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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
二章 勇者の使命
41/226

4-6

すみません、切れるところが見当たらなく、長くなっております(汗

 ニアから預かってきたと、ティフィアから小物入れを渡される。

一応中身をざっと確認すれば、回復薬(ポーション)だけが抜き取られていた。……そのつもりで渡したからいいんだが、せめて魔力回復の方は一本残しておいて欲しかった。いや、仕方ないんだが。


 ――魔法での指示は飛ばせねーな。


「アルニ、来るよ!」

 ティフィアの声。直後に触覚たちが鞭のようにしなり、襲い掛かる。

「っい!」咄嗟に空いてる右側へ転がり避けると、すぐに目前に迫る針のような切っ先。「りゃあ!」気の抜ける掛け声と共にガギンッとそれは弾かれて、すぐにアルニとティフィアは一度後退し少し距離を開けた。


 刹那、



【――――白き雷槍牙ビスティケオ・ヴァジュラオウッ‼】



 見計らったようなタイミングで、細い槍のような物が飛来し、それが少しでも掠めた瞬間に凄まじい電撃が発せられた。

 さきほどの術と合わせて、ダメージの蓄積量はなかなかのものだろう。しかし、もうもうと煙を上げながらも、赤い大蜘蛛針たちは触覚を伸ばし、再びアルニたちへと攻撃してくる。


 ガガガガガガッ、ガガガガガガガがガガガガガッ!

 4匹分が合わさった無数の触覚が降り注ぐ。避けきれずに体のあちこちに切り傷が増え、何度も冷や冷やしつつ、とにかく避けることに専念する。そのときだ。



「トラクタルアース流抜剣術――――亜空斬ッ‼」



 アルニと大蜘蛛針の間、その空間がピシリ、と亀裂が入った音が聞こえた。

 何か感じたのか襲ってこないことをいいことに、アルニは慌てて駆け出し、ティフィアと合流すると、そのまま大蜘蛛針から走って離れる。

 恐らく、今のはニアの剣術だろう。


「アルニ、これからどうするの?」

 ティフィアからのその問いに、正直アルニはどうしようかと悩む。


 現状、足を引っ張っているのは間違いなくアルニだ。かといって、全員と合流したら大蜘蛛針も来るだろうから、そうなるとリュウレイの結界に立てこもる以外の選択肢が無くなる。

 アルニとニアのボジション変更も考えたが、魔物たちを怒らせて集中的に狙われてるアルニがリュウレイの護衛に入っても、前述と同じことになるだろうから却下。


 だとすれば、ポジションに関してはこのままで良いだろう。しかし、リュウレイの魔術と、ニアの剣術での支援はありがたいが、これでは決め手に欠ける。魔術でのダメージ蓄積を狙うのも良いが、それでは時間がかかってしまう。

「それなら俺を囮にしての一斉攻撃……」

 いや、それもリスクが高い。連絡手段がない以上、それを伝えることも出来ないし、下手したら俺が無駄死にして終わりだ。


「……―――待てよ」

 ふと何か思いつきそうになり、アルニは考える。

 今までの仲間たちの持つ、それぞれの力を思い出しながら、整理していく。

 そして保険として用意しておいた薬瓶。

 ―――これなら、イケるかもしれない。


「ティー! 頼みがある!」

 逃げてた先を少しずらし、アルニは隣にいるティフィアに、あることを頼む。そもそも彼女が『出来なければ』、この作戦は上手くいかなくなる。確認のためにもこれから仕掛ける内容について話せば、事もなげに「任せて!」と了承してくれた。

 普通の女の子にやらせるには無茶な話だと思ったが、出来ると言うなら、彼女はきちんとやってくれるだろう。


「あとは……」

 アルニは小物入れから、黒に近い深緑色の薬瓶を取り出す。

 それからちらりと前を見据えれば、どんどんと距離が縮まるリュウレイとニアの姿。二人共まさかアルニたちがこっちに来るとは思っておらず、驚いた顔をしている。


 ―――よし、この辺だな。

 持っていた短剣を数本取り出し、ティフィアへ渡す。彼女はそれを受け取ると、力強く頷き、一人足の向きを変えた。それに気付いた一匹の赤い大蜘蛛針がその後を追う。

 よしよし、それでいい……! そして、


「ニア! 聞こえるか! 時間稼ぎ!」

 叫ぶように発せば、アルニの意図を汲んだように、リュウレイの前にいたニアはすぐに飛び出し、アルニの背後に差し迫っていた先頭の赤い大蜘蛛針へと、

「これ以上の侵入は許しません!――――トラクタルアース流抜剣術、亜空斬ッ‼」

 ちりん、と鈴の音が聞こえると同時に、剣を鞘から抜きざまに横一閃!

 大蜘蛛針はやはり何かを感じて足を止めると、ニアと魔物の間の空間がピシリと音を立てた。


 亜空斬。

 斬撃の直線上の空間を切り落とし、そこに別の次元を潜り込ませる技で、当たればどんなに強硬な体を持っていても直線上にある部分を抉ることが出来るものだ。しかし、勘が鋭い魔物に実際当てることが難しいので、牽制にしかほぼ使えない。


 ただ、こんなもの一時のしのぎにしかならない。

 ――でも、貴方は何か秘策を思いついたのでしょう……?

 こっちまできてニアたちを巻き込んだ。それは、アルニの中でこの状況を打開出来る策を閃いたことに他ならないだろう、とニアは考えている。


 それならば。

魔物を倒し、全員で生きて、再び旅が出来るのなら。

 藁にも縋る思いで、貴方に賭けてみましょう。

 ギチギチキチキチ不気味な鳴き声を漏らす、赤い大蜘蛛針を睨む。亜空斬の効力が消えた瞬間、やはりやつらは動き始め、邪魔なニアへと触覚を伸ばす。


「まだ通すわけにはいきません。ので、―――――本気を出しましょう」

 ニアは己の魔力を、剣の柄にぶら下がる鈴へと送り込む。ちりん、と音を立てた鈴を媒介に、一つの『魔紋陣』が彼女の足元に浮かび上がった。身体能力を限界値まで底上げする“臨界点(ブースト)”。これはニア一人専用の術で、使用回数制限もあるが、出し惜しみしてる場合ではない。


 全身から熱がこみ上げ、体が羽のように軽くなる。

「行きます―――!」

 触覚の先端がニアを刺し貫く直前に、すでに彼女の体はその触覚へと飛び乗っており、それを足場に駆け出した。



 一方、ニアに時間稼ぎを頼んだアルニは、深緑色の薬瓶をリュウレイへ投げ渡した。危なげにもなんとか受け取ったリュウレイに、口早で説明する。

「そいつは、ナギノメグの樹液と蝶飛蝗(タッダ)、クレン塩酸をすり潰して合わせた液体と回復薬(ポーション)が合わさってる! お前なら使い方分かるだろ!」

「え、ちょ、そんな急に……っ」


 戦闘経験が少ない上、この危機的状況にさすがのリュウレイもテンパっているようだ。彼は年齢的にも幼い。普段通りでいることは、難しいだろう。

 それでも。


「考えろ! 全体を見ろ! 戦況を把握して、持ち札を確認しろ!」

 不意にアルニは横へ転がるように避けると、ガガガガッと触覚の雨が降る。ニアがいた場所を見れば、最初にアルニと共に共闘して一匹の大蜘蛛針を倒したときよりもボロボロだ。息も荒く、額が切れたのか顔に血が流れている。

 これ以上は無理だと判断し、「お兄さん!」と縋ってくる少年の声を振り切り、アルニは再び走り出した。


「…………………分かんないよ」

 アルニを追うように大蜘蛛針が遠ざかっていく。それを見送りながら、リュウレイは途方に暮れていた。

 リュウレイは魔術師だ。だから魔術を使って、魔物に攻撃すればいい。そう思っていた。

 ―――見ろ。と言われたのは、これが二回目だ。アルニと初めて会ったとき、一緒に森で黒鉄狼(ロウジャン)たちと戦った、そのときに。


 あのときは、敵と味方の動きを見ろと言っていた。………全体を、見る。

 リュウレイはざっと周囲を見渡す。明草のおかげで、薄っすらとだが敵と味方の位置、それから戦況が分かった。でも、見たからと言って、絶望的な状況に変わりないじゃん、と杖を力強く握る。

「………なんなん、オレ。まるでお嬢みたいじゃん」

 みんな、血を流しながら戦っていた。一生懸命、戦っていた。死にたくないと、足掻くように戦っていた。


 生きようとする、力強い意志を見た。

 ――――この国に来てから、負けっぱなしだ。

 闘技大会でも、シスナのときも。

 弱いから、負けた。それだけだ。でもその事実が、リュウレイには恐ろしい。


「お嬢も、こんな気持ちだったん?」

 出来損ないだと言われ続け、勇者じゃないのに『勇者』であることを選んだ少女。アルニと出会う前は、こっちがイラつくくらい自分に自信がなくて、泣き虫だった。


 リュウレイはアルニから受け取った薬瓶を見る。分かるだろ、とアルニは言った。これを使えってことだ。持ち札はなんだ。この薬瓶と、他にあるのは魔術の知識。再び、全体を、見る。みんな苦しそうだ。辛そうだ。違う、見るべきところはそこじゃない。戦況の、状況の把握。


 現在一番離れたところで、ティフィアが一匹の大蜘蛛針を相手し、彼女とリュウレイとの真ん中くらいの間隔で、ニアとアルニが残りの3匹を引きつけている。


「―――考えろ」

 考える。


 アルニは出来ないことを押し付けたりはしない。あの言葉の中に、アルニの考える策がある。それを見つけ出さないと。


「ナギノメグの樹液――――ナギノメグは平野に生える樹で、確か地中に潜る昆虫を溶かして、養分にする。その養分は、つまりは樹液。分泌内容はヴァミン酸と、クシャート質。そしてクレン塩酸は“式”の結合を促すから……………? 式法則、破綻してないん、これ?」


クレン塩酸とは反対にヴァミン酸は“式”の離反を促す。これが昆虫を溶かす溶解液になっており、そして、クレン塩酸とヴァミン酸は、合わせてしまうと中和してしまうはず。

「…………ぁ、そうか! そもそも中和してなかったら薬瓶自体溶けてるや」


 容器を溶かさないため、あえて中和している。そして、中和されて残った水には、クシャート質だけが残る。こいつ、生き物の皮膚にある細胞を焼き壊す働きを持っており、この薬瓶はその効能をメインとした溶解液だったのかと納得した。

 それから、蝶飛蝗(タッダ)はすり潰すと粘性の分泌液が出るため、粘り気を出すために入れたのだろう。


「―――なるほど。お兄さんの意図がようやく掴めたよ」

 あれだけの短時間で、よくこんなこと思いついたなぁと感心しつつ、リュウレイは薬瓶を前に掲げながら、器用に杖を振る。



鬼子豚(ピッグ)の魔力による“膨張”の式法則を置き換え、我が意のままに式法則の改ざんを行う】


【さぁ、我が意のままに膨れ上がれ!――――膨張変化ピッグ・レクレアゼァドッ‼‼】



リュウレイの周りに浮かぶ二つの帯の内、一つだけが大きく広がり、バキンッと音を立てて砕け散った。

 その瞬間、手の中にあった薬瓶が浮かび上がり、それは徐々に大きさを増していく。膨張の式法則に則り、中の液体も容器の瓶も、まるで風船のように体積を増して丸く膨らんでいく。

 掌サイズだったそれが、今やリュウレイの2倍くらいの大きさになった。


「お兄さん!」思わず叫んだその声は、距離的にも聞こえていないはずなのに、アルニは待ってましたとばかりに「ティー! 今だ!」と合図を送る。


「ぅぅぅぅううううううううううううにぃやぁぁあああああああああああああっ‼」


 ティフィアはアルニから渡された短剣を思い切り地面に差し込み、柄を足で踏んで抑えながら、何かを引っ張るように宙を掴み、声をあげる。

 それは、糸だ。

 ティフィアの前にいた赤い大蜘蛛針はそれに絡め囚われており、彼女の馬鹿力によって全長50メィトルはあるだろうその巨体を浮かび上がらせた!


 ギィィイイイイ!? さすがに自分が持ち上げられるとは想定もしていなかったのだろう、困惑したような鳴き声をあげた魔物は、振りかぶったティフィアによって宙を飛んだ。

「良し!――ニア、俺たちも下がるぞ!」

 それを確認したアルニの言葉に頷き、ニアは亜空斬で魔物たちの動きを再び止め、その間になるべく遠くへ逃げる。


 果たして宙を飛んだ大蜘蛛針は、残り3匹の仲間を巻き込んで床に落ちてきた。ドガガガガガガッと床が削れ抉られながら、合計4匹の巨大赤い大蜘蛛針(ロート・レチリック)が、一箇所に集められた。

 リュウレイは行け! と杖の先を魔物の上空に示せば、薬瓶がそこへ飛んでいった。そして、そこでアルニは短剣を思い切り投げる。


 ひゅんっ、とまっすぐ短剣の切っ先が、確かに薬瓶を貫き、深緑色の液体が降り注いだ。



 ~~~~~~~~~~ィィイイイイイイギィィィィイイイイィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイイィィィィィイイイイイイイイイイイイイイイッッ‼‼‼



 じうじうと焼ける音と共に、液体を浴びた箇所から煙が立つ。魔物たちの断末魔のごとき悲鳴が響き渡り、苦しみもがく様を見て、アルニは作戦が上手くいったことをようやく実感した。

 あの溶解液に回復薬を混ぜたのは、確実に大蜘蛛針を仕留めるために必要だったからだ。そして、黒鉄狼討伐のときにも使った策を、今回も用いた形になる。


 以前リュウレイが説明したが、メグノクサを主食とする大蜘蛛針は、その毒性を消すために体外へ放出する魔力因子を、(マイナス)に変える特性を持つ。しかし、大蜘蛛針の体内には(プラス)の魔力因子が流れている。(プラス)(マイナス)の魔力は、体内で干渉すると肉体そのものを壊そうとするらしい。


 溶解液によって大蜘蛛針の表皮を溶かし、回復薬の成分に反応した触覚が魔力を放出する。しかし、溶けた部分から反発する魔力因子が流れ込み、因子同士が衝突して神経を攻撃し、仮死状態になる。

 あとは動けなくなった魔物たちを、完全に息の根を止めれば、今度こそ本当に終わりだ。


 ティフィアとニアが早速とばかりに、魔物の首を落とすのを眺めていたアルニは、不意に近づく気配に振り返った。リュウレイだ。

「お疲れ、お兄さん」

「レイも、お疲れ様だな」

「本当だよ、無茶ぶりにもほどがあると思うん」


 少年の言葉に本当になと苦笑すると、「でも、おかげで生きてる」とやけに真剣な声に、リュウレイの顔を思わず凝視する。が、どこまでも無表情で何を考えているかは分からなかった。

「ねぇ、お兄さん」

「ん?」

「前にお兄さんがお嬢に近いって話したの、覚えてる?」

 この街に来て、すぐの頃だったか。そんなこと言われた気がする。


「分かったよ、答え。オレも、ニアおばさんも、怖いと思った理由」

 紅い瞳が、アルニを見据えた。


「―――優しいん、二人とも。簡単に他人を信じちゃうところが、その危うさが、怖いん」


「……ティーはともかく、俺は優しくないぞ」

 あと、何も知らない相手を簡単に信じているわけじゃない。リュウレイもニアも、その人格を知っているから、それを信じられるだけであって。全てを信用してるわけでもないし。


「十分に優しいよ。――――でもね、お兄さん。その優しさは、我が身を滅ぼすものなん。気を付けた方がいいよ、本当に。きっとお兄さんはこの旅で、」




 ――――こんな世界、なくなってしまえばいいって、そう思うようになるよ。





 嘲るような笑みを浮かべ、そう吐き捨てたリュウレイ。

 その真意を問うべく口を開きかけたが、ティフィアとニアが戻ってきて、しかも地下全体が大きく揺れ始めたので、とりあえず今は話すべきじゃないと屋敷を出るべく移動した。


 地上に出ると、そこから見える景色が戻っていた。地平線が短くなってないし、建物の隙間から、遠くに森も見える。これで鬼子豚は元のサイズに戻り、潰れて死んだのは間違いないだろう。

 それから、上空にいた埃頭鳥(アクタ)を倒し、街長のライズが待っている教会へと向かった。


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