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7.脱出


***


 っはぁ、はぁっ……はぁはぁ……はぁっ、はぁはぁ…………っ


 カサドラ宮城のとある一室の壁に全身を預けて息を整えるティフィアは、同じように苦しそうに喘ぐシスナと、もう一人の少女へ目を向けた。

 僕とシスナちゃんを助けてくれた人。人って言っていいか分からないけど。


 背中にある白い羽は飾りではないだろう。だとすれば、魔族。

 偽物とは言え周囲からは本物の勇者だと認識されているティフィアをどうして助けてくれたのか、正直気にはなっている。だけどそれをゆっくり聞いてる時間はない。


「シスナちゃん、ここ、どの辺かな……」

「さあ? とにかく追っ手から逃げるのに必死だったもの」

「このお城変ッスよ~! 窓割れないし、無意味に広いし!」

「私が侵入したときは窓割れたんだけどね……、きっと結界だわ」

 内側に閉じ込めて燻り出すつもりだろう。


「結界を解術する技術は私にはない。結界の強度より強い衝撃を与えれば壊れるかもしれないけど、それだけの魔術を展開するには時間がないわ」

「――よし、なら僕が囮に!」

 僕が囮になって時間を稼ごうと声を上げたら「却下」「却下ッス」と同時に否定された。


 勇気を持って言ったのに!


「あのノーブルって男の目的が“勇者の証”だけとは限らないわ。それに私はお父様から貴方を守るように仰せつかっているもの」

 クローツ父様が……?

「レドマーヌも反対ッス。ティフィアさんに何かあったら、きっとフィアナ様が悲しむッス」


「―――え?」

 フィアナ、と。


 その名前が出てきたことに驚いてレドマーヌを見る。

「お母さんを知ってるの……?」

「もちろん知ってるッス。レドマーヌの『神様』の一人ッスから!」さも当然とばかりに返した言葉に「『神様』?」と問おうとしたとき。


 ガチャ、と部屋の扉が開いた。


 三人が瞬時に警戒し、ティフィアが短剣を、シスナが鎖を構えた―――が。

「ここに居られましたか、勇者様! 探しましたよ!」


 目を輝かせてするりと部屋に入るとすぐに扉を閉じ、ティフィアの前に片膝を着いて頭を垂れたのは、教会の神父服を身に纏った一人の青年だった。

「誰」と視線だけで問うシスナに、ぶんぶんと首を横に振る。


 女神教の神父であることは見れば分かるが、そもそも女神教とはそれほど交流を持っていない。カムレネア王国ローバッハ港町にいたハーベスト・モチーフくらいしか知り合いはいないはずだ。

 そんな戸惑うティフィアの様子に気付いたのか、しまったと顔を歪ませて慌てて自己紹介を始めた。


「申し遅れました! わたしは女神教教会本部からサハディ帝国へ遣わされたマルタって言います! 助けに参りました!」

「た、助け?」

「はい! 女神様が今の勇者様の状況を“視て”、教皇様が天啓を授かったのです。勇者様が窮地に陥っているから助力して欲しい、と。そこでちょうどサハディの内部調査していたわたしに任務が下されたわけです!」


 勇者様に会えて光栄です! と鼻息荒く握手され、思わず苦笑いしてしまった。

 よく分からないけど、味方が増えたってことでいいのかな?


「……女神教」ただし魔族だからこそなのか、それとも因縁でもあるのか、レドマーヌだけは複雑そうだ。

 ――そういえば教会的に魔族であるレドマーヌのことはいいのかなと思っていると、マルタという青年は魔族の少女を一瞥しても反応がなかったので、とりあえずいいかと思うことにした。


「教会の助力には感謝するわ。本当に図ったようなタイミングなのが気になるところだけど」

「申し訳ありません……。本当はもっと早く勇者様の元へ駆けつけたかったのですが、手間取りまして」

「手間取る……?」


「はい! こちらをお納め下さい、勇者様!」マルタが懐から取り出したのは、ぐしゃぐしゃの紙だった。なんだろうと広げて見れば、どうやら建物の見取り図のようだ。


「このカサドラ宮城の地図です。手書きなので見苦しいかとは思いますが……。あと鍵が掛けられていたり厳重な警備が張り付いてて書けていない部屋や通路はありますが、参考になるかなと思いまして」


 地図作りだけがわたしの唯一の特技でしてと謙遜しつつ笑うマルタだが、素人目から見てもずいぶんと正確に分かりやすく書かれていた。


「すごい……!」

「ちなみに現在地はこの部屋です。2階の南区画ですね。兵たちは勇者様を探すべく南側を徹底的に調査しています。ここもじきに見つかるでしょう」


「このまま通路の行き止まりまで追い込まれたら袋の鼠ね……」

「はい、なので中央区画のこの通路を目指して欲しいのです」


 言いながら指で示された場所は、横に長い宮城から飛び出したような、一本の通路。ちなみにその先には大きな部屋らしき空間があるが、なんの部屋か記述されていない。

「ここは?」


「あ、すみません書き忘れてました! その部屋は拷問部屋です。地下には牢屋があるようですが、現在使われていないようで警備が手薄になっています」

「でもそんな場所に行けば、余計に逃げ道がないじゃない」


「はい! 実はそこに大量の魔石を仕込みまして! 合図したら爆発するようになっています!」

 ば、爆発!?

 ぎょっとしてマルタを見るが、彼はやはり当然だとばかりにニコニコと頷く。


「一時的に結界は壊れるはずです。その隙に逃げていただければと思いまして!」

「教会の人間の割にけっこう過激な考え方するのね……」

「これも勇者様のためだと思えば! 勇者様無くして世界に希望も未来もありませんから!」

 このマルタという人はおそらく勇者派の人間なのだろう。勇者に対する憧憬の念がすごい。


 罪悪感とプレッシャーに複雑になりながらも「ありがとうございます」とティフィアは返した。


 それから足手まといになるからと同行を拒み、先に通路の奥で待ってますとマルタとは別れた。


「教会に借りを作っちゃったわね」

 父様に報告するのが嫌だわと顔を顰めるシスナを宥めていると、マルタがいたとき終始口を閉じていたレドマーヌもまた難しそうな表情をしているのが見えた。


 あれは、疑ってるときの目だ。

 よくアルニやリュウレイがする眼差しに、ティフィアはなんとも言えなくなる。


「ほら、そろそろ行くわよ」

「あ、うん」いつかのように手を差し伸べてきたシスナに、なんだか嬉しくなる。きっと無意識なんだろうけど、それでも――いつかちゃんと、またシスナちゃんと普通にお話とか出来るようになりたいな。





「なんかさっきよりも騒がしいわね」

 通路の天井に鎖でぶら下がるシスナに、腰を鎖で巻き付けられて彼女の隣でぶら下がるティフィアも頷く。

「何かあったのかな……?」

「貴方のお仲間が助けに来たんじゃない? あの二人が」

 二人と言われて首を傾げたが、ああそっか、シスナはアルニのこと知らないのかと納得する。


「……あのぉ、出来ればレドマーヌにもその鎖使って欲しいッス。疲れたッス、もう羽が痛くて動けないッスぅ~!」

 その隣で歩き疲れて駄々をこねる子供のような文句を口にするレドマーヌに「静かに!」とシスナが怒る。

 バタバタと羽ばたきながら天井に浮き上がっている魔族の少女は、確かにふらついているようだ。あまり長時間飛ぶことに慣れていないのだろう。


 だけどシスナは意地悪しているのかレドマーヌを放置し、通路から兵の気配がなくなると床にティフィアごと降りる。

「でもチャンスね。この混乱に乗じて一気にあの通路まで行くわよ」

「ふへぇ~、ようやく地に足が着いたッス~。もう羽で飛びたくないッス~」泣き言を言うレドマーヌことはやはり無視して、ティフィアを先頭にシスナ、レドマーヌという順で縦に並んで通路を駆ける。


 レドマーヌは弓使いらしく、走りながらでも正確に敵を倒してくれるし、シスナもサポートしてくれるので心強い。


「目的地までもう少しッスね!」

「……でも、なんだか騒がしいわね」

 確かにこの先を通らないといけないというのに、なにか戦闘音が聞こえる。


 だけど避けて通るわけにはいなかない。ここはほぼ一本道、迂回路まで戻るのはかなりリスクがあるからだ。

 警戒しつつ進んでいけば―――


「っ、ニア!?」


 通路の先で多くの兵たち相手に立ち回っているのはニアと、なんか高笑いしながら兵を切りつけてる見覚えがある男。

 ――あ、ガロさんだ。

 たった剣を一振りしただけで兵を4,5人なぎ倒し、なによりも戦っているときに楽しそうに笑う姿に思わず苦笑いしてしまった。


「! ティフィア様!」ニアもティフィアたちに気付いて表情を輝かせ、それから隙を見て指輪を口元へ添える。


「アルニ、ティフィア様と合流しました! 2階の……えー………ここはどこでしょう?」

 居場所を説明しようとして口ごもるニアに、戦闘中にも関わらずガロが吹き出した。


「ぶはっ! ちょ、ニア、止めて! 笑わせないで! 剣先がブレる!」

「酷いです先生! 私は真剣に――」

「ぶっははははははは! 真剣とか! ちょ、本当に止めて! ぶくくっ、あはははははっ!」

 ツボっているのか片手でお腹を押さえながらも、難なく敵を切り倒していくガロ。

 ニアはむぅ! と口をへの字にすると戦線を一時離脱してティフィアの元へやって来た。


「ティフィア様! ご無事で何よりです!」

「あ、う、うん。えっと、ガロさん一人で大丈夫……?」

「いいんです。先生は一度やられてしまった方がいいんです」

 実際彼がやられるとは思っていないだろうが、ニアの言葉に苦笑する。


 だが、

「あ、ちょっとニア! 謝るから戻ってきて! つーかシスナもいんならこっち手伝って!――――大物が来たZE☆」


 壁のように立ちはだかっていた兵士たちが一斉に通路の両脇へ避ける。その中央をゆったりとした歩調で近寄ってくるのは、白髪交じりの初老の男ノーブル・シャガマ。

 あの部屋で対立したときよりも重い威圧感をまき散らし、その目は獰猛な猛禽類を彷彿とさせる。


「我が手を煩わせてくれるなよ、人工勇者ども。世界を救うためだということが分からんのか」

「嘘ね。貴方の目は欲望に駆られた醜い色をしてるもの。どうせお父様とミファンダムス帝国へ当てつけがしたいだけじゃない」


「そんな御託どうでもいいよぉ~! 戦おうよおじいさん! 俺ってばアンタと戦いたくてうずうずしてたんだぜぇ~! あははっ、ノーブル・シャガマ! あの剣豪と戦えるなんてクローツもたまには良いことしてくれるぜぃ☆」

「武神か……それほどの戦力を送り込んでくるとは、やはりそこの人形には何かあるというのか……?」


 ノーブルの目に射貫かれてたじろぐティフィアを庇うようにニアが立ち塞がる。

「ティフィア様、ここは私たちがなんとかします。アルニとリュウレイと先に合流していて下さい」

「で、でも」

「あ、ティフィア(・・・・・)! これ、たぶん貴方のでしょ?」不意にシスナが投げてきたものを危うげに受け取れば、それは指輪だった。みんなと色違いの、声繋石の指輪。


「さっさと行きなさい、出来損ないの足手まといがいると邪魔なんだから」

「シスナちゃん……」失くしたと思っていた指輪が帰ってきたことも、シスナが昔のように呼んでくれたことに嬉しくて。ツンと鼻の奥が痛くなったけど、それをなんとか堪える。


 泣くな、今はそれどころじゃないんだから!

「逃がすかぁ―――ッ!」吠えたノーブルが一瞬でティフィアとの間合いを詰めてきたが、前にいたニアがそれを防ぐ。


ギリギリと剣が鍔迫り合いし、しかしニアが押されかけたときにガロが横合いから一閃! それを難なく躱して下がるノーブルに、ガロが追いかけて食らいつく!

「チィッ」舌打ちしながらガロの剣戟を受け流すノーブルに、武神は拗ねた子供のような表情だ。「君の相手は俺、でしょ!」


「シスナ、先生の邪魔にならないように私たちは周囲の兵を殲滅しますよ!」

「私に指図しないで欲しいわ。お父様から見向きもされてない小母様」

「お、おばっ!?」


「あははっ、そういえばクローツに見向きもされていないのは、君もだねノーブル!」

「いい気になるなよ武神!」

「ちょ、先生! あんまり煽らないで下さい! そっちの戦闘が激化するとこっちにも飛び火するんですよ!」

「本当よ、ガロ! もっと真面目にやりなさいよ! 私はお父様に褒められるような報告したいんだから!」

「あれぇ? あれれぇ? もしかして俺の味方いない感じ?」


 ガロとノーブルの超常的な激戦の傍らでニアとシスナが共闘して兵たちを叩いていく。

 その光景が頼もしくて、なんとも言えない嬉しさがまた込み上げてきて。

 帝国から出て、いや、あの部屋から出て―――良かった、なんて。


 みんなの協力を得てティフィアは通路を走り抜ける。


 それでも兵士たちがどこからか湧き出てくるように増えていき、それがティフィアの前に立ち憚るが。

 ズバンッと顔の横すれすれに飛んできた矢が兵を射殺す。

「レドマーヌがフォローするッス! だから止まらないで走るッス!」

「うん!」


 言われた通り走る。走って走って、憎々しげに見てくるノーブルの横を通り過ぎ。



『――ティー、聞こえるか』



「っ、アルニ!」久しぶりに聞いたような気がする彼の声に、もうダメだった。目尻から零れた涙はもう止まらない。


『ようやく繋がった……せっかく声繋石の指輪買ったのに、あんまり活用出来てないな俺たち』

 珍しくこんな状況下で関係ない話をするアルニもまた、ティフィアの無事な声に安堵している様子だ。


「ごめん、僕が勝手なことしたから……」

『いや、今回お前の判断は間違ってないさ。勇者としても、ティーお前自身としても』

「そうかな」

『ああ。――じゃあ本題入るが、お前どこにいる?』

「2階の中央区画の通路にいるけど、向かってるところがあって――」

 そこでマルタのことも含めて彼に言われたことを説明する。『なんで教会が……?』とシスナ同様疑問に感じたらしいが、とりあえずまぁいいかと置いとく。


『結界なんてあったんだな……。俺たち普通に入れたけど』

「結界にも種類あるって前にリュウレイから聞いたことあるよ?」

『魔術はややこしいなぁ。――まぁいいや。ティー、それならそのまま目的の通路まで行け。そこでお前を拾う』


「分かった」そこで通信が切れたが、ティフィアは思わず指輪をはめた手を胸元に引き寄せた。


 ――良かった。


 あの日、サハディの帝国軍に連行された日、アルニとニアの帰りが遅いことに心配して何かあったんじゃないかと思ってたけど、どうやら無事なようだ。

 ニアを見たときにそんなこと分かっていたはずなのに、こうして本人の声を聞くまで少し不安だった。


 再会して、落ち着いたら二人で何してたのか問い詰めてやろう。

 ちょっとだけ意地悪なことを聞いて。


「ふふっ」

 想像してニヤニヤしてしまう。あれ、僕ってこんなに性格悪かったんだな。


「勇者様!」気付けば拷問部屋前の通路まで来ていたようだ。マルタが片手を挙げて、待っていましたとばかりに目を輝かせる。


「マルタさん! ごめんなさい、お待たせしました」

「いえ、勇者様のためならば」

 勇者主義の言葉に思わず苦笑を浮かべ、それから辺りを見回した。


「えっと……この辺りに魔石があるんですか?」

「はい、そうです」頷きながら彼はティフィアの足元を指差し「勇者様これ以上進まないようにして下さいね。爆発に巻き込まれたら危険ですから」

「そ、それならマルタさんも危ないんじゃ……?」

 ティフィアからたった5歩ほど離れた場所に立っているマルタは、何故か嬉しそうだ。


「心配していただけるなんて、わたしはなんて幸せ者なのでしょうか!――『楽園』で皆に自慢出来ます!」


『楽園』?

 聞き覚えのない単語にキョトンとしている間に、マルタは神父服から小刀を素早く取り出すと


「“今より我が器は地獄より解き放たれる。願わくは、我が魂を『楽園』に導き給え”」


 祈りと共に、己の首をかっ切った。


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