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6-2


隔絶の堅牢パスキッド・レーションッ!!】


 間一髪で魔物たちの侵攻を阻んだ透明の壁を生み出したリュウレイは、すぐに苦悶の表情を浮かべて膝から崩れ落ちる。

「リュウレイ!」「レイ!」すぐにニアとアルニが駆け寄るが、幼い少年は青白い顔に玉のような汗をびっしりと浮かべ、荒い息を零していた。


「魔力欠乏症だね。そりゃああんだけ大技連発したり維持してたりしてれば、ねえ?」

 やれやれと肩を竦めるガロを横目に、アルニは魔力回復薬をリュウレイに渡した。


 ――魔力欠乏症。本来体内に存在する魔力量は決まっているのだが、それを限界値全て使ってしまうことで身体的な影響を及ぼす症状だ。発熱、発汗、極度な眠気や脱力感、頭痛などが挙げられる。

 普通は動けなることを恐れて限界値まで魔力を消費することはないのだが、今回はリュウレイの魔術があってこそ森を抜けられたと言っても過言じゃないだろう。


「飲めるか?」

「……ん、」

 いつもの生意気そうな表情がナリを潜めて、かなり弱々しい。力の入っていない手で薬瓶を受け取ったリュウレイは少しずつ口に含んで嚥下していく。


「先ほどの術、どうしていつもの結界にしなかったのですか……?」

 ニアの疑問はもっともだ。いつもの詠唱をほとんど使ってないやつの方が消費魔力も抑えられたんじゃないか、ということだろう。


「……いつものだと、巨鬼数体に同時でぶつかって、……こられたら、流石に保たないん。だから、………強め、に、………………ごめ、眠い…………ん………………」

 力尽きたように意識を失ったリュウレイを背負う。「ニア、ガロ、もし調教獣が出たら頼む」

「もちろんです!」

「………」

「? ガロ先生?」


 結界に阻まれて憎たらしそうにこちらを睨んでいる魔物たちを無表情で眺めていたガロの背中にニアが声をかければ、彼はいつもの飄々とした笑みを浮かべて「なんでもないなんでもない! ただちょっと殺し足りなかったなぁーって思っただけだから!」と振り返った。


「………普通意識失うと術って解けるんだけど、さすがクローツが目をつけた天才児だよね」

 末恐ろしい天才児の将来に、ガロは「もうちょっと成長したら戦ってみたいなぁ」と胸中で笑った。



***



「―――シスナ、この子がお前の次に養子にした子だ。歳も近いし気に掛けてあげなさい」


 大好きなお父様から呼び出しを受け、フリルたっぷりのワンピースを翻しながらスキップしてやってきた執務室で。

「………ぁ、の。――ティフィア、です。よろしく……おねがいしま、す」

 怯えた黒曜石の瞳に涙を溜めて、お父様の後ろからのぞき込むように必死に挨拶をする一人の少女。

「私の名前はシスナって言うの! これから宜しくね、ティフィア!」


 ティフィアとの出会いは、正直妹が出来たようで嬉しかった。

 本当に、本当に、嬉しかった。

 泣き虫でか弱い女の子。私はお姉ちゃんなんだから、守ってあげないと。

 幼かった私は、あの頃ただただ純粋な気持ちでそう思っていた。






 ―――帝都カサドラにあるカサドラ宮城。


 縦に長いカムネレア城塔とは反対に横に広いカサドラ宮城は、当時まだ王権制度だった頃の王族がカムネレアの城に対抗して作ったと言われる建造物だ。


 昔から負けず嫌いのきらいがあるサハディ人らしい、滑稽な話である。しかし対抗しただけあってこの宮城の建築技術は現代でも劣らず華美で頑丈な作りをしており、なによりも無駄に広いだけあって、


「ここどこよ……」

 建物内が迷路のようになっていて侵入者にとっては最悪な城と言っていい。


 だいぶ歩き回ったのに未だティフィアが連行されたであろう場所を突き止められずにいるシスナは、もうすでにやる気が削がれている。

 いや、元々やる気なんてなかった。お父様に言われたから、仕方なく。


「!」近くで足音が聞こえ、すぐに手首に巻きつけてある鎖を天井に伸ばして絡ませて体を持ち上げる。通路から巡回中の兵士3人がすぐにやってきた。


「いよいよ明日だな、式典」

「ここ最近ノーブル閣下が閉じこもっていた理由、“大型魔術紋甲殻機(ナイトメア)”の完成を仕上げてくるなんて……あの方は本当に素晴らしいお方だよな!」

「ああ! これで憎き魔族共を脅かし、殲滅することが出来るなんてな……。夢のようだ」


「教会の支援もあったからな……。女神教様々だぜ」

「最近うちの国で『神隠し事件』が頻発してたからな……。あれって魔族が仕業なんだろ? どうもノーブル閣下がそれに胸を痛めて、教会に支援を要請したらしい」

「そういうことだったのか! 本当に閣下はいい人だよな……」


 ――教会の支援、ねぇ。


 巡回兵が通り過ぎるのを待って再び通路に降り立つと、シスナは小さく溜め息を吐いた。

「……教会も一枚岩じゃないのは分かってたけど、お父様の危惧していた通りになってきてるって思っていいのかしら」


 教会は大きく分けて女神派と勇者派があるというのは常識だけど、その中にも小さな派閥がいくつも存在している。その勢力のせいで本来の教会の威信とはかけ離れた行動をとっている者たちがいる。


 今回のサハディへの支援もそうだ。教会の最高権力者である教皇長テレサ・シュメールはお父様と手を組んでいるのだから、『人口勇者計画』の弊害になりかねないサハディ帝国の動きを許すはずがない。


「それよりも“大型魔術紋甲殻機(ナイトメア)”ね……。サハディ帝国の技術でそんなもの作れるはずないもの」

 そもそも噂で聞いたこの兵器、魔族を一撃で倒せるなんてそんなもの………。


「魔術師なら誰にでも分かるわよ―――そんな術式、たかが機械の(・・・・・・)情報処理能力じゃ出来っこないわ」

 でもノーブルは確か魔術をかじっていたはず。それならそれが分からないわけがない。

 なんとなく、帝国軍がティフィアを捕らえた理由がそこにあるように思う。


 …………に、しても。


 ――どこにいるのよあの出来損ない!


 地団駄踏むのは堪えたが、ギリギリと奥歯を鳴らす。

 探せど探せど見つからない。この城自体広いし迷路みたいだし部屋数も多いし、巡回兵も多いから常に気を張る必要があるし!


 余計な手間をかけさせてくれる愚かな偽勇者に、込み上げてくる怒りと憎しみが止まらない。


 あの子はいつもそう! お父様に迷惑ばっかかける!

 泣き虫のくせに意外と行動力があって、しかも頑固者ときた。


 リウのことだってそうだ。毎日のようにあの少年がいる部屋へと通うティフィアに何度止めた方がいいと忠告したことか。


 いつもそう。

 いつもいつも、あの子は私の忠告を聞かない。話を聞かない。


 ――『勇者』のことだってそうだ!

 お父様は最初、あの子を“人工勇者”にするつもりなんてなかったのに!


「はぁ……。ダメだ、思い出すだけでイライラす、―――!」

 曲がり角に差し掛かったところで見知った気配を感じ、咄嗟に近くの柱へと身を寄せて先の通路を窺う。


 ―――いた!


 一本向こうの通路の先、今まさに地下へ伸びる階段を兵士に連行されてティフィアが降りていく。

 様子を窺いながらそれを追いかけた先、地下通路のずっと奥――とある部屋にティフィアを残して兵士が折り返し戻っていくのを天井に張り付きながら見送り、兵の気配が完全になくなってから床に降りる。


「………完全に壁に戻ってるわね」

 先ほど兵士とティフィアが入っていった扉が跡形も無く消え去り、ただの行き止まりになっていた。

 明らかに魔術の類い。


「これはさすがに、私には無理……」

 式を解析して術を解くような繊細さは、生憎シスナには持ち合わせていない。壊すことは得意だが、そんなことすればシスナが侵入してることを帝国軍に自ら教えてしまうだけだ。

 もしティフィアがいるこの部屋にノーブルも居たら、シスナまで捕まる可能性が高い。

 他に方法はと周囲を見渡していると、床に何かが転がっているのが見えた。


 ――指輪?


 それは青い魔石が埋め込まれた指輪だ。おそらく声繋石。

 ……だとすればティフィアのものだろうか。

 そう考えたら胸の内にどす黒い靄が渦巻く。


 あんな泣き虫に、あんな出来損ないに――どうして仲間なんて出来るのよ、と。


 偽物なのに。

 勇者として、人間としても。


 なのに。

 なのに。

 なのに!


「――そんなにイライラしてると眉間に皺が寄るッスよ?」


 唐突に背後から聞こえた声に驚いて振り返ると、そこには一人の派手な色の少女が立っていた。

 暁色の長髪に琥珀色の瞳。しかしそれよりも―――シスナの視線は彼女の背中とお尻に向けられる。


「は、」羽と、尻尾……。人間にあるはずがないモノがついてる、異形。それはつまり―――魔族!


 なんでこんな場所にとすぐに警戒態勢をとり鎖を伸ばそうとして、だがそれよりも先に魔族の少女は己の手に弓を出現させると射放つ!

「っ!」

 あまりにも早い射撃に、咄嗟に目を閉じてしまったシスナだが。

 背後から聞こえたギシッという不快な軋みの音に、恐る恐る瞼を押し上げた。


「………え?」

「この扉開けたくて困ってたんスよね? 安心して良いッス! なんとかしたッス!」


 振り返った先――さっきまで行き止まりの壁となっていた場所に何故か扉が出現していた。でもおかしなことに、術が破壊されているようには見えなかった。


「困ってるときはお互い様ッス。それにレドマーヌもこの部屋には用があって――あれ、どうして鎖を巻き付けるッスか……?」

「人間側に貸しを作ろうとしたのか知らないけど、ずいぶんと間抜けな魔族なのね。一応感謝してあげる。でも、今は魔族を相手してる場合じゃないの」

「え、え、ちょ、マジッスか……! 本気ッスか! 人間は礼儀ってものを知らないッスか!」


 ギャーギャー喚く魔族の少女に「うるさい」と頭までずっぽり鎖でぐるぐる巻きにしてやった。小さく呻き声が聞こえるが知ったことではない。魔族が息をするのか分からないが、このまま窒息死してくれたらと思いつつ。


 扉にそっと耳を当てながら気配を探る。

「……」誰の気配も感じない。でも、誰もというのはおかしい。ティフィアはいるはずだ。


 ――罠の可能性が高い。

 それでもシスナは厳重に警戒しつつ、静かに扉を開けた。


「………………………なんて悪趣味」


 だだっ広い部屋に所狭しとコードやパイプが伸び、それらは中央に座す巨大な機械に繋がれている。

 まさかと思うが、これが噂に聞いた魔術兵器だろうか。

 リウが見たら嬉々として術解析に励みそうだが、それは置いといて。


 ざっと部屋を見る限りノーブル閣下はいないようだ。扉から出てきてないから、転移術でも使ったのかもしれない。


 ……問題はティフィアだ。あの出来損ないの姿もない。もしかしてノーブルが一緒にどこかへ連れていった? でも、それならわざわざこの部屋を経由する必要があったってこと?

 念のため部屋を隈無く探す。コードやらパイプのせいで歩きづらい。


「……? これは、」中央の機械の傍にいくと、何か画面が表示されていた。「“勇者の証”を検知出来ませんでした……?」


 刹那、足元に術式の展開を感知し飛び退く!


 すぐに臨戦態勢を取り術式の構築、手足首に巻き付けていた鎖一本一本に魔力を通すと生き物のようにその首をもたげた。


「ノーブル・シャガマ……!」

 やはり罠だったかと中央の機械を挟んだ向こう側、冷笑を浮かべる初老の男を睨む。


「くくっ……我はやはり運が良い。まさか人工勇者がもう一人、我が元にやってくるとは」

 飛んで火に入るなんとやらかとくつくつ肩を震わせた。


 ――この男、お父様の計画を知っている……? しかも私が人工勇者だと知ってるなんて。

 いや、それよりも最悪の状況だ。どこに隠れていたかは定かではないけど、どうやらこの男、『ティフィア』が目的というよりは『勇者の証』に目をつけてる。


「あら、出来損ないでは物足りなかったわけ? 残念だけど、私はあの子と違って安くないの」

「ふんっ、出来損ないは所詮人工勇者であっても出来損ないなわけか。……まさか人工勇者の“偽物”でもあったとは、クローツ(あの男)には恐れ入ったわ」


 ――人工勇者の、偽物?

 何を言ってるの、この男。そんな者はいないはずだわ。


 ティフィアだって……本当はお父様が勇者の証なんて分けたくなかったのに、あの子が我が儘を言って…………―――――まさか、リウが回収した……?


「………そう、貴方みたいな脳筋男にお父様が負けるわけないもの」

「クッ! そうだな、今まではそうであった。森羅万象を操れると言っても過言では無い魔術への知識……確かにクローツの方が遙かに上であろう」

「……」

「だが、此度は我の勝ちだ」


 ノーブルが腰を落として剣の柄に手で触れる。


 ――来る! でも、その前に……!


 部屋全体に巡るコードやパイプに潜り込ませ、密かにノーブルの近くで待機させていた鎖を一斉に動かす!

 殺すことが出来れば御の字。しかしそこまで上手くいく相手ではないのは分かっている。


「この程度……なんと容易いことか」

 隙を突いた攻撃のはずだった。多少逃げるための時間稼ぎ、もしくは少しでも傷を負わせることが出来ればと思っていたが。

「――やはり人工勇者とは言え、所詮人間ということか。弱い、弱過ぎるぞ……我を失望させてくれるな」


 ノーブルへと向かっていった無数の鎖が全て粉々に切り刻まれた――!


「っ」

 ダメだ、圧倒的過ぎる! ここにガロ・トラクタルアースがいれば……!


「もう終わりか? ならばこちらから――――参るッ!」

 再び腰を落として前傾姿勢をとったと思ったら、その一瞬後にはすでに目の前に男の姿があった。

「!」速い!


 鎖の壁で間を隔てようとしたが、それよりも速く逆手に持ち替えたノーブルの剣の柄がシスナの腹を抉る!

「ごはッ」受け身も取れずにモロに入ったそれに、小さな体が軽く吹っ飛ぶ。床に転がり噎せながら胃液を吐き出す少女へ少しずつノーブルは近づくと、剣先を喉元に突きつけた。


「……剣を使うまでもなかったか。まさか貴様も“偽物”というわけではあるまい」

「っ、ぐ、げほっ!……さ、さあ……どうかしら」

 偽物。そう言われて無性に腹が立った。

 私があの出来損ないと同じなわけがないじゃない! 私が『本物』で、私が『勇者』で……私が、私が…………!


「良かろう。試してみるだけよ」

 ノーブルの周囲に“窓”と呼ばれる青白い帯状が二つ現れ、そのうちの一つが割れる。

 するとシスナの体が不意に浮き上がった。


 ――最悪だッ! このままだとお父様の命令をこなせなかったどころか足を引っ張ることになってしまう!


 焦れる心情とは裏腹に、思ったよりもダメージが大きかったのか体が動かない。

 中央の機械、その二枚貝のような部分がパカリと開き、そこに近づいた瞬間にシスナは驚愕した。ティフィアだ。二枚貝の中で深く眠りについているらしいその少女の姿に、何故か涙が込み上げてきた。


「てぃ、ふぃぁ……」

「ん? ああ……そうであったな。出来損ないが邪魔か」

 ノーブルが近づきティフィアの襟首を掴んだときだ。


「―――っ!?」

 僅かな敵意を察知して仰け反ったノーブルの目と鼻の先を、短剣(・・)の刃が掠める!


 連撃を恐れて一度距離をとるべく下がったノーブルは、クッと口角を上げた。

「いいぞ、そうこなくては面白くない……!」


 気が緩んだおかげで術が解けたのか、床に落ちたシスナは機械の中から飛び降りてきた少女を見上げる。


 毛先が青みがかった短い銀髪。黒曜石の瞳。涙の跡が残る頬に、シスナより少し小さいくらいの背丈しかない幼い少女。


 泣き虫で、どうしようもなく弱っちい―――出来損ないの偽物。

 その、はず、なのに……………


「シスナちゃん、まだ立てる……? さすがに僕一人だけじゃ勝てないや」


 小さな手が差し伸べられる。

 無意識にその手をとってしまい、立ち上がらされた。


「――――当然よ、誰に言ってるの」

「あはは、だよね……」苦笑しながらも当然のようにシスナの前に立つティフィア。


 小さい、華奢な背中。

 でも、なんでよ……………?


 なんでこんなにも頼もしく感じてしまうのだろう。


 出来損ないのくせに。

 偽物のくせに。

 弱虫なくせに!


「精々我を失望させてくれるなよ――人工勇者共!」

「ごめんなさい、僕も仲間の元に戻らないといけないので――本気で行きます」


 狂気的な敵意を向けてくるノーブルに対し、静かに、しかし初めて見るような本気の眼差しで、ティフィアはそっと1対の短剣を構えた。


***



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