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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
4章 墓標【後編】
218/226

1-4

更新遅れた分、文章長めです。

区切っても良かったんですが、重要シーンだったので……


 さきの戦闘でロベルトの額に衝撃を与えたのは、目にも留まらぬ速さで投げた小石だった。

 では神官たちの魔術を防いだのはなんだったのか。ヒントは「パンッ」と弾く音。


「――ぁあ? 魔術がくるのが分かってンだからよぉ、魔力で防いだに決まってんだろぉが」

「???」

 天才というのは、やはり凡人には理解しがたい生き物だ。説明が雑すぎるという問題もあるが、根本的な“世界観”が違う。つまり、彼らの見ている“世界”だ。


「……つまりだ、魔術はつまるところ魔力だ。あらゆる事象に置換出来ても、その根本は同じ。なら、同じ量、同じ密度の魔力をぶつけるとどうなるか――相殺だ」

 ガ―ウェイは両の手を拳にしてそれをぶつける。ガツンと鈍い音がした。つまりそれと同じことをしただけだと彼は言う。


 しかしロベルトは魔術の知識だけ少々囓ったことがあるから分かるが、そんな簡単な話ではない。

 先ほどガ―ウェイに対して放った雷撃の魔術。頭上から降り注ぐのが分かっていたとは言え、枝分かれしジグザグに向かってくる無数の雷撃ひとつひとつ魔力量も密度も均一ではない。

 それらをすべて相殺するなど、それこそ現『武神』のガロ・トラクタルアースですら出来ないだろう。


「あの、不思議だったのですが……答えにくかったら無視してもらっても構いません」

 それと同じ要領だ、と森の中を平然と歩いて外まで信徒たちを送ったガ―ウェイは、ロベルトへ振り返る。

「どうして帝国を裏切ったのですか?」

「…………」


 言い訳みたいに聞こえるだろうが、もしガ―ウェイ・セレットが『武神』であり続けたら。帝国の騎士団長を続けていたら。帝国の騎士として残っていてくれていたら。

 恐らくあそこまで帝国は弱くならなかった(・・・・・・・・)

 それだけガ―ウェイ・セレットの存在は帝国になくてはならない人だった。


「裏切った、ねぇ……」

 帝都に幼い勇者が連れてこられた日を、ガ―ウェイは覚えている。

 勇者の証をもった勇者が、帝国のとある村にて誕生した。当時のカミス皇帝ももちろんガ―ウェイ自身も、帝国内に勇者が選ばれたことを幸運に感じた。

魔界域(ラグラ)》と帝国は近い。戦争になれば最前線で戦うことになる場所だからだ。


 しかし故郷の村から馬車で連れてこられた勇者は――少年は「帰りたい」と大粒の涙を流しながら、魔物の羽らしきものを握りしめていた。

 幼い子供だ。まだ親の愛情に飢えている、戦う意志も覚悟も持たない優しく寂しがりな子供(ガキ)


 ――こんな子供に頼らなければいけないのか、とガ―ウェイは強く衝撃を受けた。


 ガ―ウェイにも娘がいるし、多少は子供心を察することは出来る。あの子供には親の支えが必要だ。

幸いカミス皇帝とは気心も知れているし、何よりガ―ウェイはリウルの教育係だ。だから進言した。教育は故郷の村でおこなうか、親も一緒に帝都へ連れてきてはどうかと。

 カミスは「すまない」と一言だけ返し、ガ―ウェイの進言をなかったことにするどころか教育係から外した。


(リウルが――勇者が来てから、カミスはおかしくなった)


 勇者の存在は大きい。その影響は絶大だ。他国や有力貴族からの圧力があったのだろうと当時は思うことにした。

 それでも気に入らないことが多くなった。今まではなかった、カミスとの考えの食い違いも多くなった。イライラした。それでも剣を捨てなかったのは、娘とその家族に不自由な思いをして欲しくなかったからだ。


 ――帝国と決別することを決めたのは、「孫が魔法師だってバレたからだ」


 ロベルトは瞠目した。ストーカーといえど知らなかったのだろう。

 カミスにも、友人や親戚にも全員に隠してきた。ルシュは知っていたから、彼にも協力させた。徹底して隠し通してきた、アルニが魔法師だという真実を。


 そして、ガ―ウェイは驚くロベルトを見据え、問う。


「今度はこっちから聞くぞ。――テメェはどうして女神教に入った。知ってること全部話せ」



***



 勇者リウルが死んだ、――魔王を倒す前に。


 8年前、クローツ・ロジストとラスティラッド皇太子によって一部の臣官へ真実が明かされた。その臣官の中にロベルトもいた。

 すでに動いていた『人工勇者計画』があったため、臣官たちの絶望も混乱も酷くはならなかった。――あくまで全体的に見れば、だが。

 真実を知った臣官の中には多くの知人や友人もいた。その数人は……自殺を選んだ。


 理論上は正しくとも人工勇者が魔王を倒せる勝率などどれほどなものか。

 勇者が自害したということは女神様が世界を見放した、この世界はもう終わりだ。


 この先に待つのは『地獄(・・)()、と。


 ロベルトは今後の身の振り方を考えていた。多くの臣官は『人工勇者計画』に、クローツ・ロジストに賭けた。ロベルトにはそれは出来なかった。

 どうすればいいのか。どうしたいのか。

 他の臣官同様に計画に協力すべきだろう。でも、あんな幼い子供たちを犠牲にする計画……賛同も出来ない。だけど魔王は人工勇者なくして倒せない。


 ――ああ、神様。

 ああ、女神様。

 どうして我らをお見捨てになられたのか。

 どうして勇者は―――自ら命を。


貴方がたと同じ(・・・・・・・)ですよ。地獄に絶望した、それだけです」


 ハッと息を飲んだ。

 ロベルトの心を見透かしたような言葉を発したのは、鉄格子の向こうにいる女性。


 ――第二宰相のイゼッタ・モーディ。


 彼女はフィアナの友人であり、そのためロベルトとも知り合いだ。友人と呼べるほどの関係ではないが、無実の罪で投獄された彼女に会いに来てしまうくらいには――ロベルトの精神はだいぶ疲弊していた。


「地獄に、絶望した……? それは――、いや……そう……なんでしょう、ね」

 ロベルトの脳裏には数人の知人の、友の自殺現場と遺書の光景が浮かび上がった。

 勇者でも誰でも――自ら命を絶つ理由なんて、そう多くはない。

 そして勇者の遺体と自殺現場を見ているイゼッタが言うなら――きっとそれが真実なのだろう。


「勇者にとって人類を救うことが絶望に感じたんでしょうか……」

「……ロベルト」

「人類はもはや救いようのない愚かな存在だから、女神様も見放して――」

「“女神レハシレイテス様の御心のままに”――って?」

 鼻で笑う彼女の真意をロベルトは掴めなかった。


「イゼッタ殿……?」

「何が勇者よ。何が女神よ。何が100の巡りよ。誰かを犠牲にしないと成り立たない世界って何よ! 勇者の命は――そんなに軽いモノなの!?」

 叫ぶようにイゼッタは訴える。この世の不条理に苛立つ彼女の怒りに、ロベルトは心が揺さぶられるのを感じた。


 命は平等か。


 生前のリウルが残した問いかけとイゼッタの訴えが重なる。


「……もし、」

 頭の中にぼんやりと浮かんだ言葉を口にする。

「もしもそれこそが……神様の望んだこと(・・・・・・・・)だとしたら?」

「は――」息を飲む音がした。

 イゼッタの目が大きく光る。怒りに曇っていた瞳が晴れていく。

 ロベルトは途端に恐怖に陥った。こんな根拠も欠片もないただの推測に、イゼッタは真実に触れたような確信を得ている。違う、と否定したかった。


 だってそれが真実だとしたら、神様という存在は……――まるで“ただの人間(・・・・・)”のようだ。


 女神レハシレイテスは人類を守るために“勇者”を選ぶ。その前提が覆ってしまう。

 気付けばロベルトはイゼッタの前から逃げていた。

 運動不足の足を全力で動かし、地下牢から城へ出たところで、足がもつれて地面に転んだ。

 げほげほ、はぁはぁ。

 咳き込みながら息を乱し、不審な目でみてくる兵士の視線に気まずくなり、そのまま城下街へふらふらと歩く。


 ――神様が、神様じゃ……ない? じゃあ、レハシレイテスという名前の存在は一体誰なんだ?

 いや、そもそもそれなら100の巡りは作り話ということなのか?


「――おや、ロベルトさん。お疲れのようですがどうしたんです?」

 声をかけてきたのは第一宰相デミ・イェーバンだ。

 今日はつくづく宰相に縁がある。いや、これが運命なのかもしれない。

「イェーバン殿……」

 ロベルトはデミに縋りつくように膝を着き、頭を垂れた。



「どうか私を女神教に入信させてください」



 信じさせて欲しかった、神様の存在を。

 ずっと信じられてきた、信じてきた“世界”が崩れてしまうのが怖くて。


 しかし、結局女神教に入信して、その後聖書を貰った頃からロベルトの意識は曖昧になってしまった。



***



「――これが女神教に入信したキッカケで、はっきりと覚えているのはここまでです」

 ロベルトは今更になって己の弱さを痛感し、恥じた。

(ガ―ウェイ様の強さに憧れたのに……なんて体たらくでしょうか)


 唐突に背中を強く叩かれた。前のめりによろめくロベルトが振り返ると、ガ―ウェイは呆れたようにジッと彼を見据える。

「おい、肝心な話が抜けてんだろうが。――で、テメェは神様の存在を確かめられたのかぁ?」

 そう問われ、ハッと息を飲んだ。


 信じたかった神の存在。

 意識は曖昧でずっと夢でも見ているかのように、女神教の神父として女神レハシレイテスを崇め奉った。だけど記憶はある。ロベルトには教会で過ごしてきた日々が、記憶に刻まれている。


「神様は――」丁寧に記憶を思い返し、慎重に言葉にする。「――存在します」


 実際に見たわけでも知覚したわけでもない。

 しかし文官だった職業病で、資料や文献の文字を目で負ってしまう癖がついた。

 知って良いことと悪いことの区別は自然と出来ていたから、無意識に神官たちに口を漏らすことはなかったし、特に枢機卿員の扱いには注意していた。


 教会で目に触れた資料や文献。全部読んだわけでもないし、それを枢機卿は許さなかった。それでも視界に入った一文一文が、どれもどこかで繋がっていて。

「女神教が開宗したのは約1000年前、“魔の者”と“人間”との大きな戦争があったようです。――女神様はそのときに“降臨(・・)”した、と思われます」


 教会本部にある文献にはこう書かれていた。


“――――暗雲が世界を包み、生命(いのち)潰えた大地が赤黒く染まった。幼き少女が涙を落とし、愛する母との別離を憂う。そのときだった、暗き世界に白き光(・・・)が切り裂くよう瞬く。絶望は終わった。”


 いくつかの資料には似た文章が綴られていた。


“――――繰り返される絶望の争いの中、そこに生まれた奇跡は救いのようだった。”

“――――絶望を繰り返さないよう、希望を繰り返す巡環システムが必要とされる。”

“――――100の巡りを100回繰り返すことで、このシステムを世界に『記憶』させる。”


“――――『勇者の証』を媒介に『女神』を再構築(・・・)し、女神が管理する正しき世界『楽園』を創り出す。”


「女神教と女神レハシレイテス様は『楽園』へ世界を導こうとしています。……神様は、確かに存在している。……でも、」

 ロベルトはすでに気付いている。


 女神教が崇拝する“女神レハシレイテス”。

 彼女は――――、

「おそらく……過去の人間を偶像化した存在、なのでしょう」


 神は存在する。

 しかしそれは一人の人間を偶像化し女神だと称した存在なのだと。


「そしてそれが――初代勇者なのではないのかと、私は結論付けました」


 この世界には記録や文献があまり残っていない。

 それ故に過去の遺物や遺跡についても調査が進まないのだが、特に初代勇者や初代魔王に関する記録は一切ない。強いて言うならばミファンダムス帝国にある、あの勇者の名前が書かれた石碑しかないのだ。


「ロベルトの説が真実だとすれば、もう神様は死んだってことになんなぁ?」

「はい……。魔王を倒せたとしても人間なら寿命ですでに亡くなられているでしょう」

「――なら、その説は間違ってんぞ」

「え?」

 ロベルトの視線を無視しガ―ウェイは地面から尖った石を拾うと、唐突に左腕の小さな古傷にそれを当てて―――抉りだした。


「ちょ、え、ガ―ウェイ様何をなさって……止めてください!」

 止めようと手を掴むが、力が強すぎてビクともしない。そうしている内に抉られた傷口から何かが光った。小さな魔石だ。ガ―ウェイは魔石を取り出してロベルトへ差し出す。

「こ、これは……」


 魔石にガ―ウェイが魔力を送ると、何かが石の表面に映る。ゴツゴツした表面のため見えにくいが、そこには見覚えのある場所が映し出されていた。

「教会本部の大聖堂!」

 しかし映像は一度途切れ、次に別の場所を映し出す。おそらく大聖堂の奥にある階段だ。ここは教皇しか登ることが許されていない。なのに映像はまた途切れ、次の場所へ。


「………………、が、ガ―ウェイ様」

 純度が高いため水晶のように透明な、大きな魔石の中。

 石の中には一人の女性が安らかな寝顔を浮かべて閉じ込められている。

「なんだ」

 女性の肌には勇者の証によく似た魔術紋陣が幾重にも刻まれ、閉じ込めている水晶自体にも描かれていた。

 更に魔石の周囲には見たこともない黒い花(・・・)が咲き乱れている。


「こ、の女性(かた)は……女神様、なのですか?」

 いや、間違いなく女神様だ。

 ロベルトが確かめたかった、高次元な存在。

 見ただけで分かる。感じる。

 気付けばロベルトの左目尻から涙がこぼれ落ちた。


「やっぱりテメェにはそれ(、、)が女神に見えるんだな」

「どういう意味ですか」

「俺には悪魔……いや、『魔王』に見える」

 ロベルトはもう一度石に映る女性を見る。


 美しい。神秘的で、人間という枠を越えた何かを感じる。しかし同時にガ―ウェイの言葉にも理解出来た。黒い花と、彼女の肌に刻まれた魔術紋陣だ。これが不気味な気配を纏っている。

「で、ですが……」見たこともない完璧な存在だと、ロベルトは思う。彼女が存在する場所こそが『楽園』なのではないかとすら思うほどに。


「――女神様、本当に存在して……ぁぁ、なんという僥倖っ! なんという……っ」

 涙が溢れて止まらない。幸せだ。女神様は存在した。まだ絶望する時ではない。この世界にはまだ救いが存在する。女神様。あぁ、女神様。私は、


「ロベルト、最後(・・)に一つ答えろ」

 ガ―ウェイがロベルトから離すように魔石を隠す。それにロベルトは絶望し、渇望し、手を伸ばす。


「1000年前にあった戦争……人間が戦った相手は本当に魔族か(・・・・・・)?」

「ぁ、ま、魔族?……“魔の者”……?」ガ―ウェイ様の質問に応えたい。なのに思考が、女神様の姿をもう一度見たい、思考がまとまら、あぁ、女神様、答え、見たい、お会いしたい、答えなければ、女神、様のために――。


「わか、分からない、め、めが、女神様は救いの、す、すくい、ため、戦って」

 違う。ガ―ウェ、女神様、の、救い、求める、答え、は、

「に、憎んで、る。魔、は、救いようのない(・・・・・・・)、枢機卿、言って、す、救いはない、から、憎んで、理不尽だと、魔族、ない、女神様が、救ってくださる、」


「そうか…………」

 何か分かったのか、ガ―ウェイは考え込むように目を伏せた。その灰色の瞳が悲しげだと感じたが、ロベルトの手はガ―ウェイの腕を掴む。もう一度魔石の映像が見たい。あの人を――女神様を見たい。

 しかしその手が力をこめる前に感覚を失った。ガ―ウェイの腕に引っ掛かったロベルトの手は、手首から先がなくなって血を噴き出し骨が丸見えだった。


「テメェは俺をストーカーするくらい好きだし、もしかしたら映像を見ても大丈夫だと思ったんだがな。やっぱ上手くいかねぇもんだ」

 ロベルトは奇声をあげた。まだ痛みはないが右手首を切り離されたのだ。どうして、どうやって、と疑問が浮かぶが、同時にガ―ウェイに斬られたことへの歓喜と、しかし女神様に尽くすことができない己への罪悪感に情緒がめちゃくちゃだ。


「悪かったなロベルト。聞きてぇことは聞けた、今楽にしてやる」

「あぁ……っ、神様!」

 ガ―ウェイの持つ杖に魔力が満ちる。研ぎ澄まされ凝縮された杖が剣の刀身のように見えた。

 横一閃。ロベルトの首に切れ目が浮かび、ゆっくりと地面に落ちていった。


 ガ―ウェイは腕に引っ掛かったままだったロベルトの右手を払い落とし、抉った傷口に魔石を戻すとロベルトの神父服の裾を細く破り、包帯のように巻きつける。

 それからガ―ウェイはゴーズの家に戻るわけではなく、“寄り道”の目的地へと向かうべく歩み出した。


 マレディオーヌがミュダというあの猫の魔族と対峙したときに「副産物」と魔族を称した。そしてティフィアがその力でどうして人間を傷つけるのかという問いに対しても、魔族をどうこうしても“意味がない”とも。


 教会が動くのは『勇者』に関係があるとき。

 勇者が選ばれる時。そして、勇者が死んだ時。


 しかしそれ以外にも動きはあった。ミファンダムス帝国で魔法師を管理させていたのは教会だ。それにマレディオーヌが狙っているというサーシャ。更に8年前、この国で起きた事件にはアルニも関わってる。


 ――『勇者計画』に必要なのは“勇者”だ。

 だがガ―ウェイはここに来て二人の枢機卿と言葉を交わし、その言動にも注視した。


 ――必要なのは“勇者”。ならその勇者は何を基準に選ばれる?

 調べても共通点は見つからなかった。過去の勇者の情報があまりにも少ないという理由もあるが、それだけではない。


「もしもロベルトが言ってた1000年前の戦争が全ての始まり(・・・・・・)だとしたら――」

 そのときから女神教がつくられ、『勇者計画』が始まっているのだとしたら。

 魔石に映る女性が女神であろうと魔王であろうとそこは関係ない。

 当時はまだ魔術なんてものがなかった時代だ。


 1000年前の戦争を終わらせたという光――――それは恐らく、魔法だ。


「そういやぁ昔の人は“魔法師”を『神の遣い』って呼んでたらしいな」


 不意に足を止めたガ―ウェイは杖を掲げ、おもいきり振り落とす!

 地面は呆気なく崩れ、迷うことなくガ―ウェイもそこへ降りた(・・・)

 その場所はラージが突き止めた地下通路の一角。そして以前来た、リウルの遺体が運ばれたであろう部屋の近くだ。

 偶然見回りをしていた不幸な神官が驚いている間に、首を切り落としてその部屋へともう一度足を踏み入れた。


 以前来たときと変わらず不気味な場所だ。床に転がる人だったモノがそうさせるのか、黒い血のようなヘドロのせいなのか。

 ガ―ウェイは奥にある祭壇までいくと、すでに消えかけている魔術紋陣へ触れる。術はすでに発動し終え、魔力の痕跡もほとんど感じられない。


 8年前、ここにリウルの遺体があったのをアルニはそれを見ている。――だが、その状況を女神教がつくっている。意図的に。理由は想像つく。

 恐らくアルニを『勇者』にしようとしていたからだ。

 しかし何らかのトラブルがあってそれが失敗している。アルニは勇者じゃない。

 マレディオーヌがサーシャを狙うのは、彼女を勇者にしようとしているからだと推測している。


「アルニとサーシャの共通点は『魔法師』っつーことだけか」

 あえて幼少期に狙うのは、その方が傀儡にしやすいからだろう。だからアルニは勇者候補に外された。計画が失敗し、ガ―ウェイたちに拾われたからというのもあるだろうが。


 しかしそうなるとリウルとの共通点は消える。

 ただリウルはニマルカと幼馴染みだ。


「もし魔法師を勇者に選んでるとしたら、――――」

 リウルは間違えて勇者に選ばれたってことだ。

 アルニや他の魔法師たちにせよ、リウルのことにせよ、人一人の人生を歪ませて弄んでいる。

 リウルが自殺したことも、アルニが記憶をなくしたことも――その結果だ。


 ビキ、ビキビキ、と全身の筋肉が(りき)み、血管が浮き出す。

 世界を操り、人を道具のように使うその傲慢で理不尽な所業に、ガ―ウェイは腹の底から憎悪が沸き立つのを感じた。


 直後、地面を壊した音を聞きつけたのか、狭い部屋の出入り口を塞ぐように神官とウェイバード兵が来た。

「いいねェ、ちょうど苛ついてたとこだ」

 さっきとは違い、心置きなくぶっ殺しても問題なさそうだ。

 部屋の調査の続きはそれからでも遅くはない。

 

***

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