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3.道標


 ドドドドドドドッ

 ガッガガガガガッ


 上からも下からも襲いかかってくる鎖と釘を躱しながら、アルニとニアは森の中を全力疾走していた。

 頭の中で方角を確認しつつ、街へ向かう。その間にちょうど川が流れており、そこまでいけばミルフィートの攻撃範囲からは抜け出せるはずだ。


 途中後ろの様子を見たが、あの黒い球の追撃はない。レドマーヌが体を張ってなんとかしてくれているのだろう。……会ったばかりで仲間でもないのに、どうしてあそこまでしてくれるのかは疑問だが、正直助かった。


 あとはもう逃げるだけだと己を鼓舞し、そろそろ限界な体力に鞭を打つ。


「―――っ、嘘だろ……?」

 水の精霊も増えてきて川が近いことを視覚的にも感じたとき、それは目に入った。


「どうしたんですか、アルニ」

「……もう少し進んだ先に鎖のバリケードがある!」

 距離約100(メィテル)先の前方一帯。木々を縫うように鎖の壁が立ちはだかっていた。

高さはそこまでではない。3mほどぐらいか。しかしあれを乗り越える間に、確実に集中砲火を浴びるだろう。


「あれくらいの障害、問題ありません」

 薄桃色の瞳を細めた彼女は、おもむろにアルニの首根っこを掴んだ。


「へ、」

「口は閉じてた方がいいですよ」

 ぐっ―――と左足を前に出して重心を乗せると、勢いよく振りかぶってアルニを投げた!


「っ――――――!?」

 突然のニアの暴挙に驚きつつも難なく川ごとバリケードを越え、地面に転がり着地した。

 せめて事前に投げますくらい言えよとバクバク言ってる心臓を宥めながら内心愚痴る。ただやはりあの川が境界になっていたのか、こっちには鎖も釘もこないようだ。


 ―――あとはニアが来れば、


 アルニと違って身体能力が元々良い上にレドマーヌの術によって更に向上しているのだ。先に荷物だけを放って、自分はあとから悠々と乗り越えるつもりだろう。

 実際アルニの考え通りニアにとってあれくらいは大した障害にはなりえない。


 鎖のバリケードの隙間に小剣を投げて突き刺し、それを足場にして飛び越える。宙で襲いかかってくる鎖と釘はレドマーヌの羽根で防ぎ、あともう少しで着地出来ると思った瞬間。


「ぐぁあぎゃぁああああっ!」

「な―――!?」


川の水面をギリギリの高さで平行飛行してきた“それ”は、思いっきりニアへと体当たりしてきた!

「ぐ、四つ羽烏(グズコ)!?」


 全身真っ黒い巨大な烏の魔物は、いまだ興奮冷めやらぬ様子で名前の由来にもある4つの羽を大きく広げた。縦に細長い瞳孔が縮まり、周囲に精霊が寄り始める。―――まずい!

 明らかに狙いは川の中へ落ちたニアだ。


 魔力があれば強引に精霊をこっちに引き寄せて技を消失させることも出来るが、アルニに残ってる魔力残量はほとんど空に近い。魔法はあと一度きりしか使えないだろう。

「くそっ、間に合え……!」


 川に向かって走りながら、短剣を投げて四つ羽烏の意識をアルニに向けようとするが、煩わしそうに羽で短剣を弾きながらも視線は変わらない。

 それでも魔物が術を使う前に川に着いたアルニは、躊躇うことなく川に飛び込むとニアを探す。

 思いのほか深い川底で、彼女は気を失い漂っていた。


 アルニは彼女を抱き寄せて水面を目指すが―――、

「っ、」

 水中に風の精霊を纏った黒い羽が襲いかかってきた。


 アルニはなけなしの魔力を全て水の精霊に与え、水中を移動しながら追いかけてくる黒い羽を短剣で落とす。しかし動きにくい水中で全てを防ぐことは叶わず、肩と足に切り傷を作る。


 しかも最悪なことに泳いでいた水馬豚(グモロール)まで現れ、住処を荒らしにきたのかと勘違いしたのか襲いかかってきた。

「ぐっ、が!」水馬豚に脇を食いちぎられて一瞬意識が飛ぶ。あふれ出る血が漂い赤く色づいた水中で、ニアが持ってたレドマーヌの羽根を拝借して水馬豚を弾き、その隙に水中を移動する。


 何度か息継ぎのために水面に顔を出し、魔物の気配とミルフィートの術が近くにないかだけ確認し、ようやく安全な場所を見つけたときには、もう空はあかね色に染まっていた。


「……」


 潮の匂いがする。海が近いのかもしれない。


 …………頭が、ぼんやりとする。


 水に濡れたせいか重く冷たい体でなんとかニアを引き上げ、そこで力尽きたように隣に倒れた。

 ――ニアの傷は、見たところ酷くはない。四つ羽烏に体当たりされて気絶しているだけのようだ。良かった。


「………なんか、」


 なにかを思い出しかけた。とても懐かしい、思い出を。


 夕暮れの空。

 海。

 打ち上げられた、俺と…………誰か。

 大切な人だった気がする。でも、思い出せない。


 あのときも確か、同じだった。

 水の精霊を使って、海を泳いだんだ。思い出せない“誰か”を抱えて。

 何度も励まして、何度も嘘を吐いた。

 頑張れ。大丈夫。もう少しだ。もう少しで―――――


 ああ、そうだ。

 ――父さんと母さんに会えるよ、て。


「××××」


 遠い遠い記憶。大切だったはずの思い出。

 それから炎に巻かれたあの日あのとき、俺は―――――全部消したんだ(・・・・・・・)


 ぼんやりと忘れたはずの記憶を思い出しながら、そうしてアルニは目を閉じて意識を飛ばした。


***


『……ねぇ、ニア。僕は“お人形”のままの方が良かった?』


 ティフィアの声が聞こえた気がしてハッと飛び起きたニアは、声繋石の指輪を一瞥してから周囲を見回した。

 鬱蒼とした森の中。夕暮れに染まった空。そして、どこからか潮のニオイがする。


 ……そうだ、私たちはミルフィートという魔族から逃げてて、鎖のバリケードを越えた先で魔物に体当たりされたんだった。

 思わず腹をさする。服を脱げば紫色の痣が出来ているだろう。


「あの魔物……」

 四枚の羽根をもった大きい烏のような魔物の首に、微かに見えた赤色。まさかとは思うが、赤い大蜘蛛針(ロート・レチリック)―――?

 王都でミアが言っていたが、本当にあちこちに出現しているようだ。


「アルニ?」

 魔物のことを話そうと辺りを見回し、そこでふと地面につけていた手に何かが当たった。そちらへ視線を向ければ、ニア同様ぐっしょりと濡れたアルニが寝転がっているではないか。

 どうやら彼も気絶しているらしい。

 状況を察するに川に落ちたニアを助けてくれたのだろう。……不本意ではあるが、あとで感謝せねばと心に決める。


 とりあえず川の近くにいるのは危険だ。水辺に生息する魔物もいるし、増水する危険性もある。

 アルニの腕をとって自分の首に回し、支えるために腰に手を回して立ち上がろうとしたとき、ぬるり、と手が滑った。

「え、」


 水とは違う粘性を帯びた液体に、ニアはまさかとアルニの脇を見やり―――絶句した。


 脇が抉られていた。


 そこでようやく気付いた。どうして気付かなかったのか不思議なほど、彼の体は血に塗れて顔も青白い。それに体も冷え切っている。

 咄嗟に胸に耳を当てて口元を見ると、かすかに息をしているのが窺えた。が、かなり弱い。


「か、回復……っ」

 回復薬を求めてアルニの小物入れを探すが、ベルトごとなくなっていた。ニアもいつもの鎧姿なら2本くらい常備しているのだが、今回ばかりは持ち合わせていなかった。


 そ、そうだ、羽根!

 慌ててレドマーヌから貰った羽根を取り出す。確か、多少なら回復にも使えるって言っていたはずだと傷口に羽根を当てると、淡い光がアルニの中に入っていった。


 ………え、これだけ?

他の浅い切り傷は消えただけで、脇の傷口は塞がらず血も止まっていない。本当に少しだけだったようだ。


「そんな……………」

 ―――このままだとアルニが死んでしまう。


「っ、」ニアはアルニを抱えて立ち上がると、元々向かっていた街を目指すことにした。ここにいたって仕方ないし、街に行けば医者がいるかもしれない。


 しかし、

「ここはどの辺なんですか……!」


 現在地が地図のどの辺なのか、方向音痴のニアには分からない。地図は頭の中に記憶してる。してるけど、今見渡している光景と合わせることが出来ない。

 今自分が向いている方角は? 街はどっちに行けば着く? ここは森のどの辺り?


 ―――今ほど己が方向音痴であることを呪ったことはないだろう。

 こうして踏みとどまっている間にもアルニは弱っている。本当に死んでしまうかもしれない。


 当てずっぽうで行く? もしそれで街から遠ざかってしまったら?


「どっち……? どっちなんですか……!」

 焦燥だけが積もりに積もる。日もどんどん沈んで暗くなってきた。せめて太陽の位置が分かれば―――!



 ―――「お前、知らないだろ。こいつ、魔物なんだぜ」



 不意に記憶の中のアルニが、指で1匹の虫をニアへ向けてきた。


 そうだ……。

 そうだった………!


 確か蟻と共生していて、太陽に向かって飛ぶ習性があるから旅人たちには重宝されてる魔物の一種。名前は、そう、確か蛾蟻(ネフ)


 ニアはアルニを一度地面に下ろすと慌てて地面に這いつくばった。

 蟻とそっくりな見た目だが、羽根がついてるはずだ。まだ完全に暗くなる前に見つけなければ!

「お願いです……出てきて―――っ!」


 アルニのことは今でも好きにはなれないし、当然信用も出来ない。ティフィアがどうしてあそこまでアルニと一緒に居たがるのか、どうしても理解出来ない。

 アルニのことは理解出来ないが多すぎる。


 あの男は危険だ。

 あの男はきっとティフィア様を傷つける。


 だから、

 だから。


 ――だけど!


「お願い! お願いです!」


 旅に同行するようになって、魔物の生態に詳しいし使えるやつではあるかと思うようになった。

 ティフィア様が何か相談しているのを見て、やはり何も知らない第三者になら打ち明けやすいのかなと思った。


 私たちの関係に口を出してくるのが煩わしかった。

 ティフィア様を戦わせようとするのが嫌だった。


 ティフィア様を守るのは私だ。私はティフィア様をずっと見てきた。あの方を守ると誓った。


 ――でも、本当にティフィア様を想うなら、守るだけじゃ駄目なんだとも、本当は思っていた。


 そんな風に思うようになったのは、アルニ(あの男)のせいだ……!


仲間は死なせない(・・・・・・・・)……! もう二度と(・・・・・)! 私は……っ」

 私は――――――――、


「ぁ、」


 もうほとんど暗くなって見えない地面。指先に触れた小さな生き物。

 蟻によく似た、魔物。


 ニアは蛾蟻(ネフ)を指で掬うと、立ち上がって指を掲げた。

蛾蟻(ネフ)はすぐに羽根を広げて飛んだ。ニアはそのまま追いかけるようについていき、暫く歩くと急に森が開けた。


「――――――」


 海だ。


 地平線に沈む橙の光が水面に反射し、眩しくて目を細めた。

「……西の海。川。森」

 そして、と周囲をぐるりと見渡せば、右手方向に大きな岩場が見えた。

 ―――ということは。


「このまま海沿いに南下すれば、港町がすぐ見えるはず……」

 ようやく記憶していた地図と現在地が重なった。

 ニアは目元を擦るとすぐに来た道を戻り、アルニを抱えて再び海沿いへ。


 そして港町を目指して歩き始めた。


***


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