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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
4章 墓標【後編】
226/226

2-3

え、約半年ぶり……? 時の流れは残酷ですね。(お待たせしました!更新めっちゃ遅くてすみません!!土下座)



 教会の講堂を抜けた先にある転移術式で移動した先の一室。

 そこでマレディオーヌと簡易机を挟んでラージが座っているのが見えた。ただ椅子に縛り付けられたラージの顔には痣がいくつもあり、眼鏡はどこかへ吹っ飛んだのか見当たらない。


 唐突に現れたマキナの姿に驚くラージだが、マレディオーヌは心底面倒くさそうに頬杖を外してこちらへ振り返る。


「なァ、話は終わったと思ったのはアタシの勘違いだったか? 取引は不成立、お前は教会と縁を切った。違うか?」

「それでもわたくしとの面会を許可されたということは、まだ取引に応じる意志があるのでしょう?――ふふ、ラージ酷い顔ね。差し入れ持ってきたのよ?」


 手に提げていた紙袋から包みを取り出し広げる。個包装されたたくさんのチョコが、大きくもない机いっぱいに転がる。

 案の定ラージは嫌悪丸出しにしかめ面を晒し、マレディオーヌは一つ掴むと袋ごと(・・・)口に放り込んだ。


「は?」

「あら」


 不覚にもラージとハモってしまった。


「……ンだよ?」

「普通は袋から取り出して食べるのですよ? 枢機卿員様」

「あ? なんで袋に入ってたのにまた袋に入ってんだよ。勘違いしたじゃねーか」

「勘違いさせて申し訳ありませんわ。庶民の食べ物ですもの、分からなくても仕方ありません」

「ふゥん……?」

 すでに袋ごと飲み込んだのか、マレディオーヌは次のチョコを掴むと今度は袋を開け、再び口に放り込む。


「で? 気持ちが変わったのか?」

 数日前、マレディオーヌとの密談で本来は彼女の言うように教会とはこれ以上関わらないつもりだった。

 勇者が誕生する。その勇者は国で管理すべきか教会でするか、マレディオーヌは問うた。

 勇者の存在は確かに国を強くする。しかしようやく邪魔な商人が大人しくなり、王族の立場を平民どもが理解し始めたところだ。そこに勇者が現れれば元の木阿弥。

 だからこそ「勇者はいらないから他国で生まれたことにして欲しい」と返した。実質的に勇者の利権を手放したことになる。


「いいえ? ただ……――」

 マキナはあえてラージにも見えるよう、机に広がるチョコの上に一枚の資料を置いた。

 バンッ!!と机がへこみ、チョコが床に落ちて散らばった。資料は握りつぶされ、マレディオーヌの鋭い瞳がマキナを射貫く。

 凄まじい殺意だ。マキナは冷や汗と震える口元を隠すため扇子を取り出し広げた。

「あら、怖い」


「お前の言い分は分かった。国を滅ぼして欲しいんだなァ? いいぜ、いますぐにでもやってやろうかァ?」

「ふふっ、そこまで怒るとは思いませんでした。――ずっと不思議に感じていたんです、貴方はやけにカメラ枢機卿に絡みたがっていると。でも派閥の違う貴方がたは顔を合わせればいがみ合っている」


 マレディオーヌはカメラの動向を気にかけている。最初は勇者派代表の彼女を監視しているのだと思った。でもそれならもっと友好的でも良かったはずだ。勇者派と女神派が仲違いするメリットなどないのだから。

 ふと感じた。既視感。マレディオーヌがカメラを見る視線。そこに宿る感情。

 彼女は同じなのだ、と察した。

 マキナがラージを、否ランファを憎く感じている理由と同じなのではないのか、と。


「マレディオーヌ様、これでようやく貴方という人柄を理解しましたわ。これより先わたくしと貴方は、より良い商談が出来るでしょう」

「商談……だァ?」

 横目でラージの様子を見る。彼は非常に戸惑っている、ように見えた。しかしマレディオーヌを騙せても、彼との付き合いが長いマキナには分かる。


 普通の人ならば一瞬で握りつぶされた資料の内容を見ることも叶わないはずだ。マレディオーヌがラージを殺さなかったのはそれが理由。

 しかし彼女はラージを知らない。人生の大半を常に不信と緊張状態で生きてきた彼は、周囲の状況変化と資料の速読は得意なのだから。


(これも嫌がらせ)


 ラージは考えているだろう。あえて机にチョコを広げ、『爆弾』とも言える資料を見せたマキナの真意を。ただの嫌がらせとも知らず。……可哀想な子。ランファに似てしまった顔は嫌い。でも、商人には到底向いていないその内面は――“あの人”に似て好きよ。


「そう、商談です。――この資料はわたくしが持つ情報の一部でしかありませんの。これらの情報買い取ってもらいたいですわ」

「…………情報源を吐け」

「それも含めて、わたくしの提示する商品です」

「……………………いくらだ」


 良かった。ここで国を滅ぼせば関係ないと返されたらさすがに困っていた。ただ彼女は、というより教会がそんなことを許すはずもないとは分かっていた。

 そうでなければ、教会がわざわざ国の中枢に入り込むような工作や取引など持ちかけるわけがないのだから。


「お金は要りません。ただ魔石が欲しいのです」

「魔石ィ?……なんでそんなもン欲しがる」

「強力な魔術兵器を作りたいのです。サハディ帝国にも女神教が協力して作ったのでしょう? 教会の手は借りません――が、どうしても純度が高く大きい魔石は手に入りにくいものですから。それに自称勇者(ティフィア)様もお供に魔族を連れているようですし、自衛のためですわ」


「…………ふん、いいだろう」

「では後日また詳細を決めましょう」




***




 あっさりと部屋から出て行く王女を見送ると、マレディオーヌは深く長い溜め息を吐いて背もたれに体重を預けるように寄りかかった。

「魔石……魔石かよ……よりによって…………」

「女神教は魔石を潤沢に所持してるじゃないか。――例えば君の魔術兵器に使用してる一部、とか」

 だから彼女がこうして困難に感じる道理はないはずなのだが、マレディオーヌは気だるげにラージへ視線を向ける。


「……魔石の使用用途申請書、管理責任者の選定と保管場所の安全性についての報告書、枢機卿員過半数認可署名の許可証明書、認可使用から約1年以内における枢機卿員第5位席の視察――」

「…………教団も組織ってことか」

「潤沢っつーても貴重な代物だからな、魔石は。――で? これから書類作成しなきゃなんねぇ哀れなアタシに、慈悲としてご褒美はくれねえ?」

「………………」

「ケッ! またダンマリかよ!」


 すでにひしゃげて壊れた机を更に蹴り飛ばして破壊すると、苛立たしげに立ち上がる。

 マキナ王女が来訪してくる前もそうだった。ラージは一貫として“権利書”の在処を吐こうとしない。

「おい、フーリエ」

「――はい、ここに」

 マレディオーヌが指を鳴らすのと同時に一人の神官が部屋へ入ってきた。


 感情を失ったような濁った瞳、血色の悪い青白い肌、萌葱色のショートヘアにはヘアピンがたくさん絡まっている――フーリエと呼ばれた少女はラージを一瞥した。

「……本当に、この者に?」

「あァ。――馴染む(・・・)まで時間かかるだろうから、その間にアタシはちょっくら出かけてくる」そう言うとマレディオーヌは部屋を出てしまった。


 時間稼ぎもここまで。それよりも――

(ついに来たか)

 自白させるのに暴力は無駄だと判断し、ついに麻薬を使う時が来たようだ。

 ここからが本番。――ラージは自身の体が強張るのを感じた。

 が、フーリエが指輪型の収納石から取り出したのは一冊の“本”だった。


「薬草商会の会長に麻薬を使うのは野暮だとマレディオーヌ様はお考えになり、聖書に共感してもらうということになりました」

「聖書……?」

 麻薬対策がされている可能性を考えていたようだ。


 しかしこれを読ませて女神を信仰させる、ということか?……さすがに無理があるだろう。キッカケも何もなく人が信心深くなることはあり得ない。


「はい、聖書です。ですが“ただの本”ではありません、これは“魔道具”です」

「―――な、に……?」ラージが戸惑っている隙に、少女は聖書を開くと開いたページを広げて見せてきた。

「カーレンヴァード家はご存知でしょう?」

 ページには何も書かれていない。白紙だ。なのに、不思議だ。本の外から文字が現れ、それが吸い寄せられるように白紙のページに文字が張り付く。


「……?……カーレンヴァード……魔道具製造、の、………い、ちぞ く、?」


 おかしい。なにかがおかしい。

 うまく考えることができない。


「はい、彼らに作らせました。ちなみにマレディオーヌ様の持つ魔術兵器もまた、彼らが作っております。――すごいでしょう? 私も我が家名(・・・・)を誇りに思っております」

「き、みも……?」


 ページに張り付いた文字は文章になる。これが魔道具なら読むべきではない。だが読まずにはいられない。


「はい。そして女神様は存在します。神は常に我々人間を見守り、我々の選択を待っている」

「神……さ、ま」

「だからこそ――人間が“魔の者”に守られる、なんてことあってはならないのです」


 文字が。


 文章が 、


 頭 の中に


   流れ 込  み


           侵  食


               して い   く






 ――――――――――――――――【此は神の加護である(神の一助となれ)






「―――、」


   かみさま、

 

    かみさま が そう   いう ならば     。


   こたえ なけ    れ ば。


 ……。


  ………………。


……………………  ………………。


 か

     み、さ

 

             ま……?

 



               ――――――「ラージ、」




 不意に、声が聞こえた気がした。





    ああ………、   そう だ   な 。

 



            おれ の、


    俺たちの《・・・・》、

             ――――――神様は。






「!?」

 魔道具の様子がおかしいとフーリエが手を伸ばすのと同時に、聖書に一匹の猫が乗っていることに気付いた。

 青銀色の猫。

 それは事前に『ラージ・ブランターク』という男の調書を渡されたときに読んだ特徴と同じだった。


 魔族ミュダ……!?

 だがここは教会の結界がある、魔の者が入り込めるはずなど――


「っ、魔族の“加護”が教会の結界を上回るわけが!」

 フーリエは隠し持っていたナイフを取り出すと、猫ではなくラージを狙って刃を振り上げる!

 ガンッ! と、何故か前頭部に強烈な痛みが走り、目の前に星が飛ぶ。

「は、ひ……?」意識を失う直前彼女が見たものは、誰もいない壁だった。


 どさりと床にひっくり返った少女へ恐る恐る見下ろすラージは、フーリエが完全に眠っているのを確認すると小さく安堵に息を吐く。


「助かった、ミュダ。……いや、夢幻の刀(ヘイズシャルーブ)

「みゃぁ」

 ラージの肩に(・・・・・・)座っていた(・・・・・)青銀色の猫が尻尾を揺らすと、ラージを縛り付けていた縄が切れる。


 このミュダに瓜二つの猫は、ミュダが人型のときに使っている刀である【夢幻の刀(ヘイズシャルーブ)】だ。緊急時には“使え”と言われ渡された。


 この刀の能力は、端的に言えば“幻を見せる”というものだ。この能力のすごいところはミュダよりも格上の存在――例えば魔王であっても、強制的に幻を見せる。

 五感すら惑わし、更にミュダ本体の魔力が上乗せすると“幻を物質化”することが出来るらしい。


(念じるだけで姿を現すと言っていたが、まさか結界内でも本当に使えるとは)


 フーリエにはこの幻を使って自ら壁に激突してもらい、幸いにもそれだけで気絶してくれたようだ。

 ただ……問題はこの先――この部屋を出た後だ。


 このことはすぐにバレるだろう。時間との勝負、いかに早く捕まっている反乱軍を見つけ、説得できるかにかかっている。


「上等だ、そうだろう?――グアラダ」


 グアラダ。

 俺たちの、俺とミュダの神様。


 ギリギリの戦には慣れてる。それに、不思議とグアラダが側で見守ってくれているような気がする。

 だからか、負ける気がしない。



 ラージは扉を開け、一歩を踏み出す。


 彼はもう、俯かない。






次回予告

更新早いか遅いかはその時にならないと分からない

次の話はシリアスぶち壊してます

復讐相手がちょっとバケモノじゃない?

の3本立てです!お楽しみに☆

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