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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
二章 勇者の使命
32/226

2.嘘つき


***


 飛び出すように宿を出て、リュウレイは一人、街の中を歩いていた。


 日が傾き始め、暁に染まる街の賑わいをぼんやり眺めていると「おかあさん!」と拙く大きな声に振り返る。

 リュウレイの腰ほどしかない背丈の小さな少年が、母親らしき女性にすがりつき、お菓子を強請っていた。買って、買って、あれ欲しい。みんな食べたことあるんだって。必死な少年の言葉に、母親は仕方ないわね1つだけよと折れ、店の中へと入って行った。


「……」

 リュウレイはしばらく店の方を眺め、それから自嘲するように鼻で笑うと、再び歩き始めた。

 ―――母さん、か。

「後悔なんて、してないのになぁ……」

 母親という存在を見ると、よく分からない感情が沸き上がる。

 オレが、あの少年と同じ頃はどうだっただろう。何も知らず、母さんと父さんに挟まれ、同じように無邪気に笑っていたんだっけ。分からない。もう、そんな過去は忘れてしまった。


「――あれ、お嬢?」

 見慣れた銀髪の少女が、ふらふらと路地へ入っていくのを見て、そういえばティフィアとニアを探していたんだったと思い出す。

わざわざ、あそこまでお兄さんに焚きつけてもらったのだから、ちゃんと話し合わんと。

「我ながら面倒臭い性格。……それにつき合うお兄さんは、やっぱりお人よしだよねぇ」

 ティフィアのことを、なんだかんだ見捨てられずにいるアルニを思い浮かべて苦笑する。


「―――て、見失っちゃう!」

 慌ててティフィアが入って行った路地へ走って向かうと、そこには建物の壁に寄りかかり、荒い息を零しながら、今にも倒れてしまいそうな少女の姿があった。

「お嬢!」慌てて傍に近づけば、リュウレイの気配に気づいていなかったのか、苦悶の表情に驚きを上乗せ、何かを言おうとして、しかし咄嗟に口を手で覆った。

「お嬢、とりあえず座ろうよ。……水。水持ってくる!」

 ずるずると地面に蹲るティフィアが、細い少年の腕を掴んだ。

「! お嬢……?」


「――だ、じょうぶ。大丈夫、だから……」心配しないで、と真っ青な顔が下手くそな笑みを浮かべた。

「嘘だ」

 知ってる。

 リュウレイは、知ってる。

「お嬢は、嘘つきだ」

 ティフィアの嘘を、―――リュウレイだけは、知ってる。


「なんで本当のこと言わんの? どうして嘘ばっか言うん? 戦いたくなんてないって、痛いのは嫌だって、傷つけるのも嫌だって……!」

 彼女の本音を、リュウレイは一度だけ聞いたことがある。直接言われたわけではなかったが、それでもリュウレイは、知ってしまった。


 本当は、ティフィアもニアも帝国から逃げる必要はない。こそこそ旅をしていた必要もなかった。ティフィアは義父が好きだったし、勇者として戦う必要だって、本当はなかった。

「オレなんかのせいで、そんな苦しむ必要なんて、」

 ない。そう続けようとした言葉は遮られてしまった。

「僕、は―――嫌だから」

 潤んだ黒曜石の瞳が、リュウレイを捉える。

「君が、また苦しむの、見たくないから」

「―――、そんなん、オレだって、」




「お前たちの意志なんて関係ないわ。――必要なのは、お父様への忠義、ただ一つよ」




「っ!」リュウレイは振り向き様にピアスに魔力を込め、右手に杖を出現させる。


【簡略展開、発動!――――結界ッ】

【我が魔力を喰らいて、敵を屠れ。―――全てを飲み込む奔流よ(ウィダッド・ハザード)


 全方位を防ぐ強固な結界を張ったと同時に、ドガガガガガガッと前方に断続的な凄まじい衝撃。その強力な攻撃に、リュウレイは杖を前に翳し、同じく断続的に結界の強化と修復にありったけの魔力を注ぎ込む。「ぐっ、う!」それでも、間に合ってない。


 ――こんな簡略的な式じゃ駄目か!

 ギリッと奥歯を噛み締めたとき、ティフィアが隣に立つのを視界の端で捉える。

「リュウレイ! 僕が道を拓く!」

 さきほどとは打って変わり、剣を抜いてまっすぐ立つその姿に、リュウレイはざわりと血が騒ぐのを感じた。これは―――期待だ。でも、駄目だ。絶対、お嬢は無理してる。死んじゃうかもしれない。それなのに「分かった」とリュウレイは答えた。


 本当は知ってるのに。

 すました顔しても、流れる無数の汗は隠しきれてない。

「合図したら結界消して。―――――――――行くよ!」

 言われた通りに、結界を解く。結界に弾かれていた“何か”が一斉に向かってきた。


「そりぃぃりゃぁぁあああああああああああっ‼」

 相変わらず間の抜けた掛け声と同時に、ティフィアの力強い一振りが衝撃波となってぶつかる。

「え、……鎖?」

 衝撃波によって周囲に飛び散る砕けた“何か”は、鎖だった。そのときふと、宿でアルニが見せてくれた魔物の毛皮を思い出す。縄か鎖の痕だと、アルニは言っていた。


「――リュウレイ!」

 はっと我に返る。ティフィアがもう一度衝撃波をぶつけたところで、膝を着いていた。


【っ、“窓”展開! 白牙獣(ビスティケオ)の“白き稲妻”の式法則を置き換え、我が意のままに式法則の改ざんを行う】

 リュウレイの周囲に浮かぶ青白い帯に、文字が刻まれ、それは重なり合い、やがて別の文字へ。

【さぁ、我が魔力を糧に降り注げ!―――――真白の牙雷群よ(ビスティケオ・ロード)ッ‼】

そして、杖を鎖が延びるその向こうへと向け、二つあった帯の内一つだけが大きく広がり、バキンッと音を立てて砕け散ったその瞬間、杖の先から真っ白い稲妻がいくつもの軌跡を残し、光速で相手へとたどり着く。


存在希薄の(レーゼル・)無効たる向こう(グレイタル)

 だが、稲妻は直撃することなく、人影をすり抜けていった(・・・・・・・・)

「なっ!」

【――数多の意識を宿せ(クゥルフ・レジスタ)

 人影が杖をティフィアとリュウレイに向けると、その人影から鎖が延び、それが二人に襲い掛かる!

 咄嗟に杖でガードしたが、それが鎖に巻き付き、そのまま振り払われるように壁へ叩きつけられた。


「ぐっ、ぅ!」

 右半身の痛みによろけつつも立ち上がり、そこでふと後ろを振り返れば、傷だらけのティフィアが地面に転がっていた。

「お嬢!」

 足に力を入れて駆け出そうとした瞬間、ガガガッと鎖の壁に遮られてしまう。

「!」


「―――どこに行く気? これ以上、どこに向かおうと言うの?」

 人影が、ゆっくりとリュウレイに近づいていく。その度に、じゃらじゃらと鎖を引きずる音も聞こえた。

「ねぇ、貴方のいるべき場所は、そこじゃない。それは貴方が一番よく知ってるはずよね?」


 リュウレイは人影と向き合う。

 背丈はティフィアと同じくらいか、少し上。綺麗な整った相貌をしており、フリルたっぷりのワンピースを着ている。しかし、その手首と足首には、太さがバラバラの鎖が幾重にも巻き付きてある。

 そして、更に特徴的なのが、その足首まで伸びた髪も、瞳も、まるで鎖のような錆色をしていた。



リウ(・・)。―――いえ、リウル・クォーツレイ(・・・・・・・・・・)。さぁ、私と一緒に帝国へ帰りましょう?」



 手を差し伸べる、全身錆色の少女に、リュウレイは苦々しい表情を浮かべた。

「……シスナ」

 リュウレイは彼女を知っている。

 シスナ・ロジスト―――ティフィアと同じ、クローツ・ロジストの26番目の養子。


「だ、駄目、……リウ、」

 唐突に、鎖の壁の向こうからティフィアの呻く声が聞こえる。

 それに、錆色の少女シスナは、冷めきった瞳を向けた。


「黙りなさい、No.27(ニジュウナナ)。出来損ないは出来損ないらしく、魔物の餌にでもなっていれば良かったのよ! 貴方がこの子を連れて行ったせいで、どれだけお父様が悩まれたと思うの!」

 元々吊り目がちな瞳が、更に鋭くなる。

「貴方はいらないの! お父様にとって必要ないの!……どうして貴方が勇者なんかやってるのか知らないけど、迷惑極まりないわ!―――本当は、」

 本当は私が勇者に……っ!


 ギリギリと歯ぎしりするシスナに、リュウレイは内心首を傾げた。

 ――こんなにヒステリックな性格だったっけ……?


「シスナ、お嬢の悪口はオレが許さんよ」

 どちらにせよ、この状況だと魔術でティフィアを守ることが出来ないので、彼女の意識を自分へ戻させる。

「あら、リウ。こんな役立たずに傾倒しているの? ああ、そうか! そうよね。だから、魔術勝負で、私なんかに負けちゃったのね?」

 ――負け?


「はあ? オレがシスナごときに、負けるなんてあり得ないよね。さっきはわざと手加減しただけに決まってんじゃん」

「そうよね、あの(・・)リウル・クォーツレイ(・・・・・・・・・・)が、負けるわけないものね。負けていいはずないものね?」

 言い返そうと口を開いたとき、王都の闘技大会での敗北が頭をよぎった。それに、今さっきの魔術だって、本当は、本気だった。

「―――っ」


「ねぇ、リウ? お父様は寛大なお人よ。私と一緒に今すぐ帝国に戻れば、貴方を咎めることはないわ。それとも………また悪夢(・・)が見たいの?」

 悪夢。その言葉に、リュウレイは息を詰まらせた。

「嫌でしょ? 怖いものね? 魔術によって見せられる幻とは言え、―――いろんな魔物や魔族に、あらゆる殺し方で自分が死ぬ映像見せられるんだもの。怖いわよねぇ?」

「っ、ぁ……」


 思い出したくないのに、思い出してしまう。

 戦え、と。負けるな、と。負ければ死ぬぞ、と。

 お前は戦うためだけに存在しているんだ、と。

「い、嫌だ……!」

怖い。

「死にたくない!」

 痛いのは嫌だ。

「見たくない!」

 魔物に喰い散らかされ、魔族に嬲り殺され。

 何度も何度も引き裂かれる苦痛を目の当たりにして、痛いのか痛くないのかも分からず、生きてるのか死んでるのかも曖昧になっていく。

 それは、絶望だ。


「リュウレイ!」

 ティフィアがリュウレイの異変に気付き、名前を呼ぶ。しかし、リュウレイは耳を塞ぎ、目を閉じ、蹲っているために届かない。なのに、何故かシスナの声だけは頭の中に響いてくる。


 ―――そうだ、嘘つきなのはお嬢じゃない。

 戦うのが嫌なのは、痛いのが嫌なのは、本当はオレだ。

 そして、『勇者(きぼう)』を信じてないのも、オレ。


「そうよね、嫌よね? だから帰りましょう?」

 錆色の少女が青白く細い手を伸ばし、震えて蹲るリュウレイに触れようとした瞬間、殺気を感じて咄嗟に杖を振る。それに呼応したように鎖が動き、少女の眼前に迫っていたものを弾き落とした。


「……短剣?」

 変哲もない、ただの短剣。だがそれは、すぐに断続的にシスナ目掛けて襲い掛かってくる。

「こんなもの……」

 軽くあしらうように鎖で全て防ぎきり、一体どこからと周囲を見渡したときだった。

「な、何? 霧?」

 突然どこからともなく発生した霧によって視界が奪われる。


 そして魔術を使おうと小さく息を吸ったとき、

「ぐっ、ごほっ! げほっげほっ!」

 何か異物感に苛まれ、咳を余儀なくされる。しかし、咳をするために息をすれば、更に喉に何かが入っていくような感覚に、息も出来ずに咳だけが零れる。

 咄嗟にリュウレイへ目を向ければ、やはりというか、そこに少年の影は見当たらず。


 シスナはぎりりっと歯ぎしりし、幾重もの鎖を平たく編んで振り回し、扇子のように周囲を扇げば、呆気なく霧は霧散していった。

 しかし、そこには錆色の少女シスナただ一人しかいない。


「……むかつく」

 誰の仕業か知らないが、虚仮にされたような気分で不快感に地団駄踏む。


「むかつく、むかつく、むかつくむかつくむかつくむかつくむかつく………!」

 ダンダンッと地面を踏み荒らし、それから気が済んだ頃に、彼女はにんまりと笑みを浮かべる。

「でも、いいの。お父様に言われたことは全部やったもの。これできっとお父様に褒められるわ。嬉しいわ。――さぁ、帰ろ」

 そう言ってシスナは魔術を展開すると、その場から消えていなくなった。


***



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