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「――儂らよりも、そこにいるニマルカに聞いた方が早いんじゃねェかァ……?」
救いようのない子供について聞きたいと言った二人に、クロドリィは後頭部をボリボリ掻きながら席に着いてヒガと酒を飲み交わす女性に一瞥くれる。
「それに儂は軽く説明したようなもンだしなァ」
「孤児院の話は分かったよ。でも、なんか他にないん?」
リュウレイの問いに、何故か手を挙げたマナカが答える。
「あたしには、その、救いようのない? て言うのは分からないけど。でもアル兄のことなら知ってるよ!……アル兄がいたから、あたしたちは今もこうして、生きてるから」
マナカの言葉に、ヒガも深く頷いた。「彼がいたから、……レッセイ傭兵団は、この国にとっても、………なくてはならない、存在となった」
「あら、ひどーい。私たちだってぇ、慈善事業してるわけじゃないもーんっ」
「だからってよォ、さすがの儂でも、魔物に襲われてる町を酒の肴にする神経は、疑うぞ?」
「だったら依頼してくれないと。見合う報酬金貰えなかったら、こっちが大損じゃない?」
ジト目のクロドリィの視線を、ニマルカは足蹴にして鼻で笑う。
どういうことだとティフィアとリュウレイの困惑顔に、やはり答えてくれたのはマナカだった。
「あのね、レッセイ傭兵団って結成当初から、大物の魔物とか厄介な魔物を討伐してくれて、すごい評判だったんだ! 最強の団長、レッセイさん。その右腕で、情報通のルシュさん。暴嵐の魔女って言われるニマルカさんと、物知りな弓使いラヴィさん。それとアル兄含めたこの5人が初期メンバーで、お世話になった人も町も数知れず……。
でも、ある意味で気難しい傭兵団としても名が通ってて、気分で依頼を受けてたらしいんだ。
――今から、……確か5年前。その日は当時の町長が王都に出払ってたこと以外は、いつもと変わらない町に、海から魔物の大群が押し寄せてきたんだ」
その頃、多くの傭兵団の拠点が建ち並んでいたこの町に、結界は不要だという町長と、彼に賛同する一部の有権者の意見が強く、ローバッハには結界がなかった。
だが、その日は近くで大物の魔物が出現したことで、腕に自信のあるならず者たちはほとんど出払っていた。もちろんレッセイ傭兵団も例外なく。
大きな白波と共に、町に襲撃してきた魔物たちは、数少ないならず者たちや旅人、町の自警兵団によって一時は食い止められたが、しかし魔物たちは数を増やし、少しずつ押されていた。
そのとき、一足早く戻ってきたのがレッセイ傭兵団だった。
誰もがそのとき、期待と安堵に胸を膨らませただろう。
しかし、―――彼らは高台から、町の様子を一望できるその場所で、寛ぎながら眺めるだけだった。
レッセイとニマルカは酒を飲み、ルシュは近寄ってきた魔物だけを倒し、ラヴィは町の様子を実況してるだけ。
希望は一気に絶望へ。
安堵は一転し嫌悪へ。
「あたしも、正直腹立った。たくさんの人が死んだし、命がけで戦ってる人もいた。なのに、レッセイさんたちは一向に動かないし、むしろそんな町の様子を、笑ながら眺める神経に、この人たち頭おかしいと思った!」
頭おかしいと言われたニマルカは、たははーと何故か照れながら笑う
。
「でも、そのときアル兄だけは立ち上がってくれたんだ」
寛ぐ仲間たちを背に、アルニだけは町の様子を眺めるのではなく確認し、それからレッセイたちに言った。
――これ、町にも国にも恩を売れるチャンスだけど、投げ捨てんの?
正式な依頼じゃないと報酬が、というニマルカとルシュには、この町を助ければ今後贔屓にしてくれるだろうし、この町って貿易が盛んだから、国からも褒美とか貰えるだろ、と。
強い敵がいないと燃えないというラヴィには、こんだけの魔物の大群が一気に押し寄せるなんて、偶然なわけがない。おそらく魔物を率いるリーダー格、もしくは魔族がいる可能性がある、と指摘し。
めんどくさいと駄々をこねたレッセイには、じゃあ俺たちだけでやろうぜ。魔物倒した数とか競ったら楽しそうだよなと挑発し、みんなもそれにノるものだから、ぼっちになったレッセイも結局参戦し――――――。
「すごかった。あたし、今でも覚えてる。あんなに苦戦してた魔物の大群を、あっという間にやつけてくれたんだ」
火力があるニマルカとレッセイは沿岸を、ルシュとラヴィは小回りが利くから路地を。アルニは怪我人を保護して回りながら、ならず者たちや自警兵団たちに的確な指示を飛ばし。
そして海の中から現れた、リーダー格であろう大型の魔物をたった5人で倒した。
……それから、町長は国から辞任を言い渡され、当時南区区長だったジエンが町長を任され、結界も配備された。
「……そうかァ、あれはもう5年前の話だったなァ」
しみじみと口にするクロドリィに、「あのときは、死を、覚悟した……」とヒガも酒の勢いで漏らす。
「えぇー、なんか私たち悪者みたいじゃない。違うのよ? あのときは討伐するはずだった獲物横取りされて、みんなやる気が出なかっただけなのよ?」
言い訳になってない言い訳をするニマルカに、ティフィアは苦笑しリュウレイはジト目で返した。
「こっちも傭兵って言う商売してるんだもん。無駄な働きはしたくないのよ」
「だからって見殺しにするん?」
「あら、噛みついてくるじゃない。でも、赤の他人のために命をかける必要性ってあると思う?」
その問いに、リュウレイは口を噤んだ。
「そっちの勇者ちゃんなら喜んでするかもしれないけど、私たちは普通の人間で、生きるために仕事をしてるだけなのよ? 仕事内容を選り好むことのなにが悪いの? 損得勘定することはいけないことかしら」
「止めろ、ニマルカ。リュウレイ君が可哀想だろォ。大人げないぞォ……?」
クロドリィに窘められ、ぶーぶー頬を膨らませて抗議するニマルカ。
――なんとなく、レッセイ傭兵団にいたアルニが、どういう立ち位置にいたのかとか、そういうのが分かった気がした。
救いようのない子供、とシマは言った。
けれど、とティフィアは思う。
アルニはきっと、救いようがない、と言うよりは、自ら救いを“見出して”きたんじゃないだろうか。―――仲間たちと、共に。
「………」
「? どうしたん、お嬢?」
「ううん、なんでもない」
ただ、……アルニにとっての仲間は、今もきっとレッセイ傭兵団なんだろうな、とそう思った。
「――ま、アルニちゃんが言わなきゃ、確かに私たちもノらなかったけどさぁ。……でも、うちの子が持て囃されるのは、聞いてて良いものね!」
「出たぜェ……うちの子自慢。お前らよォ、アルニのこと好きすぎだろォ」
「当たり前でしょ?……あの子のことは守れなかったけど、アルニちゃんのことは、絶対私たちが守ってみせるんだから!」
あの子? と首を傾げるが、ニマルカは気づく様子もなく酒を呷り、それから唐突に真顔になって立ち上がると、寝る、と言い残してさっさと部屋から退場してしまった。
「相変わらず、自分勝手な、人だ……」「全くだぜェ……」クロドリィとヒガが呆れながら、ニマルカが消えた壁を眺めていると、ふと疑問に感じたリュウレイが口を開いた。
「そういえば、区長同士って仲が悪いってお兄さんから聞いたけど、二人はそうじゃないん?」
「いやァ? 仲良いわけねェだろ? この船バカとはよォ、全然話が合わねェ!」
「お前の話は、くどい。聞いてると、疲れる」
「あァ?」
「睨まれても、困る。言いたいことあるなら、話せ」
視線でバチバチ火花を散らす二人だが、さっきまで仲良く酒を酌み交わしていたのではないのかと疑問は深まるばかりだ。……あれか、喧嘩するほど仲が良い?
「リュウレイ、そろそろ僕たちもお暇しよっか」
とりあえずアルニの話は聞けたし、と席から立ち上がったところで、
「勇者さん。……アルニの話なら、ハーベストさんにも、聞くといい」
意外にもヒガから、そう助言された。
「ハーベストさんって……確か北区の」
「あァ……孤児院とか、そういう被害は、大抵あっちだからなァ」
思い当たる節があるのか、クロドリィもうんうんと頷き肯定する。
――北区。確か公共施設とか、教会がある場所。
「ただ、アイツと話しするときはなァ、気を付けたほうがいいぜェ」
「気を付ける、ですか?」
「この町でよォ、一番何を考えてんのか分かんねェのが、ハーベストの野郎だァ。見た目はネズミっぽいが、性格はキツネだなァ」
「彼は、ならず者が嫌いだ。偏執的な潔癖症、というべきか」
「まァ、勇者殿に変なことは言わないだろうが……マナカ。ついてってやれ」
「うげっ。あたしもあの人嫌いだけど………まぁいっか」
口許を引き攣らせたマナカは、しかし仕方ないと肩を竦めた。
「勇者のお姉ちゃん、それからリュウレイくん。少しの間だけだけど、宜しく」
悪いですと断る前に、宜しくされてしまったティフィアは、宜しくお願いしますと返した。




