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泡沫に消えろ 後編⑮


人気のない路地裏。

 そこでは激しい戦闘音と爆発音が響き渡っていた。


「ウッハー☆ やばいやばいやばいんだけどコレ……っ!!」


 ガロは冷や汗を流しながら口角を上げる。

 その体には火傷や切り傷の痕がいくつもあり、久しぶりに追い詰められていると実感していた。

 避けても攻撃に転じても、それすらマーシュンの掌の上で踊らされている錯覚。


 魔道具による爆弾が、魔術紋陣が発動し、致命傷はなんとか避けているがガロの肉体は少しずつダメージを蓄積している。

 対するマーシュンは未だ無傷だ。息を乱すことなく、冷静にガロの動きを観察――事前に得た情報と実戦の分析を照らし合わせて、より精密な予測をしてくる。

 つまり、ガロの動きを“先読み”しているのだ。


 ――それに合わせた攻撃と魔道具の使用……それもこの狭い路地裏という空間を上手く利用している。

 これがカミス皇帝が隠してきた『切り札』か、とガロは上唇を舐める。


「……」一方のマーシュンは、無表情の裏に焦りが浮かんでいた。

 状況を見ればガロが劣勢。しかしマーシュンの用意した魔道具もだいぶ少なくなり、決定打が打てていないことに焦れていた。

 ガ―ウェイから『武神』という座を奪い取ったその実力は本物だ。さすがと言わざるを得ない。


「…………そろそろ、か」

 戦闘が長引けば教会の人間がやってくる。さすがにガロ以外の人間と戦える余裕はない。

 ここらで仕留めなければ――。


 マーシュンは魔力を放出する。それは彼が纏う黒い制服と剣に吸収されていった。

「え、何ソレ。その制服も剣も魔道具だったりするわけ!?」


「 “(おの)が命と器は目的のために存在する。己は主君の武器であり、障害を排除する矛でしかない。主君の望みが己の使命。己の血肉魂に至るまで――使命に殉ずること”」


 これは影者(シャドウ)の教訓だ。

 主に仕え、主の影となりて障害を消すための『道具』であり『手段』なのだ。


「――っ」

 ガロが目を見開き、息を飲む。

 魔力を得て反応したマーシュンの制服は風もないのにはためき、そこにはくっきりと魔術紋陣が浮かび上がっていた。


 ――転移の魔術紋陣。

 認識した直後そこからいくつもの手が伸び、マーシュンの体から這い出るように何人もの“影者”が姿を現す。彼らは鋭い視線をガロへ向け、更に体のあちこちに魔道具らしき部品が顔を出している。


「……えっと、まさか人間爆弾とか……無いよね?」


「――我らの命は目的遂行の“道具”」

「――我らの命は主の願望成就の“手段”」

「――我らの全ては主のために存在し」

「――我らの全ては使命を果たすために存在する」

「――我らは主の障害を葬り、消すための“影”」


「「「我らは(・・・)影者(・・)” 、お前を殺す者だ(・・・・・・)」」」


「っ!?」あり得ないことだ。

 彼らの主君であるカミス皇帝は生きている。それなのにマーシュンしか知らない彼の望みを叶えようとするなんて。

 そもそもマーシュンは皇帝がおかしくなった後は、ずっと部隊からも離れていたはず。こんな短期間で仲間達の信頼を得られるはずがない。


 それだけではない。マーシュンが用意した魔道具の数が尋常じゃない。道具を横流しした存在――商人か、商会か。

 いずれにせよ、もし彼らの体に埋め込まれた魔道具と、この路地裏に残る魔道具を一斉に解放して爆発すれば……さすがにガロの体も炭一つ残らないだろう。


「終わりだ、『武神』」

「……負けたよ、マーシュン。完敗だ」

 ガロにはこれをどうにかすることは出来ない。

 マーシュンは知らないだろうが、ガロには『勇者の証(・・・・)と似て非なる(・・・・・・)魔術紋陣(・・・・)が魂に刻まれている。

 致命傷を負えば勇者の如く自己再生するが、しかし体を消し飛ばされれば再生する肉体がないので蘇ることはない。


 魔法対策が、偶然にもガロを確実に殺せる方法を選び取っていたのだ。


 だが。

 一つだけマーシュンに足りなかったものがあるとするならば――魔法師に関する知識。


「だけど死ぬわけにはいかないんだよねぇー。……まだ、ね」

 ガロの瞳が金色に強く輝きを放つ。

「ごめんね、マーシュン? 不本意だけどチート(・・・)使わせてもらうよ」




***




 ポタポタと滴る血が止まり、ゆっくりと千切れた指が生え戻る。

 治る時間がどんどん遅くなり、心臓の脈動も弱々しい。


 ―――疲れた。


 魔王軍が攻めてきたと報告を受け、皇帝から魔王軍と魔王討伐の命令が下された。

 魔王を倒して、おれも死ぬ。

 100の巡りは繰り返す。


「……おれの願いは……どこまで届くかな」

 帝都の頭上を覆っていた暗雲が、少しずつ晴れていく。マーシュンが失敗したのか、或いは教会が動いたのか。

 どちらにせよ、これが最後のチャンスだ。


 不思議と感じる――人間や魔の者の嘆きが教えてくれる。まだ終わってない、と。

 彼らも悲しみ、憎んでいる。

 教会を、勇者を、人間を、魔の者を、世界を。

 この世界の運命(システム)を壊せ、と。


 そうだ、壊さなければ。壊して、殺して、殺し尽くして、――ちがう、そうじゃなくて。

 ……いや、違わないか。

 だってこれは復讐(・・)なのだから。


「――勇者よ、やはり世界は残酷な選択を強いるようじゃな」


 誰かの声が聞こえた。視線を向ける。『魔王』だ。でもどうして()にいるのだろう。……ああ、そうか。いつの間にかおれが骸の山に立ってるせいか。

 こんなにも殺したのか。魔物も魔族も。命を、奪った。

 仕方ないことだ。なのに悲しくて、嬉しくて、苦しくて、愉しい。


 そんなことよりも『魔王』だ。――彼女は殺すべき相手。もう一人のおれ、のような存在。対。殺すべき相手。殺してはいけない存在。

 知ってるはずなのに、思い出せない。

 気付けば笑みを浮かべていた。


「これで少しは一矢報いることが出来るかな。……ははっ、これがおれに出来る唯一の“復讐”だ」

 誰に対しての言葉なのか、おれ自身にも分からない。

 でも周囲から感じる『嘆きの声』が、まるで歓喜してるようにざわつく。


「……? おぬし、なんだか様子が」

「――ねぇ、『魔王』。おれ、分かったんだ」

 彼女の言葉を遮って『勇者(・・)』は言う。


「この世界に“救い”はないってこと。本当は誰も“救い”なんて求めていないってこと。誰もが与えられた必然の運命に従ってる。それが……それこそが“正しい”って、無意識に感じ取ってるから」

 100の巡りを、誰もが当たり前のように感じている。その犠牲も代償も知らず、その計画を企て実行してる教会のことすら知らず。

 それが“正しい”というのなら、オレはそんなものいらない。


「でもおれは認めてなんてやらない。絶対に。これが“間違い”だとしても、おれは、おれだけは、――世界を救ってやる(・・・・・・・・)……っ!」


 怒りが、憎しみが粟立つ。

 殺せという声が聞こえる。

 ああ、いいよ。

 望み通り――殺してあげる。


「おぬし、何を――」自身の首に剣を添えると、珍しく慌てふためく魔王。

 おれの感情が流れても思考までは読み取れない。

 憐れで愚かなもう一人のおれ(魔王)


「さよなら、魔王。オレはいなくなるけど、―――――この“願い”だけは生き続けるから」


 首を切る。

 躊躇いはなかった。


 本来ならば『勇者の証』が“死”を防ぐだろうが、代償の生命力はすでに尽きかけている。

 つまり、おれは死ぬ。

 鮮やかに噴き出す血が、少し滑稽だった。すでに体は横転し、魔王の表情を見ることが出来ないのが残念だった。

(きれいな快晴だ……)


 リウルの瞳と同じ群青色の空。無意識に手を伸ばす。




『リウ~、こんなところで何してるの~?』


 ラヴィが駆け寄って、一緒になって隣に寝そべる。それを見たニアが眉を顰め『風邪引きますよ? 寝るなら小屋に戻りましょう』と提案する。

 そこへガラテスがやってきて、無言で側に寄って一緒に寝る。

 ニアは仕方なさそうに笑い、なら私もと寝そべった。

『気持ちいいね~』

『……ユーシャ、ナイテル?』

『え!? リウル様、どうかされたんですか!?』

『リウ~、どっか痛いの? 大丈夫~?』


 夢だ。ありもしない……夢。


 なんて優しくて残酷だろうか。ここには希望が満ちている。

 ……これがおれの、本当の“願い”なのだろう。


 でも駄目だ。

 この願いでは誰も守れない。世界を救えない。

「消えてくれ」

 涙で歪む夢の世界が、泡になって少しずつ消えていく。


 消えろ、消えろ――泡沫に。



 空に伸ばした手が、落ちた。



***


「……」

 暗い路地裏、激しい戦闘痕の残るその場所は酷い有様だった。

 血のない場所はない、と断言出来るほど紅く染まり、黒い制服の人が何人も倒れている。


 そこへ迷うこと無く訪れたのは一人の少女だった。


 片眼が半分潰れ、顔の骨格が歪んだ10代後半くらいの少女は、噎せ返る血の臭いと、溢れる“死”の存在に嫌悪と吐き気を催しながら、一番酷く損傷した死体の前へ跪く。


「マーシュンさん、」


 顔も潰れ、体のあちこちも切り刻まれ、地面に飛び出た贓物すら踏みつけられた形成がある。戦った相手に憎まれ、惨殺されたのだろう。酷いものだ。

 それでも少女は、その人がマーシュンだと分かった。

 命の恩人だ。少女にとって大切な存在だ。どんな姿になろうと分からないはずがない。


「……」

 魔法師だと分かった家族は、少女が4歳のときにはすでに虐待するようになっていた。暴力は当然、ご飯すら与えられず寝る場所は馬小屋。ある冬の日に凍死しかけた頃、奴隷商人に見つかり拉致された。

 それからは奴隷としての日々を過ごし、しかし唐突にそれは終わった。


 このマーシュンという人物に買われたからだ。


 何をさせられるのか怯えていたが、彼は魔法の知識を知りたかっただけらしく、質問に答えてくれるだけでいいと言った。

 食事も、寝る場所も。一般の人と何も変わらない生活を与えてくれた。

 マーシュンは少女を買ったその日から、ずっと言っていたことがある。


 ――「いずれ俺は殺される。だが、一つだけ君に頼みがある。これは命令ではない。頼みだ」

 命令ではないと言いつつ、私がやるであろうことは分かっていただろう。

 そうでなければ、今、マーシュンの死体の上に【映鳥(うつしどり)】がいるはずない。

「教えて、映鳥。この方の遺言を」


『…………貴方には、普通の人と同じ人生を歩んで欲しかった』

「それは……無理な願いだよ」

 マーシュンも分かっていたはずだ。虐待によって醜くなった顔、家族に売られた奴隷の魔法師……その時点ですでに普通ではないのだから。


『女神教に関する資料は、君が探し出して欲しい。ヒントはすでに与えたはずだ』

「うん」

『帝国からは出なさい。衰弱し腐りつつあるこの国の未来は死だ。それに巻き込まれることは許さない』

「……うん」


『 “勇者を導け”――。操り人形ではなく、 “勇者”が本当の意味で“勇み戦う者”ならば……恐らく100の巡りなど関係なく現れるはず。真実に憂い、変革を望む存在が』

 今までもきっと、どこかにいたはずだ。その度に教会に潰されていたのかもしれない。

 だからこそ――今度は私が、その存在を導く。


「マーシュンさん、私が全部引き継ぐ。陛下から賜った最後の命令も、その覚悟も意志も」

『すまない』

「そのために私を買って、色々教えてくれたんでしょ。いいの、私はそれでも――本当の家族みたいに嬉しかったから」

『すまない……』

「いいんだよ。きっと、これが運命だったんだ」


 マーシュンの頼みは、たった一つ。


「――火の精霊よ。勇敢な彼らの死を弔う葬送を」

 周囲に散らばる遺体が火だるまになる。熱によって皮膚が、肉が、骨すらも溶けて燃やす。

 やがて火は大きくなり、路地裏全体を覆う。

 戦闘の痕跡も、魔力も、死体も、――何もかも、消していく。


影者(シャドウ)”は元々暗部ということもあり、そこに所属している者たちの過去は消えている。その死すら消えれば、彼らの存在は元々なかったことになる。

 しかし、それがマーシュンの頼みだったから。


「……」

 少女は炎に消えゆくそれらから背を向け、懐から1枚のお面を取り出す。それを醜い顔に取り付けると、お面が顔に吸い付き形を変える。それはよくマーシュンが化けていた老人とよく似ていた。

 火事に気付いた国民や兵が消火しようと駆け回る中を悠々と抜け出し、やがてどこかへと消えた。



***

次で「泡沫に消えろ」は終わりです。

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