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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
一章 闘技大会にて
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7.旅の始まり






 ―――あれから。

 ティフィアの一撃によって、あの魔族の男が姿を消してから、数日が経った。


 魔族と魔物による爪痕は大きく、依然として街は復興に勤しんでいる。だが、魔族の急襲だったと言え、一般市民からの死者が出なかったのは大きく、軍とならず者たちの迅速な対応に街の人々は感激していた。

 それから、魔族に呆気なく破壊された結界については、リュウレイ曰く「たぶんだけど、人為的に結界が弱体化されてた可能性が高いね。これはミアさんにも伝えたから、原因究明してくれると思うん。……信じたくないけど、この街の誰かが、魔族と内通してるかも」だそうだ。


「……内通者、ねぇ」

 宿で荷物を整理しながら、魔族との死闘を終えたあとに言っていたアレイシスの言葉をふと思い出す。

“――あのミルフィートとか言う魔族、レッセイを探してたな。あいつ、またなんか余計なことに首突っ込んでんのか?”

 そうかもしれないと思ったアルニは、この数日間レッセイ傭兵団の仲間たちを探した。何か知ってる人がいるかもしれないと思ったのだが…………不思議なことに仲間たちは(・・・・・)誰一人として(・・・・・・)見つからなかった(・・・・・・・・)

 そもそも、魔族が現れたときにレッセイ傭兵団の人たちが誰も対峙してなかったことには、疑問を抱いていた。あいつらはそれこそ率先して戦場へと赴くような連中だというのに。


 ―――俺が知らない、いや、知らされていない、何かがある。解散だと宣言しておいて、アルニを仲間外れにしてまで、レッセイたちは何かをしている。或いは、しようとしている。


「…………」

 必要最低限の荷物だけを背負い袋に詰め、宿を出る。仄暗い街はまだ、あちこちの街頭が灯ったまま、とても静かだった。その中をひっそりと足を進め、目的の建物が見えると、アルニは一つ息を吐いた。


 そこは廃工場だ。少し前までレッセイ傭兵団の拠点としていた場所で、現在は別の傭兵団が使用してる。……本当に、少し前までは、みんなとバカ騒ぎしてた。レッセイが受けてきた無謀な依頼にチャレンジしたり、物知りなルシュから薬草の効能を聞いたり、常に酔っぱらってるニマルカに絡まれつつセクハラされたり、ラヴィは魔物の調理方法をよく知っていて、故郷の雪国について話してくれたり。他にも、アントとキリルというアホなやつがいたり、グレッグという無口だけど気配り上手なやつがいたり、ラッツというすばしっこいやつがいたり――――。


「………ふっ、馬鹿みてえ」


 感傷に浸ってる自分を嘲るように鼻で笑い、層を上がる階段へ向かう。

 ほとんど人気のないそこには、リッサがいた。

「おはよう、アルニくん」

 いつも来てる作業着ではなく、清楚とした私服を着ていた。


「……リッサ、どうして」

「うん、なんとなく、ね。なんとなく、アルニくんが遠くに行っちゃうような気がしたの」

「………」

「私ね、あのとき、アルニくんに助けてもらって、本当に嬉しかったの。……あの頃の私は、自己中心的で……何よりも自棄を起こしてたから」

「………」

「アルニくんがいてくれて良かった。アルニくんに会えて良かった。おかげで私は、大切なことに気付けたから」

「……大切なこと?」


「そう、大切なこと。―――私ね、姉妹がいるの。上と下に一人ずつ。でも、ちょっとした喧嘩をしちゃってね、今は姉妹バラバラなの。前に、夢があるって話したと思うんだけど……私はね、仲直りがしたい。もっと話をして、お互いを理解し合いたい」

「……そう、か」

「うん、そうなの」

 ほぼ一方的に話して終えたリッサは、さて、と居住まいを正し、

「―――いってらっしゃい、アルニくん」

 満面の笑みで、送り出す言葉を吐く。それはまるで、今からアルニがしようとしていることに、背中を押すような感じで、アルニも思わず笑みを浮かべ「リッサ、ありがとう。行ってくる」と返し、階段を上がった。


 地上に出ると、白染み始めた空は、もうほとんど明るかった。

「……王都とも、ひとまずお別れだな」

 カムレネア城塔を見上げ、それから背負い袋を一度背負い直し、己のこれからの旅路(・・・・・・・)を見据えたとき。


「ま、待って! アルニ! ちょ、ちょっと、待って……!」


「ティー……?」

 全力疾走で階段を駆け上がって来たのか、アルニの側までやってきたティフィアはぜえはあ息を荒げながら、それでも何か言いたげに見上げてくる。

「……待ってるから、とりあえず落ち着け」

 そう声をかけつつ、周囲を見回す。……保護者の二人がいねぇーな。


「ティー、お前一人なのか? 魔族に狙われてんだから、」

「っ僕は!」

 危ないだろ、と続けようとした言葉は、ティフィアの言葉に遮られた。

「僕は、ティフィア・ロジストっていうんだ」

 唐突な自己紹介に驚きつつ、家名を口にした彼女の複雑そうな表情に、アルニはとりあえず聞いてやることにした。


「ミファンダムス帝国ロジスト伯爵家現当主のクローツ父さまの、27番目の養子が、僕」

「にっ」にじゅうななぁ!? あり得ない数字に顔を引き攣ると、それを見たティフィアがえへへと笑った。

「―――そして、27番目の、『勇者』なんだ」

「っ」


「たぶん、あのミルフィー()、だっけ? 魔族の人が言ってた『勇者』は()じゃない。僕たち(・・・)じゃない。……クローツ父さまは、勇者を人工的に作ってるんだ」

「ミルフィー()な」と訂正してやりながら、アルニはこめかみを抑えた。

 ―――勇者を人工的に作ってる? そんなこと出来るのか?……つーか、どうしてそんなことを?

「僕には父さまの考えは分からない。それでも、父さまは意味のないことはしない。………ねぇ、アルニ。アルニは言ってくれたよね、僕は心を救う勇者だって」

「あ、ああ」


「僕は出来損ないで、他の『勇者』に比べれば断然劣ってるんだ。……でも、不思議だね。アルニのくれる言葉はいつも、僕に“力”をくれるんだ」

 あのときもそうだったと、自分の両手の平を見て、それをぎゅっと握ったティフィアは、一度目を閉じ、大きく深呼吸してから―――黒曜石の瞳でアルニを見上げる。

「―――『勇者』を必要としてるこの世界はきっと、救われてない。僕は、救いたい」

 だから、とティフィアは言った。



「僕と一緒に、世界を救ってくれませんか?」



 青味がかった銀色の髪が、朝日に照らされて眩しく輝く。

 アルニは目を細め、ティフィアを見据えた。


 泣き虫で、情緒不安定で、頭が弱くて、あまりにも幼いその少女は、勇者らしからぬ勇者だ。もしかすると、だからこそアルニは彼女を憎めないのかもしれない。『勇者』である彼女を。


「………俺は、8年前にレッセイ傭兵団の団長たちに拾われたんだ」

 緊張して返事を待っていたティフィアは、まさかアルニまで身の上話をしてくれるとは思わず「へ?」と間抜けな声を漏らした。

「拾われる前のことは、何も覚えてない。だから俺は、ただのアルニなんだ」

 アレイシスはよくレッセイの倅だと揶揄っていたし、レッセイからもそういう話がなかったわけじゃない。ただ、失くした記憶の頃の自分を切り離してしまうような気がしたから。もしかしたら、忘れてしまうくらい嫌な記憶だったのかもしれない。だけど、過去を切り離してはいけない気がしたから。


「俺は今日、王都を出て旅をするつもりだったんだ。俺の親代わりだったレッセイたちを探しに」

 探し出して、どうするつもりかはまだ考えていない。仲間外れにされたのが気に食わないのもあるし、魔族絡みなら正直心配だし。どちらにせよ、きっと俺はレッセイと話さなければいけないと思ったんだ。

「だから、―――世界を救うことは、しない」


「………そ、か」寂しそうに俯いたティフィアの頭に手を乗せ、「でも」と続ける。

「お前らの旅に同行することは出来る」

「!」

「もちろん、俺の目的が叶えば、途中で抜けるけどな。それまでは、一緒に行ける」

「……そ、か。………………そっか」

 頭に乗せられた手に、自分の手を重ね、ティフィアは「ふへへへへ」と表情を緩めた。


 そのとき、ぞくりと背筋が震えた。

「―――貴様、凝りもせずティフィア様を誑かしているようですね……?」

 なんだか既視感(デジャヴ)を感じる!

 ゆっくり首を動かして振り返れば、薄桃色の絶対零度な眼差しが突き刺さる。


「いやぁ、滾るね。これって別れ際の逢瀬ってやつなん?」

 悍ましい殺気を放ちながら近づくニアの後ろから、ニヤニヤと生意気そうなリュウレイもやってきた。

「おい、ティー。俺の勧誘は、あの二人には言ってあるんだよな?」

「え」キョトンとした間抜け面に、アルニは大きく溜め息を吐いた。

「まずはあの保護者たちに許可してもらわないとな……」


 魔族と戦ったときよりも疲労感半端ねぇな、と内心愚痴りながらアルニは新たな仲間たちへと足を向けた。


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