5-4
――ミファンダムスの皇帝の姉フィアナの、クローンであるティフィア。
そのティフィアは皇帝の欲求のために造り出された存在。
衝撃的な事実だ。いまだに受け入れがたい話ではあるが、同じように青白い顔をして放心状態のニアはともかく、リュウレイが何も言わず俯いたまま黙っていることが何よりもガロの話が真実であることの証明に思えた。
「……」
だから、か。
養子になる前から自由がなかったと言っていたティフィアの言葉は。そして自分のことを信じられない性格は。―――ここに繋がるのか。
「――さて、ここからが本題だよ。キミの問いにちゃんと答えてあげる。……リウ、クローンにおける術式のこと教えてあげてよ」
「お、オレが言うん……?」
「だって全然しゃべってないんだもーん。俺ばっかにティフィアちゃんのこと話させるつもりなのぉー? それに魔術のことはキミの方が専門家だろ?」
「…………………………」苦虫を噛み潰したような顔をし逡巡したリュウレイは、大袈裟に一つ溜め息を零して覚悟を決めたようだ。
「“式”は万物に宿り、“法則”によって事象する。……これが魔術の基本だよ。この基本が万物に本当に適用されるのなら、動物も人も、魔族や精霊、果てにはこの世界そのものだって“式法則”によって成り立っているん」
その式法則が分かっていれば、本来あらゆるものは複製可能であることは学術的にも立証されている。
「ならどうして人間を複製しないと思うん? 強い魔族と対抗するなら戦力は必要でしょ? 複製造って、或いは複製を強化して、それを戦わせた方が既存たちに損害は出ないと思わん?」
リュウレイの問いかけに確かに、とアルニは考える。
もしティフィアのようなクローンが実現可能ならば、その技術を応用してそれこそ“使い捨ての兵士”を複製した方が魔族に太刀打ち出来るかもしれない。可能であれば“勇者”の複製すら作れるんじゃなかろうか。
……でもそれをミファンダムス帝国が行っていないとなると。
「単純にクローン技術をミファンダムスの王族が独占しているのではありませんか?」
ニアの答えに幼い魔術師の少年は首を横に振った。
「独占してるなら、それこそ、だよ。それこそ大量の兵士作って今頃魔界域に侵攻してる」
複製は可能なのにクローン技術を運用出来ない理由――。
「……精神的なもの、とかか?」
不安げに出した答えに、リュウレイは頷いた。
「――――正解だよ、お兄さん。……クローン体はみんな『次元の壁』を越えられないんだ」
「次元の、壁?」
「簡単に説明すれば天国や地獄がある、精霊や女神様が存在する次元、かな。人は死んだときに肉体と精神が切り離されて、魂が行き着き循環する場所っていうのが通説。
逆に言えば、生まれたばかりの赤ん坊の魂は次元の壁を越えてそこから宿るとも言われてるん。
つまり、肉体は複製出来てもそこに宿る精神がない限り完全な人間たり得ないん。みんなマネキンみたいに、ただぼんやりと立ってるだけの“人形”にしかならなかった」
なんともオカルト的な話だ。
だけど精霊が存在する次元がある、というのはなんとなく分かる。
魔法師として精霊を感知出来ても、その姿を見ることは出来ない。次元とはきっとそういうものなのだろう。存在するのに存在しない、視認できない。でも、そこにいる。
「複製体が戦力に、というかそもそも“人間”にならないってことは分かった。――なら、どうしてティーは存在してるんだよ」
「――――分かんない」
…………………は?
「分かんないんだよ。どうしてお嬢だけ心を宿しているのか、分かんない。もう奇跡としか言いようがないん」
「フィアナ様のクローンを秘密裏に個人的に造っていた我らが皇帝もね、ずいぶんたくさんの“人形”を廃棄してたんだよ? その中で一つだけ、本来廃棄されるはずだった人形の中で唯一動いて言葉を発したのはティフィアちゃんだけなんだ」
「……あんたはずいぶんティーの出生に詳しいんだな」
「“人形”の廃棄を任されたのは俺だもん。面倒くせぇなー、変態趣味に俺まで巻き込むなよって思ってたら人形の一体と目が合ったってわけ」
こいつ当時親衛隊長、だったんだよな……? それにしては辛辣な皇帝陛下へのお言葉だ。
まぁ、激しく同意するが。
「でも、たぶんティフィアちゃんは完全なクローン体じゃなかったからかもねー。フィアナ様はもっと育ちが良かったし。声も違うしねぇー。他の人形と違うところなんてそれくらいだったよ」
育ちが良かったし、というところで胸の前で膨らませるジェスチャーをするな!
「……、じゃあティーの“あの体質”も根本的なところは――」
「お兄さん!」
――しまった。ニアに秘密なのは知っていたけど、もしかしてガロにも秘密だったのか……!
てっきり話の流れからティフィアの秘密=体質のことに繋がると思っていた。
完全に早とちりだったと後悔しても遅い。ニアは「あの体質?」と首を傾げていたが、ガロはリュウレイの首に腕を回して引き寄せ、反対の手は剣の柄を握っていた。
「面白い話持ってるねぇ、アルニくん! 俺はティフィアちゃんのこと結構教えてあげたんだし、俺にも教えて欲しいなぁ! 俺知りたいNA☆」
リュウレイが口パクで「バカ!」と罵ってきたが、残念なことに否定出来なかった。
「ティフィア様にそんな能力が……………知らなかった」
「――――ふんふん、なるほどなるほど。触れた人の傷を癒やす、ねぇ。……それバレたらティフィアちゃん実験体とかにされちゃうかも☆」
「お兄さん、オレ一生お兄さんのこと恨むかも」
「悪い。本当に悪かった」
弁解の余地なく謝るが、それならばティフィアの秘密とは出生に関することだけなのかと内心疑問に感じていると、それを見透かしたようにガロが「ティフィアちゃんの秘密っていうのはね」と口を開いた。
「あの子は魔術も魔法も使えない。クローン体だから素質がないっていうのもあるかもしれないんだけど、それよりも―――ティフィアちゃんを構成してる“式法則”が崩れてしまうからなんだよ」
「式法則が崩れるって、なんなん?」
これはリュウレイも知らなかったらしい。
「詳しいことは俺にはさっぱり! でもあの子に与えた“勇者の証”は特殊だって言ってたよ。式法則が崩壊しないよう安定させる術式が編み込まれてるんだって。もしノーブル閣下様々が下手にティフィアちゃんの中を弄って術式が壊れたら大変だ!――て、あれ? リウ顔色悪いけど俺変なこと言った?」
アルニはリュウレイの顔を盗み見ると、顔が引き攣って青白い。
「お、オレ………――どうしよう。オレのせいでお嬢が死んじゃう……!」
今の言葉で察したのか、ガロは「あーりゃりゃ。こりゃあまいったねぇ」と肩を竦めた。
「? どういうことだ?」
「以前ライオスの街でシスナに襲われた後、王都からずっとティフィア様が体調不良だったという話を貴方がしたのを覚えていますか?」
「ああ、あったなそんなこと」
――考えられるとすれば、シスナに負けてリュウレイが落ち込んでいて、ニアに胸ぐら掴まれたときだろう。
リュウレイはティフィアに額を合わせて何かした。彼女の体から何か光みたいなものがリュウレイに吸い込まれていく光景を見たのを思い出した。
「……ティフィア様は元々“証”の適合率が低かったので、“証”の力を使うと体調が悪くなることは何度も見てきました。しかし王都での一件ではあまりにもそれが長期に渡っていたので、リュウレイはティフィア様の“証”を取り上げたんです」
「あー、なるほど。じゃあ今ティーにはその“勇者の証”がないってことか」
ニアが頷くのを見て、これは想像以上にまずい状況なのではと頭が痛くなってきた。
「アルニ、私たちはこの街である程度情報収集してきたのですが、」
「明日の式典セレモニー、だろ?」
――大型魔術紋甲殻機、だったか。そのお披露目会がある。
ティフィアが連れて行かれたタイミングから、無関係とは思いにくい。
「レイ、ティフィアがどこに連れて行かれたかは分かるか?」
「方角からしてたぶん帝都カサドラだと思うん。それにカサドラにはお城もあるし、軍の駐留所もあるから」
「分かった。――あと、俺がここに来るまで誰かが尾けてきてた。おそらく軍の人間だ。俺たちはティフィアの仲間として認識されてるし、連れ戻そうと考えるのも相手は分かってると思う。なるべく魔物と兵との戦闘は避けて、最短で帝都に向かおう!」
リュウレイとニアが頷く。
さて、と立ち上がりながら目の前でニヤニヤしてる男を見据えた。
「……あんたはどうすんの?」
「やだなー、そんな面白そうなことに首を突っ込まないなんて俺じゃないよ? それにノーブルとは一度殺り合ってみたいと思ってたんだからさぁ!」
鼻息荒く勢いよく立ち上がったガロは上唇をぺろりと舐めた。
「うっへっへっへぇ~♪ 腕が鳴るぜ血が滾るぜーっ!」
……戦力としては頼もしいのだが、性格に難がありすぎて不安だ。
あとはさっきからじんじんと痛むこの脇の傷が保ってくれることを祈るだけだ。




