ―――眠い。

 すごく眠い。

 少しだけ――少しの間だけ。

 寝かせ、


 ***


「アルニ?」後ろから笑う声が消え、呼びかけにも応えない。

 まさか、なんて考えたくもない事実を頭の中で否定し、少しでも早くアルニの様態を確認したいのに、邪魔するように調教獣が襲いかかってくる。


 ――こんなやつらに構っている場合ではないのに……っ!


 ギリッと奥歯を噛み締めて剣を振るニアは、しかし焦燥感に隙が生じてしまったのだろう。

「っ――!」1匹の調教獣の首を刎ねたところで、その影に隠れていたもう1匹が牙を剥く!


 首を狙って飛び掛かるその魔物の口に左腕を咄嗟に噛ませた。鎧のおかげでその牙が届くことはない。すぐに剣を突き刺して斬り捨てるが、一瞬であろうと生じてしまった隙を見逃してはくれなかった。

「しまっ、」ニアの脇を通り抜けた1匹の獣が、地面に転がるアルニへと襲いかかる!



【我願い叶う者。“慈愛の乙女(フィアナ)”様、どうか力をお貸し下さい。―――絶対なる矢の標(ヴィーナス・ロード)ッ!】



 今にもアルニの首へ牙を差し込もうとしていた調教獣の顔面に数本の矢が刺し貫き、その衝撃で後ろにひっくり返って死んだ。

 そして「うりゃぁぁあああああ!」と気の抜ける雄叫びが聞こえたと思ったら、後ろから強烈な衝撃波が他の調教獣を吹き飛ばす。


「――ティフィア様!? と、なんで貴様まで!」

 貴様じゃなくてレドマーヌッス! とどうでもいい返しをする魔族の少女の隣から飛び出したティフィアは、剣を納めながら慌てたようにアルニの元へと駆け寄った。「アルニ!」

「ティフィア、退()くッス。術がかけられないッス」

 遠慮なくティフィアを押しのけて祈術を発動させる。


【我願い叶う者――“慈愛の乙女(フィアナ)”様、どうか力をお貸し下さい。そしてこの願いを授ける“翼”をもたらしたまえ。――生命の灯火マナ・ルミエティスション


 レドマーヌの翼が橙色に輝き、やがてそれがアルニの体にも伝わっていく。

「レドマーヌ……」

「大丈夫ッス。術が効いてるから、アルニさんも助かるッス」

「良かった……」と安堵の溜め息を吐き、それからティフィアは砲撃機――ナイトメアへ顔を向ける。


「ティフィア様、危険です!……助けていただいたことには感謝しますが」

 回復術のおかげで顔色が少しずつ良くなっていくアルニを確認したニアも内心安堵しつつ、だがそれとこれとは別だとティフィアの視界を塞ぐように立ち憚った。

「ニア……」


「先生とリュウレイが今向かっています。シスナの件は二人に任せましょう」

 あのナイトメアを止めるにしろシスナを助け出すにしろ、魔術師であるリュウレイにしか出来ないことだ。

 確かにティフィアが行ったところで出来ることはないのかもしれない。


「――でも、出来ることがあるかもしれない」


 グッと強い意志が宿る黒曜石色の瞳がニアを射貫く。


「っ、」

「僕はシスナちゃんを助けたい。無駄かもしれない、無意味かもしれない。……迷惑をかけてしまうかもしれない。それでも、」

 やっと和解出来たんだ。

 また名前を呼んでくれたんだ。


「それでも、僕()助けたい―――!」


 身勝手な我が儘だと自分でも思う。最初はみんなに任せておいて、いざというときにしゃしゃり出てきて。迷惑をかけてしまうどころか、もう迷惑をかけている。

 ニアが困ったような表情を浮かべて逡巡していると「お前ら、うるせぇ……」と弱々しい声が聞こえた。


 弾かれたように振り返れば、薄らと目を開けた顰めっ面のアルニの姿に、ティフィアは目を潤ませて「アルニぃ~!」と感極まったように抱きつく。傷に障ったのか小さく悲鳴が聞こえ、すぐに離れたが。


「ご、ごめんなさい……つい」

「アルニ、貴方大丈夫なんですか?」

「ちょっと寝てただけだろ……。つか、なんでレドマーヌがいるんだ?」

「成り行きッス!――でもアルニさん、けっこうヤバい状態だったッスよ? レドマーヌがいて良かったッスね!」

「2度も助けられたな……。ありがとう」

「ふふんっ、このくらい朝飯前ッス」


 素直に感謝されて嬉しかったのか、緩みきった顔でドヤるレドマーヌに苦笑し、それからアルニはティフィアへと視線を移す。

「―――ティー、」

「ん?」


「助けに行くんだろ?」

「……うん」

「なら、頑張れよ」

「――、」

「頑張って、助けに行ってこい」

「――――――うん。行ってくるね」


 そしてまた「もうちょい寝る」と言い残して眠りについたアルニの傍らで、ティフィアは立ち上がってニアを見上げた。

「……またこの男は無責任なことを言って」

「でも、ニアはアルニの言葉を遮らなかったね」

「………」


「ニアがね、僕のこと心配してくれるの嬉しいし、ありがたいなぁって思うよ。だけど僕は『勇者』だから」


 ニアは知ってる。ティフィアがどうして『勇者』になることを選んだのか。

 そのせいか「『勇者』だから」という一言に弱い。


「無茶でも無謀でも良い。―――――助けたい」

 ただそれだけだ。


 ――ニアは大きく溜め息を吐くと、仕方ないですねと苦笑いを浮かべた。


「ですが私も着いていきます」

「ふえっ!?」


「レドマーヌ、貴様の羽は確か結界も使えましたね」

「いいッスよ、レドマーヌは回復術も結界も同時に使える万能な魔族ッス! 任せてくれッス!」

「魔族、という点だけ些か心配ですが、まぁアルニに何かあったとしても大して問題はありません。気兼ねなくティフィア様の護衛が出来るというもの」


「えっと……アルニのことお願いするね、レドマーヌ」

「了解したッス!」敬礼して見送る魔族の少女を背に、ティフィアとニアもまたナイトメアに向かった。


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