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7-2


 宙に舞う鮮血を、ティフィアはただ呆然と眺めていた。

だが、次の瞬間に通路に埋め込まれていた魔石が目映く輝きを放ち始めると、それらは内包された魔力を暴走させて爆発を始めた。


「っ、マルタさん!」咄嗟に手を伸ばす。


 笑みを携えた虚ろな瞳が、ゆっくりとティフィアへ向けられるのが見えた。


 ――生きてる。


 まだ、生きてる!


「ティフィアさん、危ないッス!」

 しかし届きそうだった手は急激に遠ざかり、目の前に瓦礫が落ちたと思ったらその先の通路はすでに抜け落ちてしまった――――。


「ぁ」助けられなかった。


「マルタ、さん……」もう少しだったのに。


「ぁ、ぁ、」勇者なのに、救えなかった。


「ぁぁぁああああああああああああああっ!」


 胸が痛い。苦しい。

 助けられたはずなのに。


 マルタさんは生きていたのに!


「お、落ち着くッス! 落ちちゃうッスよ!?」宥めようとするレドマーヌの声が煩わしくて、肩に置かれた手を咄嗟に振り払ってしまった。

 パンッと乾いた、弾く音。

 レドマーヌの琥珀色の瞳が大きく見開き、すぐに悲しげに伏せられた。


 ――ダメだ。


 レドマーヌは僕を心配してやってくれたことなのに。謝らないと。

 そう思うのに、込み上げてくる感情がそれを邪魔する。


「レドマーヌには分かんないよ!」

 口が。言葉が。感情が―――止まらない。


「魔族だから――――!」


 口走ってからハッと我に返った。

 僕、今………


「………そうッスね。確かに、魔族には人間の“感情”なんて理解出来ないッスから」

「ち、ちが」

「わかり合うことも、目を向けようともしてこなかったんだから、当然ッス」


 悲痛と諦観を帯びた琥珀の瞳がティフィアを射貫く。


「でも、残念ッス。――勇者やフィアナ様たちの願いは、後世に継がれることはなかったんスね」

 背中を向けたレドマーヌへ何か言わないとと口を開くが、喉に何か突っかかったように言葉が出ない。

 謝ることすら出来ない。呼び止めることすら出来ない。


 ――僕はやっぱり弱虫のまま。


『ティー、聞こえるか? 通路の下まで来たから降りてきて――――』


 声繋石よって聞こえてきたアルニの声を、最後まで聞くことはしなかった。

 気付けば僕は通路の崩れ落ちた縁に立っていて、身を投げるようにしてそこから落ちた。


 通路を見上げていたアルニが僕を見て驚いた顔をしていて。

 不意に落下していた体がふわりと浮上したと思ったらゆっくりと地面に降りてゆく。


 きっと魔法だ。

 地面に着地する前に下で待っていたアルニが受け止めてくれた。


「大丈夫か、ティー?」心配そうに窺ってくる彼に、もう一度再会出来たことへの安堵と同時に不安が過ぎる。


 ……もし。

 もし僕が“あんなこと”を言ったってアルニが知ったら、どう思うだろう。


 アルニはあまり魔の者への差別意識はないように思える。

魔物だからとか魔族だから倒さなければいけないというよりも、敵対してくるから、生活を脅かしてきたから倒すというような感覚だから。

 だから僕を助けてくれたレドマーヌに酷い言葉を投げかけたことを知られたら、失望するんじゃないかって。

 それが、とてつもなく怖い。


「……………ティー、とりあえず立てるか?」

 こくりと頷く。

 よし、とアルニは僕を地面に下ろすと、手を繋いだ。「追っ手が来る前にレイと合流するぞ」


 そのまま引っ張られるままに走り出すアルニの背中を、下唇を噛み締めながら見つめていた。


***


 アルニから指輪を通してティフィアを保護したと連絡を聞き「先生!」とニアは声を上げた。

「今いいとこだから無理!」

 そして即行で拒否された。


 また悪い癖が出てきたと兵の一人を切りつけながらガロへ視線を向ける。

 未だノーブルと熱戦を繰り広げている当の本人は、やはりというか楽しそうだ。


「ニア、ガロは私が監視してるから先に行きなさい」

 どうしたものかと考えていると、鎖を鞭のようにしならせて兵士たちを遠ざけたシスナが隣に立った。

「ティフィアの保護者は貴方なんだから」

「……シスナ、もういいのですか?」


 ティフィアたちと共にミファンダムス帝国から出る前、それ以前からシスナがティフィアとリュウレイに対して思うことがあったことは気付いていた。

 だから先ほどティフィアとシスナが一緒に脱出しているのを見たとき、正直驚いた。


「あの子、成長したわね。旅に出て良かったのかもしれない」

「ええ、私もそう思います」

「貴方がクローツ様を裏切ってまでティフィアについていった理由が分かったわ」


 ――――?

『裏切ってまで』?


「シスナ、それはどういう――」

 意味ですかと続くはずの言葉は、横合いから突如襲いかかってきた獣によって阻まれた。


 調教獣(バスカヴィル)だ。


「いいから早く行きなさいよ!」兵に続いて調教獣まで出てきて混戦し始めたところで、シスナが再び鎖で敵を遠ざける。ありがたい。

 ニアは踵を返してティフィアの後を追うように通路を駆け抜けると、戦線を離脱した。


 全く、とシスナは内心で溜め息を吐いた。

 お父様にどう報告したものかしら、これは。


 ニアに言ったことは本心だ。ティフィアにとって、きっと旅は良い影響を及ぼしている。

 だけど、それも長くは続かないだろう。

 旅をしていれば、世界を巡れば、きっと見えてくる。この世界の闇が。

 すでにその片鱗は動き出し、こうして牙を剥いているのだから。


 そのときティフィアは、シスナを守ったときのように真っ直ぐな瞳のままでいられるのだろうか。


 ――ガキンッ!


「ありゃ?」なにかが折れる音とガロの間抜けな声が重なり、この戦いもそろそろ幕切れだと悟る。

 見れば、ノーブルの剣が途中でへし折られ、ガロの「あれ、これで終わり?」という残念そうな表情が窺えた。

 周囲の兵士たちもノーブルが敗れた姿に驚愕し、その瞳に失望の色を滲ませている。


 ここまでのようね。

 正面から飛び掛かってきた調教獣を鎖で何本も串刺しに、ワンピースを翻して「帰るわよ、ガロ」と口にしかけたところで――世界が回った。


「!?」


 突然体が宙へ投げ出されて床に叩きつけられる。突然のことに受け身もとれず無防備な体は、肩と胸を強打しカハッ! と息を吐き出す。


「な、何を……」その声はノーブルのものだ。

 激痛に堪えながらシスナの手首に巻かれていたはずの鎖の先を視線で追う。


「―――いやぁ、何って言われてもねぇ?」


 調教獣を貫いた鎖の、その先。

 喉元に剣先を向けられたノーブルと。


「面倒な役者が退場したんでぇ、そろそろ俺も本性を現そうかと思って? どう? このビックサプラーイズ☆」


 右手でノーブルに剣先を向け、左手に鎖を手に持った――愉悦に歪んだ表情を浮かべる男。

「な、……で。ガロ……ぁ、なた!」

「そんなに驚くことかなぁ? 俺、そんなにクローツから信頼されてた? てっきりシスナちゃんには俺を監視と警戒しておくように言ってあると思ってたよ。全くさぁ、そんなんだからクローツは甘いんだよなぁ……本当に甘いよ」


 唐突に鎖を引き上げると、それに繋がっていたシスナの体が床を滑るようにしてガロの足元まで転がる。


「ノーブル、取引しようよ」

「取引、だと?」

「勇者の証のデータ欲しいんでしょ? これ、あげるからさぁ」

 これ、と言いながらシスナの体を足先でつつく。


「一つだけ、俺のお願い聞いて欲しいなぁ♪」


 ガロの紺色の瞳が―――黄金色に(・・・・)成り変わった(・・・・・・)


***


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