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「まずは自己紹介ですね。―――初めまして、勇者様とその仲間の方々。私の名前はジエン・フォード。このジエン酒場の店主兼、ここローバッハ港町の町長です」
宜しく、と柔らかな笑みを浮かべるジエンに、「町長!?」と予想通りの反応を見せるティフィアたち。
そりゃあ驚くだろう。問題児である区長4人を纏め、港町を治める人が酒場の店主をやってる優男なのだから。俺も最初は信じられなかったぜ。
「は、初めまして! 僕はティフィア・ロジストと言います。勇者です! えっと、宜しくお願いします!」
「私はティフィア様の騎士、ニアです」
「オレは………うーん、まぁ、仲間のリュウレイです」
勢いよく頭を下げるティフィアに続き、二人も名乗った。
アルニも町長を含めた3人とは顔見知りだが、それ以外とは初対面なので改めて自己紹介を口にする。
「レッセイ傭兵団にいたアルニです。今は彼女たちと一緒に旅をしてます」
「――ああ、キミが例の」
眼鏡を押さえながら、思わず零した神経質そうな彼女の言葉に「シマさん」とジエンが制した。
「失礼。――私はシマ・コーネスト。南区の区長を勤めております。宜しくお願い致します」
丁寧に頭を下げるシマに、こちらこそとティフィアも慌てて頭を下げる。
そこから続くように、他の者たちも名乗り始めた。
「俺は……東区代表、ヒガ、だ。船に関することなら、何でも聞きに来い……」と、筋肉質な厳つい男が目の下の深い隈を引っ提げて言ってきた。
「恐縮ながら、ぼくは北区の区長で、名はハーベスト・モチーフと言います。勇者様にお会い出来て、光栄です」と、ネズミみたいな男がはにかみながら頭を下げる。
「儂ァ、西区の長、クロドリィ・ネロ。……勇者殿がこれほど可憐な少女とはァ、どうぞ末永く宜しく願いたいねェ」と、頬に傷がある男が下卑た笑みを浮かべた。――が、海藻のような髪の少女が、そのクロドリィの股間を思いっきり蹴り上げたせいで、彼は声なき悲鳴を上げて股間を押さえて蹲った。
そして、一仕事終えたかのような清々しい表情で振り返り、ティフィアたちへ深々と頭を下げる。
「うちのクロが大変失礼をしました。――あたしの名前はマナカ。不本意ながらこの変態の娘で、次期西区区長として、今はクロのお付きをしてます。よろしくお願いしますね、勇者のお姉ちゃん!」
クロドリィへ会心の一撃を与えた少女マナカは、周囲に花が咲くような満面の笑みを向け、そこで彼女の所業に呆気をとられていたティフィアが、一人一人に宜しくお願いしますと頭を何度も下げた。
「―――さて、自己紹介も済んだところで、勇者様方がこの町へ何のために訪れ、どれほど滞在する予定なのか、窺おうかな」
街長ランドールが一つ手を叩き、それからティフィアへと顔を向ける。
椅子の数が少なく、町長と区長4人、ティフィアは座っており、残りは立ったままなのだが、その全員が少女へと視線を集めた。
「あ、えっと……滞在時間は分かりませんが、ここより南の大陸にある、グラバーズという国に行きたいんです」
実はアルニも、港町まで行きたいとティフィアたちに言われてここまで案内したものの、目的地は聞かされていなかった。だからその国の名前を聞いた瞬間、アルニを含め、数人が眉を顰めた。
クロドリィとジエンだ。
そして、「ぐらばーず?」と聞き慣れない国名に首を傾げるマナカ。
そこにシマが記憶を辿るように「――グラバーズと言えば、」と顎に手をやり、ぼやくように説明する。
「100年ほど前まではミファンダムス帝国と並ぶ技術大国でしたね。確か、過去に何代も勇者を輩出し、支援していたとか。……ですが57代目ランドール皇が戴冠してからは、通商と貿易の一切の遮断と、出入国の制限を設け、現在は鎖国状態のはずですが」
「―――シマさんの言う通りです。あの国は魔の者たちが生息する魔族領からも遠く、帝国からの同盟も拒否している国。いくら勇者様であろうと、門前払いされるのが関の山。………そのような場所に、一体どのような目的があるのが、伺っても宜しいですか?」
シマの言葉を引き継ぐように、ジエンがティフィアへ尋ねた。しかし、彼女は「えーと……、その、あの、」と視線を泳がせ、言葉を濁らせる。
「勇者様、言いにくいことでしたら、無理に答えなくても大丈夫ですよ」
そんなティフィアを見かねて、ジエンが苦笑しながらそう口にすれば、ティフィアは申し訳なさそうに「ごめんなさい」と謝った。
「おい、ジエン。子供を泣かせるんじゃあ、ねェよ」
「泣かせてませんよ……。――クロドリィ、勇者様にグラバースへの行き方を教えてあげてください」
「ふんっ、任せなァ!」
「シマさん、グラバーズまで経由する国と港町に連絡を」
「はい、直ちに」
「――――さて、私が出来るのはこのくらいまでです。あとは、この騒がしい町を、ご自由に楽しんでいっていただければ」
ジエンの柔和な笑顔に、ティフィアは深々と頭を下げた。
「ありがとうございます!」
それから解散という流れになり、ジエン、シマ、ヒガの三人は部屋から出て行き、
「アル兄!」
アルニはマナカという少女に、タックルをかまされる勢いで抱き着かれていた。
「アル兄、久しぶり! すっごい久しぶり!」
「落ち着けェ、マナカ。アルニが窒息しちまうぞォ」
クロドリィの言葉に、マナカは力任せに抱き着いていた力を弱め、そこでアルニは大きく息を吸い込んだ。死ぬかと思った。
「……久しぶりだな、マナカ」そう言いつつ、頭を撫でてやれば、えへへと嬉しそうに頬を染める。
リュウレイと差ほど歳が変わらないであろう少女は、よくこの町に訪れる度、まるで妹のように慕ってくるので、ついつい甘やかしてしまう。まだ幼いのに、すでに次期区長として頑張って勉強している姿を知っているから、同情している部分もあるのだが。
「クロドリィも、久しぶり」
「そんなことより、勇者殿とリュウレイ君、だっけかァ? 個人的にもっと詳しく紹介してくれよォ」
ついでとばかりにクロドリィに挨拶するも、彼の視線はティフィアとリュウレイに定まっていた。手をわきわきするな、気持ち悪いぞおっさん。ニアもクロドリィを絶対零度の眼差しで見下しながら、そっと二人の前に立った。当然だが、警戒されてる。
「おいマナカ。あれ、止めないとそこにいる騎士にぶった切られるぞ」
「いいよ。いっそのこと死んで、変態病が治れば万々歳だし?」
娘であるマナカにそれほど言わせるとは、さすがクロドリィだ。
「――――ん?」不意に、変態が何かに気付いたように首を傾げる。
「……勇者殿、失礼ですが、おいくつですか?」
おそるおそる尋ねる彼の言葉に、ティフィアも首を傾げながら「18、ですけど」と答えた。
「………………じゅっ、じゅうはちぃ!?」
驚いて声をあげたのは、俺だけだった。
クロドリィはやっぱりなと頷き、マナカはそんなことどうでも良さそうだし、リュウレイとニアは、当然知っているとばかりに、無反応だ。
―――いやいやいやいや! ティーが、18? 俺とそんなに変わらない歳、だと……?
改めてまじまじとティフィアを見るが、非常に失礼ではあるが、お世辞にも18の体型とは思えない。身長も140センテくらいだし、細見だし、童顔だし。
「15歳以上は儂の範疇じゃあ、ねェからな。―――と、言うわけで、このチビは少し預かるぞォ」
いつの間に、ニアの背後に回ったクロドリィが、リュウレイの首根っこを掴み、それに気付いたニアが咄嗟に剣を抜こうをしたが、剣の柄を押さえるようにクロドリィの足がそこにあったため、抜剣が出来ずにニアが愕然とする。
その隙に、クロドリィはリュウレイを肩に担ぎ、ニアの剣帯を思いっきり蹴り、体勢を崩している間に「じゃあなァ」と変態男は颯爽と部屋から出て行った。それから「アル兄、またね!」とマナカも後を追うように出て行き、その二人を追うように、ものすごい形相のニアまでもがいなくなった。
ちなみに、リュウレイは終始、目を白黒させて固まっていた。
「……だ、大丈夫かな、二人とも」
追いかけた方がいいかなとティフィアの視線が問うが、アルニは首を横に振った。
「大丈夫だろ。クロドリィは変態だけど、あれで区長だし。本当に嫌がることはしない人だ」
断言したものの、ティフィアの顔を見て言えなかった。
大丈夫だ、きっと。たぶん。




