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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
二章 勇者の使命
49/226

7-6


 ニマルカと別れた二人は一度宿へ戻ると、心配げなリュウレイとニアに出迎えられた。


 それをティフィアが宥め、日が沈んだ頃に4人で外に出て、食事をすることにし、そこでリュウレイとニアがクロドリィから聞いた話を掻い摘んで説明してくれた。……と言っても、ラグバースへの行き方と、サハディへの忠告ぐらいだったが。


 わざわざクロドリィが二人だけを引き離して、話をした内容にしては普通すぎる。それだけなら、ジエン酒場で言ってもよさそうなものだ。だとすれば、クロドリィは俺たち(というよりも、おそらく俺)に聞かれたくない話を、ニアとリュウレイに話したということだろう。


 ……まぁ、心当たりがないわけではない。


 勇者、もしくはリウル・クォーツレイに関する話、それからラグバーズ。


 レッセイ傭兵団にいたときは、一切気に留めていなかったことが、ティフィアたちと旅に出てからはそうではなくなった。ティフィアが勇者だからだということもあるだろうが、レッセイ傭兵団にいたみんなが、きっと守ってくれていたのだろう。そう考えると、俺の周りにも過保護なやつらがたくさんいたのかと、今更気づいて笑えてくる。

 俺も、まだ子供だったということか。


「――アルニ、ご飯冷めちゃうよ?」

「ん、あぁ……そうだな」

 ぼんやりと考え込んでいたアルニに、ティフィアがふと声をかけてきた。


 4人が訪れた場所は、海鮮料理専門の食事処である。普段、あまり新鮮な魚を食べたことがないという3人のため、安くて美味いと評判の店に連れてきたのだ。最初は、一切加熱もしていない、生魚の盛合わせに驚愕していたが、今では3人とも美味しい美味しい言いながら、食べている。特にリュウレイは魚が好きなのか、骨に悪戦苦闘しつつも焼き魚も煮魚も、普段の食欲以上に食べている。


 ちなみに、ニアは貝料理がお気に召したのか、モク貝の酒蒸しやタバサ貝のバター焼きを食べながら、酒にまで手をつけてるが……だいぶ飲んでるのか、顔が赤いぞ。大丈夫なのか、あれ。


「ティー、ニアは酒に強いのか?」

「うーん、どうかな? 飲んでるとこ、僕も初めて見たから」

「……そ、そうか」普段飲んでないってことは、更に不安になってきた。


「――て、リュウレイ! それお酒だよ! 飲んじゃダメっ!」

「あ、本当だ。危ない危ない。間違えて飲むところだったなぁ」てへ。と無邪気に笑って誤魔化したが、あいつ絶対確信犯だろ。

 ニアが美味しそうに飲んでるから、自分も飲んでみたくなったってところか。気持ちは分かるが、そんな子供の内から飲酒は良くないぞ。


「そうですよ、リュウレイ。――ここにあるお酒は、全部私のものです」

 ティーが言いたかったことは、そういうことじゃないぞ、ニア。


「お嬢はお酒飲んでみたいとは思わんの?」

 やはり酔っているのか、なんか頭が揺れ始めたニアを心配そうな眼差しで見守っていたティフィアは、リュウレイの問いに少し考え、頭を横に振った。

「僕、たぶん酔わないから、どうしても飲みたいとは思わないかな」

「……酔わない?」意味深な答えだと首を傾げるが、リュウレイは何かに気付いたのか、途端に気まずそうな表情をした。……なんだ。余計気になるんだが。


 そんなアルニの様子に、ティフィアは小さく笑みをこぼして「僕の体質だよ。――覚えてる? 初めて会ったときのこと」とヒント、というよりもほぼ答えを言ってくれたので、思い出した。

 あまり気にしたことも、気にするようなこともなかったから忘れていたが、森の中で死にかかっていた俺を回復させてくれたのは、ティーだ。


「っ、お嬢!」

 そのとき、ティフィアを窘めるようリュウレイが声を上げたが、少女は申し訳なさそうな顔をして、それからアルニへ右手の人差し指を立て、それを口元に寄せてから囁くように言った。


「――――今の(・・)、ニアには内緒だよ」

 今の、と言うのはティフィアの体質の話、だよな。


 リュウレイが警戒する気持ちは分かる。ティフィアの体質は特殊過ぎるからだ。

 もし何も知らずに「勇者だから」「女神様からの加護を受けた」と言われていれば、それを信じていたかもしれないが、アルニはすでにティフィアが『偽物』であることを知っている。彼女自身が、打ち明けてくれたから。

 ニアの方を一瞥すると、彼女はテーブルに突っ伏し、寝息を立てていた。


「………なぁ、一つ聞いてもいいか?」

 真面目なニアでも、ハメを外すときもあるんだなと感慨深く彼女の寝顔を眺めながら、今まで薄っすら疑問に感じてたことを、この際だから聞いてしまおうと思った。


「駄目」「うん、何?」リュウレイとティフィアの声が重なった。二人を見れば、リュウレイはティフィアを睨み、睨まれてる彼女は困ったような笑みを浮かべていた。

「あー……そんなに大したことじゃねーんだけど、話せない内容なら言わなくてもいい」

 見かねて、自身で妥協案を出せば、「……それなら」と仏頂面の少年から許可が下りたので、ありがたく聞くことにした。


「お前ら3人って付き合い長そうだけど、なんか変によそよそしいときとか、お互いのこと知らなそうなときあるけど、実際どうなんだ?」

 ライオスの食堂で、ニアが話したこと。今までの、ティフィアやリュウレイの話。それらをまとめて考えたとき、違和感を覚えた。それからこの3人の挙動を観察していると、どうにも歪さを感じた。


 ティフィアも、ニアも、リュウレイも。

 お互いを思いやり、気にかけているのに、それなのにどこか空回っているような、すれ違っているような、遠慮しているような。そんな感じがしたのだ。


「んー、そうだなぁ……」ティフィアは難しそうに眉を顰め、しかし記憶を辿るように、ゆっくりと答える。

「ニアとは、けっこう付き合い長いかな。でもニアは仕事があったし、僕も自由に出歩けなかったから、1年に数回会って、世間話したことがあるくらいかな」

 意外だ。ティフィアが大好きな、あのニアが、そんな程度しかティフィアと関わったことがなかったとは………。

「クローツ父さまの養子になってからは、僕の世話係みたいな感じで接することも増えたけどね」

 ……ああ、なるほど。世話をしていく内に、段々と情が芽生え、過保護にまでなったのか。


 ―――ん? 待てよ、今の話。なんか()じゃなかったか。


 話の流れだと、ティーが自由に動けるようになったのは、クローツってやつの元に来てからだ。つまり、人工勇者として選ばれる前から、ティーは………。


 思わずリュウレイを一瞥すれば、紅い瞳がまっすぐアルニを見据えていた。まるで、余計なことを考えるな、と言わんばかりだ。


「リュウレイとは、養子になってから知り合ったけど、名前と存在だけは、お互い知ってたんだ。僕のお母さんがね、リュウレイのこと気にかけてたから」

「ティーの、お母さん?」

「うん。もう、死んじゃったけどね。……でも、だから会おうと思ったんだ。会った最初の頃は、話してくれないどころか、目も合わせてくれなかったんだよー。僕はその度泣いて、そこにニアが来て、リュウレイとニアが喧嘩して。だけど僕は懲りずにまた会いに行って……その繰り返し」


「どうしてそこまでして、レイと仲良くなりたがったんだ?」

「……どうなんだろう。僕は、たぶん死んだお母さんのこと、嫌いになりたくなかったんだと思う。だから、お母さんを知ってるリュウレイと、お母さんの話がしたかったんだ」

 リュウレイを見れば、彼は黙ってティフィアを見ていた。


「でも、そういえば結局してないなぁ。あれから色々あったもんね………」

 遠い目をして過去を思い浮かべるティフィアは、薄っすらと笑みを浮かべていた。

 今の話を聞いても、今までの話を思い出しても、はっきり言って彼女の過去はあまり良いとは言えないものだったはずだ。泣き虫の彼女は、きっと泣いてばかりいたのだろう。


 でも、と思う。

 彼女は泣いてばかりいるけど、それでも笑顔を浮かべられるのは、そこにティフィアの強さがあるように感じた。


「そうか。教えてくれてありがとうな」

「アルニの疑問に、ちゃんと答えられてたかどうか分かんないけど。……どういたしまして」

 えへへと緩い笑みを浮かべるティフィアに「いや、充分だ」と返し、それから席を立つ。


 これで夕食はお開きである。




 なんとかニアを起こしたまでは良かったが、千鳥足のニアをそのまま歩かせるわけにいかず、肩を貸し、支えながら宿への帰路につくが、


「――いいれすかぁ、アルニぃ! ティフィアさまにぃ、何かしたらぁ、私がゆるしませんからねえ!」

「耳元で叫ぶなうっせえ!」


 この酔っ払い、うぜえ!

 何度か本気で道端に捨ててやろうかと思ってしまった。


 ニマルカも酔っぱらうとうざいくらい絡んできたが、ニアの絡み方は本当にうざい。さっきからティフィアのことしか言ってないし。おい、世話係。過保護にもほどがあるんじゃねーのか。

「ニアはアルニのこと好きだよね」

 ティフィアの唐突なトンデモ発言に「は!?」「はぃ!?」と二人の声がハモる。

「確かに、ニアおばさんアルニによく絡むし。好意ゆえにイジメたくなる心境ってやつなん?」


「本気で止めろ、お前ら。……怒るぞ」

「ティフィア様、リュウレイ……さすがの私も、怒りますよ」

 今の一言で酔いも吹き飛んだのか、さっきまでの呂律が回っていない喋り方がなくなっていた。どうせなら千鳥足も治して欲しいところだ。


 だが、リュウレイとティフィアはお互い顔を見合わせてクスクス笑い始めた。

「いいですかティフィア様! そもそもこの男は、私の好みとは正反対に位置しているわけですので、好きになるはずもありません!」

「ムキになるところが、僕は怪しいと思う!」


「おい、ニアを揶揄うのはいいけど、俺を巻き込むな」

「貴様! 私はいいってどういう意味ですか!」


「お兄さんってツンデレだよね。そう言いながらも、実はちょっと嬉しかったりするん?」

「申し訳ありませんが、私にはすでに心に決めた方がいますので」

「……え、俺、今、別に女として見たこともない相手に振られたのか」


「………本当に腹の立つ男ですね、貴様。闘技大会での続き、やりますか?」

「ああ、俺なんかにやられそうになってた、あの試合の続き? いいぜ、今度こそはっきり勝敗決めよう」

「そうですね、今度こそ確実に――殺す」

「返り討ちにあって、半べそ掻くなよ? 今度は『邪魔が入った』なんて言い訳、出来ないだろうからな」


 物騒な会話をしつつ、アルニはしっかりとニアの歩行を支え、ニアもまた支えてもらっているのが分かっているからか、あまり暴れず大人しくしている。

 そんな二人のやり取りが面白くてリュウレイもティフィアもつい揶揄ってしまったが、いつの間にか、本当に仲良くなったんだなぁ、とティフィアは思った。


 ニアが酒に酔ってるとは言え、あの生真面目で堅物な彼女が、アルニに寄りかかっている。それにお酒を飲んだことだってそうだ。たぶんニアは、無意識にアルニのことを信頼してる。

 王都で会ったときは、あれほど敵対していたのに。

 リュウレイは、まだアルニのことを警戒している節があるが、それも時間の問題なような気がする。


「…………」

 嬉しい。

 とても、嬉しいことだ、これは。


 なのに。それなのに。……どうして、寂しいと思ってしまうんだろう。

 どうして、まるで取り残されてしまったかのように、感じるのだろう。

 ……これは、考えなくて、いいこと、なのかな。

 ティフィアはそう決めつけ、胸の奥にその感情を閉じ込めた。



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