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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
4章 墓標【後編】
221/226

1-7

遅くなって大っっっ変申し訳ない!



***


 感情というものはどうして複雑なのか。

 魔族のように単純であればどれほど良いか。


 始まりの街――“ポートデート”。


 否、それに模した街に足を踏み入れながら、アルニはどんどん己の心が冷たくなっていくのを感じた。

 グラバーズ国で初めて勇者が誕生した街であるポートデートは、さほど栄えている街ではない。都が近いために貿易の拠点になっていたその街は、鎖国してからは寂れて人気すら少なかった。


 8年前、アルニとアイリスはポートデートの海岸に流れ着き――そこで住人に拾われた。


 優しげな笑顔に騙されたのは、何かに縋りたかったアルニたちの心の隙間をうまく見抜いたからだ。


「ダーシアン」


目の前の男が振り返る。

 長衣を纏い、細く長い黒髪を魔石が埋め込まれた髪飾りで束ね、ひび割れた片眼鏡(モノクル)越しに飴色の瞳がアルニの姿を映す。「記憶よりもすっかり大きくなったものだ」親しげに片手を挙げ、男は妙に白い歯を剥き出し笑顔を浮かべた。

 8年前とほとんど(・・・・・・・・)変わっていない(・・・・・・・)

 左耳下から鼻の頭まで歪な切り傷がある顔も。人が()さそうな笑みも。


 ――――違うものがあるとすれば、


 左肩の上に浮かぶ分厚い本を一瞥し「お前女神教に入信でもしたのか? それ、聖書だよな」と、アルニは短剣の切っ先を向ける。

「うん。俺は無神信者だったんだけどね、今はレハシレイテス様を信仰しているんだ。――君のおかげだよ、アルニ。俺は8年前に見たあの(・・)炎に魅了されたんだ。ポートデートが炎の海に沈み、己の血肉が溶け消えていくのを感じながら“光”を見た!」


 当時を思い出しているのか、目を閉じ恍惚と笑みを浮かべて指を組み祈り始めた。


「命ある者、命なき者、それらをすべて平等に溶かす炎。まさしく神の所業!」


 魔法師こそが神の使徒。

 魔法こそが神の御技。

 それはつまり――神は存在するという証明だ、と。


「……本気で言ってんのか? 魔族のくせに(・・・・・・)宗教家ぶってんのかよ、笑えるなそれ」

 ダーシアンの飴色の瞳の中心――横二つに並ぶ瞳孔が細く歪む。

 アイリスが魔王だと知ったとき、なんとなく予感はあった。欲深いこの男もまた魔族になっているんじゃないかと。


「君こそ、神の使徒が神を愚弄するか。……アルニ、君は分かっていない」

「へえ? 何が分かってないのか教えてくれよ。魔法を利用するだけして、たくさんの人を殺して、――アイリスを傷つけた! そんなお前が……、ダーシアンの魔族が! 今更俺に何を教えてくれるっていうんだ!!」

 アルニが興奮し憎悪を剥き出しにするにつれて、灰黄色かいこうしょくの瞳が金色に灯る。今にも飛びかかってきそうな気配を察し、ダーシアンは右手をつい、と動かす。するとその右手に細長い剣――否、刀が握られた。


「人間も魔族も関係ない。俺はそれを悟った、君の炎のおかげで。神は常に平等で慈悲深い。……君が記憶を取り戻し、再び魔法師としての運命を歩むことを許されたのだから!」

 ブツッ、と何かが切れた音がした。

 魔族になろうと、その見た目同様人間だったときと何も変わらない。この男はずっとそうだ、自己中心的で人の気持ちや痛みを理解出来ない。


「もういい。――――いい加減消えてくれよ、ダーシアン」

 アルニは腰から10本の短剣を宙に放り投げた。風の精霊に魔力を与え、短剣たちは生き物のように動き出すとダーシアンへ向かって飛んでいく。

 全包囲から飛び掛かってくる短剣を弾き落とし、躱しながらダーシアンは口角を上げる。


「そうやって自然に魔法を使うことこそ魔法師の証! なにを恨む? なにを憤る? なにが不満だと言うのか? なにが許せないのか?」

「――――魔法師を道具だと言ってたお前が!」いつの間に近づいたのか、極限まで腰を低くして懐に潜り込んできたアルニの短剣がダーシアンの胸元を狙って一閃!「ずいぶんと考え方を変えたみたいだな!」


 切り裂いた胸元に魔装具の手応えがなかった。すぐに跳び退こうとしたが、なにかに左手首を掴まれて――地面に叩きつけられた!

「がっ、ふ」

「今でもその考えは残ってるよ?」

 アルニが体を起こす前にダーシアンの足が頭を踏みつけて縫い止める。

「っ」


「魔法師は神の使徒。もしそれを思うがままに使えたら……つまりそれは“俺の物”ということ」

「テ、メェ……!」

「“魔法は人殺しの道具”――覚えてるだろう、俺が言った言葉。それを訂正しよう!」

 ダーシアンは人間から魔族になった。だからこそ分かる。実感出来る。


「――“魔法は世界を滅ぼす(・・・)道具”だ」




「それは違いますよ、魔族さん。――魔法は魔法師(わたしたち)の武器であり、それ以上もそれ以下もないのですから」




 凜と透き通った声だ。それと同時にダーシアンがびくりと震えたかと思うとすぐにアルニから飛び退く。

「残念。もう少しで圧搾できたのに」

 踏みつけられて痛む頭にふらつきつつ起き上がると、何もなかったはずの虚空が揺れて人影が現れる。

 ボロボロのシャツとマントを着た金髪碧眼の美青年だ。彼の碧い瞳がアルニを一瞥し魔族へ視線を戻す。


「まだ動けますよね?」

「助かった。……だけど誰だ、お前」

 間違いなく知らない人物だ。

 青年は小さく笑った。

「君と同じ魔法師だよ。……ただ、業の深さはわたしの方が上回るようだ」


 彼の瞳の碧に金色が混ざる。そして彼が掲げた右手――その甲には魔石が埋め込まれており、彼の魔力に呼応するように金色に灯る。

 それはまるで魔族の持つ魔装具みたいだ。

 そして青年の足元にあった地面が割れると、その岩片が無数に宙に浮き上がり弾かれたように撃ち出された! ダーシアンは更に飛び退き、左右に大きく体を揺らして躱していく。


「君、気持ち悪いね」にこり、と笑顔でそう吐き捨てると今度は地面に手を掲げると、大きな地震を感知するのと直後にダーシアンの足元に大きな岩の柱が出現して彼を吹き飛ばす!


 吹き飛びながらダーシアンはようやく思い出した(・・・・・)

 あの青年を、生前の、人間だった頃のダーシアンは知っている。


「グラバーズ国第三皇子オズワルド・ラファエット……!」


 生きていたのか、とダーシアンは嗤う。

 記憶にあるこの国の王族は皆死んだと思っていたからだ。

 それと同時に納得もした。この国が、この悲惨な状況でも鎖国を選んだ理由。鎖国させ、それを維持させていた権力者。


 ――――だとすれば8年前のアレ(・・)は。


 ダーシアンは思わず左肩に浮かんでいた聖書を手に取る。本は勝手に開かれた。




「……あの魔族、なにかしようとしてるみたいだ」

 一方地上では、吹っ飛んだまま戻ってこない魔族に痺れを切らした青年オズワルドが、不意に口元を手で抑えてゲホゲホと咳込む。

「お、おい大丈夫か……――っ、お前、」

 指の隙間から黒い粘性のある液体が滴る。


「……言いましたよね、わたしは業が深いんだ。この魔石……わたしにはもう魔力がなくてね。これがないと魔法どころか動くことも出来ないポンコツなんです」

「魔力が、ない……?」

「この国は病に犯されている。君もこの国を歩いたとき気付いたはずだ、魔力が枯れた大地を」

「……」確かに見た。生命を感じない、枯れた地。


「人も、地も、精霊も……魔力を失いつつある。慢性的な魔力欠乏症(・・・・・)なんです」

「あ、あり得ない。魔力は世界中を巡ってるんだぞ? 人や生き物にも魔力がある! 例え魔法や魔術で消費しても、それは世界の魔力に還元されるはずだ!」

「そう――それが均衡だ。でも君は知ってるはずだ、どうして均衡が崩れてしまっているのか」


 魔力は巡る。世界を、生き物やありとあらゆる全てのモノすら。

 ならば均衡が崩れるのは“この世界に本来存在しないモノ”だ。

 自然には生まれない、人為的に造られた――――「勇者、か……?」

 アルニの答えに青年は頷く。と、二人は同時に空を見上げた。


【その先はここにあらず。振り返る先はここにしかあらず】

【辿る道は一つ、辿れぬ道は無く、辿った道は一つ】


「まずい……っ」すぐに動いたのはアルニだ。

 空気中の水分を凍らせて足場にし、上空で本を広げて二人の魔法師を見下ろすダーシアンへ短剣を投げるが何かに弾き落とされる。


 ――祈術の、それも大技だ。

 今まで戦ってきた、或いは関わってきた魔族たちが、大技を使うとき唱える呪文が長くなる。それを知っていたアルニは何とか止めようと短剣だけでなく薬瓶やら色々投げるが、やはり目に見えない何かに防がれる。


【進む足は落ち、返す足は進む】

【瞳に映る向こう側、鮮明な記憶(過去)こそが現実(現在)となる】


 アルニの様子に青年も魔法で体を浮かす。そのとき見えた。髪飾りの魔石が――否、魔装具が飴色に光り輝くのが。

 酷く甘ったるい光が大きく広がり、それに包まれてくらくらする。


【物語は紐解かれ、なぞられる】


【さぁ、もう一度物語を見返そうじゃないか! 能力解放――――――“過去縛虜(おもいで)”】




******




 まともに術をくらった。アルニはくらくらする頭を抱えて、いつの間にか床に転がっていた体を起こす。

「?」なにか、違和感があった。

 全身が痛むのと眠気……そう、魔力が疲弊してる。かなり魔力を使ったような疲労感。軽い魔力欠乏症のようだ。でも何故だ、ダーシアンと戦っていたがそれほど使った覚えは――


「お兄ちゃん!」


 不意に開いた部屋の扉から飛び込んできたのは小さな女の子だ。その姿を見て凍り付く。

 腰下まで伸びた黒い長髪、大きな灰色の瞳。アルニを()と呼んで嬉しそうに綻ぶその姿に唇が戦慄いた。

「あぃ、りす……?」

「そうだよ? どうしたの、お兄ちゃん」


 きょとんと首を傾げる少女は、――――間違いなく妹のアイリスだ。

 そして気付いた。

 アイリスの後ろ、壁にかかった割れた姿見には幼い己の姿が映し出されていることに。


「っ」

「お、お兄ちゃん? 大丈夫? 具合悪いの?」

 アイリスの問いに答えられる余裕はなかった。

 ちゃんと覚えてる、アイリスは8年前に死んでる。そしてアルニはさっきまで謎の青年と一緒にダーシアンの姿をした魔族と対峙していた。そうだ、記憶はしっかりしてる。


「アイリス、まだアルニは疲れているんだ。もう少し休ませてあげよう」

 部屋に男が入ってきた。飴色の瞳、片眼鏡、髪飾りで束ねた長髪――

「ダーシアン!」思わず声を張り上げると、近くにいたアイリスがびくりと怯えたように震えた。


「お、お兄ちゃん……? どうしたの、怖いよ? それにダーシアンさんは“恩人”だよ?」

 怯えた反応も、震えた声も、仕草も癖も、記憶の中のアイリスと重なる。

 なんだ、これは。幻覚じゃないのか? いや、現実なわけがない。これは過去だ。

「そう――これは過去。そして君の『思い出』だ、アルニ」


「思い出……?」

「せっかく記憶を思い出したんだ。君の『思い出』を使ってゲームでもしようと思って」

 パチンッ、とダーシアンが指を鳴らすと視界が一転する。気付けばダーシアンと二人きりで浜辺に立っていた。

 転移術式でも使ったような錯覚に吐き気を覚えつつ周囲を見回せばアイリスの姿も消えている。


「俺は君たちをここで拾った。――良い拾い物だったと今でも思っている。天からの贈り物だと」

 ダーシアンの飴色の瞳がわずかに灯る。

「アルニ、これは君の記憶でもあるが俺の『祈術』でもある。つまり抜け出せなければ一生記憶の檻の中だ」

「な――っ!」


「安心するといい、さっきも言ったがこれはゲームだ。クリア条件さえ満たせば俺の祈術から出られる。条件は二つ、一つはアルニとアイリスが二人揃って街から逃げ出せた場合。もう一つは、――――――――――」


 後者のクリア条件を聞いて、アルニは怒りよりも動揺した。


 彼が提示したクリア条件が、8年前アルニが思い描いていたものと同じだったからだ。

 ダーシアンがアルニの過去を再現している以上、当時の思考も言動も知られていて当然かもしれないが。


「ああ、そうだ。ほら、」そして何かを放り投げられ、思わず受け取ると思っていたより柔らかく生暖かい感触に咄嗟に“それ”を落とす。

「痛! いや、痛、くない? うぇ、ぺっぺっ、砂!?」

 足元に落としたそれが体を起こしてこちらを見上げる。つぶらな碧い瞳と砂によってくすんだ金色の毛並みの――ねずみだ。

「びっくりしたじゃないか!――――あれ? 君大きくなりました? でも顔が幼い?」

「お前、あのときの……」声と色合いから謎の青年だと察すると、アドバンテージだよとダーシアンが笑う。


「――俺は君の記憶通りに動く。さすがに魔族のままではゲームにならないし、8年前のこの街に魔族は存在していないから、そこは記憶を忠実にしよう」

 つまりほとんどは記憶の再現で、当時と違うイレギュラーはこのねずみの姿をした青年と、すでに過去を経験した俺の記憶ってことか。

「それでも俺が負けるって思ってんのかよ」

「ああ、もちろん思ってる(・・・・・・・・)

「……」

「アルニ、楽しみにしてるよ。君がまたあの(・・)炎を見せてくれるのを」




 パチンッ、とダーシアンが指を鳴らすとまたあの部屋に戻ってきた。幸いアイリスはいないようだ。それに安堵し改めて見回せば確かにこの部屋の造りは覚えがある。

 変に小綺麗にされた……だけど布団や家具が一つもないし、窓もない。当時はそこまで気付かなかったが、今はこの部屋の意味を知ってるからこそ、思わず眉を顰めた。


「あの魔族はよほど君に執着してるようだ、わざわざこんな悪趣味なゲームを用意するくらいですし」

「あいつが執着してんのは『魔法』だ。……正直ダーシアン一人だったら簡単なんだよ」

「? 彼に仲間でもいるんです?」

「違う。ダーシアンを裏で操ってたのは女神教。そんでこの街には反乱軍が潜伏してて、女神教はそいつらを炙り出そうとしてたんだ」

 そんな複雑なことになっていたのか、とぼやくねずみに頷く。


 8年前のアルニはどうすることも出来ない状況に追い込まれてからそれに気付いた。しかし今は違う。

「反乱軍の一人に知り合いがいる。と言っても今の俺の、じゃないけど。でも良い人だ。名前は……確か、仲間にハルって呼ばれてた。その人に何とかして接触して、匿ってもらえれば――それだけでクリアだ」


「なんと!」早々にクリアが近いと感じたねずみは瞳を輝かせるが、アルニは首を横に振る。

「相手は潜伏してるんだぞ、簡単に会えねーよ。前も偶然だったしな」

「潜伏先は? 彼らの動きが分かれば偶然を装って知り合うことは出来るのでは?」

「知らない。その人に会うときは、いつも向こうが会いに来てくれたんだ」

「……そうですか。向こうも当然慎重だったわけだ。――幸いわたしは“ねずみ”だ。少し街を探ってみましょう!」


「助かる。……巻き込んだのに悪いな」

「自ら飛び込んだんですから、気になさらず。では」

「あ、そういえば名前聞いてもいいか?」

 颯爽と部屋から出ようとするねずみに問えば、少し逡巡した後に答えた。

「オズだよ、アルニ」

「なんで俺の名前……て、知ってるか」あれだけダーシアンに呼ばれていたのだから当然かと苦笑すると、オズもまた口角を上げた、ように見える。


「……アルニ、過去に囚われないように」

「! ああ。大丈夫、」何しろこれは過去だ。一度経験したこと。最近になって思い出したとは言え、8年前のことなのだから。

 ――――大丈夫。

 オズはじっとアルニの顔をじっと見つめ、それから踵を返すと走り出した。

 わずかに開いていた扉から抜け出したオズは一度振り返る。


「まずったな……わたしじゃ彼の記憶は手に負えない」

 本来オズ――オズワルドはポートゲートに留まる魔族を調査して欲しいと元魔王様(ヴァネッサ)に言われて現地に来ただけで、助けに入る予定などなかったのだ。

 それにオズワルドは先ほど知らないフリをしたが、本当はこの街で起きたことを知っている。なにせオズワルドも無関係ではないのだから。


 だからこそ断言出来る。オズワルドには手に余る、と。


「彼の記憶の再現と言えど、実際の時間がそのまま流れるわけじゃないはず」


 少しでも時間を稼ぐ。その内異変に気付いたヴァネッサが来てくれるはずだと自分を納得させる。――そのヴァネッサもピンチだということも知らずに。




あと1,2話でこのサブタイは終わりです。

みんなアルニを応援してあげてね!

それからアルニの過去もわりと胸糞です。メンタル弱ってる人は流し読みした方がいいよ!


ではまた次回の更新で。

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