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5-3


***


 罪人としてティフィアが連れてこられたのは帝都カサドラにある宮城だった。


 帝都に着くなりあれほどいた軍人は解散し、指揮官の男に連れられて宮城の地下通路をひたすら歩かされる。この奥にきっと牢獄があるんだろうなとぼんやり考えていると、行き止まりに足を止める。

 そこで指揮官が左腕に装着している籠手(こて)を掲げると、行き止まりであったはずの壁に一瞬魔術紋陣が浮かび上がり、やがて重厚な扉が出現した。


「……」魔術を用いたからくりに感心していると鎖を引かれて扉を潜り、――ティフィアは黒曜石の瞳を大きく見開いて絶句した。

「な、に……これ…………」


 ――地下とは思えないほど広い空間だ。しかしパイプやコードが壁と床を所狭しに埋め尽くしており足の踏み場がない。だがそれよりも驚愕したのは……この部屋の中央に座した、巨大な機械だ。


 大きな二枚貝にアンテナのような太く長い棒が突き刺さったような形をしたそれは、あちこちに散らばる翠玉の目玉をギョロギョロと動かし、まるで生きているかのように(アーム)を動かす。

 ときおり壁に取り付けられた巨大試験管から緑色の液体が機械へと流れる度、二枚貝の僅かに開いた隙間から見える闇緑色(ダークグリーン)の光が脈を打つように明滅していた。

 


「“大型魔術兵器F1007-56式超魔術紋砲撃甲殻機”――――通称“大型魔術紋甲殻機(ナイトメア)”。選りすぐりの技術者たちを集めて造らせた、最強の魔術兵器だ」

 


 不意に背後からかけられた声に弾かれたように振り返ると、そこには白髪交じりの厳格そうな初老の男が立っていた。隣の指揮官と似たような軍服を着ているものの、黄金色に輝くマントを嫌味無く羽織り、その堂々たる落ち着いた雰囲気に『王』の風格を肌で感じ取った。


「――ノーブル・シャガマ閣下! ご命令通り、罪人ティフィア・ロジストを連行して参りました!」

 指揮官の男が最敬礼をしながら報告すると、初老の男――ノーブルが大きく頷いた。

「ご苦労。下がって良い」

「はっ。失礼いたします!」


 ティフィアを置いてさっさと部屋を出てしまった指揮官を見送っていると、ノーブルの冷淡な鳶色の瞳が少女を頭からつま先まで観察し、嘲るように鼻で笑った。


「――さすがはミファンダムスの狂王子(くるいおうじ)。いや、もう帝王であったな。……相変わらず趣味が悪い。反吐が出そうなほどにな」

「………!」

「どれだけ似せて造ろうとも、所詮ただの人形。同じ心が宿るわけでもあるまいし。なるほど情報通りの“出来損ない”というわけか」

「……………………」

「貴様も憐れな人形だな。亡き姉の面影を求めた狂帝王に造られ、何度も求められたのではないか? その幼い肉体で奉仕したか。そして満足にさせられず捨てられたか?」

「………………………………………っ」


「――ふん、こんなモノが“勇者”を騙っていたとは。何故教会が野放しにしているのか甚だ遺憾ではあるが……まぁいい」

 俯き涙を堪えながら下唇を噛む少女から視線を外し、ノーブルは中央にある機械へと歩み寄る。


「勇者が勇者たる所以は女神によって選ばれ、その身に“勇者の証”という神の力の一部を刻まれるからだ。だから勇者は“超人”なのだ。魔族を凌駕し、魔王を討ち滅ぼす力を持っている。―――クローツ・ロジストが長年研究してきた代物だな」


 ノーブルの動きを警戒しつつ逃げ出す隙をうかがっていたティフィアだが、ここで義父の名前が出るとは思わず少なからず動揺してしまった。

 そんな少女の僅かな変化すらも目に止めていたノーブルは、おもむろに口角をクッと上げた。


「――――人工勇者計画」


 ティフィアの生い立ちもクローツのことも詳しいこの男は、きっとミファンダムス帝国のことを徹底的に調べ上げたのだろう。そうでなければ、その名称を知るはずがないのだから。


「あの男は大した若者だよ。魔術の理論を応用し“人工的に勇者の証を造り出す”、だったか。ククッ……そのために孤児を集めて養子にし、それぞれに勇者の証の『一部』を分けた。それをどうやって繋ぎ止めて術式を完成させるか興味はあったが―――その計画を利用しない手はない!」


 機械の前に立ったノーブルは掌くらいの大きさの石を取り出した。透明な翡翠色の魔石だ。

 それを機械の前に掲げると、ヴンッと音を立てて、ノーブルの周囲に薄く青白い半透明の帯のようなものが浮かび上がった。


 ――魔術だ。

 ティフィアは咄嗟に逃げようとしたが、すぐに足元を掬われる。……否、掬われたのではなく、ティフィアの体が宙へ浮かび上がったのだ!


「! わ、ぁっ!?」

 あっという間に高く浮かび上がった体は、抵抗する間も与えることなく――大きく開いた二枚貝の口の中へと吸い込まれていった。


 あまりにも呆気ない偽勇者の消失にどこか失望しつつも、ノーブルは「これで」と呟く。


「これで明日の式典で“大型魔術紋甲殻機(ナイトメア)”が使えるようになるだろう。そうすれば忌まわしき魔族を根絶やしにすることが出来る……っ!」


 長かった、とノーブルは天井を仰ぎ見た。


「成功すれば世界的にもミファンダムス帝国より優位に立てる。魔族を滅ぼせる。――そうすれば、そうすればきっと…………女神様は我が望みを(・・・・・・・・・)叶えてくれるはずだ(・・・・・・・・・)



***



 ――フィアナ・ルディス・ミファンダムス。


 家名のあとに国名がついてることから、ミファンダムスの王族であることは窺えるのだが……育ったカムレネア王国のことなら少しは分かるものの、帝国の事情を知らないアルニは首を傾げざるをえなかった。


 しかし、『クローン』という言葉は知っている。

 なるほど、だからティフィアは自分のことを「人形」だとか「偽物」だと言って卑下していたのか……。本物の勇者ではないという事実だけではなく、普通の“人間”とはまた違うという意味合いだったのだろう。


「――フィアナ様の、クローン……」アルニ同様、いやそれ以上に衝撃を受けたニアは、ふらふらと後退って壁に背中をぶつけた。

「わ、私は……てっきりフィアナ様の、」

「子供だと思った?」途中で言葉を切ったニアの後を続けるように、ガロが笑みを浮かべながら言った。

「……」


「うん、だろうね。クローツも最初は勘違いしてたくらいだもん! 似てるし、まさかクローンなんて思わないよねぇー。それなら―――リウル・クォーツレイとフィアナ様の間に出来た子供って考える方が現実的だよねー!」

「! なんでそこにあいつが出てくるんだよ!」


 リウル・クォーツレイの名前が出た瞬間、頭の中が真っ白になって気付いたらガロの胸ぐらを掴んで立たせる。しかしすぐにニアによって引き離された直後、ひゅっ、と風を切る音と僅かに切られた前髪がはらりと宙を舞った。


「馬鹿ですか! 死にたいんですか!」

 背後でニアに罵倒されながら、呆気にとられつつ見上げた男の瞳は、まるで曇ったガラスのように虚ろだった。

 しかしそれも一瞬のこと。すぐにニヤニヤと笑みを浮かべた彼は「ニアの言う通りだぞぉ~? うっかり殺しちゃうかもだから、不用意に近づくの禁止☆」とウインクで返してきた。


 ……たぶん、剣抜いたんだよな。何も見えなかった。


「わ、悪かった」鳥肌が立った腕をさすりながら興奮する気持ちを落ち着かせる。

「こっちもごめんね?――ほら、話長くなるかもだから座って座って!」

 椅子を勧められ、言われた通りに座る。ニアはまたアルニが暴走しないか心配なのか、アルニの斜め後ろで立つことにしたようだ。


「――フィアナ様はミファンダムスの現皇帝ラスティラッド・ルディス・ミファンダムスの義姉です」

 そして話についていけていないアルニに後ろから助け船を出してくれるようだ。

「生前リウル・クォーツレイは魔王を討伐した暁にフィアナ様と結婚することが決められていました」


 どうやら婚約者という間柄だったようだ。

 結局リウル・クォーツレイは魔王を倒す前に死んでいるわけだから、その婚約もなかったことになったのだろう。


「でもなんでそんな人のクローンを造る必要があったんだ?」

「―――それは皇帝様が義姉であるフィアナ様を愛していたからさっ!」


「――、」それは、つまり。


「腹違いといえど姉弟の関係で、しかもフィアナ様には婚約者がいる。当時まだ王子の身分だったラスティラッド様に王の決めたことを覆すことも出来ない。フィアナ様もラスティラッド様を弟としか見ていない。――嗚呼、なんと憐れ! 純情な想いはやがて歪んで澱み、幼き王の心を壊してしまったのさ!」


「じゃ、じゃあ……ティーは………その現皇帝に、」



「そう、慰み者として造られたんだ」


 


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