7.ローバッハ港町にて
ローバッハ港町は、半分は海に面しており、残り半分は坂になっている。
元々一つの小さな集落程度しかなかった町だったのだが、当時の町長が国と交渉し、外国との貿易を行うようになり、すると人も増え、資金も潤い、徐々に開拓して大きくなった経緯を持つ。それ故に歪な形をしており、乱雑とした建物や階段が多く、外観もなんかもうごちゃごちゃだ。
そしてローバッハは4つの区で分けられており、坂の上にある北区・西区、海に面した南区・東区とがある。それぞれの区には区を代表する区長が存在し、彼らはお互い敵視している。というのも、各区には特徴と個性があるからだ。
“北区”は主に『物流』を担っている。外国から来た輸入品、或いは外国へ持っていくための輸出品の管理や検査、それから配送までを請け負っている。
“西区”は主に『造船』を担っている。輸出入するにしても、海を渡れる船を造るのも、管理するのも必要不可欠だからだ。そして、ここには傭兵団の拠点がいくつもある。
“南区”は主に『交渉』を担っている。国から派遣された外交官もおり、外国の外交官と交渉し、貿易関係を築かせている。観光客の案内や、輸入品の販売などにも力を入れており、いろんな店がある。
“東区”は主に『公共施設関係』というべきか。宿泊施設や公園、釣り堀、温泉などがある。そして、この東区には唯一神レハシレイテスを崇める教会があり、これがなかなか大きく、信徒たちにとっての巡礼地にもなっているそうだ。
本来であれば、この4つの区は協力し合う関係となるはずだった。当初、町長もそのつもりで区分けしたそうなのだが……血の気が多く、自尊心が強い彼らは「我が区こそ、町や国を潤すために一番貢献している!」と主張し、喧嘩三昧。それが区の雰囲気にまで影響し、最初は町長も宥め役を買って出ていたが、世代交代し町長が変わってからは放置しているようだ。
ちなみにこの町の特産物は、やはり海鮮もので、特に天味エビが絶品で―――――「…………ねぇ、アルニ。大体分かったから、そろそろ出かけていいかな?」
おそるおそる言葉を遮ってきた少女の声に、アルニはようやく我に返った。
現在地は西区に割と近い、東区の宿泊施設『マロンノーム』という宿だ。ここはレッセイ傭兵団時代、何度か利用させてもらっているので、今回も使わせてもらうことにした。おかげで常連割引をサービスしてもらい、一泊につき1人3,400トル。4人で13,600トルだ。ライオスの街でもらった依頼の報酬金と、所持金を合わせて差し引けば…………70万弱か。装備品や消耗品、日用品を買い足せば、あっという間に半分くらい無くなるんだろうな。
「おい、貴様! ティフィア様を無視するとは良い度胸だ」
今度は絶対零度の声音と視線を浴びせてきたニアに、アルニは再び思考の海に揺蕩っていた意識を浮上させる。
「あー、悪ぃ。ちょっとこの先のことを考えて、少し思いやられていただけだ」
「さっきまでこの町のこと、ペラペラしゃべりまくってたのに、突然アンニュイになったん?」
揶揄うようなリュウレイの言葉に、肩を竦めて返すだけに留めた。
「残念だけど、海を見に行く前に、町長と区長へ挨拶するぞ」
「えー!」残念がるティフィアの声に混じり、「そうなん?」とリュウレイの声も聞こえた。
なんだ、興味なさそうな態度してたのは照れ隠しか。
「ライオスの街でのこと忘れたか? けっこう勇者の名前と容姿、国中に知れ渡ってそうだし。さすがに勇者が挨拶もしないのは、マズイんじゃねーの?」
「ああ。街人になりすました人形たちに囲まれてたよね」イジリがいのないアルニから、ティフィアへ対象を変え、揶揄い混じりのリュウレイの言葉に、少女は「そういう言い方、良くないよ」と正論で返す。
言い返されるとは思っていなかったリュウレイが、驚愕に満ちた表情でティフィアを凝視するが、見られてる本人は自覚がないのか首を傾げた。
確かに今までのティフィアなら、リュウレイの名前を呼んで窘めるだけだったのだが。
どうやら少しずつ、彼女は変わってきているのかもしれない。
「――それで、どこにいるのですか、その町長たちとやらは」
相変わらず睨んでくる薄桃色の瞳を無視し、答える。
「あの人たちは、大抵“ジエン”って酒場にいるんだ。西区にあるんだが……あそこだけは特別というか、あの店だけはどの区にも属さない、中立というか……」
まぁ行けば分かる、と説明を放棄した。
それから、アルニを先導に町の中を移動する。
あちこちから喧騒や怒声が耳につく。しかし、巻き込まれないよう、少し回り道ではあるがルートを選び、やがて行き着いた先の建物―――ジエン酒場である。
「うわぁ、ボロい……」思わず漏らしたリュウレイの言葉に苦笑し、それから中へと入った。
店内はボロい外観と同じく、お世辞にも綺麗とは言えない。
乱雑に置かれた席には、まだ真昼間だというのに数組が飲んだくれており、テーブルには何やら怪しいものが広げられているが、来客した勇者一行―――正確にはアルニの顔を見た途端、慌てたようにそれを隠した。
「ああ、いいよ。ルシュならともかく、俺、そういうの気にしないから」
手をひらひら振って、冷や汗混じりの彼らに聞こえるように言えば、とてつもなく安堵したような表情をし、隠したものを再び広げた。彼らに適当に挨拶をしながら奥のカウンターに行けば、長身痩躯の青年がワイングラスを磨いているところだった。
小綺麗な顔立ちと皺一つない燕尾服を着た彼に、アルニは話しかける。
「お久しぶりです、マスター」
「やあ、アルニ君。久しぶりですね。……少し背が伸びましたか?」
ゆったりと気品ある声音で話す彼に、アルニは肩を竦めた。
「残念ながら、たぶん変わってないですよ」
「そうかい?―――それで、後ろにいる彼女らは?」
さきほどのアルニの立ち振る舞いに、訝しげな視線を向けてくるティフィアたちを一瞥する。
「今の仲間です。ちょっと面倒抱えてるんで、“長たち”と話しが出来れば、と」
アルニの言葉に、マスターと呼ばれた店主の青年が少し考えるような素振りをし、それから一つの鍵を差し出す。
「奥の部屋はすでに使用中だから、『3番の部屋』で待っていて下さい」
小さな棒のような鍵を受け取ると頭を下げ、それからティフィアたちを促して壁と向き合う。
アルニが少し見上げたところには、数字の『3』が汚く壁に彫られており、それを確認し終えると、アルニは躊躇いなく壁へと進み、通り抜けた。
それを見たティフィアとニアは躊躇いつつ、リュウレイは仕組みが分かったのか平然と、アルニの後を追うように壁の中へと足を踏み入れる。
壁をすり抜けた先は、それほど広くない、薄暗い部屋が広がっていた。
「す、すごいね……!」感心するティフィア。
「ここもあまり綺麗ではありませんが」と愚痴りつつ、部屋のランプに火を点けるニア。
「なるほど、カムレネア城塔の部屋と同じように、魔術紋陣を利用した転移亜空間の構築かぁ。お城のときは部屋の扉が媒介だったけど、ここではあの鍵を媒介にしてるんだね。亜空間だから、音が漏れる心配もないし、媒介を通さなければ入ることも出来ない仕組みか……すごい、滾る!」突然の滾りスイッチが入ったリュウレイはさておき。
「お待たせ」
その声と共に、先ほどのマスターと、筋肉質な厳つい男、眼鏡をかけた神経質な女と、頬に丸くて大きな抉れた傷痕がある男、細い目と小さな口のネズミみたいな男―――それから、溌剌とした大きな瞳と海藻のようにうねった髪が特徴的な、小さな少女がいた。




