表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
一章 闘技大会にて
22/226

5-6




 ……言い訳をすれば、ただ見ていられなかっただけだ。と、自分で自分に弁解しつつ、アルニは一つ溜め息をこぼす。

まぁ……正直言えば、ティフィアがあそこまで動けるとは思ってなかったが。


 ―――しかし、リュウレイにしてもティフィアにしても、その実力はやはり申し分ないくらいだ。だからこそ、惜しい、と言わざるを得ない。もっと戦闘における経験値と知識、観察力を磨けば、リュウレイはアレイシスに勝ってたかもしれないし、ティフィアは苦戦することもなかっただろう。

 旅をしているという割に、あの二人は“弱すぎる”。まぁ、原因ははっきりしてる。十中八九、ニアという女のせいだろう。


 ――すでに一回戦を勝ち抜いた選手たちは、続く二回戦でもなんとか勝ち抜いた。ちなみに圧勝してたのはニアとアレイシスで、苦戦しつつも辛くも勝ったのは俺とティフィアだ。

 トーナメント表を見ながら、それにげんなりしていると、ふいにアルニは違和感に気付く。

「そういえば、兵士、参加してなかったな……」


 もっと王国軍の騎士が我こそはとばかりに参加して、賑わっているのかと思ったが。参加者人数も16人だけだったし、ティフィアたち勇者一行を除けば、みんなならず者たちばかりだった。……ミシェルとか言う貴族も紛れてたみたいだけど。

「……なんかあったのか?」


『さぁ―――どんどん盛り上がってきてんぜ、闘技大会ッ! ついに準決勝戦だ‼ ちなみに俺は個人的にアレイシスを応援してるぜ! 俺の人生、アンタに賭けてる!』

 こういうときルシュがいれば、すぐに答えをくれるのになと思いつつ、アナウンスの声にはツッコミは止めた。いや、分かってた。なんとなく分かってた。つーか大々的に賭博関与アピールして大丈夫なのか。……まぁ、俺には関係ねーけど。


「行くか」

 アルニは広場へ向かう。―――勝算は、ない。だが、この試合、絶対ェ勝つと意気込みながら。







「ティフィア様は、慈悲深いお方なのです。だから―――貴様のような害毒にすら、手を差し伸べる」

「………は?」


 広場にはすでにニアがいた。褐色のボブヘアーと切り揃えられた前髪、吊り目がちな左目には泣き黒子。何度見てもミアに似てるが、同色の薄桃色の瞳に宿る感情の色は全く別物だと言える。


 ミアはやはり王族の人間と言える、疑心と愉悦と知性に歪んだ色。

 ニアにはそこまでの複雑さはなく、ひたすらまっすぐな殺意と嫌悪感に満ちた色を向けてくる。


 そして、そんなニアは、アルニと対峙した直後に意味の分からないことを言ってきた。……いや、意味は分かるか。俺がティフィアを殺そうとした件の話だろう。だけど、ティフィアが慈悲深い……?

「あのお方はいつもそうだ。それに私もリュウレイも救われた。……しかし、それにつけ込む害毒がいるのも確かです。それを排除するのが、私の使命。私の天命」


「……」

 あれ、なんだ。俺はニアって人はただ、リュウレイ同様過保護な人なんだと思ってたんだが……。

「―――命までとりません。それがティフィア様が望まれたことですから」

 だから、その腕二本だけで済むなら、安いものでしょう?

 微笑まれた。その瞬間、背筋がぞくりと凍え、『試合開始!』と無慈悲なアナウンスの声が聞こえた。

「こ、いつ!」

 信者か! しかも城を案内してくれたオルドと同等か、それ以上の勇者妄信者!


 アルニが顔を引き攣らせている間にも、ニアはすでに二人の距離を縮めていた。瞬き一つくらいの、本当に一瞬のことだ。目前で彼女はもう抜剣しており、下段から剣を振り上げようとしている。

「っ、ぐ!」速い! 速すぎる!

 ほとんど勘で、咄嗟に短剣をわき腹辺りに添えれば、そこに重い一撃。だが、当然それで終わりではない。


「貴様の戦い方は分かってる。小細工する隙さえ与えなければ、どうということもない、ということも」

 すでに彼女の剣は一度後ろへ下がり、すぐにアルニの左腕目掛けて剣先を伸ばしていた。それを短剣で軌道を外し、次に首を狙った一閃を弾き、今度は腹部を狙った突きを体を捻って躱し―――――て、絶対こいつ俺を殺す気だよな! と冷や汗流しっぱなしでツッコミながら、この状況はまずいとも考える。


 ニアは今までの二回戦とも、開戦直後に対戦相手を瞬殺している。それに対し、アルニは策を弄して苦戦しつつ勝ってきた。しかも、先の口ぶりだと、そんなアルニの戦闘を彼女はきちんと観察し、対応してる。一方でアルニはニアの戦い方を知らない。強いんだとは思ってた。それなりに対応できるように作戦も練った。―――だが、とんでもない。


 こんな想像以上の“化け物”を、アルニは知らない。


 純粋な戦闘力はもちろん、戦い方もよく分かっている。むしろ、対人相手での戦闘経験値が圧倒的に少ないアルニの方が、不利だ。いや、そもそも強すぎる。経験値があったとしてもこの人に勝てるかどうかすら怪しい。


「ティフィア様を誑かす害毒め、――――殺す」

 ひゅんっ、と風を切る音。咄嗟に頭を下げれば、数本の髪の毛が宙を舞った。

 やっぱり殺す気かよ、と思いつつ。


「風の精霊よ」

「魔法ごとき―――っ!?」

 アルニの頭上目掛けて剣を振り下ろそうとしたニアの目が、突然の痛みに閉じられる。アルニはにやりと口角を上げ、無防備になったニアの太腿を短剣の柄でぶん殴る。

「ぐっ」動きにくくなるからか、足には防具をつけてなかった彼女の右足が、痛みに力を失い、すぐにアルニは顎目掛けて膝を上げるが、ニアの手に止められ、すぐに捕まれる前に足を引き、距離を取る。


「……髪の毛、ですか」

「ああ。化け物には、化け物と相応の手を、てね」

 そう、巨鬼(ギガン)の足を止めるために使った手と同様のことをした。魔物であろうと人間であろうと、目に異物が入れば咄嗟に目を閉じたり涙を出すだろう。そんな一瞬の隙があれば、アルニには充分だ。


「ですが、たったそれだけの―――」

「それだけのこと? なぁ、アンタ。忘れてねぇか? アンタはそもそも俺に一撃すら与えられてねーんだよ」

「――っ」

 まぁ、本当に勘だけでなんとか防げてただけなんだけど。それに一撃でも当たったら、確実に死んでるし。


 そんな本音は隠し、余裕そうな表情でアルニは挑発を続ける。

「アンタさぁ、勇者の仲間なんだろ? こんな雑魚レヴェルの俺に、ここまで翻弄されてて恥ずかしくねぇ?―――正直、こんな弱いとは思ってなかったわ」

「……弱い? 私が?」

 ちりん、とニアの鈴が音を立てた。


「……………なるほど。確かに最近は本気を出せる相手もなく、鈍ったと言われれば否めません。―――いいでしょう、少し本気を見せます。……リュウレイ、結界の補強を」

 選手観戦席にいたリュウレイが立ち上がり、渋々と杖を出して魔術紋陣を展開する。その隣でティフィアが慌てて立ち、何かを言ってるが周囲のざわめきで何も聞こえない。

 リュウレイの視線がアルニに向けられ、自業自得だよと呆れたような眼差しが一瞬見えた。


 そこでアルニは思った。

 もしかして挑発してはいけない相手だった……?

 広場にすでにあった結界が強化されたのを確認し、ニアは一度剣を鞘に戻し、背筋を伸ばして―――ただ、立っていた。


「?」

 しかも目を閉じている。

 罠か? でも、なにか仕掛ける前に必要な手順がそれならば、むしろ邪魔するように攻撃したほうがいいか?

「………ちっ」

 逡巡した後、アルニは先に動くことにした。持ってた短剣を両手ともニアに向けて投げ、それから彼女に向かって駆けだしながら、小物入れから薬瓶を取り出す。ポーションの類は禁止されているので、回復薬ではない。ただし、空気に触れると固まる液体である。ニアの足下に投げ、動けなくするためのものだ。

 間もなく、薬瓶を投擲出来る距離に差し掛かったところで、


「―――“領域変換(フォウル・レギオン)”」


 ちりん、と鈴の音と、ニアの声が重なる。

 刹那、

 ニアを中心として、世界が揺らいだ。いや、空気が震えているのだ。

 そして、アルニは思わず足を止め、自らの首に手を当てる。

「っ、っ、っ!?」

 まずい、息が出来ない―――!


 呼吸が出来ず喘いでいると、一切温度を感じさせない薄桃色の瞳がアルニを見下す。

「領域使役完了。―――対象者の排除を実行します」

 ついに両膝を着いたアルニの頭上に、抜いた剣を翳すニア。薬瓶を投げつけたいところだが、もうそんな力もない。

 ――――くそ! このままだと本当に殺される……!

 打つ手は……本当に、打つ手は、


「―――――せぇ、……れぃ、よ………!」

「死して己が罪を悔い改めなさい」

 剣が振り下ろされる。

 だが、

「なっ!?」


 咄嗟に体を転がしたアルニによって、剣は地面に深く突き刺さることになった。

「―――ぜぇ、はぁっ、はぁっ、はぁっ…………」

 げほっ、と咳き込みつつ、アルニはゆっくり立ち上がる。それを信じられないとばかりに驚愕しているニアの表情に、アルニは荒い息を零しながら満面の笑みで言った。

「ふはっ! ざまぁ!」

「~~~~~~~~~~~っ貴様ァァアアアアアア‼」

 額に青筋を浮かべたニアに、アルニは勝機を悟った。


 なんとか風の精霊を纏い、息が出来るようになったが、アルニの魔力が切れればそれまでだ。本来なら、アルニのことなんて放っておけばいいのに、ついにニアは、アルニが望んだ方向に挑発されてくれた。

 ――それはつまり、単調な攻撃である。


 地面から剣を抜いたニアは、怒りに身を任せて剣戟を繰り出す。だが、最初に比べればやたらと遅いし、何より雑だ。今度は勘ではなく普通に避けつつ、タイミングを見て薬瓶を足元へ投げ、ロモにも使ったレス気体入りの球体をあの鈴にぶつければ―――――



「――――っ?」

 そのとき、不意に嫌な予感がした。



 ニアの剣が肩に刺さるのも構わず、気付けば彼女の体を突き飛ばしていた。

 その瞬間、バキン―――ッ、と何かが割れる音と同時に、視界が真っ黒になった。

 そして次にアルニが目を開けたとき、



 街は炎に包まれていた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ