8-3
ティフィアとリュウレイが、ジエン酒場に着いた時、すでに陽は傾き、橙色が空を一面埋め尽くした頃だった。
恐る恐る店内に入れば、酒に浸った男たちがすでに席を埋め尽くしており、喧しく騒ぎ立てていた。見た目幼いティフィアと、リュウレイは場違い感に気圧され、どうしようかとお互いの顔を見合わせたとき、
「あらぁ? 勇者の可愛い子ちゃんに、これまた可愛い男の子じゃなぁーい」
顔を赤らめて、垂れ下がった目を更に蕩けさせた蒼い瞳と、ウェーブがかった金髪の女性が、大きな酒瓶を抱えて近寄ってきた。
「に、ニマルカ、さん……」
昨日の件で、少し気まずいティフィアの思いなど知らず、彼女はリュウレイの前にしゃがみ込み、それから「うん?」と首を傾げた。
「―――リウルちゃん?」
その名前を聞いた瞬間、ティフィアとリュウレイは目を見開き、それからリュウレイは咄嗟に右耳の柘榴石のピアスへ触れようとしたが、その手首をニマルカに掴まれた。
「ダメよぉ? こんなとこで殺気を放っちゃ。後ろの怖いおじさんたち、反応しちゃったじゃない」
さきほどまでざわついていた店内は、一瞬で静寂に包まれ、全員がティフィアとリュウレイへ視線を集中させている。みんな、すぐに動けるよう中腰で立ち上がり、様子を窺っているようだ。
ティフィアは息を呑み、リュウレイは内心舌を打って殺意を抑えると、ニマルカに「いい子」と頭を撫でられた。すぐに払い除けたが。
「みんな! その子たちは敵じゃないよ。だから座って! ほらっ、飲んで飲んで」
不意に店内に響き渡る青年の声に、男たちは言われるがまま腰を落ち着けて再び酒を飲み始め、騒がしさも戻ってくる。やがて店の奥から、長身痩躯の燕尾服を纏った青年――町長のジエン・フォードもやってきた。
「これは勇者様方。いかがされましたか?」
相変わらず気品のあるゆったりとした声音の彼に、すでにこの場に気圧されていたティフィアは「えっと、えっと」と言葉が出ず、その様子を見たリュウレイが代わりに口を開いた。
「救いようのない子供、だっけ?……それについて聞きに来たん」
「ああ、アルニ君のことですか。――言ったのは、シマさんですね……彼女も困った人だ」
ジエンは眉をハの字にし、「シマさんの無礼、私が代わって謝罪します」と頭を下げてきた。
「え、あ、町長さんが謝ることでは……!」
「そうそう。それに謝る相手が違うじゃん」
馬鹿にしたような口調に、「リュウレイ!」とティフィアが窘める。
「いえ、彼の言う通りですから。アルニ君にも、機会を見つけて謝りに行かせていただきます。―――なので、ニマルカさんは物騒な事はしないでくださいね」
しかめっ面で酒場から出て行こうとしていたニマルカは、ジエンの言葉に「えーっ!」と不満の声を漏らした。
「いいじゃなぁーい! そんな頭のイカレたビッチ女はぁ、●●●●●を●●で●●でやってぇー、●●●●とこに●●●を●●してぇー、痛みに悶絶した頃に●●●●使って、そんで物好きに売り捌けばいいのよー!」
あまりにも下品な言葉に、咄嗟にリュウレイはティフィアの耳を塞ぎ、ジエンはリュウレイの耳を塞いだ。リュウレイはなんとなく察したが、ティフィアは何故そんなことされたのか理解出来ず、きょとんとした顔をしていたが。
「ニマルカさん、子供たちの前ですよ!」
さすがにジエンも怒ったように彼女の言動を諫めるが、ニマルカは「はーい。ごめんなしゃーい」と悪びれもなく謝る。
「……とりあえず、場所を移しましょう。――あいにく、個室が全て埋まってしまっているので相席になってしまうのですが、アルニ君の話であれば、彼らの方が詳しいので、ちょうどいいでしょう」
さぁ、こちらへ。
ジエンに促されるまま、ティフィアたちは店の奥へ通され、鍵を渡される。今回は『1』の部屋だった。少し緊張しながら壁を通り抜けると、そこには目の下の隈と筋肉質な体が特徴的な男――東区区長ヒガと、頬に傷のある男――西区区長クロドリィ。そして、オレンジジュースをちびちび飲んでいた、海藻頭のマナカがいた。
「うげぇ。むさ苦しい部屋ねぇ……。こんな場所に天使のマナカちゃんがいるの、可哀想だわぁ」
ティフィアとリュウレイの後ろから、ニマルカまで何故かついて来ていた。
「あれっ、ニマルカお姉ちゃんだ」と満面の笑みを咲かせるマナカ。
「あ? なんでェ、勇者殿とリュウレイ君がいるんだァ? まァ、大歓迎だけどよォ」と下卑た笑みを浮かべるクロドリィ。
「………勇者、と、お供の、子供。……何か用か」今にも寝そうな、怠そうな口調のヒガ。
三者三様の反応に、ティフィアは少し気圧されながらも「楽しく飲んでたのに、ごめんなさい」と頭を下げた。
「クロドリィ、ヒガさん。勇者様はアルニ君のことを聞きたいらしいので、教えてあげてくださいね。私はまだお店の仕事が残っておりますので」
ごゆっくり、と言い残して、ジエンは部屋から出て行ってしまった。
「――というか、お兄さんのこと忠告してきた人、ここにもいるよ」とリュウレイは唐突にクロドリィを指差した。タイミングよく酒を飲んでいた彼は、その言葉の内容に驚き「がほっ! ごほっ!」と噎せる。
「へぇ………。おいクロドリィ、うちの子の悪い噂を広めるような悪いジジイはぁ、私が成敗しちゃうわよぉ☆」
黒い笑みを浮かべるニマルカに、咳が落ち着いたクロドリィは両手を挙げて降参のポーズをとりながら、必死に自己弁論すべく口を開いた。
「待て待て待てェ! 確かに言った! 言ったがよォ! 別にアイツを陥れるために言ったわけじゃァねえぞ! あくまで、アイツの勇者嫌いを心配してだなァ……」
「アル兄のこと悪く言ったの、クロ?――最ッ低!」
しどろもどろのクロドリィに、マナカが辛辣の一言を浴びせると「ぐはァっ!?」と胸を抑えて床に這いつくばり、胸元を抑えながら「マナカに、嫌われたァ……」と世界の終末でも見ているかのような、絶望に満ちた表情で愕然としていた。
それを心配そうにあわあわしてるティフィアと、一方でしてやったり顔のリュウレイと、満足げなニマルカ、そして何事もなかったかのように再びオレンジジュースを飲むマナカ。
ちょっとしたカオスとなった空間に、ヒガは酔ったふりして寝てようかなと思っていた。




