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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
一章 闘技大会にて
25/226

6-3



「………? 勇者? 今、そう言ったのね、ネ?」


 意気揚々と名乗ったティフィアに対し、何故か魔族の男は首を傾げた。

「特徴が違うのね、ネ? サンドラの予言が外れるわけ―――あぁー、そっか。みんな“加護”が受けられないから能力(ちから)も不完全だったね、ネ?」

 一人呟きながら頷いている魔族に痺れを切らし、ティフィアは「君は魔族だよね。どうしてこんなことするの!」と問う。

「んー? 面白いこと聞く勇者だね、ネ? 魔族ですら知らない遠い昔から、俺たち“魔族”と“人族”は戦争をしてるよね、ネ?」


「じゃあ、僕たちに恨みがあるから、とか……?」

「そんなの、あるわけないね、ネ?」

「………え?」

「俺は普段お城に籠ってるから、人族と関わらないしね、ネ? でも『上』のご命令だから、こうしてわざわざ人族の街に出向いた次第だよね、ネ?」

 どうやらこの魔族の上司に当たる存在から言われたようだ。それが魔王なのかは定かではないが。

 ティフィアは唾を飲み、緊張で乾く唇を舐める。


「それは、どんな命令? 内容によっては譲歩出来るかもしれないよ」

「おぉー、ようやく話が分かる人族が来たね、ネ? 俺もこんな面倒なことはしたくなかったんだよね、ネ? 俺の要求は二つ―――『勇者』と『レッセイ・ガレット』の捕獲ね、ネ?」

「捕獲?」今度はティフィアが首を傾げたが、直後、唐突に肩を跳ねさせ、両耳を塞いだ。それはまるで、間近で誰かが大きな声でも出し、驚いたかのような反応。

 魔族の男は目を細め、それから周囲を見渡す。

 先ほどまで虫の息だった人間たちが、しっかりと自分の足で立ち、魔族の男の隙を窺っていた。


「…………勇者を使って時間稼ぎするなんて、人族はやっぱり―――愚かだね、ネ?」

 魔族の男は一つ溜め息を吐き、それから勇者と名乗った少女に憐みの目を向ける。その視線に気付いたティフィアは、それにこもる感情に気付かず、魔族に見られていると慌てふためく。

「いいよ、ちゃんと相手してあげるね、ネ? だからそっちも小細工なしでかかってくるといいね、ネ?」


 唐突に魔族の男が右手を振った。―――刹那、弾けた瓦礫の山から飛び出した一つの影に「アルニ!」とティフィアが駆け寄る。

「大丈夫!?」

「イテテ……大丈夫、ただのかすり傷だ。―――つーか、やっぱバレてたか」

 魔族の目がティフィアに向けられている間、アレイシスたちを回復する作戦は成功したものの、男は気づいていた上で付き合ってくれていたようだ。

 ちなみに時間稼ぎしながら魔族の目的を探るべく、風の魔法でティフィアに指示を出していたのもバレバレだったようだ。アルニが直接交渉しても良かったが、勇者相手の方が気も引けるし、交渉決裂してもこっそりとティフィアを支援しながら不意打ちを狙えると思ったのだ。


というか、レッセイの名前が出たときに、思わず驚いてしまったのがいけなかった。

 ……まさか魔族がレッセイに用があるとは、さすがに思わなかったからだけど。


「あぁー、人間の皆さま。これで本当に戦力は揃ったってことでいいよね、ネ? じゃあ、礼儀として俺も名乗っとこうね、ネ?」

 再び周囲を見渡し、一つ頷いた魔族の男は、左手を広げ、右手を胸に当て、深々と頭を下げた。


「俺の名前はミルフィート。我が唯一神の名は漆黒の王ノート。闇に使え、夜を崇める者。――――勇者も来たし、少し本気を出すね、ネ?」


 ミルフィートの胸の魔装具が忽ち妖しい輝きを放ち、彼の周囲に黒い霧を漂わせ始めた。

 それを見たアレイシスはまたかと舌を打ち斧を構えるが、目の前に小さな少女が立ったことでそれは崩れた。

「大丈夫です。これなら僕でも、防げます」

 驚くアレイシスを振り返り、ティフィアは笑顔を見せた。「腕っぷしだけは得意なんです!」


【愛しき我が漆黒の王(ノート)よ。拝謁願い、ここに乞い願う。不信信者どもは曇った眼で王を冒涜する愚かな群衆なり。ここに、裁きの釘にて彼らの心を打ち付けたもう。――――黒き裁きの釘ミスワド・ツェティゲン


地上を指差すミルフィートに応えるように、靄は再び黒い雨へと形を変え、一気に降り注ぐ!

 先ほどよりも多く、より強固となった黒き釘は、

「ふんなぁぁああああああああああっ‼‼」

 細い足で力強く大地を踏みしめ、大きく振りかぶった一閃によって発生した豪風に吹き飛ばされてしまう。


 ならば、とミルフィートは紡ぐ。

【愛しき我が漆黒の王(ノート)よ。拝謁願い、ここに乞い願う。邪教徒どもは死をも畏れぬ獣なり。ここに裁きの釘にて彼らを討ち滅ぼしたもう。――――黒き破滅の釘ミスワド・ツァドミール

 先ほどの詠唱とは少し違い、新技かとみんな身構えると、魔族の周囲に黒い大きな釘が全部で5本浮かび上がった。一本でも、大柄な男一人くらいの大きさがあるそれは、落ちてくる気配も攻撃してくる気配もない。


「な、なんなんだ、あれは……?」

 不気味な気配しかしない釘に、アレイシスが思わずぼやく。

 同様する一同を置き去りに、ミルフィートは更に紡ぐ。


【愛しき我が漆黒の王(ノート)よ。拝謁願い、ここに乞い願う。忌み子どもは己が存在を理解出来ぬ憐れな者なり。ここに慈悲の釘にて彼らを導きたもう。――――黒き慈愛の釘ミスワド・ラトフェブス


 今度は大きい黒い釘の周囲に、それぞれ4つずつ黒い輝きを放つ球が浮かび上がる。

 背筋にぞくりとなにか怖気が走り、ティフィアは咄嗟にアルニへ振り返った。

「アルニ! あれは、まずい気がする……!」

 青ざめた必死の形相を見たアルニは、アレイシスと他の者たちと目配りし、それから短剣を構え、風の精霊を待機させておく。


【あぁ、畏れ多くも愛しき我が漆黒の王(ノート)よ!拝謁願い、ここに乞い願う。その深淵よりも重く深い愛情を与えるべく、我が身に彼の王の力を貸し与えたまえ】


 刹那、ミルフィートの全身を覆うように、深い黒い靄が上空を埋め尽くす。それは魔族の姿だけではなく、あの黒い球も、大きい釘ですら、覆い隠した。


【―――『破滅』『慈愛』『深愛』3つの祈りを捧げ、これを以って我が祈術を完成とする】

【地上を這う虫けらごとき人族よ、これは我が王の“愛”である。受け止め、血と涙を流し、喜んで死するが良い】

【その愛の深さに溺れ、その逃げ場のない重い思いを背負い、どこまでも堕ちていけ】

【“悔い改め、(レギヌ・)懺悔せよ。(ディヴ・)これが漆黒の王の(ヴァッツディア)愛である(・ノート)”】


 一時の静寂。


 誰かが唾を呑み込んだ。

 そして、その瞬間。高濃度の魔力が肌をひりつかせた。

「来るぞ………っ!」ロモが叫んだ直後、それは来た。

「っ、なんだこれは……!?」



 それは黒い靄の切れ間から差し込む光と、その光の筋を通るようにして降り注ぐ“鎖”だった。



 最初に見た黒い雨同様、その数はあまりにも多く、そして地上にいる人々に向かって真っ直ぐ伸びてくる。

 ガガガガガッ! ガガガガガガガガガがガガガガガッ!

 地面を抉るような、砲撃にも似た攻撃。

「ぐっ!」「うぁ!」「くそぉっ!」「助け……っ」逃げ切れずに鎖に貫かれた者、防ぎきれずに鎖の嵐に呑まれた者の悲鳴と断末魔があちこちで飛び交う。だが、アルニはもちろん、ティフィアもアレイシスもロモも、自衛だけで精一杯だった。


 あの黒い雨とは違い、重さも速さも断然強い。さっきみたいに吹き飛ばすことも出来ない。

「ひ、ぃ、」アルニの目の前で地を這い逃げようとしていた誰かが、頭と首と太腿を貫かれ、絶命した。

「―――ちっ、これは……!」

 想像以上だったと悪態を吐く。


 眼前に迫る鎖を短剣で弾きながら、周囲を鋭く見渡す。

 これだけ攻撃の間隔が狭いと、使いっ走りたちによる回復が出来ない。しかも鎖は時折、逃げ惑う人間に巻き付くと、そのまま黒い靄まで引き上げていく。そして、たまに肉片と血が降ってくる。

「ひぎっ!」また見知らぬ誰かが左目から脳天を貫かれ、絶命する。

「ぅぅううあああああああああああああっ!」

 唐突に、ティフィアの叫び声が聞こえた。一瞬視線を移すが、怪我している様子はない。……おそらく、この惨状に嘆いているのだろう。泣いているのかもしれない。


「―――――考えろ」

 身を屈めて鎖を避け、迫りくる攻撃も短剣で弾きながら、アルニは静かに思考する。

 “――いいか、アルニ。どんな強ぇ奴でも窮地に立たされることなんてザラにあらぁ。でも、そういうときにこそ、脳に酸素送れ。そんで、一つ一つ状況を整理しろ。………まぁつまり、とりあえず落ち着けってことだ!”

 レッセイの言葉を思い出す。大きく深呼吸して、攻撃を躱しながら意識を思考の海に沈める。


 魔族の弱点は、胸に埋め込まれた“魔装具”といわれていたはずだ。それが力の源であり、命そのものだと。だが、そもそもこれではミルフィートに近づくことも出来ない。

 鎖の雨が邪魔だ。だが、靄から覗く光から鎖が出るのは何故だ?―――ミルフィート自身も、黒い靄では標的が見えないから、とか?

 時々、人を靄の中まで引き上げるのは何故だ?―――気まぐれか、あるいは、それが必要だから、とか?


 そこまで考え、アルニは思わずニヤリと笑みをこぼす。それを偶然視界に入れていたアレイシスは、本当にレッセイそっくりに育ったもんだと苦笑し、それなら勝機が見えたんだなと己を奮い立たせる。この絶望は―――もうすぐ終わる、と。

 それならば、とアレイシスは大きく息を吸い込み、


「おいテメェらぁぁあああああああ‼ 怖気づく暇があんなら、立て! 戦え! あたしらが戦場から逃げ出したら何が残る!――魔族がなんだ! あたしたちは化け物級の魔物を幾度と屠ってきたはずだ! 思い出せ、矜持をっ! 手に取れ、武器をっ! あたしたちの意地、たった一人で赴いてきた魔族様に見せつけてやろうじゃねぇかぁぁあああああああ‼‼」

 斧を大きく振りかぶって、一閃! 地上へ伸びるいくつもの鎖をぶった切る。


 そこから少し離れたところで、4つの盾にいくつもの鎖を巻き付かせ、振り回して捻じ切るロモ・ルモッコロモルもまた吠える。

「そうだっ! 俺は余所者だが、この街の人々は強い! 魔族の襲撃でこれほど被害を最小に留められる街は無いだろう! 君たちは強い! だからこそ抗えっ! 君たちの街で、これ以上の狼藉を許して良いものか!」

 力強い二人の言葉に、再び士気が上がるのを感じる。


 アルニはアレイシスとロモに内心感謝しつつ、風の精霊を使ってティフィアへ言葉を届けるように頼む。

「――ティー、聞こえるか?」

「っ! アルニ、どうしたの……?」

 声が震えている。やっぱりあのとき泣いてたようだ。


「俺は不意打ちが得意だ」

「? う、うん」

「それから目が良い(・・・・)

「……? え、っと?」

「あいつ、ミルフィートって言ったか? あの魔族、落としてくる」

「――へっ、え?」

「あとは頼む。お前なら、―――信じられる」


 それだけ言い残し、アルニは駆け出す。視線が合ったロモは深く頷き、一つの盾をアルニに向けて投げた。飛んでくる鎖の合間を縫うように飛んできた盾に飛び乗れば、それは上空に浮かぶ黒い靄に向かって上昇する。

 だが、当然それを阻むように鎖がアルニを狙って降り注いでくる、が。

「ふんっ!」

 瓦礫の山を足場にして飛んできたアレイシスの一閃がそれを阻む。

 しかし、それも一瞬のことだ。すぐに再び鎖が襲い掛かってきて、短剣で弾ききれなかった数本が盾を貫いた。

「っ、」

 それによって力を失ったかのように傾き始めた足場に、アルニは咄嗟に周囲を見回す。そしてちょうど、黒い靄へ引き込まれそうになっている男を見つけ、その鎖目掛けて跳んだ。


「風の精霊よ!」

 追い風にして飛距離を延ばし、手を伸ばして鎖を掴む。それから短剣で掴んでいる所から下の鎖を断ち切り、そのままアルニ一人黒い靄の中へ引き込まれていった。

 靄の中は真っ暗だが、浮かぶ黒い球が微かに灯り代わりになっていた。アルニは黒い釘の上に乗ると、目を凝らして視線を巡らせる。


 どうやらこの鎖、あの釘から伸びているようだった。そして黒い球は靄の中で鈍く光り、その鎖を地上にいる人々に降り注ぐよう誘導しているようだった。そして、靄に引き込まれた人々は、黒い釘に貫かれ、魔力を奪い取られているように見える。

 そしてミルフィートという魔族の男は、黒い球を動かし、忙しなく何かを探しているようだ。

「俺のこと探してんのか、ミルフィート?」


 アルニの言葉に、ハッと振り返ったミルフィートだが、その前にアルニは小物入れから取り出した薬瓶を男の胸に向かって投げつけていた。男は咄嗟に腕でそれを防ぐが、その薬瓶はフェイク。

「――――残念だったなぁ、ミルフィート? これでお前は何も見えないんじゃねーか?」

 彼の近くにあった黒い球が、別の薬瓶に当たり、割れた瓶から漏れ出した液体が空気に触れて固まり、それは黒い球の輝きを覆い隠した。

 すでに黒い靄に突入してから、他の黒い球にも薬瓶をぶちまけておいた。これでミルフィートの視界を奪った。


「……すごいね、ネ? ここまで来れた人族、俺初めてだよね、ネ? でも、人族、お前も何も見えない。俺はまた能力を使えば――――――っ!?」

 唐突に右肩への衝撃と激痛に、ミルフィートは顔を歪めた。

「悪ぃな、そんなもの関係ねぇんだよ」

 暗闇の中、灰黄色の双眸が鈍く光る。

「俺にはずっと、お前が丸見え(・・・)だぜ? 変態魔族野郎」

 ミルフィートが胸に手を当てる前に、アルニは再び数本短剣を投げつけて妨害しつつ、足場にしてた黒い釘から魔族に飛びかかる。ミルフィートは細く長い尻尾を無尽蔵に振り回し、それを短剣で防ぎながら男の肩に突き刺さったままの短剣を掴み、全体重と風の精霊を使って魔族の男の右腕を断ち切った。


「っつ、ぐっがぁぁぁああああああああああああああああああああああああッ‼‼?」

 痛みに咆哮するミルフィートは、霧散した黒い靄など気にすることもなく、切り離された己の腕と一緒に地面へ向かって落下するアルニへ、血走った瞳を向ける。

「にんげぇぇぇぇえええええええええんっっっ‼」


 よっぽど腕を斬られて悔しかったのか、アルニを追うように落下しつつ、黒い釘から鎖を出し、攻撃してくる。

「人間侮るからだよ、ぶぁあかっ!」

 鎖を短剣で弾くも、さっきよりも数が段違いだ。どんどんと防ぎきれなかった鎖によって体のあちこちに血が滲む。しかも近づいてきたミルフィートが周囲に細く長い釘を浮かべていた。

「―――死ね、ネ?」

 釘が一気にアルニへ向かって降り注ぐ。鎖すら防ぎきれてないし、空中で避ける手段はない。


 あ、やばい。

 だけど、こんな状況だというのにアルニは自分が殺されるとは、微塵に思ってなかった。


「馬鹿はアルニだよ!」


 ひゅんっ、と落ちてたアルニの横を通り過ぎるように、飛び上がる一つの影。―――ティフィアだ。

 彼女は盾を足場に、アルニに向かっていた鎖を剣で断ち切り、それからミルフィートへと向かっていく。


「魔族さん、ここは人族が穏やかに暮らしてる街なんだ。これ以上その街を壊すことも、人々を傷つけることも、この僕が許さない」

 ティフィアの強い意志に応えるように、彼女の体が淡い光を放ち始める。

「邪魔をするなら殺すだけだよね、ネェェェェエエエエエエ!?」

 ミルフィートが少女に指差すと、釘が彼女に狙いを変えて飛びかかってくる。

 だが、ティフィアの一閃で呆気なく吹き飛ばされた。


 更に激昂した魔族の男が胸に触れる前に、ティフィアは力強く両手で握った剣を掲げ、

「あるべき場所へ帰って下さい。ここに貴方の居場所はない!」

 光は剣にも宿るように移っていき、それを大きく振りかぶり――――一閃!

「はぁぁぁあああああああああああああああああああっ‼‼」

「―――ちっ、この俺が撤退を余儀なくされるなんてね、ネ!」



 眩いほどの光が上空を包むのと、ミルフィートが魔装具に触れたのは同時だった。


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