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老体とは思えないノーブルの鋭い剣技をなんとか躱し、ニアは一度距離をとる。その距離を詰めてこようと踏み出してこようとするノーブルとの間に、ガロが割り込んできて一閃。素早く重い一撃を剣で防ぐと、ノーブルもまた距離を空けた。
「――分からぬ」
「?」
「何故だ、何故邪魔をする。一人の少女を犠牲にすれば世界を救えるというのに、何故貴様らは我の前に立ち憚る! ナイトメアならば、あの兵器があれば! 魔族を倒せるだけではない――魔王も倒せるのだ!」
「何を言って、」
確かに、魔王が健在であることはニアも知っている。だが魔王を倒せるのは『勇者』だけのはずでは……?
「ふむ、どうやらノーブルは勘違いしてるみたいだね。《勇者の証》があれば魔王を倒せるって」
「どうして……」
「きっと“人工勇者計画”について探ってて、そう思い込んじゃったんじゃない?《勇者の証》こそが特別で、それがあるから魔王を倒せるって。――だとしたら憐れな男だね、ノーブル・シャガマは」
そもそも人工的に生み出した《勇者の証》でそれが出来るなら、最初からそうしてるっつーの! とガロは馬鹿にしたようにケラケラ笑う。
「お、教えてあげた方がいいのでは……?」勘違いしているのならば、教えて正してあげればいい。そうすればノーブルは止めてくれるかもしれない。
「ありゃ? りゃりゃりゃ? ずいぶんと甘いこと言うようになったじゃん、ニア。ティフィアちゃんに感化されちゃった感じ? 良くないなぁ、良くないねぇ。クローツ以外にはツンツンキャラだったの忘れちゃった? 自分の設定はちゃんと維持してもらわないとダメなんだぞ☆」
ウィンクされたのを冷めた目で返してやる。そう、それそれ! とか嬉しそうにするガロに、そういえばこういう人だったと改めて再認識した。
「教えたところで信じないだろうし、ここまで大規模なことしたんだから今更手を引くようなまねはしないでしょ。あと――ここまでミファンダムス帝国のこと調べられているなら、その情報の出所を吐かして始末するしかないよ?」
始末。
その言葉にハッとガロを見返す。
「それは……クローツ様の命ですか?」
「いんや、俺の判断。でもクローツに確認したところで同じこと言うだろうよ」
「……」
「まぁ情報の出所なんて――ヴァルツォン・ウォーヴィス以外ないだろうけどね」
現在ミファンダムス帝国内で潜伏中の手配犯にして、元帝国騎士団長の男だ。
これで情報漏洩の容疑もかけられたことになるが……。
「あの、先生――」
「話はここまでかな。来るよ」
身構えるガロの眼前、ノーブルが一気に距離を詰めて仕掛けてきた!
剣戟を受け流すガロの後ろから飛び出したニアは、頭上からノーブルへ一閃。しかし頭を下げられて躱される。そこにガロが懐へ潜り込んで剣を振るったが、間一髪のところで受け止められた。
「遊んでいるつもりかっ、武神!」
「あはは、買い被りすぎだよ剣豪!」
鍔迫り合う二人。ノーブルの背後をとり、機会を窺っていたニアだが。
ドッ―――――――――――――――――――――――――!!!!!!
バチ”ィッ! バリバリバリバリバリバリッッ!!!!
背後でものすごい衝撃音と光に、ニアは眼前の敵も忘れて咄嗟に振り返った。
闇緑色の光を明滅させて黒い煙を立ち上らせる魔術兵器の姿に、アルニとリュウレイがやったのかと驚愕する。というかやり過ぎなのでは!?
きっと心底ノーブルも悔しがっていることだろうと前へ向き直れば、あり得ないとばかりに呆然としていたのは―――何故かガロの方だった。
そんな隙をノーブルが見逃さなかった。
「先生!」咄嗟に呼びかけるも、ノーブルの一閃が無防備なガロの肉体を切り裂く!
更に続けて刃を振り下ろそうとするところへ割って入り、それを防いだ。
「先生! 先生! 生きてますか!?」
相手の剣術を受け流しながら、後ろにいるガロへ声を掛ける。じんわりと広がる地面の染みに、不安が煽られる。
「―――っ、ぅ……ふふっ、あははっ! いったぃ、なぁ…………ふふふふっ」
な、何故か笑ってる!?
「……先生、一度下がって回復を。それまでは私が――」
「へーきへーき。いたいけどね。……くっふふ! ひっさしぶりに、いたい。いたいなぁ、あははっ」
「せ、先生……?」
「どうしたの? たのしもうよ、もっとさぁ? せっかくころしあってんだよ? もっともっと、」
様子が変だ。口調もいつものような飄々としたものではなく拙い。それに背後から徐々に膨れ上がってくるこの気配はなんだろうか……?
異変に気付いたのかノーブルも距離を離して警戒しているのが分かる。
「もっと、ころして。もっと、ささげて。そうすれば、もっともっと、たのしくなって――――」
おぞましい何かがいるような。吐き気がするような恐怖が込み上げてくるような。
怖い、なんて。そんなこと。
「せ、んせ」おそるおそる振り返ろうとしたニアに、しかし。
「――見るな!」
初めて聞いた師の真剣味を帯びた怒声に、息を呑む。
「…………あ~、うん、油断した。油断したなぁ。あんなもん見せられればさぁ。……うん、痛い。けど動けるし。問題ないし。まだやれるよ」
誰かに語りかけるように、ガロがなにやらぶつぶつ呟き始めた。
「大丈夫だいじょーぶ、楽しくやってるし。ほら、そろそろ引っ込んどいてよ。俺一人でしゃべってるように見えるんだから恥ずかしいじゃん。うん、またね」
そして小さく溜め息を吐いたガロは。
「よぉし! ノーブル覚悟じゃー!」
意気揚々とニアの隣へと立った。
「――いや無理です先生! 無理がありすぎです先生! さっきのこと無かったことにして振る舞うのは無理がありますよ!」
「え、ダメだった?」
「というか怪我………!」
てへぺろ☆といつものふざけた態度を無視して彼の体を見回すが――血に塗れて破れた服の下には、まっさらな肌だけが見えた。
「!?」
「き、貴様、よもや悪魔と契約でもしているのではあるまいな!」
さすがに不気味と感じたノーブルが吐き捨てるように言った言葉に、ガロは少し逡巡して大きく頷いた。
「似たようなものかな?――ねぇ、それよりもさ」
紺色の瞳をギラつかせ、
「早く続きやろうよ。俺、興奮してきちゃった☆」
***
「お兄さん、お疲れ」
リュウレイとハイタッチし「あとは宜しく頼んだ」と地べたに転がる。それを苦笑しつつ、リュウレイはいまだ黒い煙を上らせるナイトメアへ向かっていった。……結界を破るだけのつもりだったんだけど、ちょっとやりすぎた気もしないではない。
まぁ壊れてないならいいだろう、とノーブルと戦っているであろうニアたちへ視線だけを動かす。
なんかガロが舌を出して「てへぺろ☆」をしているのが見えた。どういう状況なんだあれは……?
「とりあえず俺はもう動けねぇし……」
あとはもう、他の3人に任せるしかない。といってもナイトメアはどうにかなりそうだし、このまま何もなければ無事シスナの魂とやらも元に戻せるだろう。
――だけど気がかりはあるな。
ナイトメアが無防備になったというのにノーブルは特にこちらを気にする素振りがない。
ここまで街を巻き込んでおいて、これで終わりなんてことがあるんだろうか。
「……」
そもそもおかしいと言えば『封印の間』もそうだ。魔力供給源であるあの場所を結界だけに任せることがあるんだろうか。
そして――そう、これは結構前から疑問に感じてはいた。
――この国、軍事国家なんだよな……? そのわりに兵士が少ないように思えるし、何よりこんな魔術兵器を作り出せるほどの技術があるなら、他にもすごい武器とか兵器が出てきてもおかしくないと思っていたのだが。
杞憂ならそれに越したことはない。こっちとしてもその方が良いわけだし。
「……………」少し情報を整理してみようか。
ノーブル・シャガマの目的は“大型魔術紋甲殻機”を使って、【魔界域】へ砲撃を撃ち込むこと。
そのナイトメアを完成させるために『勇者の証』が必要だったと思われ、現在はシスナの持っていた証を取り入れているために準備は万端だろう。
そして住民たちの話から、ナイトメアを使用するのは式典セレモニーだ。
「そういえば、なんで……もう起動させたんだ?」
空を見上げれば役割を終えた雲は散り散りになり、濃い闇の空はもうじき夜明けを告げるように色を変えつつあった。
式典セレモニーの開催時刻は朝10時。動作確認なんて言ってたが動力の供給源を絶たれている今、早々に起動させてしまえば式典まで保たない可能性があるはずだ。
俺たちが来たから? いや、それこそ兵の数で圧倒すればもっと時間を稼げただろう。
――やっぱり何かがおかしい。
ナイトメアへ視線を動かし、注視する。雷が直撃してショートしたのか、動く気配はない。
大きく開かれた二枚貝から浮かび上がる、ぼんやりとした闇緑色に発光する魔術紋陣のような紋様が目に入り――ん? と首を傾げた。
「あの魔術紋陣ってなんだ……?」てっきり結界を生み出す術式なんだと思ったのだが。
そのときだった。
「――これ、違う」
リュウレイの愕然とした声が聞こえた。
薄青色の帯状のものを周囲に浮かべ、そこに刻まれた式法則を瞬時に読み解きながら、リュウレイはこれがただの魔術兵器であることに気付く。
「こんな出力じゃ【魔界域】まで届かない……! これは――ナイトメアじゃない!」




