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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
二章 勇者の使命
34/226

3-2


 翌朝。アルニは野宿した場所から、そう遠くない位置にある川で顔を洗い、水筒に水を入れる。


 どうやら、昨晩ニアたちは見回りしながら川を探していたらしく、足を滑らせたリュウレイがニアの服を咄嗟に掴み、一緒に体勢を崩してこの川に落ちたのが、あのずぶ濡れ事件の真相らしい。どう考えてもニアは道ずれにされたのだから、むしろ謝るべきなのはリュウレイなのだが、あの生意気な少年の言い分は「騎士のくせに一緒に落ちるとかあり得ないじゃん。むしろ、オレを支えて助けるぐらいやってもらわんと」だと言って、頑なに自分に非はないと態度でアピールしていた。それにまたニアが激昂し―――。


「くぁ………」おかげで付き合わされたこっちは寝不足だ、と欠伸を一つ。

 そのとき、「あれ、お兄さん寝不足? ダメだなぁ、しっかり寝ないといざってときに動けなくなるよ?」という声に、視線だけを横にずらして見れば、そこにはニヤニヤと笑みを向けるリュウレイの姿。

 コイツ、まだ昨晩の続きでもするつもりかよと内心思いながら聞き流せば、途端につまらなそうな顔をした。


「お兄さん、つまんない」

 顔だけでなく言葉にまでされた。


「お前らの相手は疲れるんだよ……。元気になったら付き合ってやる」

「おお。約束だからね! そしたら一緒にニアを倒すんだよ!」

 なんで標的が常にニアなのかは分からないが、嬉しそうに笑う少年が、いつもより子供っぽくみえた。いや、歳相応、と言うべきかもしれない。忘れがちだが、彼はまだ10歳くらいなのだ。


「レイ、お前は嫌いだったけど好きになったモノってあるか?」

 気付けば、昨日ティフィアがアルニにしてきた質問を、そのまま聞いていた。

 珍しく紅い瞳を丸くした少年は、うーんと悩み、それから思い出したように答えた。


「自分の名前!」

 言われて思い出す。ティフィアに「リウ」と呼ばれたとき、違うと訂正する二人のやりとりを。

「―――この名前、オレの本名を(もじ)ったものなん。安直だけど……お嬢がくれた、オレの、名前」

 嬉しそうにはにかむと、それからと続ける。

「お兄さんがつけてくれた愛称も、実は嫌いじゃないん」


 唐突なデレに驚愕していると、自分で言って恥ずかしくなったのか、顔を赤くしたリュウレイはさっさと顔を洗うと、立ち上がってアルニを見下ろす。

「今の、お嬢には言わんで。絶対調子乗るから」

 それだけ言い残すとアルニを置いて戻ってしまう。

 まぁ、絶対教えるけどな、とアルニもまた立ち上がり、リュウレイの後を追った。



 戻ると、いつの間に作ったのか、朝食が出来上がっていた。ニアが森の中にいた動物を狩り、調理したらしい。兎肉を使ったものが多く、しかも香草を効かせているからかとても食べやすい。

 正直、元王族で騎士だと聞いていたから、料理はからっきしだと思いきや、どうやらティフィアに不味い飯を食べさせるわけにはとだいぶ特訓したそうだ。納得した。しかし昨晩は何故その特訓の成果を披露してくれなかったんだと抗議すれば、ティフィアが寝ていたからだと素っ気なく返されてしまった。


 それにも納得してしまった俺は、もうずいぶんとニアの人柄が分かってきたような気がする。不本意ではあるが。

「―――じゃあ、とりあえず昨日の話だな」

 食べ終えて片づけをし、そう話を切り出せば、ティフィアとリュウレイの顔が強張った。

「では、まず最初に私から説明させていただきます」

 二人を助けた俺たちが、どうして森の中へ逃げ、野宿を選んだのか。


「あれは―――埃頭鳥(アクタ)を倒し、街へ帰還、私たちが解散した後の話です」





 ニアは街の中をうろつきながら、アルニが言っていた“魔物”について考えていた。

 ―――魔物は魔に属するモノたち。それらは狂暴で、人を見かければ襲い掛かる存在だと、ニアは思っていた。だが、それだけではないことを、アルニは提示した。ニアの中にある常識を、容易く覆したのだ。

「私は……」


 何も言い返せなかった。

 魔物は悪で、倒すべき存在だと、そう教えられてきたし、それを疑問に感じることすらなかった。おそらくそれは、自分だけではないだろう。むしろ、アルニのような考えを持つ者こそが珍しいぐらいだ。

 だが、魔物に関してならば、彼の言葉は一理あるだろう。しかし、アルニが分かっていないことが1つある。


 それは―――『勇者』に関してのことだ。

 ティフィアが、王都で『本物の勇者』になりたいと、そう決心してくれた。

 勇者とは人々の希望。世界を救える唯一の存在。

 それはつまり、人々を落胆させることも、絶望させることも、絶対にしてはいけない行いだということ。

 だから、例え魔物が害獣だけではないとしても、街の近くに出現し、人々がそれに怯えているのなら、勇者はどんな理由があろうと戦わなければならない。


 でも、確かにアルニの言う通り、勇者の務めを果たしていたら、いつまでもこの街から出ることは出来ないだろう。

「……ここは私が話をつけるべき、か」

 足を止め、目の前の建物を見上げる。

 街長の屋敷だ。


 一つ深呼吸し、玄関の扉をノックしようとしたとき―――不意にニアは、誰かの気配が近づくのを察知し、思わず近くの物陰に隠れてしまった。

 つい咄嗟に! と自己嫌悪に頭を抱えていると、玄関の扉が内側から開かれ、そこから一人の少女が出て行くのが見えた。

 長さも大きさもバラバラな鎖を、じゃらじゃらと地面に引きずりながら歩く、フリルたっぷりのワンピース。足首まで伸びる髪も、瞳も、錆色だ。


 その、異質とも異様ともとれる少女を、息を潜めながら見送ると、少しして街長まで出てきた。

「―――くそっ! あの娘……、俺を見下した態度とりおって。勇者の足止めに協力してるのは誰のおかげだと思ってやがる」

目尻が垂れ下がった、皺くちゃの顔が殺気立つ。

「こっちは結界を細工してまで危ない橋渡ってるっていうのによぉ。………まぁ、良い。これで帝国へ恩を売れるなら、安いもんだな」

 そして男は続ける。

「どーせこの国に先はないんだからな」

 街長は吐き捨てるように言い終えると、満足したのか屋敷の中へ再び戻っていった。


「――――、」

 ニアは物陰から出ると、周囲に警戒しつつ街長の屋敷から離れる。

 どくりどくりと心音が嫌な音を立てていた。

 罠だ。

 これは帝国からの罠だ。


「ティフィア様に、」

 伝えないと。

 この街にいるのは危険だと。


 歩いていたはずの足が、焦りから速くなっていき、気付けば走っていた。

 夕刻に近づく街は、家路を辿る人や買い物でうろついている人とで賑わっている。その合間を縫いながら、周囲を見渡しつつ仲間の姿を探す。

 しかし、なかなか見つからず、宿に戻ったのかと踵を返したところで、嫌なやつと出くわしてしまった。


「何をそんな慌ててんだよ?」

 アルニだ。買い物袋を提げている。


 この一大事に、呑気に買い物をしていたことに苛立ちながら、いやこれは八つ当たりだと頭を振り、アルニと向き合う。

「ティフィア様とリュウレイを見ませんでしたか?」

「……ティーは知らねーけど、リュウレイならさっき宿から出ていったぞ」

「行先は?」

「さあ?」

 肩を竦めた彼に、内心役に立たない男だと吐き捨て、それから彼を放って走り出そうとしたニアは、唐突にアルニに腕を掴まれる。


「なっ――、」振り払おうとしたニアは、しかし、灰黄色の真剣な眼差しに見据えられて動きを止めた。

「何があった」

「貴様には関係ないことです」

 そう、このアルニという男には関係ない。帝国の事情も、勇者の事情も。

「関係ない? 仲間なのにか?」

「仲間ではありません、ただの同行者です」

「……そうだな。でも、お前たちは、本当に仲間なのか?」

「何を言って、」

「みんなでそれぞれ隠し事して、それに蟠りを感じてるんだろ? だからお前は、あの食堂で俺に言ったんだ。私もですってな」


 数日前、ティフィアとアルニが二人きりで何か話しているのを目撃した。割り込んでやろうかとも思ったが、気の抜けた笑顔を見せるティフィアの姿に、ニアはとてつもない疎外感を覚えたのだ。

 ニアはティフィアの、幼い頃を知っている。まだちゃんと歩けないくらいの、小さな小さな女の子。よく泣いて、よく笑う子だった。

 次に会ったとき、やっぱり彼女は小さな小さな少女だった。歳の割に成長していない体躯の、泣いてばかりいる子だった。


 出来損ないの子だと、そのときにクローツ・ロジスト様から、紹介された。

 守るべき子供だと、ニアは思っていた。大切に大切に、過保護に見守ってきた。そんな少女が、突然勇者になると養父に言った。芯の強い、まっすぐな黒曜石の瞳を、ニアは別人のように感じていた。


 まるで、自分の知らない『ティフィア』という別の人格が現れたかのように。


「俺はお前たちの事情は知らないし、別に言いたくないなら干渉はしない。けどな、こうして言葉交わして、一緒に飯食って、一緒に戦って……情が湧かないわけねーだろ! その時点で俺には関係ある!」

 勇者としてのティフィアと、同じくまっすぐな眼差し。

「―――もう一度言うぞ。……何があった」


 躊躇いはあった。葛藤は、最初からしてる。

 だけど、とも思う。

 あの王都での魔族襲撃のとき、ティフィアに欲しい言葉を与えたのは、アルニだ。

 心を救う勇者。

 とってもティフィア様らしい『勇者』の形だと感じてしまった。

 リュウレイからその話を聞いたとき、悔しかったのもあったが、それ以上に感心した。この男は、きっと自分たちとは違うモノが見えているのかもしれない、と。


「……分かりました」

 観念したニアは、街長の屋敷でのことを全て話し、それが終わるとアルニは何かを考えるように、顎に手をやった。

「……………ニア、その錆色の女の子は鎖を持ってたんだな?」

「は、はい」

 正直にニアが答えると、アルニは不意に周囲を見回し、それから近くにいた通行人へ話しかけにいった。


「え、ちょっ!」戸惑うニアを余所に、アルニはいくつかの質問をして、離れた。

「さっきあっちの路地に向かってったの見たってさ」

 現在地より西の方へ指を向けたアルニは、それから呆然としているニアに首を傾げた。

「そんな特徴的な人間がいたら、普通に目立つだろ? こういうのは闇雲に探すより聞いた方が早い」

 確かにそうだ。焦って、周りが見えなくなっていたことが恥ずかしい。


「でも、なんか変だよな。鎖持って歩いてる女の子がいたら、もっと騒ぎになっても………まぁ、それはいいか。とりあえず行くぞ」

「言われずとも分かっています!」





そうして向かった先の路地で、ティフィアとリュウレイが襲われているのを目撃し、アルニがお手製の煙幕みたいなものを使い、錆色の少女の意識を逸らしたところで二人を救出し、現在に至るということだ。


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