7-4
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「一体どういうつもりですか、突然リュウレイを拉致して。本気で貴様の性癖を満たすためだと言うならば、私も本気で貴様を殺しますよ」
大きく無機質な建物へ入っていったクロドリィを追い駆けてきたニアに、リュウレイを担いだまま彼女と対峙するクロドリィはにたりと口角を上げた。
「生きが良いねェ、お姉ちゃん。―――儂ァただ、グラバーズへの行き方を教えてやるのと、」
ついでに、と言いながらリュウレイを床に下ろす。
「忠告しておいてやろう、と思ってなァ」
「……忠告、ですか?」
訝しげにクロドリィを睨むニアをそっちのけで、彼はリュウレイの頭を優しく撫でながら鼻の下を伸ばし、「荒っぽいことしてごめんなァ。あとでいいもン、あげるからねェ」と気持ちの悪い猫なで声で発した。
リュウレイは蔑んだ眼差しでその手を払いのけ、あっという間にニアの後ろへと隠れるように逃げる。
「ニアおばさん、あの人斬ったほうが良いよ。絶対斬ったほうが良い」
「そうですね、その提案には賛成です。が、リュウレイ。―――誰がおばさんなのか、もう一度言ってくれますか?」
剣の柄に手を構えつつ、額に青筋を立てるニア。
その二人のやりとりがおもしろかったのか、ぐふふっと笑みを漏らし、それから「マナカ!」とあの癖の強い髪の少女を呼ぶと、彼女は分かっているとばかりに、どこからか大きな机を、一人でえっちらおっちら運んできた。そしてクロドリィは、懐から取り出した一枚の大きな紙を、叩きつけるように広げた。
「これはローバッハ港町から、グラバーズがある藍砂大陸までの海路図だ」
目元は今だニヤニヤと笑っているのに、真面目そうな声のトーンに、警戒しつつニアとリュウレイは机を覗き込む。
二人とも海路図なんて初めて見たので、正直ちんぷんかんぷんではあるが。
だが、クロドリィはそれを知ってか知らずか、そのまま話を進める。
「ここがローバッハ。そんで、こっちが藍砂大陸の港町カトリプトサ。この港町はグラバーズの隣国、ウェイバード領だから、問題なく入国出来る。ただ、うちで出してる船には、あいにく直通便はねェから、間にあるサハディって国の港を経由してもらうがなァ」
国には疎いリュウレイが頭上に「???」を浮かべるも、ニアは眉を顰めた。
「サハディに寄るのですか……?」
「さすがに気付いたか、お姉ちゃんは。――そう、軍事国家サハディ。“裏の帝国”と呼ばれてる国だなァ」
ニアの横で首を傾げるリュウレイに、マナカが人差し指を立てて教える。
「この世界には現在二つの帝国が存在するんだ。表のミファンダムス、裏のサハディ。ミファンダムスは魔術を応用した技術力を有し、サハディは武装を重視した純粋な戦闘力を有してるんだ。そして、この両国は、実はとっっっても仲が悪い!」
「どうして仲が悪いん?」
「明確な答えは分からないけど、たぶん価値観の違いじゃないかって言われてるんだ」
価値観、と言われ、リュウレイはなんとなく分かった気がした。
魔術は、世界に存在するありとあらゆる“式”を用いて、それを法則性にあてはめて発動させるものだ。対して武器は、そこにあるものを関係なく壊す物であり、そこに芸術性も繊細さもあったものじゃない。つまり、野蛮、の一言に尽きる。
ミファンダムスは魔術師が多いし、魔術に理解ある人や学者も多いので、なるほど、反発するわけだ。
「そう言えば、前にアル兄が言ってたけど、もし魔王とか魔族とか、そんなものがいなければ、二つの帝国は戦争してたかもしれないって。―――人間の国同士で争うなんて、そんなこと、あたし考えたことなかったんだけど、それもそうだなぁって思うんだー」
「――人と人が争うことなど、ありえません。そのような無意味な行いをするほど、人間は愚かではありませんから」
マナカの言葉(というよりもアルニの考え)をばっさり切り捨てたニアに、リュウレイは苦笑を浮かべながら、だけど何かが引っかかるのを感じた。
……本当に、ありえない、のかなぁ?
抱いた疑問に考え込むリュウレイをよそに「――このお姉さん、怖い!」とビビったマナカが、クロドリィの後ろへ隠れた。クロドリィはよしよしとマナカの頭を撫でながら、ニアへ視線を向ける。
「まぁ、サハディに着いても、船から極力降りねェことを勧めるぜェ。あの国はただでさえ飢えてる。そこに勇者が現れればどうなるかは、想像がつくだろォ?」
「ええ、………そうですね。ご忠告、感謝します」
最初にクロドリィが言っていた、グラバーズの行き方と忠告とはこのことかと頭を下げれば、彼は一瞬きょとんとした顔をして、それから顔の前で手を振った。
「悪ィ悪ィ! 確かにそれもそうなんだがよォ、儂が言いたかった忠告はそれだけじゃあねェ!」
「? そうなのですか?」
「――そういえば、今の話ってなんであの店で言わなかったん?」
考えを中断し、別の疑問を口にしたリュウレイに、ニアも「確かに」と同意した。
「ティフィア様やアルニにも、聞かせるべき話だったのでは?」
「…………忠告ってェのは、どちらかと言えば、そのアルニに関してだ」
「お兄さん?」「あの男のこと、ですか?」二人が首を傾げる。
「お前ら、あいつのことについて、どれくれェ知ってる」
「私が知る限り、まぁ多少物知りだということと、“勇者”を殺したいほど憎んでいる、ということでしょうか」
ニアの答えに、リュウレイも賛同するように頷いた。それを見たクロドリィは、苦笑いしながら「それでよく仲間にしたなァ」と呆れながら口にする。
ニアにしてもリュウレイにしても、さすがの過保護と言うべきくらいには、ティフィアのことが大事だ。でも、それと同じくらい、彼女の意志もまた、尊重している。
―――“ティフィアが選んで決めたことだから”。
殺そうとしてきたアルニのことを許し、一緒に旅をすることを選んだから。それを否定することも、駄目だと強制することも出来ない。
だから二人は、自分たちが警戒していればいい、と考えていた。幸いアルニは、あれからティフィアへ敵意を向けてくるわけでもないから。
「………勇者殿は、なんだかアルニに信頼を置いてる感じがしたんでなァ。だからお前ら二人だけを招いたんだァ」
確かに、お嬢はアルニに傾倒してる節があるんだよなぁ、とリュウレイも内心同意しつつ、二人はクロドリィの次の言葉を待った。
彼はマナカへ視線を送ると、マナカは拗ねたような顔してどこかへ行ってしまい、その背中を見送ってから、彼は少し遠い目をして口を開いた。
「――あいつは、アルニは、レッセイという男が拾ってきた子供でなァ、ラグバーズの生まれなんだ」
「え、……でも、ラグバーズって鎖国してるんでしょ?」
「そうだよなァ。どうやって侵入したのかは知らねェが、ニマルカ……ああ、レッセイの仲間の女なんだがよォ、しこたま酔わせて、なんとか聞き出せたのは、ラグバーズのとある辺境の街で拾った、てことだけだったんだが、」
まァ、そこは今はいい。この町、いやこの国に流れ着くのは、大抵過去を持った連中が多いからなァ。そもそもレッセイも、まだリュウレイ君くらいで記憶がないアルニを、本当は孤児院に放り込むつもりだったらしいからなァ。……あの頃のアルニは、常にぼんやりしてて可愛くてなァ。え? 気持ち悪い?……悪ィ悪ィ、脱線したなァ。
儂ァ、これでも子供が好きだから、個人的に孤児院をいくつか経営しててなァ。レッセイと町長と話して、アルニをその内の一つに入れることになったんだ。数日は様子見てたんだが、問題はなさそうだと思ってた矢先だった。
レッセイと儂とで孤児院へ行くと、―――アルニが院の子供も大人たちも半殺しにしててなァ。
「は、半殺し、ですか……?」
絶句する二人に頷けば、ぐふふとクロドリィは当時のことを思い出し、笑ながら続ける。
「すぐにレッセイが気絶させて止めたんだけどなァ。院にいた大人の中には、ある程度腕に覚えがあるやつもいたんだぜェ?………本人と半殺しにされた連中に話を聞けば、『勇者ってかっこいい! 俺もなってみたい!』って言った子供がいて、それを聞いた瞬間、アルニは暴走してくれたそうだ」
その内容で思い出すとは、カムレネア城塔で、ティフィアが勇者だと知ったときのアルニの反応だ。あのときは一瞬だった。もしニアの対応が少しでも遅れれば、反射的にリュウレイがティフィアの体を引いていなければ、最悪の事態だっただろう。
「それから孤児院にはおいておけないってことで、結局レッセイがアルニを連れていくことを選んだんだがよォ。今はだいぶ落ち着いたが、当時は『勇者』って言葉聞く度に暴れて、珍しくあのレッセイも骨が折れたって言うんだから、そうとうだぜェ」
「お兄さん、なんか……」
魔の者、みたい。とは、さすがに言えなかった。
「―――なるほど、いつまた我を忘れて襲い掛かってくるか分からないから、気をつけろということですか」
「ああ、そうだ。……それと、勇者殿をグラバーズへ近付けないほうが良い。どんな要件があるか知らねェが、あそこは教会からの支援すら拒んだ国だ。可能性は低いが、もし国全体がアルニみたいな勇者嫌いだった場合のことを考えるとなァ……」
確かに、とニアは思う。グラバーズの情報はほとんどない。だからクロドリィの懸念もまた、彼が言った通り完全には否定できない。でも、そうすると―――この旅の、本来の目的を叶えることが出来なくなってしまう。
ニアがリュウレイを一瞥すれば、彼もまたニアを見ていた。
「……分かりました、念頭に置いておきましょう」
「そのほうが良いなァ。――で、船なんだが、6日後の正午くれェに発つから、それまではこの町でゆっくりしてくれ」
「はい。色々と教えてくださり、ありがとうございました」
ニアが頭を下げるのに倣って、リュウレイも頭を下げる。
それから二人は建物から出て、元来た道を思い出しながら辿っていく。
「ニアおばさん、そっちじゃないよ」
「……分かっています。確認のために見に行っただけです」
なんの確認だよとリュウレイは呆れ顔で溜め息を吐き、それから頃合いかと口を開く。
「あのクロドリィって人の話、鵜呑みにしてないよね」
「当然です。……どのような意図があるのか分かりませんが、明らかに私たちを誘導しようとしている」
忠告と言いながら、彼の言葉は断定的だった。アルニのこと、グラバーズのことを、やけに不安と不信感を煽らせようとしているように感じた。
「だね。お兄さんは、クロドリィのこと信頼してる感じだったん」
「……人は、変わりますから」
「お嬢も?」
「ティフィア様は変わりませんよ。―――それが“救い”であることを、知っていますから」
「………だね。じゃあいつも通り、口裏を合わせるよ、ニアおばさん」
おばさん、という単語に引っかかるも、ニアは疲れたようにため息を吐いて「もうそれでいいです」とぼやいた。
「ティフィア様には、これ以上心を煩わせたくありませんからね」
ニアとリュウレイが出て行って、クロドリィは一つ重たい溜め息を吐いた。
柄じゃねェ。誰かを騙すようなことを言うのも、仲間を疑わせるようなことを言うのも。
胸の内にずっしりと『罪悪感』という重りが入りこんだかのように、気が滅入っていると、
「クロドリィ、上出来なの。やれば、出来るの」
ぶわり、と背筋が震え、弾かれたように俯いていた顔を上げれば、そこには無表情な少女がいた。
歳はマナカと同じくらいだろう。華奢な体躯に、床にまで広がった無造作な髪とボロボロの服。虚ろな灰色の瞳。それから大事そうに抱える猫の人形。
一見、貧しい町の子供だ。このご時世、そんなに珍しくもない。
だけど、クロドリィはその少女の“本性”を知っている。
「あの二人、クロドリィの言葉、疑ってるの。でも、言葉は『種』。いずれ、種は芽吹くものなの」
「……儂ァ、言う通りにしたぞ」
「うん。今回は、合格。この町も、あなたの娘にも、手は出さないの」
どこまでも無表情な少女は、不意に人差し指をクロドリィへ向けた。
「でも、忘れないで。わたし、短気なの。人間、嫌いだし。……少しでも、煩わしい真似したら、」
少女の袖から、その白い腕を這って真っ直ぐと、人差し指の先へと留まる。
それは、とても小指の爪ぐらいの大きさの―――赤い大蜘蛛針だった。
「この町も、わたしの実験場にしてあげるの」
クロドリィはごくりと唾を飲み込んだ。
この少女がやったであろう、ライオスの街の顛末を知ってるだけに、恐怖でおかしくなりそうだった。
「また来るの」と言い残して少女が姿を消し、クロドリィはふらつく体を支えるべく机に手をつき、何度も大きく深呼吸した。それから、様子を見に戻ってきたマナカに、いつもの笑顔を向け、何事もなかったかのように振る舞うのだった。
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