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幼き二人の約束


「……なんでまた、おれをここに連れて来たん?」



 ローバッハ港町、西区のとある建物にて。


 一人で宿の部屋にこもり、魔術の『式法則』の組み替えをイメージトレーニングしていたリュウレイだったが、ティフィアがお客様だよと部屋に通したのが、今目の前にいるクロドリィ・ネロと、その娘のマナカだった。


 それから、いつの間にかクロドリィに小脇に抱えられ、「いってらっしゃーい」とティフィアに見送られながら拉致されてきた、というのが現在に至るまでの経緯である。


 そして、この建物。以前この町に来た初日にも、同じように連れてこられた場所だ。ただ今回は、ニアはいないが。


「いやァ、なに、リュウレイ君ともっと親密になりたくてなァ……!」


 クロドリィの瞳が、やけにギラついてる。しかも、なんかハアハア息が荒い。

 怖ッ! と後退るリュウレイは、咄嗟に海藻頭の少女へ、どうにかしろよと目で訴えるも、諦めたほうが楽だよと言わんばかりの、満面の笑みで返された。


「さァ! いざッ! 親睦を深めようではないかッ!」


 なんか口調おかしいし、腕を広げて飛び込んできたし!


「ぎゃあああああ! 来んな変態ぃぃいいいい!」


 ピアスから杖を出し、すぐに結界を展開するも間に合わず。

 覆い被さってきたクロドリィに、ジョリジョリと無精髭のある頬で頬擦りされ。嫌がる少年をそのまま抱え上げると、どっかの部屋へ連れてかれた。今度はマナカに「いってらっしゃーい」と見送られながら。



「………」

「……………」

「……………………」

「…………………………………ぶふっ」


 1時間後。満足したクロドリィに腕を引かれ、部屋から出た先でマナカと見つめ合い、それから不意に吹き出して笑われた。

 ぎゃはははははははははっ! と腹を抱えてマジ笑いするマナカに、さすがに殺意が湧いてきた。


「笑うなよ! なんでおれがこんな格好……っ」


 現在リュウレイは、フリルをふんだんに使った、ヒラヒラなメイド服を着ていた。しかも、当然スカートである。やけに短いスカートの裾を掴んで下に伸ばしながら、恥ずかしいのか涙目で怒る少年の姿に、クロドリィは懐から取り出したカメラを連射する。


「いいじゃんか! すっごい似合ってるよ!」


 似合うと言うわりに、口元のニヤけが収まっていないんだけど。と言いたいのを堪え、クロドリィに「もう気が済んだでしょ? 着替えていいん?」と聞けば、彼は首を横に振った。


「駄ァ目☆」


 もう割と本気で、この親子殺そうと思ったところで、緩みきった表情を引き締めたクロドリィが、言った。


「――――このままだと、リュウレイ君。誰も守れねェぞ?」

 その言葉に、ギクリ、とした。


「お前らのパーティで、遠距離攻撃出来るのは、リュウレイ君だけだってなァ」

「な、なんで」

「昨日アルニのやつが来てなァ、聞いてきたんだよ。魔術師の知り合いはいないかってなァ。……いないこともねェけど、残念だが町にはいねェし、呼んで来るやつでもなくてなァ」

「お兄さんが……?」

「リュウレイ君、戦闘経験がほとんどねェんだってな」


「うっ」図星だ。魔術に関する知識なら、誰にも負けない自信がある。世界一、強力な魔術だって、使える自信がある。――でも、戦闘経験だけ(・・)は、王都に訪れるまで皆無だった。


「アルニも魔術がどういうものか知ってンだろうが、使い方を理解してるわけじゃねェ。まァ、儂も同じようなもンだから、偉そうに言えねェけどなァ。……つまりはよォ、“魔術”を持て余してンだよ。アルニも、そして、リュウレイ君自身も」


 魔術を持て余している、と言葉にされて、リュウレイは「それだ」と思った。この国に来てから負けることが多かったのもあり、魔術に対して蟠りというか、モヤモヤな気持ちを抱いていた。


 おれは魔術を理解してる。でも、使い方を知らない(・・・・・・・・)


「リュウレイ君に足りねェのは、実戦だ。だから、この町から出るその日まで、儂と、そしてマナカとで、鍛えてやろォってことだァ!」


 だから連れてきたんだよ、と横からマナカが補足してくれて納得しかけたが、思い止まる。


「……じゃあ、この格好はその特訓? に必要なん?」


 胡乱げに睨めば、「いやァ、それは儂の趣味ッ!」と親指を立ててウインクしたクロドリィに、とりあえず杖を振りかぶって殴った。





「マナカのお父さんって頭イカレてると思うん。病院で診てもらうことを勧めるよ」

「あははっ。もう何度も診てもらって、健常な変態だって分かったから、諦めな?」


「健常な変態………」そう言われてしまえば、もう何も言い返せなかった。


 殴られたクロドリィは、ちょっと頭から血を流して寝てるために放置し、リュウレイはいつもの服に着替え、マナカに案内されて、建物内にある中庭までやってきた。中庭は、まぁ、あまり手入れされていないようで、草木は伸び放題。足下の雑草も膝下まで伸びているものまであって、とても歩きづらい。


「こんなとこでやるん?」


 正直、特訓なのであれば動きやすい場所でやると思ったのだが、これではやりにくい。しかし、マナカは「だから、いいんじゃん」と笑った。


「言ったでしょ?――実戦を積ませるって。なら、どんな状況下でも対応出来るようにならないと!」


 マナカは腰のベルトから提げていたグローブを外し、手にはめる。汚れた、ボロボロのそれは、彼女の小さな拳を覆うように被さり、グローブを構えるマナカの姿は、妙に様になっていた。


「とりあえず、あたしと普通に戦ってよ」

「え」


 当たり前のように言われたけど、普通に戦う、とは? と考えている内に、すでに少女はリュウレイに向かって走ってきていた。


「ちょ、ま、待ってよ! ルールとか、―――っうわ!」


 目前に迫る拳に驚き、後退って尻餅を着くと、さっきまで頭があった場所にマナカの右拳が振るわれた。ブンッ! と風を切る音に、だいぶ威力が乗っていたことを知る。

「ルール? そんなの……」マナカの浅葱色の瞳が、無様な格好のリュウレイを捉えて嘲笑う。「実戦なんだから、死ぬまで(・・・・)に決まってるでしょ?」


 ぞわりと背筋が震え、反射的に右へ体を転がせば、ドンッとマナカの左足が地面を抉った。

 ―――なんつー破壊力だよ! 本当に殺す気なんかよ!

 胸中で悪態を吐きながら、杖を構え、考える。しかし、いくら考えても、マナカに当てても問題ない(・・・・・・・・)魔術が思い当たらない。


 そもそも、リュウレイがこれまで蓄えてきた知識も技術も、対魔の者のためであって、それはつまり、相手を確実に殺す(・・・・・・・・)ためのものだ。人間相手に、ましてや知人と特訓するためのものじゃない。


「考え事なんて、ずいぶん余裕だ、ね!」

「っ!」


 再び拳が飛んできて、リュウレイはとりあえず結界を張ることにした。

 不可視な壁に阻まれて、マナカの拳が止められる。しかし、少女はそんなもの関係ないとばかりに連続で結界を殴り続ける。威力はある。だけど、結界が壊れるほどではない。


 リュウレイはひとまず安堵し、再び考え込む。


 この中庭には植物が多いし、《数多ある触手たちレチリック・レヴィアーナ》でマナカの動きを封じれば、戦闘不能扱いになるんじゃないか……? でも、別の魔術を使おうとすれば、この結界は消える。魔術展開にかかる時間を考えれば、マナカの足やら拳が飛んでくる方が断然早い。そうなると結界は消せない。――――あれ、この展開、既視感(デジャヴ)を覚える。


 そうだ、闘技大会のとき。アレイシスと戦ったときだ。


 ―――それはつまり、


「変わってない……っ」


 あのときから何一つとして、おれは何も、変わってないんだ。


 その事実に愕然とするのと、何か変なニオイがすることに今更気付いたときには、もう何もかも遅かった。

「あ、れ」体が痺れるように力が抜け、地面に膝を着くと、同時に結界が消える。そして、マナカの左膝が、無防備なリュウレイの鳩尾を捉えた。


「―――ぐっ、ふ、っぅ!」


 軽く後ろに吹っ飛び、もろに入ったお腹を、力の入らない手で押さえながら、ウゲッと吐瀉した。

 痛みにボロボロと涙が出て、ぐえぐえ嘔吐いていると、そんなリュウレイの襟首を掴んで持ち上げた。

 癖の強い、海藻のようなうねった髪。浅葱色の瞳。


おれと同い年くらいのくせに、背もおれの方が少しだけ大きいのに。なのに、力もあって、芯もあって―――おれなんかよりも、強い。

 悔しいのに、どうにもできない。どうすればいいのかも分からない。

 やっぱりおれは、天才なんかじゃ――――


「……リュウレイは、きみ自身が嫌い?」


 マナカの言葉に、我に返ったリュウレイは、ぎょっとした。

 彼女が寂しそうな表情をしていたからだ。


「この間、教会の部屋に閉じ込められた勇者のお姉ちゃん助けるときは、あんなにも必死だった。魔術も、あたし初めて見たけど、本当にすごかったよ。かっこよかった。……ねえ、リュウレイは、もしかして自分のためには戦えない人?」


 その問いに、リュウレイは何も言えず、黙った。


「…………クロもね、そうなんだ。あんまり自分の命に頓着しない。だから、いつも誰かのために動いて、それで全身、傷だらけなんだ。今はあたしがいるから、あたしのために、そういうことはしないけど」


 だから分かる、と少女は言う。


「きみも同じだ。勇者のお姉ちゃんのためなら動けるけど、きみは、きみ自身のためには頑張らない。頑張ろうとしない。諦めて、それで終わり。―――死んだら、本当に終わっちゃうのに」


 噛みしめるようなその言葉に、リュウレイは目を伏せた。

 そんなこと、おれだって知ってる、と。


 クローツ・ロジストに手を引かれ、廃墟となった故郷を見たとき。そして、魔物に食い散らかされた両親の遺体を見たとき。―――おれは、


「終われば、楽になれる――のに?」


 ハッとして、マナカを見る。


「……あたしだって、馬鹿なこと考えた時期くらいあったよ。あたしを庇って死んだ、お父さんとお母さんに、会いたいって、思ったこと」


 震える少女の声は、だけどはっきりとリュウレイの心に響いてくる。


「でも、今のあたしにはクロがいる。クロには、あたしがいる。―――リュウレイ、きみが死んで悲しむ人は、誰?」


 不意に、過去の出来事が頭を過ぎった。


 鉄格子の隙間から、一生懸命、小さな手を伸ばす、少女。いつもは濡れて、溶けてなくなりそうな大きな黒曜石の瞳を、まっすぐ見据えて「―――ここから逃げよう、リウ(・・)」と笑いかけたティフィアの姿を。


 懐かしみながらも泣きそうで、大切な何かを思い出して、嬉しそうな。そんなリュウレイの表情に「なんだ、いるじゃん」と掴んでいた襟首を離す。


 突然のことだったのに、リュウレイは転ぶことなく、ちゃんと立ったまま杖を握りしめた。

 いつの間にか、痺れも脱力感もなくなっている。


「――良しっ! これで少しはマシになったかな」


 ふふん、と笑うマナカに、「マシってなんだよ……。まぁ、その、」ありがとう、と小さく呟いた。


「………」

「な、なんで無言なん!?」

 急に押し黙った少女に、不安そうな表情を浮かべるリュウレイ。


「……あたしさぁ」そして、唐突に話始める彼女に、振り回されっぱなしのリュウレイは心底疲れたように「うん」と相づちを打つ。


「昔からあんまり物欲ないんだけど、リュウレイのことは欲しいかも」


「?」

 ………?

 …………………?

 ……………………………………?!


「んんん?!」


 突拍子もない言葉に驚愕していると、ニシシッと悪戯っぽく笑うマナカを見て、騙された!? と再び愕然とする。


「リュウレイは頭良さそうなのに、おバカさんだねぇ~。それとも、(うぶ)なだけなのかな?」

「む、ムカつく! どうせマナカなんて、すぐに手足が出る、脳筋女なんだろ!」

「そーれーがーなーにーかぁ?」

「~~~~~っ! もういい! 魔術使ってやる! とびっきりのお見舞いしてやる!」


「はーん、どうせまた結界でしょ? 物理攻撃は防げても、それ以外が防げないなら大したことないね、魔術ってやつも」

「あー魔術侮辱したん? 今、確実に侮辱したん? もう容赦しないからな」


 杖を構え、“窓”を展開した本気モードのリュウレイに、マナカは「単純なやつ」と笑う。

 それから不意に、右手のグローブだけを外し、小指だけを立てて差し出してきたマナカに、リュウレイは首を傾げた。


「……なんなん、それ」

「前にレッセイさんが教えてくれたんだ。どっかの遠い国のおまじない。約束するときの、儀式みたいなものだって」

「約束?」

「うん、約束しようよ。――――あたしはアル兄やクロみたいに、強い、誰よりも強い区長になる。みんな守れるような、そんな存在に」


「それって約束って言うよりも、」誓約じゃないん? と続けるはずの言葉は、マナカの言葉に遮られる。


「だからリュウレイは、あたしのために諦めないで。それで、あたしが区長になったら、側にいて」


 これは約束とはほど遠い、傲慢なまでに一方的な、ただの願いだ。

 すぐにリュウレイは、その約束は守れないな、と思った。


 リュウレイは知っている。自分の運命(・・・・・)を。それから抗うつもりは、毛頭ないから。


 こんな我が儘なお願い、跳ね返してしまえば良い。

 きっと彼女も、それほど本気で言ってないはずだ。


 だって、まだ知り合って間もない間柄で。ちゃんと話したのだって、今日で初めてだ。

 大体区長になったら側にいてって、……まるで告白みたいだし。きっとまた、からかっているだけだ。

 それなのに。


 分かっている、はずなのに。


 リュウレイもまた、右手の小指を立てて、差し出した。


「これで約束破ったら、あたしはまた、きみを殴る」

「い、痛いのは勘弁……。じゃあ、おれは―――あ。マナカの髪」

「髪?」

「うん。伸ばしてよ。きっと、もっと海藻みたいになると思うん」


 言いながら笑うリュウレイに、どうやら髪の毛はコンプレックスだったマナカがぶち切れた。


「海藻言うなぁぁああああ!」殺気がこめられた拳を、危うく結界で防ぐ。あ、結局またこうなる。


「ふっふっふっ……。今度は、アル兄直伝、催涙煙幕を使ってあげるよ」


 マナカは怪しげな、ドブ色の薬瓶を掲げる。なんかさっきよりもヤバそうな気配に、リュウレイは慌てて結界を解くと、「うらぁあああ!」とマナカの回し蹴りが飛んできて、それを杖でなんとか防ぐが、防がれた直後に体勢を瞬時に立て直し、すぐさま反対からの回し蹴りを今度は直撃して吹っ飛ぶ。木に肩をぶつけて、それを押さえながらもリュウレイは杖を構えた。


「遅い!」しかし、詠唱する前に、マナカの拳が飛んでくる。それをなんとか避けるも、まだ最初の鳩尾へのダメージから復活出来ていない体は、あまり激しく動くとキリキリ痛む。


 くそ痛い。

 でも、マナカに一発魔術お見舞いしてやりたい。


 そのとき、ふと、シスナの魔術と、アルニの戦い方を思い出した。

 ――あの二人は、一つの攻撃を区切らず、連鎖的に繋げて攻撃していた。シスナな鎖を用いて。アルニは短剣や、仕掛けを用いて。


「……そうか」


 マナカの格闘技も、ニアの剣術も、一回武器を振るって終わりじゃない。次へ次へ、攻撃する(すべ)を持ってる。

 リュウレイの魔術は、威力がある。でも、一発一発が単調で、間隔が空いてしまうから隙が出来る。


「―――そっか、お兄さんが言ってたのは、そういうことだったんだ」


 全体の状況を把握すること。自分の手札を確認すること。

 自分の周りにある全て(・・・・・・・・・・)のモノが(・・・・)武器になるんだ(・・・・・・・)


 気付いた瞬間、不思議とリュウレイの視界が一気に開けて、世界が広がったような気がした。


【“窓”――展開!】


 集中力が切れて、消えかけていた“窓”を再び出現させると、マナカの攻撃を避けながら、一枚の大きな葉っぱをちぎる。アルニなら、この葉っぱが何か知ってるかもしれないが、あいにくリュウレイはそこまでの雑学は身につけていない。


 だから、自分が知ってることを、手札にして使うだけだ。


鬼子豚(ピッグ)の魔力による“膨張”の式法則を置き換え、我が意のままに式法則の改ざんを行う】

【さぁ、我が意のままに膨れ上がれ!――――膨張巨化(ピッグ・ラクレムンド)ッ‼‼】


 言い終えるや否や、マナカへ向けて投げつけたその葉は、一気にその体積を増やし、巨大化した。


「っ!」


 さすがのマナカも、急には対処出来ず、覆い被さってきたその葉っぱをどかそうともがくが。


大蜘蛛針(レチリック)の“魔力による触手伸縮化”の式法則を置き換え、我が意のままに式法則の改ざんを行う】


 マナカの視界を遮り、かつ動きを制限させて時間を稼ぎ、続けて魔術を発動。


【さぁ、我が魔力を糧に動き出せ!―――――数多ある触手たちよレチリック・レヴィアーナッ‼】


 周囲にある木々の枝が触手のように伸び、マナカを拘束する。頭に元の大きさに戻った葉っぱを乗せた少女は、ぐるぐる巻きにされた体を少しひねると、隠し持っていた短剣を器用に使って解いてみせた。


 しかし、まだ魔術は発動してる。


 リュウレイが杖を振ると、あちこちから枝が伸び、今度は地面から根っこが伸びるが、マナカはそれを躱したり引き千切ったり、少しずつ少年の元へ近づいてくる。


「それなら―――!」


 今度は杖の先端を地面に突き差した。


膨張変化ピッグ・レクレアゼァドッ‼】


 触手たちの攻撃が途端になくなったのを良いことに、一気に間合いを詰めようとするマナカへ。

 リュウレイは大きく息を吸い込むと、それを一気に吐き出すように叫んだ!


「っぁぁぁぁあああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ぁぁあああああああああああ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”あ”ッッ!!!!」


「~~~~~~~~~っ!? っ!?」


 空気が震えるほどの大音声に、咄嗟に耳を塞ぐも、脳内をかき混ぜるような苦痛に、声をなくして喘ぐ。


 そして、ついにマナカが膝を着くのと、リュウレイが酸欠でゲホゲホ咳き込むのは同時だった。

 聴覚をやられ、ダメージが大きいのか動けないマナカに、次の攻撃を仕掛けるには今しかない。だが、分かっているのにリュウレイの体も動けなかった。体力の限界だった。


 まだ息を整えきれていないリュウレイの目の前で、マナカがふらつきながらも、ゆっくりと、しかし確実に、立ち上がった。おそらくまだ耳鳴りと頭痛がひどいだろうその体で、フラフラしつつ、まっすぐリュウレイだけを見据え、一歩一歩地面を踏みしめながら、近づいてくる。


「これで、あたしの、勝ち―――っ!」


 目の前までやってきたマナカが右拳を振りかぶり、



「マナカ、――そこまで」



 リュウレイの顔面スレスレのところで、それは止められた。


 二人が同時に乱入者へ視線を向ければ、そこには何故かアルニが立っていた。


「アル、兄!?」「お兄さん?」マナカもリュウレイも目を丸くして驚いていると、アルニの後ろから「あァ、儂が呼んだんだァ」とクロドリィまでやってきた。


「リュウレイ君に足りねェのは、実戦の経験値。そんで、アルニに足りねェのは、魔術の見識。それなら、リュウレイ君が戦ってる様子を、アルニが見てれば、一石二鳥だろォ?」


 そんなどや顔で言われてもな、と二人が微妙な顔してると、アルニが二人の様子をおかしそうに小さく笑い、それから手に持っていた紙袋を掲げて見せた。


「差し入れにお菓子買ってきたんだ。食べようぜ」




 まずはボロボロの二人を風呂に入れ、4人でテーブルを囲いながら、お菓子を食べた。

 アルニはクロドリィからサハディの情報を聞いたり、レッセイのことを聞いたりし。マナカとリュウレイは、二人でさっきの戦闘の反省会をしていた。


「――そういえばよォ、儂もアルニも、途中からお前ェらの戦い見てたんだけどなァ、なんか真剣に話してたよなァ……? 何話してたんだ?」


 リュウレイとマナカが仲良くなって嬉しいが、自分も混ざりたいのか、野暮なことを聞いてくるクロドリィ。

 それに、マナカは笑いながら答える。


「秘密に決まってるじゃん! 友達との、大事な約束だから」


 なー! と話を振るマナカに、リュウレイは苦笑しつつ頷く。……おれら、いつの間に友達になったん、と内心困惑しながら。


 それでも、とリュウレイは思いを馳せる。


 叶わないと知っていても。

 それでも、もしも、本当に、叶うなら。


 一瞬でも想像した、大きく成長したマナカが、自分に向けて笑うその姿に。

 見てみたいな、と思うことだけは許されるだろう、と。


 リュウレイは少女との約束を思い出しながら、お菓子を噛み締めるように味わって咀嚼した。


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