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1.レドマーヌ


 時は遡り、お昼頃。


 ―――ローバッハ港町から出航した船は、9日後にはサハディの港町マルクティスタに着いた。


 乗組員たちが船から積み荷を降ろし、品物を積み込む作業のために半日は停泊するということで、勇者一行は各々部屋でのんびりしていたのだが。


「ティー、ちょっといいか」


 アルニがドアをノックして部屋へ入れば、ティフィアは窓の近くで振り返り「どうしたの?」と尋ねてくる。どうやら外を眺めていたようだ。


「ちょっと買い物行ってこようかと思って」

「買い物? ローバッハで色々買ってなかったっけ。買い忘れ?」

「いや、短剣に取り付けてるワイヤーがもう少なくてさ。ローバッハで買おうと思ってたんだけど、品切れだったんだ」


 だから散歩がてら買ってくる、と言ってる最中に、ノックの音と同時に扉が開く。


「ティフィア様―――て、なんで貴様がいるんです」


 ティフィアの部屋に入ってきたのはニアだった。

 どうも彼女はティフィアとアルニが二人きりになることが許せないのか、警戒気味に睨みを利かせつつ、さりげなく二人の間に割って入る。


「そこまで警戒せんでも、何もしねぇーよ」

「油断大敵という言葉があります。それに、私にはティフィア様を守る義務がありますから」

「守る、じゃなくて、縛り付ける、の間違いじゃねーの?」


 二人の間に軽い火花が散るのを少女は苦笑し、「ニア、どうしたの?」と用件を尋ねる。


「――そうでした、アルニなんかに構ってる場合ではありませんでした」


「あ”ぁ?」苛立たしげに低い声を発するアルニを無視し、ティフィアへと向き直ったニアは答えた。


「サハディの内情を探りたいので、少しばかり外へ出ようと思いまして」

「そっか。じゃあ、二人ともお出かけなんだね」


 少女の言葉に「アルニ、貴方もですか……?」と嫌そうな顔を向けるニア。


「悪ぃかよ。買い物だよ」

「貴方は買い物が好きですね、まるで年若い女のようです」

「それって偏見だぞ。……まぁ、レイにおばさん呼ばわりされてる誰かさんは、もう若くないから買い物する意欲が湧かないのかねぇ?」

「き、貴様……! 貴方だってもう数年すれば立派なオジサンですよ!」


「あと数年すればな」フンと鼻で笑うアルニに青筋を浮かべて憤怒するニアを宥め、どうしてこんなに二人は相性が悪いんだろうと思いながらティフィアは仲裁に入る。


「どうどうどう……二人とも喧嘩はよくないよ」

「どうどうって、俺は馬じゃねーぞ」「これは喧嘩ではありません!」


 同時に二人がティフィアへ顔を向けて突っかかってきたが、よく聞き取れなかったので苦笑いで流す。それが分かった二人は溜め息を吐いて落ち着くと、アルニがニアへ「別々に行くのもあれだし、一緒に行くか?」と提案した。


「ものすごく不本意ではありますが、この国に関しては用心に越したことはないですし。その提案、乗ってあげましょう」

「なんで上から言ってんのか分かんねーけど、まぁいいや。――あ、あと出かける前に着替えろよ? さすがに鎧姿でこの国に入るのはヤバいだろ」


 裏の帝国、サハディ。ここは軍事国家であり、軍部がこの国を掌握している。その中、別の国の騎士もどきが侵入してくれば、良くて悪目立ち、最悪事情聴取のために連行される可能性が高い。


「わ、分かっていますよ、そんなこと!」ニアはぷいと首を背け、ティフィアには行ってきますとお辞儀すると部屋から出て行ってしまった。


 ……あの反応、絶対失念してただろ、あいつ。真面目な堅物の割に、どっか抜けてるんだよなぁ。

 ニアが閉めた部屋のドアを呆れ眼で見つめていると、ふへへっと不意に少女が笑った。


「? なんかおかしかったか、ティー?」

「ううん。ただ、アルニ優しいなぁって思って」


 言葉にしなかったが、ニアの方向音痴を知ってるからこそ、一緒に行こうと提案したことは少女にはバレバレだったようだ。


「買い物から帰ってきて、それからまた迷子を捜しにいくのはごめんだからな」


 肩を竦めて苦笑し、そろそろニアも着替え終えた頃だろうと「じゃ、行ってくる」と片手を上げて部屋を出る。

「気をつけてね」というティフィアの言葉を背に、廊下でニアと合流し、船から下りた。




 ――白のシャツに薄桃色のケープ、すらりと長い足を強調するようなスキニーパンツを履いたニアは、一般人や観光客というより貴族令嬢そのものだった。


「……」

「な、なんですか」


 船から下りて港から街へ向かう道中、改めて彼女の私服姿を見つめていると、ニアは恥ずかしいのか頬を染めてアルニを窺う。


 ……やはり元王族だけあって、一つ一つの所作に品が見られるのも要因だろうな。


 一人胸中で納得すると、ニアには首を横に振った。「いや、そういえば何でいつも鎧着てるんだと思って」


「そんなの、ティフィア様の騎士だからに決まっているではありませんか」

あっち(・・・)の帝国では専属騎士は鎧姿が主流なのか?」

「そういうわけではありませんが……」


 言葉を濁しながら、剣は目立つということでケープに隠れるよう脇に提げた小剣(ダガー)の柄に触れ、そこにいつも剣の柄に提げてる鈴がないことに気付くとニアは眉を顰めた。


「私はティフィア様の盾であり剣でもある、その意思表示みたいなものです」

「ふうん」

「聞いておいて無関心な返しするの、どうかと思いますが?」

「――じゃあ聞くけど。その意思表示、ティーは納得してるのか?」


 あの天然お人好しが、自分のために我が身を犠牲にするようなことを是とするわけがない。案の定、ニアは黙った。肯定と捉えていいだろう。


「お前らの関係は本当によく分からないよな……――お、街に着いたみたいだな」


 港町から伸びる街道を歩くこと数刻、サハディ帝国の港街ジラルドに到着した。


 この街は帝都ハルシオンからも近いことから、帝国の最大貿易拠点とも言える。それ故に街の規模や人口も多く、ローバッハなんて比べものにならないだろう。

 街の中へ入れば、ローバッハよりも理路整然された区分け、道の舗装、建物の大きさにいちいち感動させられる。


「さすが裏の帝国、潔癖のサハディ……」


「潔癖? なんです、それ?」思わずぼやいたアルニの言葉に、ニアが訝しげに問う。


「カムレネア王国のならず者たちは、サハディ帝国を揶揄するときに決まってそう言うんだよ。王国は雑多なイメージあるだろ? 王都もごちゃごちゃしてるし」

「同意しかねたいところですが……確かに。治安も良くはないですし」


 元、とは言え王国のお姫様だったニアは微妙な顔で頷いた。


「そうなんだよ。あとは規律も正しいらしいし。――見ろよ、道端にゴミの一つすら落ちてねぇーよ」

「……ゴミ落としただけでも罪に問われたりしませんよね?」

「知らねーよ」


 潔癖のサハディ、恐るべし。とニアが震えているのを放って、近くの店でワイヤーを購入。これでアルニの用件は済んだ。


「おいニア、情報なら酒場に――て、あれ」


 ほぼ一瞬目を離しただけなのに、さきほどまでいたはずの彼女の姿は忽然と消えていた。


「……しまった、自覚のない方向音痴から目を離すとは」


 やってしまったと片手で額を押さえ、結局迷子を捜すハメになるのかと大きく溜め息を吐いた。



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