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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
二章 勇者の使命
46/226

7-3



 リュウレイの無事を祈りつつ、ジエン酒場を出る。


「じゃあ、ティー。――――海、見に行くか?」

 クロドリィが拉致していったリュウレイは、ニアが追いかけていったし。まだ日も高い位置にあるので、買い物する前に寄り道してもいいだろうと提案すれば、それはとてもとても嬉しそうに「うん!」と力強く頷かれた。


 と言っても、この町に面する海は水深が深いため海水浴場はないので、防波堤へ案内する。


 近くには灯台もあり、釣りをしてる人や、観光客の人々がちらほらいて、ティフィアの姿を見て「勇者様だー」とライオスの街ほどではないにせよ、握手を求められ、まだ慣れない彼女は照れ臭そうにそれに対応していく。


「これが海なんだね……! すごい! 広い! キラキラしてる!」


 遠くで船の汽笛が聞こえる中、寄ってくる人々が落ち着いた頃、ティフィアは腕を大きく広げ、アルニへと振り返る。

「ねぇ、すごいね! 海ってすごいね!」

 みんなも一緒だったら良かったのに、と興奮しながらはしゃぐその姿に、苦笑しながら「そうだな」と返す。


「船が浮かんでる! あ、なんか跳ねたよ! お魚かな?」黒曜石の瞳を輝かせて、一人楽しそうにしているティフィアを見ていて、連れてきて良かったと心から思った。

 それから不意にティフィアがその場にしゃがみ込むと、防波堤から海を覗き込み、おもむろに指を突っ込んで口に咥えた。


「!?」

「おぉ……っ、本当にしょっぱい!」

 感動している彼女に大きく溜め息を吐き、隣に座ると口に含んでいた指を引きはがす。


「海は(きたね)ぇから、舐めるな」

「え、そうなの?」

「昔、俺も初めて海見たとき、同じことやったんだよ。まぁ、俺の場合はがぶ飲みだったけどな」

「が、がぶ飲み……」

「それから少しして、俺はトイレから出られなくなった」

「ふへへっ、お腹壊しちゃったんだね」

 こんなにきれいなのにね、と海を見下ろすティフィア。


「―――あ、アルニ! あそこ、なんかいるよ?」

 あそこ、と海へ指を差し、それを追うように視線を動かせば、水中を泳ぐ魚が見えた。

「あー……背びれが黄色いし、大きさ的にも……たぶん、ミギョ、だな」

「みぎょ?」


「あれは釣って、すぐに焼いて塩をかけて食べると美味い。骨も細いから、内臓以外はすべて食べれるんだ」

「おいしそう!」

「ミギョなら、たぶん露店で焼いたやつ売ってるから、あとで行くか?」


「うん!―――あ、アルニ、あれは?」

「あれは馬甲貝だな。あさりの一種で、馬の尻尾みたいな毛が生えてるだろ? あれで魚にくっついて、海の中を移動するんだ。……馬甲貝は、乾燥させて、ダシに使うことが多い」

「へぇ~……。アルニは魔物もそうだけど、食材とかにも、けっこう詳しいよね」

「必要だったからな」

 魔物に関しては、戦うために。食材に関しては、生活のために。どれも生きるために必要だっただけだ。……て、これ、前にもリュウレイに言ったような気がするな。


「アルニは、学者さんとかになるの?」

「が、学者?」いきなりなんの話だと戸惑っていると、ティフィアは突然立ち上がり、海の先――地平線へまっすぐ見据えながら言った。


「将来の話だよ」

 将来。

 一瞬、息が詰まった。


 いや、考えたことはある。傭兵団が解散したときに、これからどうしようかと。………いいや、違う。あのときは、将来というよりも、これからの自分の生活のことだけを考えていた。将来なんて、そんな未来を見据えたものじゃ、なかった。


「アルニ、物知りだし。僕は向いてると思うよ?」

「傭兵上がりの学者なんて、聞いたことねえけどな。………将来ねぇ。―――ティーはどうなんだ?」

 将来なんて、途方もない未来に実感が湧かず、ティフィアに逆に尋ねてみた。


「僕は勇者だよ? 永久就職先とも言えるね!……魔王を倒せれば英雄にはなれるかもだけど、僕に倒せるとは思えないし」

「ずいぶんと弱気だな」

「“本物”じゃないから」

 自らを卑下するティフィアに、相川らずネガティブだなと思い、それから「ん?」と何か違和感に気付く。


 違和感。

 その正体に気付いたとき、アルニは一気に血の気が引いた。


「……ティー、一つ、聞いてもいいか?」

「ん? どうしたの?」

「―――――魔王は、“本物”じゃないと倒せないのか?」

 気まずそうに、それでも頷こうとする少女。の、細い手首を強引に掴み、突然大股で歩き出す。「え、アルニ!?」と驚きつつも、少し小走りになって連れて行かれるティフィア。


 それから防波堤の先、灯台の中に入ると、中に誰もいないことを確認し、扉の前に『点検中』という札を立て、更に鍵を閉めると、そのまま階段を上がっていく。そして、展望デッキまで行き着くと、再び周囲に人影がいないか再度確認し、そこでようやくティフィアの腕を離した。


「………あ、アルニ?」

 いつもと雰囲気が違うせいか、怯えたような声音。だけど、アルニは、それを気にしてやれるような余裕はなかった。


「ティー、お前らって確か、帝国出身なんだよな」

「え、あ、……う、うん」

「今の魔王の話、あの二人も知ってるのか?」

「知ってる……はず、だけど。―――ね、ねぇ、アルニ。もしかして僕は、マズいこと、言っちゃったのかな……?」

 恐る恐る尋ねてくるティフィア。


 自分がどれだけの爆弾発言をしたのか、気付いていないようだ。――……いや、知らないのか?

 ……そんなことがあるのか?


「……………ティー。前勇者のリウル・クォーツレイは、何をした人か知ってるか?」

 彼女の問いに答えず尋ね返すが、ティフィアはまずいと感じたのか、口を噤んだ。

 それでもアルニは問い続ける。


「リウル・クォーツレイが死んだ理由は?」

「ミファンダムス帝国が、結界の技術をほぼ無償で各国に与えた理由は?」

「お前の父親が、人工勇者をつくった理由は?」


 ティフィアはだんまりを決め込むが、その顔色が悪く、下唇を噛んでるところをみると、これは推測通りか、とアルニは左手で頭を押さえた。

「………ティー、これだけは答えて欲しい。――魔王は(・・・)生きてるんだな(・・・・・・・)

 言い逃れは出来ないと感じたのか「うん」と小さく頷き、肯定した。


 ――そもそも、帝国が全世界に配信したのだ。魔王は勇者と相打ちとなり、倒されたのだ、と。しかし、生き残った魔族が逆上する恐れがあるからと、結界の技術を広めた。

 それが、人々の共通する認識であり、いまや常識と言ってもいい。


「魔王は勇者と相打ちになって死んだ。それが、俺を含めた全世界の人々が知ってる内容だ」

「――――――、」知らなかった、と音にならない呟きが、ティフィアの口から洩れる。驚いたような、丸くなった黒曜石の瞳が、揺れている。


「魔王が生存してて……しかも、本物の勇者じゃないと倒せないんだったか?」

 それなら、とアルニは嘲笑しながら言った。

「将来もクソも、何もねぇーじゃねぇか」


 勇者亡き今、どうして魔族たちが強引に侵攻してこないかは分からないが、いずれそうなることは目に見えてる。ならば、この世界に、人間に、将来はない。

 アルニは苛立たしげに嘆息し、踵を返したとき、ティフィアに呼び止められた。


「待ってアルニ! あ、あのね、勇者様は、現れるの! 本物の、勇者様が! 教会の占星術師の人がね、近い未来、現れて、それで、魔王を倒すんだって……」

「なるほど。そうなると教会の上層部も帝国と一緒に、事実を隠蔽してるってわけか」


 どうせ勇者が現れて、魔王を倒してくれるから。だからこのまま真実は隠しておこうというわけだ。

 再び失言したことに気付き、ティフィアは口元を抑えた。


「確かに、勇者は死んだけど魔王が生きてたなんて話、聞いたらみんな卒倒もんだからな」

「あ、アルニ……」

「安心しろよ。俺は約束通り、レッセイの居場所が掴めたら、お前らとは離れる。今の話も誰にも言わねーし、忘れることにする。そもそも言ったところで誰も信じねーだろうし」


「アルニ、」

「悪ぃけど、ちょっと頭冷やしたいから。宿には一人で帰ってくれ」

 淡々と言うと、アルニはそのまま階段を下りて鍵を開け、立てた札を元の場所に戻すと、一人町の中を歩く。


 無性に苛立っていた。

 事実を隠蔽していた帝国や教会でもなく。きっと知っててアルニに教えなかったリュウレイやニアにでもなく。

 何故か、何も知らないでアルニに正直に答えていたティフィアに。

 きっと、今頃展望デッキで泣いているかもしれない、少女相手に。



 ―――じゃあ、なんでお前は勇者なんかになったんだよ!



“出来損ない”であり、“偽物”である勇者。


 明らかに彼女の養父である男は、本物の勇者が現れるまでの間を繋ぐために、人工勇者を作ったのだろう。それも複数人用意してるってことは、人工勇者は『使い捨て』である可能性が高い。

 でも、以前にティフィアは言っていた。

 自ら勇者になることを選んだ、と。


「なんでだよ……」

 理解出来ない。


 王都で魔族が襲撃したとき、彼女は泣いていた。

強くない己に対して。弱いから、守れないと、嘆いていた。

 でもアルニと話して、ティフィアは『本物』になりたいと言っていた。

 人々を救う、希望―――勇者になりたい、と。


「なんで、なんだよ……」

 ティフィアは、最初に出会った頃の印象通り、たぶん箱入り娘だ。いや、箱入りなんて生易しいものじゃないだろう。

 全世界を欺く隠蔽行為をしていた帝国。その出身であるティフィアが、それを知らなかった。それがティフィア個人だけなのか、それとも人工勇者全員なのかは定かではないが、常識を知らないということは――外界から遮断された場所にいたのかもしれない。

 もしかすると、実年齢よりも心身ともに幼く見えるのは、そのせいでもある……?


「………」

 ふと、足を止め、周囲を見回す。

 いつの間にか細い路地に入っていたようだ。ひと一人通るのがやっと、という道幅で、さすがに人気がいない。だが、喧騒まで聞こえない、というのは、この町に限ってありえない。



「―――やぁ、アルニ。久しぶりだね」



 ライオスの街でティフィアたちを人工勇者が襲ってきた一件もあり、警戒していると、その声は突然目の前から聞こえた。

「………?」

 しかも、なんだろう。とても懐かしい声だ。


 どくりどくりと心臓の音が高鳴り、不思議な気持ちのまま声が聞こえた方を見る。

 目深に被ったフードのせいで、顔はよく見えない。

 だけど、ずきりと頭が痛んだ。


「だ、れだ」

 名前も知ってるようだし、なによりも久しぶりと言っているのだから、おそらく知り合いなのだろうが。胸騒ぎが治まらない。

「えぇーっ、おれだよ、おれ! 声で分かってくれると思ったのになぁ………」

 仕方ないな、と。

 フードを外した男の顔に、アルニは灰黄色の瞳を見開いた。



リウル・(・・・・)クォーツレイ(・・・・・・)………?」



 緑がかった紺色の、少し長めの髪。

 そして、歪みきった群青色の瞳が、アルニが口にした名前に反応して、弧を描く。




「違うよ。忘れちゃったの? おれはただの、『勇者の亡霊(・・・・・)』だよ」





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