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「お嬢! お兄さん!」
「ティフィア様ご無事ですか!」
さてどうしたものかと考えていると、教会からフラフラとリュウレイとニアが出てきた。その後ろから、何故か顔面真っ青の半泣き状態の街長もついてきたが。
「良かった、三人とも無事だったんだね!」
口にはしていなかったが、内心とても心配していたのか、安堵からか薄っすら涙を滲ませる少女に、二人は駆け寄り慰める。ちらりと街長を見れば、街の様子を見回し、頭を抱えて蹲りだした。
「なんてことだ……! 街が……わたしの街が………。こんなはずでは………」
ぶつぶつとなにかを言っているが、今は彼にかまけている暇はない。
「ほら、おじさん! さっさと教会に隠れててよ」
とりあえずリュウレイに結界を頼み、街長を守っててもらおうと思ったら、先を越された。しかも教会……?
そんなアルニの疑問に気づいたのか、「この街の結界を教会にのみ展開して、強化してあるん。ちょっとやそっとの攻撃は、絶対に効かないよ」とのこと。
さすが自称天才魔術師、どんな状況でも柔軟な対応だ。
「あと、封印の間で術式を解析したら、この街を乗せてる魔物は――鬼子豚だってことも分かったよ」
「鬼子豚……!?」
この数日間で何度も見たあの魔物が、これだと!?
「うん。鬼子豚の膨張の式法則があったん。禁忌法則を解いた瞬間、発動するようになってたんだと思うん……」
愕然とするアルニを余所に、見抜けなかったことが悔しかったのか、リュウレイの声は小さい。だが、それだけでも十分すぎる情報だ。
「鬼子豚の膨張は硬いぞ……。それこそニアやティーの剣でも、」
グゥウウウウォォォオ”オ”オ”オ”オ”オオオオオオオオォォォンッ‼‼
再び強烈な咆哮と共に地面が揺らぐ。揺れは魔法のおかげで体勢を崩しただけに留まったが、咄嗟に耳を塞ぐも頭と耳に激痛が走る。これは何度も聞くわけにはいかないようだ。
【“窓”展開! 大蜘蛛針の“魔力による触手伸縮化”の式法則を置き換え、我が意のままに式法則の改ざんを行う】
地面に杖の先を突き刺したリュウレイの周囲に、青白い帯が浮かび上がり、それは文字が刻まれ、重なり合い、やがて別の文字へ。
【さぁ、我が魔力を糧に動き出せ!―――――数多ある触手たちよッ‼】
そして、杖を鎖が延びるその向こうへと向け、二つあった帯の内一つだけが大きく広がり、バキンッと音を立てて砕け散った。その瞬間、地響きと共に地面から植物の根があちこち生え、それは街全体へ張り巡らされる。
――――――――――――――――――――――ッ‼‼
声なき咆哮が聞こえる。まるで超音波のようで耳障りだが、さっきよりはだいぶマシだ。
どうやらリュウレイが魔術で口を塞いでくれたようだ。
しかし、口を塞がれて怒ったのか、足元の揺れが酷い。どこかで地面が割れるような音まで聞こえたが、おそらくこの巨大鬼子豚が暴れ回り、自慢の蹄で足下の地面を抉っているのだろう。すぐにリュウレイが杖を振ると、街を雁字搦めにするように植物の根できつく縛り上げる。だが、この街に元々あった木や植物だけでは少なく、根も細いせいか、完全に動きを止めることは出来なさそうだ。
「っ、これ、長くもたないよ!」
苦し気なリュウレイの言葉に、「それでは私が」とニアが鞘からすらりと剣を抜く。
「体躯が大きくなろうが、所詮は鬼子豚。頭を探して首を切り落としてきます」そう言い残して颯爽と飛び出そうとしていたニアの腕を咄嗟に掴む。すると、勢い余ってつんのめりそうになったニアは、すぐに体勢を整えて「貴様何をする!」と本気で怒ってきた。
「落ち着けよ……。ここまで用意周到だった敵さんが、そんな簡単に倒せる魔物配置すると思ってるのか?」
「ですが、現に鬼子豚ではありませんか!」
興奮状態のニアに大きく溜め息を吐き、ポケットから数枚の硬貨を取り出す。勿体ないとは思いつつ、それを適当に散らして放り投げた。すると、上空から大きな塊が降りてきて、瞬時にそれを口に咥えると再び空高く飛び上がっていった。
「――――な、」絶句するニアに、「これまた大きな埃頭鳥だね」と空を見上げながらのんびりと口にするティフィア。
上空には5匹ほどの、大きな鳥が旋回をくり返し、地上を見下ろしている。
頭が埃のようにフワフワした灰色の毛並みをしている、アヒルのような姿から埃頭鳥であることは間違いないだろう。しかし、鬼子豚同様、その大きさは異常だ。
そして、それだけではない。
「やっぱり付いてたか、―――赤い大蜘蛛針」
埃頭鳥の頭と背中にちらりと見えた赤い影に、予想は確信へと変わった。
巨大化した魔物、と聞いただけで嫌な予感はしていた。もしかしたらとは思っていたが……。
雑魚の魔物が巨大化しただけならばいいが、以前戦った黒鉄狼のことを思い返せば、そんなわけがないだろう。全体的なステータスや知性は確実に上昇している。それこそ油断すれば命とりになりかねないほどには。
それを知らないニアにそのことを説明し、それからアルニは思考の海に浸る。
さっきのニアのように無謀に飛び出せば、埃頭鳥の恰好の餌になる。このまま建物の影に身を潜めつつ移動するしかない。だが、鬼子豚の頭がどこにあるか分からない以上、探し回る他なくなる。だが、そうなるとリュウレイの魔術が途中で切れ、あの咆哮を再び聞くことになるだろう。……それはなるべく避けたい。
だが他に手は、と考えていると、「お、おい!」と声をかけられた。街長のライズだ。まだ教会に隠れてなかったのか……。
「あの赤い大蜘蛛針なら、わたしの屋敷の地下にもいたぞ! すごいデカくて気味が悪くてな……だからあの小娘に倒してもらおうと思ったのに、いつの間にかいなくなりやがって…………!」
話を聞くのも面倒だと思ったが、「地下」という単語に引っかかりを覚えた。
そう言えばリュウレイが、街人(正確には人形だったが)から魔力を地下に集める仕掛けがあったと言ってた。確認のために黒髪の少年へ視線を動かせば、彼も気付いたのか頷きで返した。
確か、赤い大蜘蛛針の式分析をリュウレイに頼んだとき、彼はなんと言っていた?
――――【式法則の修復に有力な手掛かり、不明。しかし魔力供給を断絶、或いは核を破壊することで対処可能】
これだ。
「おい、ライズとか言ったな、あんた」
「なんだ小僧、その態度は! わたしはこの街の長ライズ・デボスロックだぞ!」
「いや知ってるよ……」なんで街長であることをそんな偉ぶって主張してるんだ、このおっさんは。
この男と話していると疲れそうだなと思いつつ、続ける。
「分かってると思うが、俺たちは勇者一行だ」
「そんなのは知っている!」
「………。勇者は魔の者を倒す義務があるんだよな?」
「そんなのは赤ん坊でも知ってることだろ! なにが言いたい!」
回りくどい言い方に、街長がイラついている。ティフィアたちもアルニが何を言いたいのか、分かっていないようだ。
だが、これはちゃんと確認しなければならない。
「そうか。そうだな。俺たちは勇者一行として、魔物を討伐する。それでいいんだな?」
「くどい! それでいいと言っているだろうが! いいからさっさと倒してこい!」
吐き捨てるようにそう命令すると、街長は足を踏み鳴らしながら教会へと入って行った。
「えっと、アルニ? 今のは……?」困惑しているティフィアの肩を叩き、説明はあとだと薄ら笑みを浮かべる。
「言質はとった、あとは実行するまで。―――期待通り、さっさと魔物倒して次の街に行くぞ」




