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6.カサドラ宮城


街から東へ延びる街道を進めば、帝都カサドラには歩きで3日には辿り着く。だが、明日の式典までには帝都へ着かなければいけないこと、馬鹿正直に街道を使えば配置しているであろう兵士と会敵する場合が高いため、ルートを絞るのは骨が折れた。


どちらにせよ時間もないので最短ルートで向かうしかないのだが……。


 現在町外れの森の中、ミルフィートに襲撃された場所よりも鬱蒼と茂った木々と草をかき分けてきたわけだが、前方100(メィテル)の位置に巨鬼(ギガン)を数体確認した。



 ――そう、問題は魔物だ。



 街道は兵士が巡回してるのもあって魔物と遭遇することは少ない。しかしそこから少し外れた場所には魔物が蔓延っている。

 しかもこの周辺は巨鬼の生息地らしく、あちこちに巣(山や岩に横穴開けて洞窟になっている)が点在していて巨鬼の数も多い。おかげで弱く小さい魔物がいないのだが、これは厄介だ。


「えー、倒しちゃえばいいじゃん!」とはガロの台詞。さすがは戦闘狂。


「普段巨鬼は雄雌番いで巣の中で生活してるけど、仲間意識がないわけじゃないんだ。こうも巣同士が近いと、周辺の仲間を呼ぶ可能性があるから却下」


 巨鬼は文字通りデカい。雌でも3mはあるし、雄は5mくらいの巨体だ。その肉体は筋骨隆々としており皮膚も硬い。一体ずつ誘き出して各個撃破ならいけるかもしれないが、そんな悠長なことをしている時間はない。


 魔物の足止めが出来る、或いは目をかいくぐれる何かがあれば……。

「―――お兄さん」呼ばれて振り返ると、リュウレイは右耳のピアスから杖を出現させてニヤリと笑った。「試したい術があるん」




「魔術すげえなおい!」


 アルニは目の前の光景に、さすがに興奮を抑えきれずについ大声をあげてしまった。

 巨鬼との距離は十分にとってはあるが、それでも警戒心が欠如していたと咄嗟に口を塞ぐ。……しかし、それでもすげえと感動は冷めない。


 ――視界に広がる森の光景。


「前にローバッハの魔道具屋で見た水晶玉あったじゃん? 光による反射。その式法則の応用だよ」木々の茂みしか見当たらない場所から得意げなリュウレイの声だけが聞こえた。


「オレの魔力を物質化して透明の膜に作り替えただけだけど、この透明な膜の厚みと魔力量の調整が少しでも歪むと式法則が成り立たなくなるし、何よりもこれは相手の視覚情報を騙すだけだから音を立てると察知されちゃうから注意が必要なん。

 この式法則はすごいん。色んな魔術にも応用が出来てねそれこそ前にお兄さんがライオスの地下で見せてくれた明草(あかりぐさ)の代用にも使えるし目くらましや攻撃手段にも―――――」


「待て待て! もういい! 分かったからもういい!――今は時間ないんだ、さっさとその術俺たちにも使ってくれ……」


 魔術ヲタクの解説講座が始まりかけたのを止めると、不満そうではあるがそういう状況ではないことは理解しているために「簡単に言ってくれるけど、けっこう難しい術なんだけど」と愚痴りつつ、一度自分にかけた魔術を解除して全員に再びかけなおす。


「おお……透明人間」

「さっすがリウ君! この術、きっとクローツも感動するんじゃない?」

「ですがこの術、仲間同士ですら見えないんですか?」


 各々の反応にリュウレイは複雑な心境を抱きながら問いに答える。


「そこまで術の精度を上げる時間なかったん。そもそもまだ試作段階だったし……とりあえず魔物さえやり過ごせればいいなら問題ないじゃん?」

「あとは仲間の足音だけ耳を澄ませればはぐれることもないと思うよ?――ああ、そういえばニアは方向音痴だったね! まだ治ってないんだ?」

「ぐぅ……っ! わ、私は方向音痴ではありません!」


「――おいお前ら、そろそろ行くぞ。ちょうど巨鬼が巣の中に戻った」

 魔術に感動しつつも逐一魔物の動向を確認していたアルニの指示に、見えずとも全員が黙って頷いたのは分かった。



 見えていないと分かっていても音だけはどうしようもない。枯れ草を踏む足音にいちいち怯えながら巨鬼の反応を窺いつつ、――なんとか森の中を半分過ぎた頃だ。


「これはかなり神経使いますね……」

 ふぅと一息吐いたニアに、リュウレイも内心頷く。特にリュウレイは魔術を維持させなければいけないので、だいぶ神経がすり減っているだろう。

 だがそれよりも、とアルニは周囲を見回す。


「………おかしい」

「あ、気付いてたんだ?」アルニの呟きにガロが反応した。

 ……やっぱりこの男も気付いていたか。


「おかしいって、何がですか?」

「ニアー、君はもう少し敵の考えを勘ぐった方がいいよ? 確かに戦い方しか俺は教えてないけどさぁ、でもクローツの傍にいたんだからその辺勉強してこなかったわけ?」呆れた声にニアが「そ、そういうのは苦手でして……」と言い訳で返した。


「あ、アルニ! 何が変なんですか!」それでも分の悪さにいたたまれなくなったのか、アルニへと話題を振ってきた。……まぁ別にいいけどよ。


「俺がそのノーブル閣下だったら、例え魔物の住処だとしてもこの森に罠を仕掛ける。時間がない俺たちが強行突破するならここしかないからな、確実に仕留めるつもりなら仕掛けててもおかしくない」

「罠? ですが、兵を配備するにしても魔物に襲われてしまうではありませんか?」

「兵ならな。――――ここがミファンダムス帝国なら魔道具の仕掛けを心配してるところだが、」


 サハディは物理的な軍事力を誇っている。そんな国が罠を仕掛けるとするならば――

「レイ、魔術解除」

「え、いいん?」

「いい。ここからは混戦する可能性が高いから、仲間同士はぐれることの方がまずい。あとニア、お前はレイを抱えてろ」

「は、はい……?」


「あれ、もしかしてアルニ君って目が良い?――もう見えてる感じ?」

 指示を出しながら一点だけを集中して見つめていたアルニの様子に気付いたガロも、同様に同じ場所を見ていた。


 距離にして約160(メィテル)の先、茂みの中から浮かぶ赤い双眸がいくつも瞬いている。


 真っ赤な双眸。長い豚鼻。牙がずらりと並ぶ大きな口。蛇のように細い舌。烏羽色の毛とこうもりのような羽。青白い炎を帯びた細く長い尾。

 犬とアリクイを合わせたその姿。全長は1(メィテル)とそこまで巨体ではないものの、“狗”はその圧倒的な数の暴力で襲いかかってくる――!


「レイ、前方に結界!」


 リュウレイが魔術を展開するのと同時に、一気に間合いを詰めてきた黒い塊が弾丸のように結界にぶち当たって弾かれる!


「これは――調教獣(バスカヴィル)!?」ニアが驚愕に声を上げた直後に、抜剣したガロが横合いから飛び掛かってきた2頭の調教獣の首を刎ねた。


「調教獣出してくるあたり、本気で勇者のお供を潰す気だね! ()る気満々だ!」

 楽しそうな口調のガロとは反対側、同じく結界の横から襲いかかってきた1頭の調教獣に薬瓶を投げ込み火の魔法を使って爆発、怯んだ獣の眼球から脳をひと突きにしたアルニは眉を顰めた。


 ――――調教獣とは元々魔物だ。


 しかしまだ生まれて間もない魔物を人間に慣らせて飼うことは一応出来る。普通の人は出来てもやろうとはしないが、軍や政府は違う。

 上手く調教できれば戦力になるし、兵力の損失も少ない。それにこういった野良の魔物がいる場所での奇襲も可能のため国では重宝されていると言っても良い。

 ただ一方で上手く調教出来なければ結界内部に狂暴な魔物が放たれる危険性もあるため、率先して調教獣を造り出しているのはここサハディくらいなものだ。


「偽物といえど勇者一行だぞ、危害加えて何の得になるってんだよ……」

 確かに本物ではないが、それでも魔族を退いた実績があるのは確かだ。

 なのにティフィアを捕らえて、挙げ句に救出しに来る仲間たちは排除って……酷い話だ。


「それは分からないけど、ようやく戦えるんだ――感謝しないとNE☆」

 犬歯を剥き出しにして紺色の瞳を仄暗く光らせたガロは、2対の剣を持った両手を大きく広げた。

「んじゃ、ちょいとばかしひと暴れしちゃうぞ~♪」

 グッと一歩足を踏み込んだガロの姿が消えた。


「は、」様子を窺っていたアルニは間抜けな声を漏らし、視界に映る鈍く輝く剣の残像だけを目で追う。それは調教獣の首、足、胴体を次々と刈り取っていった!

 たぶん30頭くらいいたはずの調教獣が半数となり、残りも力量の差に怖じ気づいて怯んでいるのを見て「バケモノかよコイツ」と思わず零してしまった。


「さすがは先生! 相変わらず見惚れるほどの剣術です……!」

「どうでもいいけど、弱いオレたちがめちゃくちゃ狙われてるよ」

 冷静なリュウレイの返しに、確かにガロを避けて駆け寄ってくる調教獣が数頭。


 アルニは短剣を数本投げてから同じように距離を詰める。投擲した短剣に脳天を貫かれた獣を踏み越えて飛び掛かってきた調教獣の口に鉄板が仕込んである腕をくれてやり、怯んでる隙に首へ短剣を埋め込む。


 動かなくなったそれを襲いかかってきた一頭の獣へ放り、

【我らを仇なす者たちに制裁を―――白き雷槍牙ビスティケオ・ヴァジュラオウ!】

 一本の雷槍が貫いた!


 しかもその雷槍は周囲へ雷撃を放ち、近くにいた調教獣を痺れさせる。動けない獣の首をかっさばいたアルニは辺りを見回す。

 続々と森の奥から湧いて出てくる調教獣を全て相手する必要はない。森を抜け帝都へ向かえる“道”が拓ければ………!


「トラクタルアース流居合い術―――モーゼの十戒!」

 不意に後ろへ下がったガロが双剣を鞘に納めると、次の瞬間――――閃光で目の前が眩んだ。しかし一つ瞬きしたときには……あれほどわんさかいた調教獣が激減している。


「さすがは先生! 我流なのにここまで技の精度と威力が出せるのは、やはり先生だけです!」

 興奮したようにガロを持ち上げるニア。

 ………いやいや、我流なのかよ! トラクタルアース流って言ってたのに!


【不届き者たちへ鉄槌を!――――真白の牙雷群よ(ビスティケオ・ロード)ッ‼】


 内心ツッコミを入れていたアルニをよそに、杖を振りかぶって周囲一帯の調教獣に雷撃を浴びせたリュウレイは「早く! 今のうち!」と叫ぶ。

 リュウレイのおかげで調教獣が痺れて動けず、ガロの斬撃によって拓かれた道を駆け抜ける。


 この方角をまっすぐ向かった先が帝都カサドラだ。


 しかし痺れが解けた調教獣が援軍と合流し後ろから追いかけてきている。このままだと追いつかれそうなのだが―――。

「よし、ようやく来たな」

 微かに聞こえる地響き。それは少しずつ近づき――調教獣の悲鳴が轟いた!


「な、なんですか今の!?」

「巨鬼だ! 戦闘の音に気付いて様子見に来たんだ」


 同じ魔物とは言え縄張りを侵すのであれば関係なく屠るべき対象だ。追いつかれた者から巨鬼の暴力に為す術も無く狩られているのだろう。

「あはははははッ! すごいすごい! 調教獣がどんどん巨鬼に払い飛ばされていくよ! ね、見て見て! あはは、面白いよ!」

 後ろ向きで走りながら、巨鬼を指差して爆笑してるガロ。……器用だな、お前。


「アルニ、そろそろ森から抜けます!」

 ガロから正面に視線を戻せば、確かに木々の合間から荒野が垣間見えた。

「レイ、森を抜けたら」

「結界でしょ? 分かってる」


「うわぁ……っ! すごいすごい! 巨鬼がどんどん増えてるよー! あははっ!」

「相変わらずうるさい人だなぁ……」ぼそっとリュウレイが呟いたとき、視界が一気に開けた―――森を抜けたのだ!


 足を止めたニアから下ろしてもらうとリュウレイはすぐに杖を振り回した。


【“窓”展開!】


【我が魔力の式を法則に組み込み、万物を拒む結界を生み出せ】


 少年の周りを囲む2つの青白い帯の内1つが大きく広がってバキンッと砕け散る。


【法則を事象化し、実体化せよ―――――隔絶の堅牢パスキッド・レーションッ!!】


 目の前に広がる森が一瞬歪んだように見えた刹那、


 ガンッ!

 ガガガガガガッ!

 ガンッガンッ、ガガッ、ガンッ!


 森とリュウレイたちとの間に出来た不可視の壁に勢いよく巨鬼と調教獣の群れが衝突した。

 


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