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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
4章 墓標【後編】
220/226

1-6





 精霊は“(ことわり)”の中を生きる存在だ。

 理そのものであり理を支える存在。

 だからこそ精霊自身を利用する者を許さない。


 それが――産まれた瞬間から持つ魔法師たちの共通認識だ。





 唐突に風が止み、風切り音も直前で消えた。

 思わずメイサを庇って覆い被さり目を閉じていたゴーズは、恐る恐る目を開けた。


「もう大丈夫」


 優しく慈しみ深い声だ。聞き覚えがあるはずなのに柔らかな声音のせいで、誰が発しているのかすぐには理解出来なかった。


 菫色(ヴァイオレット)の髪と切れ長な黒い瞳。


 転移でここに現れたのだろう彼女は全身に切り傷をつくり血を滲ませていた。先ほどの魔法を防ぐことなく無防備に受けたのだろう。

 彼女カメラ・オウガンは、強く、そして優しく、守るように慰めるようにサーシャを抱きしめていた。

「もう大丈夫」彼女はもう一度、はっきりと口にした。「きみの“敵”はいないよ」

 サーシャの息を飲む音が聞こえた気がした。


「ほん……と?」

「うん」

「サーシャは……なにもしなくて、いい?」

「うん。きみや精霊を利用することは決してないと誓うよ」

「そ、っか……よかったぁ…………。あのね、おねえちゃん」

「なんだい?」

「サーシャは……おかぁさん、たすけたい」


「うん。…………きみはもう、充分に助けてるよ」

「ほんと? じゃあ、おかぁさん良くなる?」

「もちろんだよ。きみがいい子にしてたから、奇跡は叶うんだ」

「いい子? サーシャは、いい子?」

「うん、きみがいい子で頑張ったから。……きみは報われるべきだ」


「そっかぁ……! よかった。……サーシャ、ちゃんといい子になれたんだ……。ありがとう、おねぇちゃん」

「……疲れただろう? 少し寝るといいよ」

「うん……、おやすみなさい」


 ゴーズにはカメラの背中しか見えなかったため、サーシャがどんな表情をして話をしていたかは分からない。しかし口調と言葉からは心からの信頼と安堵が宿っていた。


「あなたは、何者だ」

 思わずそう口にした。


 カメラは一度ゴーズへ振り返るものの、すぐにサーシャへ向き直り眠る彼女を抱えて立ち上がった。

「魔法師はね、精霊と同じように“(ことわり)”の中で生きてる」

「……?」

「理から外れた魔法師がどうなるか知ってるかい?」

「なんの話をして、」


「…………サーシャ(この子)はギリギリのところで踏みとどまってる。守りたいなら気をつけておくべきだね。それからその人、見るべきは“式”じゃないよ。グラバーズのみで起こる症状なら、この国に起きてる事象と照らし合わせてみると良い」

「っ待て! サーシャをどこへ連れて行くつもりだ」

 言い終わるなりそのまま転移しようとする彼女を引き留める。


「知ってるはずだよね? 自分の目的はサーシャ・モーキスの保護。今のきみに彼女は守れないだろう?」

 メイサを助けることに夢中なゴーズに、任せられないと。

 そんなことはないと、思っていても口には出せなかった。


 結果的に―――サーシャはゴーズを殺そうとした。ゴーズはサーシャのことを、そして魔法師のことを理解していなかったから。メイサを優先し理解しようとしてなかったから。

 言葉に詰まった彼を鼻で笑い、カメラはサーシャと共に姿を消した。




***



「アルニはお兄ちゃんだから、アイリスのこと守ってあげてね」


 生まれて間もない赤子を優しく抱えて、母の言った言葉を反芻して頷いた。

「俺はお兄ちゃんだから、妹を守らなくちゃいけない」

 大切な妹を守る。それは兄としての使命なのだと悟った。


 そんな母の言葉を抜きにしても、アルニにとって妹の存在はとても大きかった。

 可愛い妹。守るべき存在。


「お兄ちゃん!」

 小さな手が縋るようにアルニへ伸ばされる。

 アイリスは怖がりで泣き虫で――――今にして思えば、ティフィアと性格が似ている。

 変なところで頑固なところも、困ってる人がいると放っておけないところも。




「……こんな場所にあったんだな、あの街(・・・)は」




 ヴァネッサたちと会った街からさほど離れていない場所で、アルニは足を止めた。

 魔力が枯渇した大地とはまるで境界線でも引いてあるかのように、この街(・・・)周辺だけは植物が生い茂っている。

“この街”と言っても街らしい物は一切ない。ただ黒く煤けた建物の残骸や、舗装された石畳の道が一部見えるだけ。


 それでも分かってしまった。

 地形が、遠くに見える山脈の形が――ここに残る精霊たちの様子が。その全てがアルニの8年前の記憶と符号し、確信させる。



始まりの街(・・・・・)――――ポートデート(・・・・・・)



 その名を口にした瞬間、かすかに地響きが聞こえた。

 なんだ、とアルニが警戒するもゴゴゴゴゴゴゴ……ッ、と地響きは次第に大きくなり――そして地面から岩が隆起し始めた。

 不自然なのは岩がきれいに裁断されて建物のような四角や長方形の形で飛び出してきたことだろう。この岩たちが当時の街を再現した建物を模しているのだと分かる。


 嫌な予感に後退りしつつ街から出ようとしたが、境界線のところでそれは阻まれた。結界だ。内側から閉じ込める(アンチ)結界である。


「……」

 街の名前を知っている人物を狙ってのことだろうが、このタイミングだ。間違いなくアルニが狙いだろう。

 教会のしわざかとも思ったがすぐに違うだろうと否定する。こんな回りくどいことをする必要はないし、教会からすればアルニにわざわざここまでする意味がない。

 そう、意味がないのだ。


 8年前にすべては終わったのだから。


 ――終わってないことがあるのかもしれない。

 アルニは大きく深呼吸すると警戒を緩めず街の中へと踏み入れた。






 8年前。

 リウル・クォーツレイが魔王ヴァネッサの目の前で自死する少し前――――


 今から引っ越ししましょう! と言い出したのは母のメレーナだった。その隣ですでに祖父ガ―ウェイの弟子であるルシュが簡単に荷造りを進めていた。

 あまりにも唐突な話にアルニも父アーノルドも動揺したが、無邪気な妹は「どこ行くの!?」と嬉しそうだ。


 ―――当時は知らなかったが、あの頃はガ―ウェイと皇帝カミスの折り合いが悪く、教会からも目をつけられていた。

 キッカケが何かは知らないが、ガ―ウェイとルシュが家族を守りきれないと判断しての行動だ。よほどのことがあったのだろう。


 アーノルドは動揺しつつも何か察したのか、アイリスを抱っこしてアルニの手を握った。

「アルニ」

「なに?」

「なんかドキドキするね」

「……そうかな?」

「ほら、アーノルドもアルニも行くぞ。遅れるなよ」


 メレーナが持っていた荷物をさりげなく奪い、かつ周囲に気配れる兄のような存在のルシュは、当時からずっと好きだった。

「俺、持つよ!」父の手から離れてルシュの隣に行くと、軽そうな荷物だけ渡してきた。

「俺だってもっと持てる!」

「そっちには大切な物が入ってる。大事に運んで欲しいんだ、出来るか?」

「……分かった」

「よし、行こう」


 先導するルシュはどうしてか険しい表情で周囲を警戒していた。荷物のことで少し拗ねていたアルニは緊張感のある空気に落ち着かず母の隣へ行くと、顔色が悪いことに今更気付く。

「母さん、大丈夫?」

「え? ああ、アルニ……大丈夫よ。急にこんなことになってごめんね」

「……、…………俺のせい?」


 母は無自覚だろうが、よくアルニに謝る。アルニの金色の瞳を見て。申し訳なさそうに。

 今回の「ごめんね」がそれとよく似ていることに気付いた。

「違うの! ごめんなさい、不安にさせちゃったね……。違うのよ、本当に違うの」

 アルニの目には精霊が見える。不安そうな母の周囲にいた精霊が激しくゆらゆら動くのが見えて、それが嘘なのだと分かった。


 ――そっか、俺のせいなんだ。俺が魔法師だから。精霊が見えるから。………“普通”と違うから。


「お兄ちゃん!」

「あ、」

ずっとアーノルドに大人しく抱っこされていたアイリスが急に暴れ出して飛び出した。文字通り、アーノルドの胸からジャンプしたのだ。

 全員青ざめた。先導していたルシュも後ろで騒いでることに気付いて振り返り、それを見て青ざめていた。


「アイリス!」

 咄嗟に魔法を使って落下速度を落としアルニが受け止めると、アイリスは嬉しそうにへにゃりと笑う。


「お兄ちゃん、引っ越し嬉しいの! お友達いっぱいつくるの! 家は広いかなぁ~、新しい場所はどんなとこかなぁ!」

「お、お前なぁ……」

 大人しく抱っこされてると思ったら、そんなことずっと考えていたのか。

 脳天気で、突拍子もない。どうせ引っ越ししても人見知りですぐに友達つくれないくせに。


 アイリスを守るためとはいえ禁止されていた魔法を使ってしまったことに怒られるかと両親の顔色を窺うが、みんなアイリスが無事で安堵したように表情を緩めていた。

 良かった、怒ってない。


「遊びで行くんじゃないんだからな!」

「えへへ、でもお兄ちゃんも嬉しそうなの! 楽しみだねぇ!」

 言われて気付いた、確かにアルニも笑っていたから。

「お、お前がアホみたいに笑ってるからだし!」

「ひどいよ! アホじゃないもん!」

「ほらほら、アルニもアイリスも歩いて歩いて! ルシュが困ってるよ」

 父に促されて前を向くとルシュも少し緊張を緩めていた。アイリスがいるとみんな明るくなる。


 再び歩き始めるとアーノルドがメレーナの肩に手を当て、何かを耳打ちした。

「アイリスはお兄ちゃんっ子だね、仲良しだ!」

「……アーノルドさん、私……」

「お義父さんのことが心配なんだね、別行動みたいだし」

「…………」


「大丈夫、お義父さんが強いのは知ってるだろ? 僕らは子供たちを守らないと」

「そうね……そうだよね! ごめんなさい、私ったら……いつからこんなに臆病になっちゃったのかな」

「君は強い人だよ。……臆病なのは僕の方さ」

「え?」

「ほら、遅れちゃうよ。急がないと」

 アーノルドに背中を押されてメレーナも足を急がせる。その隣で兄妹もしっかりと手を握り合って走った。


 やがて港に着くと、すでに停泊していた客船へ向かう。

「そうだ、チケットは?」というアーノルドの問いに答えるよう、チケットを人数分係員へ渡した。恐らく偽造か、誰かから奪い取ったのだろうが、用意周到なルシュにアルニは更に尊敬の眼差しを向ける。

 かくして客船へ乗り込むと、アルニたちには部屋にいるよう指示してルシュは船内の見回りをしに行った。


「お兄ちゃん!」

「今度はどうした?」

「船なの! 初めての船なの!」

 言われて、確かにそうだと頷く。

「……冒険しないの?」

「しないの! 大人しくしろってルシュに言われただろ?」

「つまんない!」

 確かにいつもならちょっとくらい良いよなって言って探検してただろうが、ルシュの表情はやはり険しく、母の顔色もいまだ悪いまま。


 それに――珍しく父の様子もおかしい。

 変な言動をとることは日常茶飯事だが、じっと扉を見つめては考え込んでいる。


「アーノルドさん、どうしたの?」

「うん。やっぱりそうか、と思って」

「え?」

「すまない、僕に来客だ。ちょっと行ってくる」

「父さん、俺も――」

「アルニはお母さんとアイリスを守ってくれるかな?」

「………うん、分かった」


 そのままアーノルドはどこかへ行ってしまい、やがて船が汽笛を鳴らし動き始めた。

 行き先はカムレネア王国だ。


「ねぇねぇお母さん! おじいちゃんは? まだ一緒じゃないの?」

「うーん、おじいちゃんも途中で合流するってルシュは言ってたけど……この調子だと先に王国に着いちゃうね」

「……おじいちゃんに会いたいよ。お母さん、おじいちゃんと連絡出来ないの?」

 さっきまで引っ越しが嬉しいとはしゃいでいたのに、船に乗ってから不安そうにメレーナにひっつくアイリス。心細くなってきたのだろう、宥めるように背中をぽんぽんと叩きながらメレーナはぎゅっとアイリスを抱きしめる。


「おじいちゃんは忙しいの。大丈夫よ、アイリス。お母さんもお兄ちゃんも側にいるから」

「うん……」


 そうしてる内にアイリスがうとうとし始め、ルシュとアーノルドの帰りが遅いのに痺れを切らしたアルニは扉を小さく開けて通路をキョロキョロと見回す。

「アルニ、行儀悪いわよ」

「ねぇ母さん、誰もいないよ?」


 本来であれば定期的に巡回してるはずの船員や、他の部屋に宿泊してるはずの乗客すら姿がない。人の気配すらないのだ。奇妙な静寂にメレーナは嫌な予感に息を飲む。


「―――アルニ、戻って。扉の鍵を締めて」

「え、でも」

そうするとルシュと父さんが入れなくなると言いかけ、険しい母の表情にアルニも不安になってきた――――そのときだった。ガクンッ! と船が大きく揺る。

「うわっ」体勢を崩したアルニは廊下へ投げ出され、すぐ目の前の壁にぶつかった。「痛ぇ……」


「アルニ! 大丈夫!?」

「うん……だいじょぶ」鼻を強打したが鼻血はでていない。問題ないよとアイリスを置いて駆けつけてきた母へ笑顔を見せるが、メレーナはアルニの方を見てなかった。

「母さん?」


 通路の先を見ているようだ。視線を辿ろうとアルニも振り返ろうとして、メレーナに首根っこを掴まれて部屋に投げ込まれた。

「い、痛いよ母さ――!?」

 抗議しようとした口は途中で言葉を途切れさせ、目の前の光景に鳥肌が立った。

「っ――――!」

 母の左肩に狼の異形をした魔物――黒鉄狼(ロウジャン)の牙が食い込んでいた。


「おっ、かぁ、さ、」

「くそっ!」メレーナはスカートのベルトに隠していたナイフを取り出すと、魔物の目にそれを突き立てる!

「ギギャォォオオオオオ!」

「アルニ! アイリスを守りなさい!」

「で、でも! か、母さんは……!」

「誰に言ってんの?――これでもガ―ウェイ・セレット(おじいちゃん)の娘なんだから!」


 黒鉄狼(ロウジャン)の腹に蹴りをかまして引き剥がすと、メレーナは魔力をナイフへと集中させる。

 武器特性によってナイフは徐々に形を変えて短剣になった。護身用に持っていて良かった。

 メレーナは剣士でも騎士でもない。きちんとガ―ウェイから剣術を習ったわけではない。

 だから短剣の構えはめちゃくちゃだし、怪我のせいだけでなく手が震えてる。


 しかしずっと見てきたのだ、武神と呼ばれ、帝国一だと謳われたガ―ウェイが戦う姿を。勇姿を。気高き誇りある騎士の姿を。


「ハァッ!」

 剣を振り回して向かってくる魔物を牽制する。

 魔物一匹だけなら時間を稼げる。だけどボタボタと傷口から溢れ出す血は止まらない。ルシュかアーノルド、どちらかが戻ってさえくれれば。


 そのときだ、廊下の奥で何か影が動いた。希望の火が灯り、すぐに絶望に沈んだ。

 狭い廊下をせめぎ合うように駆ける―――影の正体は五匹もの黒鉄狼(ロウジャン)だった。


「――――っ」

 最初の一匹と合わせて六匹。涎を垂らしてメレーナ()目掛けて駆け寄ってきた。

剣を振り回しても怯まない。腹を食いちぎられ、左ふくらはぎを食われ、右肩に食いつかれた。

 悲鳴はもはや声にならず、口から血泡を吹く。


「あ、――――が、ぁ、」

 朦朧とする意識の中でメレーナが思ったのは子供達を逃がすことだった。

 どこからそんな力が残っていたのか、群がる魔物を振り払う。立っていることもままならず、壁に背を凭れずるずると座り込んだ。


「あ――る、に」

 アルニにはいつも申し訳なく感じていた。魔法師として生まれたのに、魔法を使わせないよう怒ったことが何度もある。それに疑問はあっても、理由をガ―ウェイもアーノルドも教えてくれなかった。

 それでも妹想いの良い子に育った。ルシュに憧れているからか気配りとかも出来るようになって……心配なのは人の顔色を窺うところがある点だ。

 魔法師だから人とは違う世界が見えてるのかもしれない。それでももっと自分に素直になって欲しい。


「あぃ――り――――す、」

 アイリスはお兄ちゃんが大好きで、アルニが落ち込んでるとすぐに気付いて励まそうとしている。それに助けられたことは何度もあった。ここに来るまでもそうだ。

 アルニとは2つ違いだが、仲の良い兄妹で良かったと本当に思う。きっと二人はこれからもずっと支え合って生きていける。


 メレーナの耳にすすり泣くアイリスの声とそれを宥めるアルニの声が聞こえた。


 ――逃がさないと。


 短剣を床に刺し、ずるずると体を引き摺って部屋へ向かう。

 幸いにも魔物たちは腹からこぼれた腸を遊ぶように食べるのに夢中だった。

 開け放たれた部屋の扉から顔を覗かせると、目が合った息子が安堵に顔を綻ばせ、しかしすぐにそれは凍り付いた。


 お兄ちゃん? と泣きながらも異変に気付いて顔を上げたアイリスの頭を引き寄せ、何も見えないように視界を防ぐ。

 それで良い。

 メレーナは支えに使っていた短剣を投げた(、、、)。最後の力を振り絞って投げたそれは回転しながら窓に当たってガラスが割れ、その音を聞きつけた魔物が動き出す。


 アルニ。


「っ、」

 床に倒れたメレーナはぼやける視界の中、訴えるようにアルニを見つめる。

「なんの音!? お兄ちゃん! お兄ちゃん、お母さんは? ねえ! 怖い! やだよ!」

「……」アルニはアイリスをぎゅっと力強く抱きかかえて、窓に乗り込む。吹き込む風に髪を乱しながら、一度だけ母親の姿を振り返る。それすら許さないとばかりにメレーナの体を飛び越えて魔物が駆けつけてきたのを見て――覚悟を決めた。


「アイリス、大丈夫だ」

 何が大丈夫なのか。


「お兄ちゃんが守るから」

 本当に守れるのか。


 ――不安と恐怖でぐちゃぐちゃだ。それでも今ここでアイリスを守れるのはアルニしかいないのだから。


「ガルルァァアアアアアアッ」大きな口が兄妹を丸呑みにしようと迫ってくるのを感じ、アルニは更に体を窓枠から乗り出し、そのまま落ちた(・・・)

 底の知れない海へ向けて真っ逆さまに。


 落ちて。

 落ちて。


 ――そして精霊たちがアルニの発する魔力に引き寄せられて、魔法を行使する。



 大丈夫。

 大丈夫だよ、きっと。


 海面で、強く抱きしめながらアイリスを宥める言葉はどれも嘘ばかりだった。


 父さんと母さんは生きてる。

 だから頑張ろう。

 きっともう一度会える。

 きっと助けにきてくれる。


 ――母の生気を失った目を思い出す。

 大きな轟音と共に船が沈み行く。


 本当はもう会えないことをアルニは確信していた。

 母さんだけじゃない、恐らく父さんも。

 だけどアルニはアイリスにだけは絶望して欲しくなかった。



 自分と同じような気持ちを、抱いて欲しくなかったから―――。






次話はがっつり戦闘です!

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