6.密談
それから、ライズ自ら王都へ連絡し、翌日には王国軍の軍人が数人やってきて事情聴取され、その次の日に勇者一行である俺たちは、ようやくライオスの街から旅立った。
「ティフィア様! とても素晴らしかったです、あのお言葉! 私は感動しました!」
次の街へと向かう道すがら、興奮しきったニアが、隣にいるティフィアをさっきからずっと褒めちぎっていた。
勇者様らしいお言葉だったとか、慈悲深いとか云々。
しかし、それ、昨日も聞いたぞ。と後ろからその様子を見ていたアルニは内心大きく溜め息を吐いた。
―――確かに、ティフィアのあの言葉で、ライズは心を開いたように見えた。勇者へと救いを乞う人間の図、そのものだった。でも、ライズのしたことは変わらない。自分の命可愛さに、街も住民すらも魔族へ売ったことは、何一つとして。
まぁ、その辺の処罰は国がやることだろう。
………そう思うのに、どうにも胸がもやもやしているのは、どうしてなのか。
ちなみにアルニの隣にいるリュウレイも、同じように考えているのか、腑に落ちてない何とも言えない表情をしていた。
「ね、ねえ、アルニ! 次の街って港町なんだよね?」
しつこいニアの褒め言葉責めから逃れるべく、強引にも話題を振ってきた。
「ああ、ローバッハ港町だな。あそこは4つの区に分かれてて、迷路みたいな場所だから気をつけろよ?……あと、王都よりも治安が悪い」
付け足した最後の言葉に、ティフィアはお金を盗まれたことを思い出し、顔を引き攣らせた。
「4つの区って……町自体けっこう広いん?」
「ライオスよりは少し大きけど、王都ほどではねぇな。ただ、区分けしてるのには理由があるんだ」
ローバッハ港町は、東西南北でそれぞれ区分けされており、その区によって自治してる区長がいる。その区長を統括する街長もいるのだが、問題は区長だ。
「区長同士はどうにも馬が合わないらしく、いがみ合ってるんだよ。それが町の雰囲気とか住民にも影響しててなぁ……」
治安が悪いのは、それが理由だ。がらの悪い連中は、毎日別の区のやつらと喧嘩している。盗みとかも日常的に行われているし、悪だくみしてる商人とかが酒場で怪しい輩と飲み交わしていたり。
「ただ、西区だったら比較的安全だし、顔見知りが多いから、俺の連れだって分かったら余計なちょっかいはかけてこない、はずだ」
残念なことに断言はできない。
西区はレッセイ傭兵団の拠点が近くにあったから、よく来ていた。西の区長もレッセイとは昔馴染みらしく、アルニ自身顔を合わせたことは何度もあるが………。
―――ロリコン、ショタコンの気があるんだよなぁ。
ちらりとティフィアとリュウレイの顔を見る。視線に気付いた二人が訝しげに見返してくるが、到底不安である。
まぁ、捕まったとしても悪いようにはしないだろうと、経験から無理に自分を納得させた。
「あ、ティフィア様! あれではありませんか?」
唐突に声をあげたニアの言葉に、全員が前を向く。
ニアが指差した方向には、確かに町が見えてきた。
「あそこがローバッハ港町………!」
少し上擦ったティフィアの声に首を傾げると、「オレもお嬢も海を見るのは、初めてなん」とリュウレイが横から教えてくれた。
確かに帝国は海がない内陸国だったな。
「あ、お兄さん。お嬢行っちゃうよ?」
「――て、おい! ティー、ニア! 先走るな! 俺の忠告もう忘れたのか!」
もっと近くで海が見たいのだろう、小走りで先を行く女性二人に声をあげながら、アルニとリュウレイも後を追うように走り出した。
***
アルニたち勇者一行が、浮かれつつ町へ入った―――同時刻。
ローバッハ港町西区、“ジエン酒場”にて。
一人の青年が店に入ってきた。
まだ昼間だというのに酒浸りの客たちが多く、しかし彼の顔を見るや突然テーブル無造作に置かれた金やら薬やらを一斉に隠し、愛想笑いと畏まった挨拶で出迎えた。
それらに片手をあげて一つ一つ挨拶を返していき、爽やかな笑顔そのままにカウンターにいた店主の元へ向かう。
「久しぶり、マスター。……“みんな”は奥?」
「お久しぶりです。――ええ、貴方様がいらっしゃるのを、首を長くしてお待ちですよ」
「突然呼びつけたのはあっちなんだけど。まあ、いいか。鍵くれる?」
カウンターテーブルに、すっと差し出された一つの鍵。一見小さな棒のように見えるが、よく見ると魔紋陣が描かれている特殊加工品だ。それを手にした青年は、迷うことなく店の奥へ行き、―――――そのまま壁を通り抜けた。
「おう、遅かったじゃねーか、ルシュ」
壁を通り抜けた先、そこには部屋があった。それほど広くはない。5人入れば狭いと感じる程度の個室である。そして簡素なテーブルとイスが無造作に置かれており、ランプの光だけが唯一の光源。密会にはおあつらえ向きなその場所で、先約は一人大きな口をにやりと笑みで歪ませていた。
顔に古い傷跡だらけの中年男―――レッセイ・ガレットだ。
「―――久しぶり、団長。それから、お前たちも」
ルシュと呼ばれた青年は、そんな無造作に置かれた椅子の一つに座り、それから思い思いの場所でたむろっている者たちへと顔を向けた。
「久しぶりね、ルシュ。会いたかったわ」
ウェーブがかった金髪と、その豊満な胸を揺らしながら、大きな酒瓶を抱える女性――ニマルカ。
「やっと来てくれたぜ、ルシュの旦那ぁ! おいら一人じゃあニマルカとレッセイのお守りは無理ってもんだぜぇ~」
テーブルに上半身をだらけさせた、一見吟遊詩人のような風貌の青年――ラヴィ。
―――ここに、アルニ以外のレッセイ傭兵団結成初期メンバーが集まった。
「で? 団長。私たちを集めたってことは、なぁに? 何かやらかしちゃった?」
とろけそうな垂れ目を愉快そうに細め、赤い唇を舐める。
「それとも………ここにはいない、アルニちゃんのことかしら?」
「うぁ~、アル坊懐かしいなぁ。元気にしてるかなぁ、してるよなぁ。久しぶりに会いてぇなぁ~~~」
懐かしい顔ぶれと世間話をするわけでもなく、速攻で核心を突いてくるニマルカ、そして相変わらずマイペースなラヴィに苦笑していると、「あのガキは王都に置いてきた。関係ねぇからな」とバッサリ両断してきた。
「あらぁ? じゃあ、そもそも“レッセイ・ガレット”の問題じゃない感じかしら」
「ふんっ、……そうだ。これは“ガ―ウェイ・セレット”の問題だ」
「おぉ~、久しぶりにガ―ウェイですなぁ」
「………つまり、帝国関係ってことでいいのか?」
ルシュの問いに、レッセイは答えない。沈黙は肯定である。
ガ―ウェイ・セレット。これがレッセイの、本来の名前だ。そして、普段団長と呼ばれている彼の、本来の肩書は―――ミファンダムス帝国第一等剣術指南役。ただし、もうずいぶんと昔に、当時の皇帝陛下のやり方に辟易して、その地位も名声も捨てたらしいが。
「お前たちも知ってると思うが、俺の弟子のヴァルツォンが逃亡生活に明け暮れてるらしい」
「ああ、あの堅物ねぇ。ルシュにとっては兄弟子だっけ?」
ニヤニヤと知ってて聞いてくるニマルカに、最上級の笑顔と共に「やめてくれよ、俺、アイツ嫌いなんだ」と答える。
「まさかとは思うけどぉ~、そいつ助けるために集まったわけじゃあ、ないよねぇ?」
ラヴィの言葉に、レッセイは馬鹿にするように鼻で笑った。
「あいつがなにしてようが、どんな状態だろうが、俺には関係ねぇ」
「さっすがレッセイ! 弟子相手にも厳しぃ~!」
「他人に厳しく、自分には甘く。団長のそういうとこ、痺れるわぁ」
二人が囃し立て、それをまんざらでもないように受け止めるレッセイ。……褒め言葉ではないと思うんだが。
「なら、団長は何をしようと考えてんだ?」
「―――これを見ろ」ルシュの問いに、レッセイは懐から取り出した一枚の紙を取り出し、テーブルへ放った。それを3人で覗けば、3人同時に微妙な顔をしてしまった。
「えぇ~、これってホンモノ? 怪しぃ~」
「完全にイタズラね。―――送り宛が“元・魔王”とか、意味深すぎて意味不明よ」
「さすがにこれは……」
送り宛が元・魔王と書かれたそこには、帝国に関するきな臭い情報が綴られていた。
普段ならこんな手紙、一瞥しただけで燃やして捨てるところだ。ただ、レッセイが捨てなかったのは、綴られた情報の中身だ。
「『勇者計画』の概要が正確に書かれてやがる。――俺たちが死に物狂いで集めた情報よりも、精密なモンが、な」
「俺たちじゃないでしょ。私とラヴィが、でしょ?」
「そうだよぉ! アル坊たちとまだ一緒にいたかったのに~。レッセイが調べろうるさいからぁ~」
「罰ゲームでてめぇらが負けたんだから、仕方ねぇだろうが!」
その罰ゲームには、そもそもレッセイは参加してなかったが。
ルシュは騒がしい仲間たちに苦笑いを浮かべつつ、そっとレッセイを盗み見た。
レッセイが帝国へ愛想尽かせた理由は、『勇者』に関することだ。
―――先代の勇者、リウル・クォーツレイ。
本来彼に剣術を指南するのはレッセイのはずだったのだ。だが、突然それは白紙にされた。
疑問に感じたレッセイは、弟子でありながら情報収集能力に長けていたルシュに頼み、秘密裏にそれを嗅ぎまわり、そして知ってしまった。
『勇者計画』。それが、あのときのものと同じかどうかは、分からない。依然としてその全容を正しく把握しきれていないからだ。この数年間、これだけ調べても出てこなかったのに。
手紙に書かれてある内容に、そしてそこにある見覚えのある名前に、ルシュは思わず頭を抱えた。
そんな彼の様子に気付いた3人が、訝しげに見てくる気配を感じ、ルシュは重い口を開いた。
「団長………実は、俺も報告しないといけない話があるんだ」
「なんだ」
「その……アルニが、ここに書かれてるティフィア・ロジストと同行して、王都から出てるんだ」
「―――――、な、……なぁっ!?」驚愕に満ちたレッセイと、顎が外れるんじゃないかと思うくらい大口を開けて呆ける、ニマルカとラヴィ。
「ちょ、ちょっと、ルシュ! 嘘でしょ! だってアルニちゃん、」
「勇者、嫌いだったよねぇ~~!」
呆けていた二人がすぐに我に返ると、椅子から立ち上がり、問い詰めるようにルシュを凝視してくる。普段は垂れ目のニマルカと、細い目のラヴィが珍しく興奮してギラついていた。怖い。
「おい、どういうことか説明しろ」
二人とは違い、落ち着きを取り戻したレッセイに、情報屋から仕入れた内容を話す。
闘技大会での件、魔族の件。しかし、ティフィアたちとは大会前から、どうやら顔見知りだったらしいということまで。
「あぁ、アルニちゃん。冷めてるように見せかけて、結構世話焼きだものね……。勇者嫌いでも、きっと放っておけなかったんだわ」
「アル坊本人は、別のこと言い訳にしてそうだけどねぇ~。自分のことに関しては鈍ちんだもんねぇ~」
「確かに自由に生きろとは言ったがよぉ、だからってなんで、そんな面倒事に首突っ込んでやがんだあのガキは!」
「俺も最初に聞いたときは我が耳を疑ったけど、本当らしい」
誰も王都を襲撃した魔族のことはそっちのけで、アルニについて頭を抱える。
その姿はまるで、我が子の非行を更生しようと悩む親たちのようだった。
「で、どうする、団長? 引き離す?」
「そんなことしてみろ。あのガキ、素直じゃねぇからな。逆に執着するぞ」
「ならぁ~、誰かが監視役として一緒に同行するってのは?」
「それなら、私行きたぁーい!」
「アルニ、そういうの鋭いから、気付かれそうだな」
「レッセイ傭兵団をもう一度結成するってのはぁ~~!」
「アルニちゃん、変に義理堅いもの。一度仲間になった人たちを見捨てて、戻ってきてくれるのは思えないわ」
「………」
「…………………」
「………………」
打つ手なし。とばかりに沈黙が部屋に満ちる。
「――――仕方ねぇ。アルニをどうにかするより、帝国の方をどうにかした方が簡単そうだ」
疲れ切った、面倒そうな声を上げるレッセイに、3人も同意とばかりに頷く。
「じゃあ、俺はまた、いつも通り帝国に潜伏しとくねぇ~。決行するときは連絡ちょ~だい」
「俺も、傭兵仕事しながら帝国の動きを監視するか」
ラヴィとルシュが席を立ち、部屋から出て行くのを眺めながら、「私はどうしようかなぁ」とぼやくニマルカに、「お前に頼みたいことがある」とレッセイが神妙な面持ちで言ってきた。
「あら、私でいいの? いつも大事なことはルシュに頼むくせに?」
「これはお前にしか頼めねぇからな。―――アルニと会ってこい。で、『勇者』と接触しろ」
「……あら、嬉しい。アルニちゃんと会えるなら、大歓迎よ。それがどんなに糞ったれな命令でもね」
じゃあね、団長。そう言って出て行ったニマルカを見送ると、レッセイは大きな溜め息を吐いた。
「ったく、世話が焼けるガキだ……」
それからレッセイも、傍らに置いておいた細い杖を支えに立ち上がる。
―――さぁて、俺は“元・魔王”とやらに会ってやろうじゃねぇか。
罠か、単純にイタズラなのか分からないが、それでも会ってみる価値はありそうだ。
どんなやつが出てくるか、レッセイは胸を躍らせながら3人同様に部屋を出て行った。
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