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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
4章 墓標【後編】
216/226

1-2

 アルニの状況を上空から見下ろし、一部始終を眺めていたヴァネッサは小首を傾げた。

「ふむ……?」

 それは既視感だ。

 ――同胞の屍の山頂で、虚ろな瞳で嗤う『勇者(リウル)』の姿とアルニが重なる。


 どこかちぐはぐで、たくさんの感情が入り交じっていて。その感情は自身のモノと、それとは別の――他者の業すら混ぜ合わせて。


「…………人間は何故、己が苦しむ道を歩むのじゃろうな」


 自分勝手に生きることを選べばもっと楽だったろうに。

 重荷を捨てるなり誰かに背負わせてしまえば良かったのに。


 ティフィアもそうだ。

 彼女が『勇者』としての務めを担う必要はない。だけどそれを選んだ。

 ヴァネッサには度し難い生き方だ。理解できない。愚かにすら見える。

 だがそれを――レドマーヌは「かっこいいッス!」と瞳を輝かせて言っていたことがある。


「レドマーヌたちは神様の願いを叶えるのが使命で、常識ッス。でも人間は――自身に使命を課して戦うッス! だけどそれは強要されたことじゃなくて……レドマーヌたちのように常識とかっていう概念でもなくて…………そう、きっとそれが“自由”ッス!」


 だが彼女の言葉とは裏腹に、ヴァネッサには“自由”よりも“虜囚”の方が正しく見える。

 使命を()して、囚われ、縛られ、藻掻き足掻いて、底なしの沼に沈んでいくような。そこに“自由”のような開放感など一切感じられない。


「やはり理解(わから)ぬのう。――どうじゃ? おぬしには理解出来るか、人間が」

 ヴァネッサは急接近してきた何かを受け止めるべく左手を前に掲げる。


 能力解放――『干渉操作』。


 非干渉に設定したヴァネッサの手にぶつかり弾けるように飛び散ったのは黒い何か(・・・・)

 それらは地面に落ちることなく宙に飛び散ったまま、うぞうぞと蠢き、刹那の後に一つにまとまった。

 大きな黒い塊。それはおもむろに触手のように手を伸ばし、その先端が徐々に人の顔へと変わっていく。


「ア、ぁ”、……誰やァア?」


 メビウスだ。

 メグノクサの花に執着するグアラダの父親であり、彼女と共に死んだはずの狂者。


 しかしヴァネッサには面識がないため、メビウスの言葉にこっちの台詞じゃと返す。

 否。面識があっても“本質”があまりにも違い過ぎる。目の前にいるのはメビウスではなく、メビウスの顔を真似た何か、が正しいだろう。


 ぞっとするような悍ましい気配。何で出来てるかは不明だが、あの黒い塊には触れてはいけないと本能が警鐘を鳴らす。

 ――触れれば取り返しのつかないことになる、と。


「初めてみる存在じゃ。なんじゃ、おぬし。気持ちの悪い気配を振りまきおって」

「あハッ。は、花、花をヲ、咲かせにィ……来たんや!」

「花……?」

「俺ノ花や。俺だけの花……。だけどみィんなの花や。――“幸せな夢を()せたってや、【夢幻郷(メグノクサ)】ァァァアアアアアア”!!」


「――――っ!?」

 ヴァネッサの視界に真っ白な花が咲き乱れる。

 いつの間にか地に足をつけ、メグノクサの花の花畑に一人立っていた。

「なるほど、強力な幻覚じゃ」


 人間もいない、誰もいないこの世界は争いもなければ醜いモノもない。これはもしかしたらヴァネッサの――リウルの望んだ世界だったのかもしれない。

「だが、無駄じゃ。『干渉操作』」

 右手を翳して能力を行使する。得体の知れない存在からの術だからと警戒していたが、ヴァネッサの干渉操作はどんな術でも無効に出来る。はずだった。


「……む?」

 視界が戻らない。

 能力を発動するための魔力も消費し、能力を展開した感覚もある。なのに、戻らない。

「どういうことじゃ……?」




 左手の人差し指に生えた、真っ黒いメグノクサの花を見つめ、メビウスは嗤う。

 彼の目の前にはいたはずのヴァネッサはいない。彼が見つめる先の花から感じるヴァネッサの魔力に、メビウスは恍惚とばかりに唇を舐めた。

「アぁ、魔力……オイシイなァ」


 そしてメビウスは次の標的を見下ろす。

 気配に気付いた、一部始終を見ていたアルニは思わず後退る。

 アルニから見たら、メビウスと対峙した直後にヴァネッサの姿が忽然と消えたのだ。力を失っているとはいえ元魔王だ。そんな彼女をあっさりどうにかしてしまったのだ。


「っ」

「アルニ。そない怖がっテ、どないしたん? 大丈夫やで、魔法師は『黒』やから……俺が大事に―――食べテやる」

 言ってる意味が分からない。だが背筋が震え、反射的に逃げていた。

 逃げ込んだ路地には騒ぎに隠れていた人たちもおり、「逃げろ!」と叫ぶ。誰もが驚き、そしてアルニの背後から近づく『何か』に悲鳴を上げて逃げ出す前に――飲み込まれた(・・・・・・)


 先ほどまでメビウスの姿をしていたそれは、今や黒い塊と化していた。塊には白いメグノクサの花があちこち不気味に生えており、それに触れた人はその塊に飲み込まれて消えていく。

「精霊よ――」

 短剣では同じように飲み込まれるだけだと察し、アルニは躊躇うことなく魔法を使おうとして――精霊が怯えて言うことをきかないことに気付く。


「もしカして“魔法”使おうとしたん? それハ可哀想やで、アルニ。精霊だって死にたくないんヤから」

「俺も死にたくないんだけど!」

「大丈夫や、アルニ!“死”ハ絶望やない! アルニにも()えテルやろ、次元ノ向こう側―――桃源郷(・・・)が!」


 黒い塊(メビウス)が急に上空へ跳んだかと思うと、更に体積を膨らませて急降下してくる。

 真上から迫り来る巨大な塊に、逃げ切れないと思った刹那「アルニさん!」呼び声と共に体を抱きかかえられ――



 バクンッ!



 塊が触れた建物、地面が丸く抉り取られたように食べられた(・・・・・)

 レドマーヌがアルニを抱えて高く跳躍し、それから間一髪で逃れられたアルニは彼女へ目を向けた。助かったと感謝しようとし、閉口する。

彼女の特徴的な暁の髪が、右サイドだけ肩口までなくなり、背中の白い片翼が半分も抉れているではないか。

「お、お前……!」


「アルニさ、……元魔王、さま、は……?」

 見た目以上にダメージが大きいのか、すでに意識が朦朧としている。

「分かんねぇ。アレ(・・)と対峙したと思ったらいきなり消えた。――なんなんだよ、アレ。メビウスさんの姿したり、魔法が使えなかったり」

「……――レドマーヌ、には……難し、こと、分からなぃ……ッス。だから、」


 どこにそんな余力が残っていたのか、彼女はアルニの襟首を掴んで虚空へと投げる。

 アルニが落下するよりも早くどこからか飛んできた小さな鳥型の魔物の大群が、彼をかっ攫うと旋回し、そのまま去って行く。


 レドマーヌは力尽きたように落下し、その真下で待ち構えている黒い塊に顔を顰める。

「れ、どまーぬを、食べて…………アルニさんを、追いかける気ッスね……? させないッスよ」

 魔装具へ手を翳すと、手の中に弓が現れる。アルニには気付かれなかったが羽だけでなく臀部から太ももまで抉られた肉体が痛みを訴える。だが魔装具が無事ならいずれ回復する。


 だから、と痛みで震える体を抑えるように、弓を強く引く。


 届け――絶対なる矢の標(ヴィーナス・ロード)っ!!


 放たれた矢はレドマーヌの強い想いに応えるよう、まっすぐ塊の中心からやや上方を貫く!

「そないな矢、俺にハ効かナイ!」


【―――妾こそが願い叶える者、】


 塊はその歌うような声に一瞬動きを止めた。馬鹿な、と。


 ――矢によって抉れた部分から青白い右手が伸びる。それを見たレドマーヌは安堵の笑みを浮かべて気を失い、彼女が塊に飲み込まれるより早く、右手に続いて飛び出した左手でそれを受け止めた。


 やがて両手から続くように黒いドレスが、そして獣耳が、緑がかった紺色の髪が、――そしてヴァネッサが完全に姿を現す!

 塊は即座に膨れ上がり二人の魔族を飲み込もうとするが。


【愛しき“孤独な異端者(リウル)”よ、妾に力を貸すが()い――!】


 ヴァネッサの胸元に隠れた青碧の魔装具が淡く輝きを放つ。


「終わりじゃ、歪なる存在(モノ)。―――【“無限に消失する干渉(ヴォイド・ループ)”】!!」


 ばくんっ、と二人の姿が塊に喰われる。

 しかし塊全体から青碧の光が薄ら漏れ放ち、その光が徐々に強く――――否。黒い塊の方が透けていた。

 光だけでなく喰われたはずの二人の魔族も、それから地面や建物までもが透けて見える。

 ヴァネッサの干渉操作の祈術【“無限に消失する干渉(ヴォイド・ループ)”】は、対象の干渉力をゼロにする。触れることも見ることも、認識されることが出来なくなる。


 つまり存在そのものを否定する(・・・・)術。


「ふん、どれだけ不可解な存在だろうと世界が存在を認識出来なくなれば何も出来ぬ。相手が悪かったのう。妾とレドマーヌが揃ってなければ、どうにか出来たじゃろうが」

 レドマーヌの矢は絶対に届く。どこにいても、だ。亜空間だろうが別次元だろうが、関係なく。その矢とレドマーヌに繋がる魔力を媒介にして干渉操作を使い、塊に閉じ込められたヴァネッサは抜け出すことが出来た。


「―――!―――――ッ!―――、――、――――――     」

 塊は姿が完全に消えるまで、何かを訴えるように口を動かしていた。だがヴァネッサには興味ない。塊が、メビウスが何か言っていたとしても、それは所詮戯れ言に過ぎないからだ。

「しかし…………ふむ、」

 結局のところアレがなんだったのか、分からないまま。レドマーヌに怪我を負わせ、被害が拡大する前にと消してしまったが、いまいち手応えを感じなかった。


「本体ではない、というわけでもないはずじゃ。それにやつの術? 能力みたいな……あれは祈術に近いものを感じた。じゃが、魔族と違うもっと歪な――」


「歪? 歪ハ、世界だ」


「!」ヴァネッサは一気に上空へと飛ぶと、ばくん、と足元で大きく何かが喰われた音を聞いた。刹那、先ほどまでいた場所の半径1キロほどが丸く抉られたように消失していた。

 地面の断面から水道管から流れる下水が、そのクレーターに水たまりのようになり。その中心で人影がケタケタ嗤う。

 いや、人影ではない。人の形をした黒い塊だ。


「……、なんじゃ。もう先ほどの男の姿はとらんのか?」

「……。…………、……」うにょうにょと塊が動くと、やがてメビウスの姿になった。

不気味なやつじゃ、と思わず眉を顰めて吐き捨てる。


「お、俺ノ花、俺の、花たちよ―――」

「花?」

 そういえばさっきも言っていた。俺の花がどうのと。花を咲かせにきたとか。

 ……咲かせに?

 そこでヴァネッサは気付く。


 花は花粉を地に飛ばすことで繁殖する。全ての花が同じとは言わないが、もし彼が見せてきたあのメグノクサの花がそう(、、)ならば。

 ヴァネッサの縦に細長い瞳孔が、更に細くなる。宙を漂う、埃よりも黒い粒子。


「【“無限に消失す(ヴォイド・ルー)――――!!」


 花が咲く。


 メビウスを中心にした水たまりに、最初からそこにあったかのように。

そしてヴァネッサが祈術を展開するよりも早く、彼女の魔装具に、同じ黒いメグノクサの花(・・・・・・・・・)が生える。

「黒はな、光ヲ吸収すルんや。ソノけったいな魔装具ノ光も、そこに宿ル魔力も――”黒”の餌でシカない」

 気付けばヴァネッサもレドマーヌの姿もなく、そこには一輪の花が浮かんでいた。それを手に取ると口の中へ放り込むように食べた(・・・)


「……駄目ダ、コれじゃナイ。“黒”、ク、黒を、ヲヲ増やさなイと」

 形が崩れる。

 人の姿を保つのは疲れるのだと理解した。

 増やす方法は知っている。本能が言っている。


「マほーし。魔法、師。まほォォォオオオ……し。―――あっちや」






「いでっ」

 レドマーヌの眷属である小鳥の大群に攫われたアルニは、がむしゃらに足掻いて地面に落とされた。直前に魔法を使ったものの完全に衝撃が緩和できずに顔面をぶつけてしまった。

 痛む鼻をおさえながら立ち上がるが、周囲は荒れた地が続くだけで何もない。


「……魔力が枯れてる」

 生き物の気配も、建物の姿も見えない。魔物もいなければ精霊の数も少ない。着地に失敗したのもこのせいだ。

 精霊は魔力を糧にする。人や魔物だけでなく、この世界に満ちる魔力もそうだ。

 魔力があるから精霊が存在し、精霊がいるから自然が豊かになる。

 この地に植物は芽生えない。水も干上がり、肥料は役割を果たさない。


 ――均衡を正せ。


 ぼんやりと頭に浮かぶ文字。魔法師の役割を果たせと、本能が言っている。……今まで何も言ってこなかったくせに。

「……魔法師ってなんだろうな」

 色とりどりの精霊たちがアルニの目の前で踊るように揺れる。

 精霊たちは均衡が崩れるのを嫌う。この場所のような“死した地”が増えてしまうから。


 均衡を正すことは世界を守ることでもある。


 精霊の合間から幼いアルニが自分をじっと見つめている。こんなのは幻だ。だけど気付いてる。

 過去は消えない。

 過去の自分という人格も。

 記憶を失って気付いていなかっただけで、きっと、ずっと今の俺を見てきたのだろう。


()のこと、嫌いか?」

 変な問いだが、親の仇でも見るように睨み付けてくる金色の瞳に思わず聞いてしまった。

 当然、答えは返ってこない。

 アルニは一度強く目を閉じ、恐る恐る目を開けると精霊も幼いアルニも消えた。否、見えなくしただけだ。


 それから踵を返す。

 小鳥の大群に連れていかれた方角はあっちだ。来た方角を辿れば元いた街に戻れるはず。着くまでにあの黒いバケモノの対策を考えなければ。

 ティフィアが戻ってくる前にバケモノをどうにかしないと。

(あのレドマーヌと元魔王(ヴァネッサ)のことだ、簡単にやられるとは思えない。きっとすでに挽回してるはず)

 返り討ちにして、とっくに倒してる可能性すらある。

 だがティフィアがいることを忘れて無茶してる懸念が強く不安を煽る。


 急ごう、とアルニは引き返すべく駆け出した。


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