9.封印の間
それから、シスナとガロが教会にやってきたのはすぐのことだった。
「みんなお待たせーっ! 遅くなったついでに悪いお知らせだよ☆」
何故かシスナをおんぶしながら教会にズカズカ入ってきた青年は、礼拝堂にいた二人の目の前で早速と言わんばかりに少女を背中から椅子に座らせるようにして降ろした。
「……シスナ、ちゃん?」
恐る恐る脱力しきった少女の頬に触れた瞬間、ティフィアが息を呑むのが分かった。
気の強そうにつり上がっていた錆色の瞳は、今や目の前にいる妹分のことすら映し出すことなく虚ろだ。
「先生! ようやくお戻りになられたんですね」
「どうしたん? なんかあった?」
そこに様子を見に部屋から出てきたリュウレイとニアまでやってきて、シスナの異様な状態に顔を強張らせた。
「ガロ、何があったんだ」
アルニの問いに肩を竦めたガロは思い出すように口を開く。
「俺もよく分かんなかったんだけど、ノーブルと遊んでたら突然あのおじさんキレちゃって。負けるわけにはー! とか、勇者の証さえあればー! とか喚いて、剣を翳したらシスナが倒れちゃったんだよ……。たぶん魔道具だと思うけど、とりあえずヤバそうだったから逃げてきちゃった☆ 敗走みたいですっげえ屈辱だったんだけどね!」
魔道具――つまりは魔術が影響してるということか。
ちらりと専門家であるリュウレイを見やると、少年は何かに気付いたらしく「まさか」と唇を震わせた。
「リュウレイ、シスナちゃん大丈夫だよね……?」
不安げに問うティフィアに何も返さず、リュウレイは手に持っていた杖をシスナに向けた。
【“式”による“式分析”開始】
ヴンッと音を立てて、リュウレイの周囲に薄く青白い半透明の帯のようなものが浮かび上がる。
【彼女シスナ・ロジストの中にある“原初の勇者の証”に接続】
すると帯に文字が刻まれ、それをリュウレイは速読しながら全てに目を通し杖を振った。
【そのまま彼女の“核”に接続し、強制的に意識へ干渉―――】
「“許されざる罪に慈悲の浄化を与え給え”」
バキンッ!
唐突に帯に亀裂が走ると消えてしまった。
全員が声のした方を見れば、いつの間にか壇上に上がっていたサラ神父が開いていた聖書を閉じるところだった。
「いけませんよ、魔術師の坊や。人間を、まして意識に干渉する行為は禁じられているはずです」
「えっ、ダメではありませんかリュウレイ!」
サラの言葉に少年を叱責するニア。
だが怒られている当の本人は「余計な事を」と言わんばかりに舌打ちし、杖をピアスの中へ戻すとおもむろに礼拝堂内を通り抜け、教会の玄関である大きな両開き扉を開放した。
全員が突然のその奇行にギョッとしたが、
「もうサハディ軍がオレたちを探すことはないよ。―――目的達成したみたいだしね」
教会前の通りには穏やかな顔をした街人たちが行き交い、そこに兵たちの気配は感じられなかった。
「ね、ねえ……目的達成って…………?」
ティフィアの問いに、リュウレイは今度こそ答えた。
「シスナの意識ごと“証”が奪われてるってこと」
「―――、」
なんとなくシスナの状態からそんな気はしていたが。
ティフィアはその事実に愕然と打ちひしがれ、ニアはそんな少女を心配そうに窺い、ガロは「うわぁ、マジかぁ~」と己のミスに気まずそうに顔を引き攣らせた。
リュウレイは律儀にも開け放った扉をちゃんと締めて戻ってきた。
………うーん。
「なぁレイ。ティフィアの話から“大型魔術紋甲殻機”には勇者の証が必要だってことだけど、そんなに凄いものなのか?」
「……お兄さん、ちょっとこっち来て」
一度サラを一瞥してからアルニの腕を掴んで教会の外へ出た。
「――“勇者の証”って女神に選ばれた勇者の、体のどこかに刻まれた紋章ってことは知ってよね?」
「勇者の身分証だろ? むしろそのことしか知らねーよ。……というか何故に外?」
「お嬢たち人工勇者のことを教会がどの程度関知してるか知らんから。――それに、教会は信用出来ん」
教会に関して何かあったのかもしれない。警戒と嫌悪をない交ぜにした感情を剥き出しな口調だ。
「話戻すけど、一般的な周知は身分証だと思うん。ただどういう原理かはオレも知らんけど“勇者の証”には女神の力が備わってるらしくて、それが勇者の力になるらしいよ。“大型魔術紋甲殻機”はその力を利用してるのかも」
「そういえばティフィアたちの“証”ってどこに刻まれてるんだ? 見たことねーけど」
「そりゃあ、肉体に刻んでないもん」
「?」
「“勇者の証”って“魔術紋陣”と似てて、魔術的要素があるん。だからわざわざ肉体の見えるところに刻まなくても、式法則として人間の“核”――えーっと、魂って言えば分かるかな……。そこに術式を埋め込めば問題ないん。そもそもなんで女神が勇者の体の見えるところに“証”をつけてるのかが分かんないけど」
専門的なことはよく分かんねーけど、つまりはティフィアやシスナの魂に“勇者の証”があるってことか。
「でも人工勇者が持ってる“証”って一部なんだろ? それだけで魔族を簡単に倒せるような力があるのか?」
「まさか。それなら【魔界域】に人工勇者を一斉に配備させて侵攻させれば一網打尽出来るじゃん」
た、確かに……。
「たぶんその魔術兵器自体に能力とか力そのものを増幅させる術式が組み込まれてる可能性の方が高いね。シスナの“証”が奪われたのが本当なら急いでなんとかしないとだけど……」
「……」今回の救出劇でド派手に動いたおかげでカサドラ宮城は更に警戒しているだろう。それこそ結界がはられていてもおかしくない。
「本体をどうにかするよりも動力源の供給を押さえた方が手っ取り早いかもね。それだけ大きな術式組んでる兵器なら、かなりの魔力が必要だろうし」
「だけどその供給源がどこにあるか分かんねーだろ?」
「たぶんだけど『封印の間』にあると思うん」
封印の間……?
確かライオスの街でリュウレイが行った場所で、街の結界を維持してる“魔術紋陣”がある部屋だったっけか。
「でもあそこって街の中心に位置する場所にあって、それで街の責任者の許可がないといけないんだよな?」
ここ帝都カサドラの中心に面してるのはカサドラ宮城で、責任者というとノーブル・シャガマだ。
「封印の間へは正規ルートの他に裏道があるん。そこは教会に協力してもらうとして。……責任者の許可に関してだけど、これはお兄さんが協力してくれれば問題ないかな」
「俺……?」
魔術なんてからっきしの俺に手伝えることなんてあるのか?
リュウレイは勿体つけるようにニヤリと笑みだけ返すと、そのまま教会の中へと戻っていった。
――とりあえず魔術に関してはリュウレイに任せよう。
「………そういえばなんでノーブルはシスナの意識まで奪っていったんだ?」
意図的だったのか、或いは偶然そうなってしまったのか。
分からないことを考えても仕方ないかと、皆と話し合うべくアルニも教会へと戻った。




