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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
4章 墓標【後編】
223/226

1-9


***


 建物の壁にある小さな穴、雨どい、通気口、排水溝。

 ネズミの姿というのはわりと便利だなとオズワルドは走り続けていた。最初は歩くことも難しかったが、慣れたものだ。泥にまみれることも。


 ただ小さな体だと思うように距離を出歩けない。アルニには前もって、情報を得るために数日は顔を出せないと伝えてあるが、あちらの状況を知るためにも離れすぎるのも良くないだろう。


「チュウ……」

 ――ダーシアン、当時(・・)の報告書で見覚えがある名前だ。


 この国が鎖国を始めたのは、正確には79年前。オズワルドの父が王位の証であるランドール姓を継承してすぐのことだ。

 父は昔からグラバーズ国の未来を憂いていたらしい。




――「いいかいオズ、ボクらはいずれ反旗した民に殺されるだろう。ボクとしてはお前だけでもこの国のしがらみから抜け出して幸せになって欲しかった。でも――」


 いいのです、兄様。わたしで“最後”になればいいと思っています。


――「……そうか。――そろそろ行くよ、オズ。父は全ての責を負って自害された。父に代わり、ボクがこの国の封鎖を強化しなければ。軍が暴走しないよう大臣には監視してもらっているが、それもどこまで続けられるか……」


 わたしは大丈夫です。兄様、それよりも顔色が優れないようですが……。


 ――「はは、お前にはやはり隠しきれないか。医師に言われたよ、ボクも『例の病』に罹ってしまったようだ」


 兄様まで……!


――「この国は、すでに病気が蔓延してる。だからこその鎖国だ。この悲劇は他国に伝染させてはいけない。――グラバーズ国は傲慢過ぎた。勇者を多く輩出し、言われるまま(・・・・・・)魔法や魔石について研究を進めてきた」


 …………。


 ――「ボクらは世界の禁忌に触れた。お前にも苦しい思いをたくさんさせた。終わりにするんだ、この国を」


 はい、わたしたちの手で。


 ――「ああ。それが皇族として生まれたボクらの使命だ」


 このやりとりの3日後、兄は信用していた大臣に背中を刺されて死んだ。


 大臣は政府と軍を掌握。わたしはなんとか逃げ延びた。

 その一年後、兵士たちによって大臣は惨殺された。

 政府は解散し、この国は混沌と無秩序に包まれた。


 オズワルドは生きることに必死だった。魔法師だったおかげで水に困ることはないが、空腹に飢えることは多かった。どこにいっても食糧を求めて誰もが奪い合う。その末に殺された人も、飢餓に息絶える人も多く、流行病で壊滅した街もあちこちあった。


 この国を終わらせる。それがオズワルドに残された目的。


「オズワルド様」と唯一の従者が報告書を渡してきた。彼は元々兄様に仕えていた“影”だった。彼はずっとわたしを護衛しながら、この国のあらゆる情報をかき集めてくれる優秀な存在だ。


 そんな彼もずいぶんとやつれ、老けた。わたしだけは(・・・・・・)変わらぬまま(・・・・・・)


「――ポートデート?」

「はい。こちらにウェイバード国から侵入してきた反乱軍と名乗る者たちが潜伏している、という情報がございます」

「どうやって入ったか分かりますか」

「ウェイバード国には地下通路なるモノが多数存在します。昔、ウェイバード国と我が国が親交を深めていた頃の名残で、恐らくこの地と繋がるルートが隠されているようです」


「そんなものがまだ残って……。そこも封鎖しなければ」

「難しいでしょう。現在地下通路には教会の手の者が警備しているようです」

「女神教が?……今度はウェイバード国で何か企んでいるのか」

「いかがされますか」

「行くしかないでしょう、ポートデートに。反乱軍に話が通じる人間がいればいいですが」

「承知しました。しかしかの街には……嘆かわしいことに一介の兵士が支配者として君臨しているようです」


「兵士?」

「ダーシアン、という物資配給係の兵士です。彼は物資を盾に人心を掌握し、暴虐的な支配をしております。反乱軍のことは気がかりでしょうが、かなりの危険も伴うでしょう」

「物資配給? 政府が解散する前の食糧なんてとっくに腐ってるはずです」

「腐っていても食べ物です。我々も餓えの苦しみは理解できるでしょう」


「食中毒で死にかけたこともですけどね。――ダーシアンと君ならどちらが強い?」

「どうでしょうか……、この男の潜在能力が計り知れません。それに私もだいぶ老いました」

「わたしの援護があってもですか?」

「いけません、殿下。オズワルド様の魔法は――この国を終わらせるためだけのモノです」


 だからここにいてください。

 そう言って彼は街へ下り、帰ってくることはなかった。




 でもここなら――過去を再現したこの空間なら、彼に会えるだろう。

 彼を助け出し、そして反乱軍と交渉してこの空間から抜け出す。

(しかしこのネズミの姿をどうにかしないと)

 魔法も使えない。ネズミの鳴き声しか発せない。これでは彼に会ったとてわたしと気付いてもらえないかもしれない。


「チウ……!(見つけた!)」


 とにかく彼に会って、その“死”を回避しなければ。

 だからこそなじみ深い横顔を見つけたときオズワルドは歓喜した。

 マルス。

 家族よりもずっと一緒にいたのだ、フードを目深く被っていても歩き方の癖や雰囲気、間違えるはずもない。


「――よもや、――――が、――なぜあなたが……。なぜ今更……!」

 誰かと話しているようだ。知り合いのようだが、反乱軍の人間だろうか。

 ちょうど建物の影に隠れて相手が見えない。


「マルス、君や(オズ)には申し訳ないとは思ってる。でもボクにも色々あったんだ」

 その声に既視感を覚え、オズワルドは思わず足を止めた。


「大臣に刺されて死の狭間を彷徨う中、ボクは”神様(・・)から啓示を得た(・・・・・・・)


「チュウ…………?(兄様(・・)?)」

 そして、マルスの胸に剣が貫かれる。

「ッ、!?」

「すまない、でもこの街にオズワルドが来ると困るんだ。――今邪魔をされるわけにいかないから」

 膝をついたマルスから剣を引き抜き、更に彼の首を切り落とした。

 そこでようやく建物の影から出てきたのは、死んだはずの兄の姿だった。


 ルイオブジール・ラファエット。

 敬愛する兄様。こんなわたしのことも弟として可愛がってくれて、父と同じくこの国の未来に嘆いていた。


 ……違ったというのか? あの言動の数々は、すべて偽りだったと?

(兄様、本当に?)

 マルスは兄様の従者だった。そのマルスを殺した理由は?


「全ては――」

 兄の言葉に、そして彼の右肩の辺りに浮かぶ本を目にした直後、悟った。

「――女神レハシレイテス様の御心のままに」


 兄様は。

 否、あの男は。

(アルニに報告しなければ)


 兄ルイオブジールは女神教の教徒となっていた。

 わたしの知る兄様は、もういない。


 オズワルドはふらふらと路地から出ると、歩く気力すら失ったように足を止めた。

 疲労感が酷い。このまま倒れて、何もしたくない。


「…………ねずみくん、死にかけているのかい?」


 こんな泥まみれで汚いねずみに近寄ってくる奇特な人がいたようだ。

 億劫そうに視線を上げる。

 綺麗な人だ、と思った。

 陰りのある切れ長の黒曜石の瞳。そして菫色(ヴァイオレット)の髪。

 中性的な美貌では男なのか女なのか区別がしづらい。


 白磁の細長い指がネズミの体を掬い上げ、冷えた体を暖めるよう優しく背中を撫でる。

「ハビル、状況はどう?」

 不意に綺麗な人が後ろにいた通行人へ声をかけた。一見浮浪者の男は綺麗な人からの問いかけに眉を顰める。


「往来で話かけんな、俺たちの関係が疑われんだろ。つーか何ソレ、ねずみ?」

「拾ったんだ、可愛いと思わないかい?――あと、疑われる方がいいかと思ったんだけど」

「それはそうだけどよぉ……想像以上に女神派の動きが早ぇ。ダーシアンの拾った子供の一人に魔法師がいたことが原因だろうな」


「偶然とは恐ろしいと思わないかい? それともこれは、女神様の仕組んだ必然だろうか?」

「へっ、お前が女神様を語るとか笑えるな。そうだろう? 信仰心の欠片も無ぇ、枢機卿員第3位席カメラ・オウガン」

「ふふ、そこはこう言って欲しかったな。反乱軍の支援者だって。そうでしょう? 反乱軍のリーダー、ハビル・ウェイバード・ウェスカー」

「おい、本名やめろ」

「あはは、すまない。――ハル」


 反乱軍のハル――ハビル・ウェイバード・ウェスカー……!?

 オズワルドは念願の男に会えたことを喜ぶべきか、その正体に驚くべきか分からなかった。


「とにかく、俺とあんたの目的は同じだ」

「そうだね。『勇者計画』の阻止(・・)。そのために魔法師の子供を保護する必要がある」


 オズワルドが8年前のポートデートで起きた事件について知ってることは多くない。


 勇者計画によってアルニ・セレットを勇者にしようとして失敗し、それによって街が焼滅したこと。

 そしてその背後で実は――枢機卿員同士での衝突があったこと。


(当時このグラバーズ国を管轄していた枢機卿員は第5位席のコレットだった)


 この事件をきっかけに管轄の変更があり、現在では第3位席のカメラがグラバーズ国の管轄者になった。

 しかしまさか反乱軍と通じているとは。


「だが問題が二つある」

「君ほどの人間が恐れる問題なんてあったかな?」

「はいはい、過大評価痛み入りますってか?……分かってんだろ。だからお前はそんな喪服みてぇな黒い服を着てる」

 カメラは苦笑した。


「勇者が死んだ、当然だろう?」

「……。リウル・クォーツレイの遺体がこの国に運ばれた、意図が分からねぇ」

「勇者の遺体を隠すのも理由の一つだろうけど、女神教の目的は『勇者の証』――いや、『神の証(・・・)』だからね。彼は手違いで勇者になったわけだし、調査したいんでしょ、コレットらしいよ」


「もう一つ。この街――いや、この国の魔石事情だ」

「そればっかりはどうしようもないよ。国中の『封印の間』を把握して魔石を壊さないといけない。そしてそれをコレットは全力で阻止するだろうからね」


 そしてカメラは続けて言った。

「正直、自分が懸念してることは精霊が関わってくる(・・・・・・・・・)ことだよ。魔石の影響でこの国の次元だけが不安定だ。もし“均衡”を正そうと精霊が動けば……」

 彼女はそこで口を閉ざし、そして空を見上げる。


「――繰り返させないよ、絶対に。悲劇の連鎖はここで断ち切る」


 強い決意と使命感を映す瞳に、オズワルドは考えを巡らす。


 カメラは女神教でありながら仲間と対立している。反乱軍と行動を共にするのは目的が同じだから。

(『勇者計画』……確かガ―ウェイ様も似たことを言っていたような)

 8年前のこと、この国の暗い過去、それらを話したときにガ―ウェイは計画について何か分かったようだった。

 ともかくオズワルドだけでは情報が少ない。アルニと情報を擦り合せて精査すれば――そして反乱軍とカメラに協力してもらうことが出来れば。


(アルニと彼らを引き合わせないと)

 一瞬マルスと兄のことが過ぎったが、今はそんな場合ではないと片隅へと追いやった。




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