10-2
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【天を貫き、大地を穿て。やつらに我ら以上の絶望と悪夢を幻せて思い知らせるのだ!――――穿ち死せる地獄!!】
キィィィイイイイイイイイィィィィ………――――――ッ!!!!
部屋への扉を開けた瞬間、まるで甲高い女性の断末魔のような音が耳を劈き、闇緑色の光が視界を眩ませる。
「みんなオレんとこ集まって!」焦りを滲ませたリュウレイの言葉に従った直後、
グォッ――――――――――――――――!!!!!!
展開された結界越しに凄まじい衝撃波と崩れた瓦礫が通り過ぎる!
「まさか、手遅れ……!?」悲壮めいたニアの声に、杖を振って結界を強化しながらリュウレイが否定する。
「違う、弱すぎる! たぶんこれは、」
衝撃波と光が弱くなり土煙が晴れてくると、それは姿を現した。
「そうだ、本番は今からだ愚か者共よ。これは我が軍の、サハディ帝国の集大成―――“大型魔術紋甲殻機”の完全なるお披露目なのだからな」
黄金色のマントをはためかせ、白髪まじりの初老の男ノーブル・シャガマが仁王立ちして立ち塞がるその背後。
大きく開かれた二枚貝から浮かび上がる闇緑色の光を放つ魔術紋陣のような紋様。それを護るように腕部分が格子状に形を変え、機械の頭頂部に太くて長いアンテナのような物が天に向かって伸びている。
先ほどの衝撃波によってちぎれ落ちたはずのコードやパイプは意志を持っているかのようにうねうねと動き出し、機械のあちこちに散らばる翠玉の血走った目玉が忙しなく視線を動かしていた。
更に、部屋の壁に取り付けられていた割れた試験管から零れ落ちる緑色の液体が瞬時に気化し、周囲に薄緑色の霧を立ちこめさせる。しかもその霧からは時折、同色の稲妻のようなものがバチバチと音をたてていた。
倒壊した部屋――否、カサドラ宮城を一瞬で吹き飛ばし、闇夜に不吉な闇緑色の光を照らす魔術兵器『ナイトメア』。
その名を冠するに相応しい、まるで悪夢のように不気味な出で立ちに、アルニは思わずごくりと息を呑む。
今まで相対してきた魔物とも魔族とも違うその異様さに、この国の、ノーブルという男の歪な執念のようなものを感じた。
「式典にはまだ早いが、動作確認も兼ねて貴様らの相手をしてやろう――!」
ぶわりと噴き上がるノーブルの殺気にそれぞれ武器を構え。
「じゃ、お先!」上唇をペロリと舐めたガロが特攻を仕掛けた!
アルニには目にもとまらぬ速さで、一瞬にして間合いを詰めたガロの剣戟を受け止めたノーブル。その後の、二人の凄まじい剣技の応酬にすげえと感心していると「ちょ、先生! 先走りすぎですよ!――アルニ、リュウレイ、あっちは頼みましたよ!」とニアも行ってしまった。
「……え、俺たちだけで“あれ”なんとかすんの?」
霧からバチバチ稲妻走ってるし、パイプとかコードがうねうねと触手みたいに動いてるけど。
「そういう作戦だったじゃん」と呆れ気味に返されてしまった。
「つーか、さっきの衝撃ってこいつから発せられたもんだろ? その、シスナって子の意識は大丈夫なのかよ」
「今のはたぶんだけど“証”の力は使ってないよ。元々あの機械に溜めてた魔力の一部を開放しただけだと思うん」
それだけでこの威力か……。
「それにあの人の詠唱にあった言葉……もし“証”の力も加わって最高出力でまた同じ術使われたら―――本当に魔族もろとも【魔界域】を消滅出来るかもしれん」
魔王は倒せずとも、魔の者たちと住処を消し飛ばすことが出来るのか。なるほど、教会が支援したという理由にも納得だ。
「まぁ俺たちの目的はあくまで“シスナの意識”を取り戻すこと、だろ?」
それなら、と続けて、ふと思う。
「…………俺たち、別にノーブルの邪魔をしようってわけじゃないなら話し合えば問題ないんじゃねーか?」
シスナの意識だけ回収して、あとはノーブルの好きなようにやらせれば。
だがリュウレイは呆れたように首を横に振った。
「今更な質問だね……。残念だけど、それは無理だよ」
「なんでだ?」
「前にも話したけど、人工勇者に与えられた“勇者の証”はその人の“核”に刻まれてるん。一度刻まれたものを引っぺがすには時間がかかる。けどノーブルはほとんど時間をかけずにシスナの“証”を奪ってるん」
つまり、
「“核”から剥がしてるわけじゃなくて、シスナの“核”ごと“証”を持っていったってわけか!」
「正解」
なるほど、やむを得ない状態だったわけか……。
「――で、お兄さん。あの霧と触手はどう突破するか思いついたん?」
全然、全く。と言ったら怒られそうなので、考えることにする。
ふむ。
「レイ、お前の十八番である“触手”は使えねーの? あの……植物の枝とか伸びる術」
「〈数多ある触手〉のこと? ここには植物も代わりになるものもないから使えないよ」
触手には触手、と思ったが無理らしい。
霧は魔法で周囲の温度を変えるなり風を起こせば対処出来るかもしれないが、問題は触手だが――待てよ? あの霧、利用できないか?
「………」
短剣を数本取り出すと一つは魔術兵器、一つは触手、一つは霧が立ちこめる地面に向けて投げる。兵器の方は薄らと半透明の結界がそれを拒み、触手を狙った方は触手自身によって即座に弾かれてしまった。
だが、地面を狙った方は特になんの反応もない。
じっと兵器に散らばる目玉の視線を窺っていたアルニは、一つの答えを導き出した。
「……レイ、一つだけ頼めるか」
「何?」
「あの透明人間の術、合図したらかけて欲しいんだ」
魔力の消耗が激しいといっていた魔術なだけに、正直あまり使わせたくはなかったのだが。
「―――いいよ。完璧に隠してあげる」
にやりと生意気そうな笑みを浮かべる少年に頼もしいかぎりだと返し、アルニは両手に短剣を構えた。
目玉の視線の動き。触手の反応速度と範囲を見極めるために、走りながら近づいては後退を繰り返す。
――目玉の捕捉距離はそこまで遠くない。大体50mくらいか。
目玉に捕捉されてから触手が対象へ攻撃体勢に移るまで0.5秒。触手の攻撃範囲はおよそ100m。
霧に関しては魔法で風を体に纏っていれば稲妻は来ない。微量の静電気くらいは感じるけど、それくらいなら問題は無い。そして霧の中にいれば目玉から捕捉はされない。
「っ、でも、でたらめに攻撃されるのは……ぐっ、――きっついんだよなぁ……!」
あまり霧の中に居すぎると、手当たり次第に触手を振り回してくる。それに視界不良なのはアルニも同じなので、避けるのも神経使う。
一度退いてある程度距離をとると、もう触手は追ってこない。……あくまで近づくことだけを許さない、ということか。
一度体力回復薬を口にし、それならば、と再び霧の中へ突っ込んでいく。
再びでたらめな触手の鞭攻撃をなんとか躱しつつ、タイミングを見て短剣をパイプの触手にだけ刺していく。このまま順調にいけば――
だが、周囲の霧から発せられる稲妻が増えたように見え、嫌な予感からすぐに霧から抜けようと身を翻したとき。
がくり、と。
「!?」急に足から力が無くなったように体が崩れ落ちる。
教会から出る前よりもかなり熱くなっていた息を吐き、バチバチバチッと霧の中の稲妻がかなりの音を立てて視界を白くさせる。
――痛み止めを飲んで誤魔化していたが、傷口が膿んで発熱していた体は、どうやら限界だったらしい。
「お兄さん!」異変に気付いたリュウレイの声が聞こえるが、この何も見えない霧の中ではアルニに結界を施すことは出来ない。
どんどんと目の前が真っ白くなっていくのを、アルニは「チッ」と舌打ちした。




