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「――なぁ、聞いたか? ノーブル閣下が“大型魔術紋甲殻機”を作ったらしいな」

「その話、国中で持ちきりだぜ! なんでも憎き魔族すら殺せる最強の兵器なんだってな!」

「今度の“式典”のセレモニーで、魔の者の領域――【魔界域(ラグラ)】に一発撃ち込むらしい」


「すげえよな! 魔術兵器技術もここまで進歩したのか……。これもノーブル閣下のおかげだな」

「勇者様もいるし、残党の魔族を全部殺して人間様の完勝ってわけだ!」

「魔王がいなければ魔族なんてわけねーよ! 時期に結界すら必要なくなる時代がくるんだぜ……!」



 迷子のニアを探しながら街の中を歩き回っていると、すれ違う人々が浮き足立つように噂をしているのを耳にしながら、アルニは断片的に拾い上げた聞き慣れない単語に首を傾げる。


 ―――大型魔術紋甲殻機?


 兵器、と言うからには何かの機械か武器みたいなものだとは思うが。


「……なんか、」

 足を止めて街を見回す。


 誰もが笑みを浮かべて行き交っている。まるで今までの不安が一気に晴れたかのような、開放感に溢れた表情だ。

 それがなんとも不気味というか……―――既視感を覚える。


 ずきり、と一度痛んだ頭を降り、そんなことよりもニアを探してさっさと船に戻ろうと足を踏み出したとき。


「誰かそいつ捕まえてくれぇ! 食い逃げだぁ――――ッ!」


 街中に響くような男の野太い声と。


「だから誤解って言ってるじゃないッスかぁぁぁあああああ!」


 男の声にも負けない、喧しく泣きべそ掻きながら叫ぶ少女の声だった。


 見れば、二つ向こうの路地で何やら争っているのが見える。


 立派に蓄えた大きな腹を揺らしながら中年男が捕まえようとしているのは、奇抜な格好をした一人の少女だった。

 燃ゆる夕日のような暁色の長髪、それから少女の背中から生えてる(・・・・)白い片翼がすぐに目に入った。


「くそっ、ちょこまかと!」

「今兵士さん呼びに行ったから、もう少し持ち堪えな!」

「兵士さん!? 困るッスよ、それは! レドマーヌは戦う意思はないんスよ……!」


 両脇から取り押さえようと迫ってきた、加勢した男たちの手をひらりと身軽に飛び越えて、逃げるが勝ちとばかりに少女はものすごい速さで走ってどこかへ行ってしまった。


「お、おいおい……」


 逃げられて悔しがる男と、それを慰める人々を横目に、アルニは少女が去っていった路地へ視線を向ける。


 ――あの羽、ただの飾りじゃなかった……!


 男たちの手を躱すとき、羽が動いていた。その羽が羽ばたいたからこそ、少女はあれほど身軽な動きが出来たのだ。

 どうやら目が良いアルニにしか気付かなかったようだが、あれは確実に作り物ではない。あれほど自然な動きが出来るのは、そこに神経が通っているからこそ。


 …………まさか、魔族?

 こんな街中で、しかも結界があるはずなのに?


 そこまで考えて、ハッと思い出す。

 ライオスの街……そこの街長であるライズが言っていたではないか。


 ――――「―――最初は魔族だって思わなかったんだよ。結界が壊れたわけでも、傷ついたわけでもない。でも! あの魔族の少女は、普通に街の中にいたんだよ……!」


 もし同一の魔族だとすれば厄介だ。その魔族があの赤い大蜘蛛針(ロート・レチリック)をこの街にも出現させたら……。ティフィアのことだ、後先考えずに船から下りるだろう。


「あの子を追跡しながらニアと合流したいところだが……」あいにくニアは行方不明だ。


 俺一人でとりあえず追いかけるか? と考えていた矢先、何かが繋がったような気がした。


『――聞こえますか、アルニ? 貴方どこで迷子になってるんです?』


 頭の中で響く聞き覚えのある声に、あ、と声を漏らして左人差し指に填めた黄色い指輪を見る。……そういえば声繋石(せいけいせき)があったんだった。すっかり失念していた。


「迷子はそっちだろ。いい加減自分が方向音痴だってこと自覚しろよ」

『なっ!? 私は方向音痴ではありません! 貴方が勝手にどっか行って――』

「ああ悪い、今言い争ってる場合じゃねーんだわ。――魔族らしき怪しいヤツ見つけて、今追うところ」


『ま、魔族――!?』素っ頓狂な声をあげるニアに、「この方角だとたぶん街の東口から出るつもりだと思うから、お前も来いよ」とだけを言い残して一方的に通信を切ると、ようやく走り出した。


 あれだけ派手な姿だと、例え見失ったとしても道行く人々に聞けば教えてくれるので、少女の行方が容易に分かる。……ライオスを襲った魔族にしては間抜けだ。


「やっぱり東口から出ていったか」


 このジラルド港町には、北口と東口で街の出入り口がある。騒ぎを起こして逃げるなら、そのどっちかだとは思っていた。どうやらその考えは合っていたようだ。

 アルニは東口を出て近くの森を覗いていると、「魔族はそこですか?」と後ろからニアが声をかけてきた。


 思ったよりも早かったなと振り返りながら「姿を隠せるのはここだけっぽいし、たぶんな」と答え、アルニは違和感を覚えて首を傾げる。


「なんです?」


 アルニの視線にニアが訝しげに視線を返すが、なんでもないと首を振って再び森を窺う。


 ――服も髪も乱れてなかったな。


 魔族の話を聞いて、慌てて街中から走って合流してきたわりには、汗もかいてないし息も乱れていない。東口の近くにいたのかもしれないが、それでも違和感が拭い去ることはなかった。


「――ぎゃぁぁああっ! ちょ、来んなッス! レドマーヌは美味しくないッスよー!」


 不意に森の奥からあの少女の声が響いた。


「ニア、待っ――くそ!」止める間もなく、誰かが襲われていると勘違いしたニアが森の中へ突っ込んでいき、慌ててアルニもその後を追う。

 少女の姿はすぐに見えた。


 ぎゃーぎゃー喚き立てながら後退る少女の前には、三頭の水馬豚(グモロール)が涎を垂らしながら迫っていた。馬と豚を掛け合わせた、青くブヨブヨしたそれは、ニアが放った小剣の刃であっさり両断される。


「大丈夫ですか?」


 魔物からの脅威がなくなって安心したのか、地面にへたり込んで座った少女へニアが手を差し伸べると、彼女は「ありがとうッスぅぅうううう! 人から優しくされたの初めてッスぅぅぅううううう!」と号泣しながら立ち上がった。


 少女の姿は間近で見ると更に奇抜だ。


 纏う、というよりは体に巻き付けたボロボロのマント。彼女の心情を表すようにフサフサ揺れる橙色の短い尾。あとは琥珀色の瞳が特徴的だ。……羽、それから尻尾。今はマントに隠しているが、その胸には“魔装具”があるだろう。人ならざる異形――魔族に間違いない。


 ようやくニアもそれに気付いたのか、唐突に少女を突き飛ばすと小剣を構えた。


「き、貴様、魔族―――っ!」


 ニアの見事なまでの手のひら返しに感心していると、再び地面に座ってしまった少女はショックを受けたように放心状態である。


「そ、そんな……さっきまでの優しさは一体どこへ行ったッス……?」

「くっ、か弱き人間の真似をして誘い出すとは……。アルニ、ここは戦うしかないようです!」


「だ、だからレドマーヌには戦意はないッス~! ただお腹が空いてただけで、」

「まさか――貴様、人を食らうつもりだったのか!」


 今にも斬りかかろうとしているニアに対し、顔の前で両手を勢いよく左右に振る少女。「いくら魔族でも人族なんて食べないッスよ!」


「そんな言い分信用出来るとでも思っているのですか!」

「だって事実ッス! そこまで魔族もレドマーヌの飢えてないッス!」


「どうだか。貴様はあの、野蛮で凶暴な魔族ですしね」

「むむぅっ。魔族のことそこまで貶されるとさすがにムカつくッス」

「やはり()る気ですか。返り討ちにしてあげますよ」

「調子に乗るなッス! レドマーヌだってやるときはやれる子なんスよ!」


「………」なんか二人で盛り上がってるな傍観していると、ニアが唐突にこっちを向いて「なにをボサッとしているんですか!」と怒られてしまった。


 ……いや、でもなぁ。

 アルニは面倒くさそうに後頭部を掻きながら、魔族の少女へ灰黄色(かいこうしょく)の瞳を向ける。


「お前、別に企んでるとかそういうのないんだよな」


 その問いに少女はもげそうなほどの勢いで首を上下に振る。


「ニア、お前も落ち着け。コイツから敵意は感じないだろ?」

「その魔族の言い分を信じるんですか!?」


 大きく目を見開いて動揺する彼女に、肩を竦めてみせた。


「企んでるにしろなんにせよ、ここまで間抜けな魔族だったら大したことないだろ」

「そうかもしれないッスけど、そこまで断言されると悲しいものがこみ上げてくるッス!」


「な?」とアルニに言われたニアは、食い下がろうと口を開き、しかし反論出来ずに歯を食いしばる。


「……魔族ですよ」

「本人も認めたし、魔族で間違いないだろうな」


「そうではなくっ」そういうことを言いたいわけじゃないのに、うまく伝わらないことにニアは苛立っていた。


 魔族は人間の敵だ。彼らは魔術のような能力を使い、人々の命や生活を脅かす。世界に災いをもたらそうとする魔王の眷属。倒さなければいけない存在。

 なのにアルニは魔族と承知で「大丈夫か?」と少女へ手を差し伸べた。さきほどのニアの態度を思い出して警戒してる少女に苦笑するアルニに、ニアはなんとも形容しがたい不快感を覚えた。


 


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