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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
二章 勇者の使命
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3.やるべきこと



口元を覆う布を片手で外し捨てると、とりあえずニアは後ろからついてくるアルニを睨みつける。


「なんですかアレは! 死ぬかと思いましたよ!」

「仕方ねぇだろ、アレしか持ってなかったんだよ!―――くそ、本当は魔族と遭遇したときの逃亡用に作っておいたのに!」

 少し吸ったのか、ゲホッと咳を零すアルニ。その背中には、ぐったりとしているティフィアが背負われている。そしてニアの小脇には、リュウレイが抱えられていた。


 アルニもニアもライオスから離れるように走り、やがて森の深部へと入り込むと、魔物の気配を探りつつ、少し開けた場所で二人を下ろす。

 気を失っているのか、ティフィアはぐったりとしていた。これでは回復薬は飲ませられないな、とリュウレイの方へ振り返る。黒髪の少年は地面にへたれこみ、俯いたまま何も言わない。


「リュウレイ……大丈夫ですか?」

 そんな様子のおかしい少年に、さすがのニアも優しげに声をかけるが、答えようとはしない。それにニアは眉尻を下げて困ったように視線を彷徨わせると、不意にアルニと目が合う。薄桃色の瞳が、なんとかしろと言わんばかりに眼光を浴びせてきた。ので、首を横に振って無理だと意思表示する。


「………(役立たず)」

 更に視線で訴えてくるので、アルニも負けじとニアを睨む。

「…………(お前がそれを言うか?)」

「………………………(男同士なら、なにか、こう、男のコミュニケーション方法があるのでしょう?)」

「……!……………(ねえよ! 第一お前の方がコイツと付き合い長いんだろ? 察すること出来ねーのかよ)」

「……………………!(無茶言わないでくださいよ!)」

「……………!(それはこっちの台詞だ!)」


「―――お嬢、は?」

 長らく視線で会話をしていたら、か細い声が聞こえた。リュウレイだ。

 ようやく、喋れるくらいには落ち着いたようだ。


「ティフィア様なら、今は眠っていますよ」

「時期に目ぇ覚ますだろ。怪我自体は浅いし、少し休んでれば体調の方も―――」

 まずい、と咄嗟に口を閉ざす。明らかな失言だった。

 しかし、言い訳を探して視線を彷徨わせると、鋭いニアの眼光と、下から見上げてくる紅い瞳とかち合った。無言で促してくるその眼差しに、無理だと内心手を挙げる。悪い、ティー。


「……ティー、ずっと体調悪かったみたいでさ。その、言わないで欲しいって頼まれてな…………」

「ティフィア様が………? い、いつからだ! いつから――」

「―――王都に魔族が来たとき、でしょ」

 アルニの胸倉を掴み、詰め寄ってきたニアの言葉に答えたのは、リュウレイのやけに平淡な声だった。

「オレのせいだね」

 そう言うと、リュウレイはおもむろに立ち上がり、木に寄りかからせていたティフィアの前に来ると、顔を近づけた。こつん、と額と額がぶつかる。

「お嬢。オレは、お嬢がくれた『あの言葉』だけで、もう充分。――ありがとう」

 そのとき、ティフィアの体から漏れ出てきた淡い光が、リュウレイの体に吸い込まれていくのが見えたような気がした。


「……」

 ざわり、と胸が騒いだ。だけどその正体が分からず、アルニは黙って眺めていた。

 止めた方がいいかとも一瞬思ったが、事情を知らないアルニに本当に止めるべきかどうかの判断なんて出来ず。―――まさか、このときのことを後悔するはめになるとは、今はまだ、知らなかった。




 それから。

 真っ暗になる前に野宿の支度をし、非常食として保管していた猪獅獣(ノリム)の燻製を軽く火に炙って食べていると、小さな呻き声とともに黒曜石の瞳が目を覚ます。


「……あれ、アルニ?」

「よう、ねぼすけ。おはよう」

「おは、よう?……?」

 まだ寝ぼけているのか、しきりに首を傾げ、それから周囲を見回す。


「なんで、森? あれ? 宿は?」

「とりあえず水でも飲め。説明はニアがする。今はちょっと見回り行ってるけどな」

 革製の水筒を渡すと、思ってたより喉が渇いていたのか、ごくごく飲み始めた。

 良い飲みっぷりである。

「――ぷはっ、……ありがとう。……………リュウレイは?」

「あいつならニアについて行ってる」

「そっか」


 ティフィアは「ふぅ」と一息吐くと、空を仰いだ。木々の切れ間から覗く夜空は、あいにくの曇りで、星は見えない。

「ねぇ、アルニ」

「ん?」

「僕ね、昔は“空”が嫌いだったんだよ」

「空? なんでだよ」

「空を見てるとね、ほら、なんか……吸い込まれるような気がして」

 独りぼっちな気がして。


 ティフィアはそう言って、右手を空に向けて伸ばす。

「でもね、ニアとリュウレイと旅をするようになって、大好きになったんだ。その日、その時間毎に表情変えるでしょ? 面白いよね」

「空が面白いとか……そんなこと、考えたこともねぇーな」

「あとはねぇ、雲も面白いし、お月様も面白いし、星も面白いし、太陽も面白いんだよ」

 面白いばかり連呼するティフィアに、アルニは思わず吹き出した。


「そうか、面白いか」笑いながら言えば、ティフィアもへらりと笑う。

「アルニは? 嫌いだったものが好きになったとか、面白いものとか。そういうのないの?」

「俺? うーん………」

 どうだったかなと考え、不意に思い出す。

「そういえば、あるな。好きにはなってねーけど、嫌いじゃあなくなったモノ」

「なになに?」


「火が、嫌いだった」

 ぱきりと焚火にくべた木の枝が爆ぜた。


「火?」

「そう、この“火”。前にも話したと思うけど、俺には記憶がない。だけど、俺が倒れていた街は焼け落ちてて、俺の背中にも火傷の痕が残ってる。たぶん、そのときの恐怖が、記憶になくても体は覚えてたんだろうな」


 レッセイたちに拾われ、近くの街へ向かうまでの野宿で、焚火を見る度錯乱してたことがあった。そして、錯乱してはレッセイに殴られて意識を飛ばし、その繰り返し。だけど、何をするにしても火は必需品だ。寒さを凌いだり、灯りになったり、調理に使ったり。

 それを見る度錯乱して殴られていたら、命がいくつあっても足りないとうんざりしていた。


「でも仲間の一人に、ニマルカって女性(ひと)がいてさ」

 とても綺麗な人だった。見た目は深窓のお姫様のような容姿をしているのに、仲間の中では誰よりも率先して戦いに行っていた。よく笑う人で、魔法も使えたから、アルニは彼女から魔法の使い方や、魔物の知識を教わった。ただ、魔法に関して言えば、雑で威力の高い攻撃が使っていたので、戦い方は参考にはならなかったが。


「“火が怖いのは当然なんだから、抗ったって無駄に決まってる。火と戦っても、沸き上がってくるものは断ち切ることは出来ないんだから、戦う必要なんてないんだ。だから逃げればいい”」

「?」

「怖いものは怖い。無理に克服しようとしなくても良い。今はとりあえず逃げて、時期を見ろってことだな」


「なるほど!……それで、克服出来たの?」

「いや、逃げても逃げても、何も変わらなくてな。結局、面倒になったニマルカが魔法を使って俺を炎の海に放り投げやがって、他の仲間たちが慌てて助けてくれた頃には、なんか火よりもニマルカが嫌いになってたな」

「ず、ずいぶんな荒療治に切り替えたんだね……」

「けっこう適当な人だからな。言ってることもコロコロ変わるし。酒豪だし」

「でも、アルニはニマルカさんのこと、本当に嫌いになったわけじゃないでしょ?」

「まあな」


 記憶のない、空っぽのときから、レッセイ傭兵団の仲間たちと共に居た。最初は使いっ走りですら上手く出来なかったのに、いつの間にかみんなと肩を並べて、戦ったり、助け合ったり、笑い合っていた。

「俺たちは仲間であり、戦友であり、家族だった」

 ずっと、続くんだと、幼かった頃のアルニは思っていた。そんなはずないのに。

 こうして傭兵団のことを思い出したって、解散してしまったんだから、もう元に戻ることはないのに。


「そっか。…………いいな」

「ん?」か細くて聞き取れず、聞き返せば、ティフィアは首を横に振った。

「それよりも、ニアたちまだかな?」

「たぶん、そろそろ帰ってくる頃だろ……ほら、噂をすれば」


 木々の合間から、何故かびしょ濡れの二人が現れた。


「これは――ツッコんだ方がいいのか?」

「うへぇ、びしょびしょ……。大丈夫?」

 ティフィアが心配そうに二人へ近付くと、ニアもリュウレイも唐突にお互いへ人差し指を向け、

「リュウレイが悪いんです!」「おばさんが悪いん」

「っ、な、お、おば……っ!――リュウレイ!」


 どうやら禁句らしいその言葉に激昂し、剣を抜こうとするニアを宥めるティフィア。その少女の後ろに隠れて舌を出すリュウレイ。

 アルニはふっと笑みをこぼした。

 傭兵団にいた頃と何ら変わりないその光景が、今は少し眩しくも微笑ましい。


「やれやれ……。おいお前ら、とりあえず乾かしてやるから、並べ」

「おっ。お兄さんも参戦するん?」

「貴様が相手なら、私は容赦しませんよ」

「なんでそうなんだよ! 俺の親切心を無碍にすんじゃねえ!」

「なんと不遜な態度……! ティフィア様、これがあの男の素です!」

「お兄さん、相手はおばさん一人。オレたちなら勝てる相手だよ」

「リュウレイ! 貴様、一度ならず、二度も……!」


「……えっと、とりあえずみんな落ち着いて欲しいんだけど」

 ティフィアの懇願には誰も耳を貸さず。

 結局その晩、森の中ではずっと騒がしい声が響いていた。


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