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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
一章 闘技大会にて
24/226

6-2


 泣いているティフィアの頭を撫でていると、不意に横から禍々しい殺気を感じ、振り返る。

 ―――ニアだった。


「何をしているんです……?」


 どうやら周辺の魔物を片付け終え、戻ってきたようだ。

着ている鎧には返り血らしき液体がべったりと付着しており、絶対零度の眼差しも相俟って、まるで死神みたいだ。


「待って、おばさん! アルニは―――」

「リュウレイ、先に貴方の首を刎ねましょうか?」

 リュウレイが咄嗟に庇おうと前に出るも、ニアの言葉と気迫に圧され、すごすごと引き下がっていった。……もっと食い下がってくれよ。

「ティフィア様、そいつから離れてください。すぐにその不届き者を―――」

「……アルニ、ちょっと離れてくれる?」

「え」

 まさかニアの言う通りにするとは思わずショックを受けていると、アルニとニアの間に、ティフィアが立ち塞がった。


「ティー?」

「ティフィア様?」

 怪訝そうな二人の呼びかけを無視し、ティフィアはゆっくりと大きく深呼吸を二回した。

 それから彼女は言った。


「―――ニア、リュウレイ。僕は『本物の勇者(・・・・・)』になりたい」


 ニアもリュウレイも息を呑んだ。

 アルニにはその言葉の意味は分からなかったが、自分のことを出来損ないと言っていたことに何か関係しているんだろうなぐらいには思った。


「僕はずっと逃げてた。強くないから、弱いから。賢くないから、馬鹿だから。―――僕が、お父様に言ったのに………『勇者』になるって」

「ティフィア様……」

「それなのに、僕は二人に頼ってばかりで……何もしようとしてこなかった。甘えてたんだ」

 だから、とティフィアは続ける。

「もう逃げない。逃げたくない。僕は―――前に進みたい!」

 そう言って安い灰色のマントを脱ぎ棄てた。


 毛先が青味がかった銀色の短い髪を揺らし。さきほどまで泣いていたからなのか、それとも興奮しているからなのか、赤味が差した幼い顔。青と銀を基調とした動きやすそうな服を纏い、その腰には一対の剣が下がっている。

 涙に濡れた黒曜石の瞳は、普段の頼りなさとは反対に、まっすぐと前だけを見据えている。

 その姿は、本当に勇者みたいだなとアルニは眩しそうに目を細めた。


「―――うん、滾るね。やっぱりお嬢はそうじゃないと」

 ティフィアの言葉に感動して震えるニアを押しのけて、リュウレイが彼女の前に立つ。


「お嬢、オレはどうすればいいん?」

「アルニが言ってた結界をどうにかしよう」

「………言ってる意味、ちゃんと分かってるんだよね?」

「うん。―――僕は『勇者』と向き合うよ」

「……………そっか。なら、オレも覚悟決めんとなぁ」

 そして、二人は手を握り合った。その前に、とリュウレイが振り返る。


「ニアおば……姉さん、お兄さんの監視宜しく。それからお兄さん」

 再びニアがアルニの前に立ち塞がり、剣の柄に手を添えたまま警戒する。それに何をするつもりなのかと身構えたアルニに、リュウレイは「今度こそ襲い掛かったら殺されるから、大人しくしててな」と忠告し、杖を振る。

 どういうことなのかと聞き返す前に、リュウレイとティフィアの周囲にあの二本の帯が展開される。


【“窓”展開―――――“原初の勇者(ブレイブ・オリジン)”の証を繋ぎ合わせ、その能力の一部を我が意のままに執行する】


 杖をくるりと回すように振るうと、“窓”と呼んだ帯が呼応するように淡い光を放ちながら、うねった文字を刻み、その文字と文字が重なり、更に別の文字が綴られていく。


【さぁ、我らが魔力を糧に展開せよ!――――守護をもたらす絶対(アブソリュート)なる膜よ(・ゲイン)ッ‼】


 その瞬間、ティフィアとリュウレイの頭上に、眩い光を放つ大きな紋章が現れた。一対の翼と、太陽を象ったものだ。それを見たとき、アルニはそれがなんであるのかすぐに分かった。


「“勇者の証”―――」


 見たことはないはずだ。それでも、何故か懐かしさと絶望的なまでの悲しみを覚えた。

 そして、紋章の光は大きくなっていき、目を開けていられなくなったところで、不意に光が消えた。


「っ、おぇっ!」

「っぅ、ぐ、ぅ、ぅう……っ」

 だが、ようやく視界を取り戻した先で、ティフィアとリュウレイは地面に四つん這いになり、喘いでいた。


「お、おい……!」

 大丈夫かと駆け寄ろうとするが、ニアが剣を抜いて行く手を阻む。城のとき同様、アルニが襲い掛かろうとしているかもしれないと思っているのだろう。そういえば今回は大丈夫だったなと不思議に思いつつ、ニアにどう説得しようと考えていると、ニアは苦しそうな二人を一瞥し、それから「問題ありません、術は成功してます」と言ってきた。


「……は?」

「二人の力で、街を覆えるほどの結界を構築したんです。これで、魔物の侵入を遮断出来たはず」

「い、いや、」そういうことを聞きたいわけでも、言いたいわけでもない。そう言葉を続けようとしたが、奥歯をギリッと噛み締めるニアの姿に、何も言えなくなってしまった。

「―――だ、だいじょ、ぶ、だよ。アルニ。ニア。……()に比べ、たら、このくらい」

 ヘーキだよ、と無理して笑顔をつくりながら起き上がるティフィア。リュウレイは地面に座ったまま、俯いて息を荒げている。


「レイ、」

「アルニ、リュウレイのことは放ってあげてください。今も結界の維持に集中しているのですから」

 確かに、リュウレイは杖を手放すことなく、返事をする余裕もなく、ひたすら何かを堪えるようにじっとしている。

「アルニ、ここはニアに任せて、僕らは魔族のもとに行こう」

 まだ顔色が優れないが、息を整えたティフィアにそう促される。ニアも「リュウレイのことは私が守ります」と頷いてきた。


 アルニは分かったと返し、ティフィアと共に戦場へ向かった。

 途中、まだ街に残っていた魔物に襲われたりもしたが、二人で返り討ちにして先へと進む。黒毬藻(ブラックヒル)の大群を見かけたときは、魔物の大群が苦手なティフィアが硬直してしまい、逃げるのも一苦労だったが。

 それから、ようやくトニーと会ったところまで戻ってきたが、ここからでも感じる禍々しい魔力と殺気に、冷や汗が背中を伝う。


「………ここだ。もう少し進んだところに、たぶん魔族がいる」

 そして、それと戦うアレイシスたちも。

 一度行ってしまえば、途中で抜け出すことも難しいだろう。下手したら、死ぬかもしれない。

「うん。それでも、僕は進むよ。逃げることも、立ち止まることも、散々してきたから」

 前を見据え、まっすぐ前を歩くティフィアに、こんな状況で思わず笑みがこぼれる。


 勇者は嫌いだ。――憎いから。俺の全部を壊したから。

 でも、ティフィアはリウル・クォーツレイとは違う。

 弱さを知る彼女なら、本当の意味で世界を救える勇者になるのかもしれない。

 ―――それなら、こんな場所で彼女を死なせるわけにはいかねーな。

 アルニはその想いを胸に、ティフィアの隣に並んで進んだ。





「あぁー、人間の皆さま。よく聞いてね、ネ?―――これ以上の交戦って、無駄だと思うわけなんだよね、ネ?」


 地面に這いつくばる大勢の人間を()から見下ろしながら、その男は不思議そうに首を傾げる。


「ただね、ネ? 俺の質問にちゃんと答えてくれれば、俺もね、ネ? 無益な殺生も、破壊活動もしないんだよね、ネ? 俺、これでも『穏健派』だからね、ネ?―――だから教えてよ。『レッセイ・ガレッド』と『勇者』の居場所をね、ネ?」


 その男は全裸だった。いや、体のラインがはっきりと分かる黒いボディスーツを着ていた。

 一見ただの変態野郎だが、縦に細長い二つの瞳孔と、胸に埋め込まれた紫水晶(アメジスト)の“魔装具”、そして腰から生えた細長い一本の尻尾を見れば、それが人間ではないことぐらい、赤子ですら分かるだろう。


「―――ふんっ、レッセイ・ガレッドも、勇者も、そんなやつ見たこともないって言ってんだろ」

 瓦礫の山から這い上がり、立ち上がったアレイシス・ビナーは斧を構え、そう言い返す。それに呼応するように、周囲でも倒れ伏せていた者たちが次々と起き上がり、そうだそうだと武器を手にする。

 だが、無傷の魔族とは正反対に、その誰もが満身創痍だ。アレイシスですら、すでに足が震えている。


 ――次、もしヤツの『あの技』が来たら、もう誰もこうして立ち上がれなくなるだろうが。


「だからぁ、さっきも言ったよね、ネ? ここの闘技大会に勇者が参加してるって情報、掴んでるんだよね、ネ? レッセイっていう人間も、この街に住んでるっていうのもね、ネ?」

「じゃあその情報(ネタ)偽物(ガセ)だな。可哀想に、魔族様は騙されちまったようだ」

「……………これってあれだよね、ネ? 押し問答ってやつだね、ネ? いい加減飽きてきたんだよねぇ、ネ?」

 ふぅ、と憂鬱そうな溜め息を吐いた魔族は、胸の魔装具に手を当てる。すると、黒い靄が男を包む。

 その瞬間、アレイシスと一同が顔を強張らせた。


『あの技』が来る―――!

 それは絶望にも似た感情。しかし、それでもアレイシスは勝機を信じていた。

「ロモ! お前の盾で動けねーヤツを守れ! 他の者どもは自分を守れ! いいかっ、絶対死ぬんじゃ――――」


【愛しき我が漆黒の王(ノート)よ。拝謁願い、ここに乞い願う。不信信者どもは曇った眼で王を冒涜する愚かな群衆なり。ここに、裁きの釘にて彼らの心を打ち付けたもう。――――黒き裁きの釘ミスワド・ツェティゲン


 ゆっくりとした動作で、男が地上を指差す。その瞬間、黒い靄は細く短い針のようなものに形を変え、それは一瞬の瞬きよりも早くアレイシスたちの頭上に降り注ぐ。

「っ、ぐぅぅぅううううっ!」

 アレイシスは斧を振り回して風圧で吹き飛ばし、刃で弾く。しかし黒い針は、その異常なまでの数と長時間降り注ぎ、体力気力を奪い取る。そして、少しでも隙を許せば………。

 どこかで聞こえる悲鳴と断末魔に、アレイシスは歯を食いしばる。

 もう、みんな限界だ。これを凌ぎ切ったとしても、一体何人が残る……?

 アレイシスの心にも絶望が蝕む。信じたくても信じ切れない自分がいる。


 ―――ここに、レッセイがいたなら、違ったかもしれない。

 あの男は普段は適当で雑なやつだが、仲間のためや守るべきもののためなら、あり得ないほど強くなる。だからこそレッセイ傭兵団は強く、大きく成長したのだから。

 レッセイ傭兵団が解散したと情報屋から聞いたとき、アレイシスはこの街を守るのは自分なのだと思った。自分しかいないのだと。レッセイ傭兵団に代わって、アレイシス傭兵団がその勤めを果たす番なのだと。


 だが、実際はどうだろう。

 レッセイは足を犠牲にしつつも、魔族を追い払えたというのに……っ!

「ぬぐぅぅぅうううううううううぁぁあああああああああああ!」

 アレイシスは吠えた。

 悔しさも絶望も振り払うように。

 ―――そのときだった。


「みんな伏せろっ‼‼」


 魔族の攻撃を防ぎながら伏せろなんて、結構無茶な要求だ。それでも気付けばアレイシスは言われた通りにしていた。きっと他の連中も。

「うぉおりゃぁあああ‼」

 間の抜けた掛け声だ。だが、それが聞こえた直後、頭上で凄まじい風圧が通り、雨のように降り注いでいた黒い釘も、靄も消えてなくなっていた。


(あね)さん!」

 それを呆然と見上げていると、トニーが駆け寄ってきた。その腕には回復薬を抱えている。

「王族の方が無償でくれたんです! 早くコレを!」

 詫びを入れながらそれを数本飲み干す。その間にも、アレイシス傭兵団や、他の傭兵団の使いっ走りたちが倒れている人々に薬瓶を渡していた。


「お前ら……なんで、」

 使いっ走りたちは基本的に戦力外だ。だからこそ一般人たちに紛れて逃げろと通達していたはず。トニーにも、アルニと接触後が早急に安全な場所へ逃げろと言い聞かせていたはずなのに。

「アルニさんが教えてくれたんです。――戦いたくても足手まといになるだけのぼくらに、やれることがあることを」


 勇者の元へと案内する道中、アルニはトニーに各傭兵団の使いっ走りに伝えて欲しいと言ったのだ。

 ―――「戦場で戦ってるお前らの団長たちは、きっとボロボロだ。この状況なら王族も倉庫を解放して回復薬を配布してるだろうから、それを持てるだけ持って、チャンスを見て回復させよう。あとは戦況を見つつ、ヤバいときは隠れて、魔族の目が逸れたときに回復させてやるんだ」

「“いくら魔族でも、無限に回復する多勢の人間相手は、やりきれねーだろ”、とアルニさんが言ってました!」


 きっと、楽しそうに、どや顔でそう言ったであろうアルニが想像出来て、アレイシスは思わず噴き出した。

「そういうところ、レッセイに似ちまったんだなァ。………なら、こんなところで座ってる場合じゃねぇな」

 よっこらせと立ち上がる。さっき瓦礫から這い出たときのような体の重みはなかった。回復薬が効いてるのもあるだろうが、それだけではないだろう。

 周囲を見れば、アレイシス同様に緊張を緩めた者たちがどんどん立ち上がっていく。

 それから頭上を見上げれば、魔族の男が再び首を傾げていた。

「あれ? 俺の能力(ちから)防がれたのね、ネ? すごいね、ネ? キミの仕業かな、誰か聞いてもいいよね、ネ?」

 ブンッ、と剣を振り上げ、その剣先を魔族に向けながら、彼女は言う。



「―――僕の名前は(・・・・・)ティフィア・ロジスト(・・・・・・・・・・)今代の勇者だ(・・・・・・)!」




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