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泡沫に消えろ 後編⑭

更新遅くなって申し訳ありません!!(土下座)

***


 世界は――不条理で不平等で理不尽だ。

 そんな世界に生きる人々もまた、浅ましく愚かで、醜くて、恐ろしい。


 時々思う。

 バケモノは誰か、と。


 狂暴な魔物か、災悪な魔王か、絶大な勇者か、醜悪な人間か。

 おれは考える。バケモノとは――バケモノたらしめる者こそが、バケモノではないかと。

 何故なら、バケモノは最初からバケモノではないからだ。


 ならば、バケモノをつくろうとしているおれは……紛れもなくバケモノだろう。


「……おれ、なんでこんなことしてるんだっけ」

 たくさん、たくさん、殺したことは覚えてる。

 殺せって声がうるさいから。おれも、目的のために殺さなければいけなかったから。

 いっぱい、いっぱい、断末魔も、悲鳴も、死に様も、命乞いも、いっぱい見て聞いてきた。


 だけどおれは『勇者』だから。

 使命を果たすためには仕方ないこと。犠牲は、仕方ないこと。

 世界を救うために。

 ああ、でも。そうだ。これだけは――みんなに伝えておかないと。


命は平等(・・・・)――」


 そう、これだけは。


 100の巡りを阻止して、戦争を回避してしまったら。

 魔の者の代わりに人間が生け贄になるかもしれない。

 命であれば、『勇者の証』にとってはどちらでも変わらないから。


 それでも今まで魔の者を生け贄にしていたのは、100の巡りを繰り返す上で、人間からの絶対的な信頼を『勇者』が得るため。そして女神教の信頼にも繋がるから。

 女神教の目的なんて知らない。興味もない。でも、大切な人たちが傷つくのだけは許せない。


 大切な人たち。大切な。たいせつ…………それは、だれのことだっけ。


***


 帝国騎士団長ヴァルツォン・ウォーヴィスは、手渡された報告書に目を通して眉を顰めた。

「勇者の奇行……?」

 対面にいる部下の男は、赤紫(ワインレッド)の髪をガシガシとかき乱しながら、「はぁ、まぁ、そんな感じです」と曖昧に肯定する。


 最近騎士団に入隊し、街の巡回を担当するライオット・キッドである。

 女癖は悪いが、それ以外は優秀。対人関係も良好。洞察力がずば抜けており、それを買って巡回兵として街を見て回らせていた。

 今までは無難な報告書だけが提出されていたが、今回は直属の上司に頼んでわざわざ団長であるヴァルツォンの元へ手渡しに来ていた。


 その彼が持ってきた報告書には、何やら勇者の奇行に国民たちが不安がっているという内容。どうやら道行く人たちに「“命は平等か”」と問いかけてくるらしい。

「…………疑いたくはないが、これは事実か?」

 ヴァルツォンはリウルと会ったことが何度かあるが、そんなことをする人物だとは思えなかった。

街にはあまり出向かない、人々と交流を持とうとしない内向的な性格だったはず。それに勇者の使命をちゃんと理解している。国民を不安にさせるようなことをしないはずだ。


「――団長。俺、なんか嫌な予感がするんですよ」

「嫌な予感? 言ってみろ」

「はっきりと言えないんですけど……最近帝都の空気悪くないですか? えーと、なんて言うか…………あ! そうそう! 子供の頃にやった肝試し! 深夜の墓場みたいなあの空気感です!」

「すまない、やったことがないから分からないんだが」

「あ、ですよね……。――つまり不安とか恐怖が蔓延してるって言うか。ほら、変な殺人事件多かった影響が、思ってたより強く出てると言うか」


 確かに詐欺師や浮浪者、身元不明の商人など。元々騎士団で目をつけていた輩が次々と死を遂げていた。それも、死体は人の目につきやすい場所に置かれている。

「犯人はすでに特定済みだ。明日はその容疑者を捕らえ、尋問する手はずになっている。それはお前も知ってるはずだ」

 とある男爵家のどら息子だ。常々「社会不適合者はゴミだ」とか「俺がこの街を綺麗にする」と周囲に話しており、実際に賞金首や傭兵と密会している証拠も挙がっている。


「そうなんですけど、でもそれって事件が解決するだけですよね」

 事件が解決すれば、人々の不安もいずれ拭われる。そう関連づけて考えていたヴァルツォンは首を傾げた。

「要領を得ないな。何が言いたい」


「…………団長は、命は平等だと(・・・・・・)思いますか(・・・・・)?」

「勇者の問いか。命の重さなど、視点でいくらでも変わる。そもそも天秤で計れるモノではないだろう」


「そうですね。――なら、勇者の視点(・・・・・)はどうなんですかね」


 勇者の? そう言われて逡巡する。勇者の価値観で見る“命”とは――、

「勇者は人と交流があまりにも少なかったです。その彼が、今まで交流してこなかった人々に命の重さを問う?――俺は……いや、たぶん国民みんなが、そのことを無意識に不安に感じてる気がします。これはただの問いかけじゃないように思えます」


 それ以上のことは分からないと、そう言ってライオットは退室した。

 彼の言葉はやはり要領を得ないし、根拠も何もない。ただライオットの言葉はどこか考えさせられた。確かに勇者本人が質問してるなら――勇者の視点での“答え”もまたあるはず。

 ヴァルツォンは席を立ち、一人で考えるよりは第三者の意見を聞こうとイゼッタ(友人)の元へ向かった。


 イゼッタは宰相執務室ではなく城の玄関ホールにあるベンチで項垂れていた。

「イゼッタ。こんなところでどうした?」

「あ、ああ……ヴァル。ちょっとね、さっきまでデミ様とバトってたのよ……」

 デミ、というのは第1宰相だ。よく彼とは政治的方針で口論していると以前から言っていた。デミは元女神教司祭というのもあり、勇者に関することはうるさいそうだ。


 疲れているようなら日を改めようと思ったが、彼女は「どうかした?」と聞く体勢を整え、ベンチの隣に座るよう促してきた。

 この場で話すことではないと思ったが、結局ライオットとの会話をありのまま話してしまった。


「……リウル様がそんなことを?」

「君ならどう考える」

「私は……やっぱり宰相だもの。帝国のこと、国民のことを第一に考えちゃう。でも勇者様の視点で考えるなら、国単位ではない気がするわ。世界、とか?…………―――待って。何か忘れてる気がする」

「?」

「リウル様の情報……私、実際あの方の故郷に一度行ってきたことがあるの。そのとき確か……村の子供が話してたの。リウル様は魔物を助けたことがあるって」


「魔物を?」信じられないとばかりにヴァルツォンは眉間に皺を刻む。

 魔物は凶暴だ。もちろん害のない魔物もいるが、だからといって助けることは普通しない。

「命……平等……世界……。世界中の、命……? 平等は…………まさか、言葉通りの意味?」

「何か分かったのか?」


 突然イゼッタは立ち上がり、青ざめた顔を向けた。

「ヴァル、勇者様のところへ一刻も早く行きましょう。私の考え通りかは分からないけど、いずれにせよ真意は確認した方がいいわ!」

 彼女の言動から急を要することを理解したヴァルツォンは頷き立ち上がるが、同時に制服の襟についてる声繋石から部下の声が響く。


『――団長! 偵察隊のヘグマです。魔王軍の先遣隊が帝国の境界線を突破! 魔族だけでも数は100! 後続には本隊が―――うっ、数え切れない……!』


 タイミングが悪すぎると舌打ちし、部下へ指示を出す。

「ヴァル……。戦争が、」

「ああ。すぐにでも勇者へ命令が下る。――真意を聞くのは戦争に勝ってからだ」

「そう、ね。でも、何故かしら……胸騒ぎがするわ」

「騎士団も極力フォローする。そのために俺は騎士団本部へ戻る。君もやることがあるだろう?」

「ええ。お互い、頑張りましょう」


 そうしてイゼッタと別れたヴァルツォンは、ふと見上げた空が不自然なことに気付く。

 帝都の上空にだけ、暗く分厚い雲が留まっていた。


***


 分厚い雲を見上げながら、ガロ・トラクタルアースは落胆したように目を閉じる。

 心のどこかで期待していたのかもしれない。何かが変わること。変えられることを。


 だけど分かっていた。


 今回の事態に、枢機卿員はほとんど動きを見せなかった。今まで通りの静観。つまりリウルの行為は教会にとって痛手にもならないと判断したのだろう。

「雨が降る……」

 黒い雨。

 どれだけ命が葬られ、悲鳴が大地に留まろうとも。この世界にそれを救ってくれるような『神様』は……いない。


「――隠れてないで出ておいでよ。俺を殺しにきたのかな?」

「……」

 人気のない路地裏。いつも通り教会へ報告しようと選んだ場所だったが、どうやら罠だったようだ。

 魔法師であるガロに気配を消しても無駄だ。どこにいても精霊の動きで分かってしまう。だから建物の影からぬらり(、、、)と現れた人物に目を見張る。


影者(シャドウ)……しかも君の顔、どっかで見たことあると思ったら、――ハハッ! すげぇ! 超大物じゃん」

 カミス皇帝の、影の手足。親衛隊隊長であるガロですらあまり顔を合わせたことのない男――マーシュンだ。

 教会の情報網ではカミスがおかしくなった辺りで、ほとんど責務を放棄し飲んだくれになったと聞いていたが。


「君が動いてたなんてねぇ~。このタイミングで姿を現したってことは――もしかして勇者サマと関係あったりする?」

「リウル様と私は、貴方の死を切望している」

「……へぇ? 勇者の魔族を作っても、俺に殺されちゃうかもしれないって心配したわけだ。でもどうして俺が教会の人間だと知ってたのかな?」

「バレンディキンの街――リウル様は全てを知っておいでだ」


「なるほどねー」魔族の作り方も知ってることから、あのとき死んだガラテスという魔族の仕業だろう。

 マーシュンが剣を抜く。短剣ほどではないが、小ぶりな剣だ。それに続いてガロも双剣を抜いた。


「何にしても君と戦えるのは嬉しいよ! 同じ帝国軍人だと、本気の斬り合いが出来ないからNE☆」

「………」

 マーシュンはガ―ウェイよりも軍人歴は長い。“影者(シャドウ)”というのもあり、対人戦には特に長けているだろう。

 愉しませてくれそうだ。


 ――先手を打ったのはガロだ。ガロの戦い方を、マーシュンはすでに調べ上げている。


(飛び込んできたか)

 懐に飛び掛かってきたガロは双剣を右から左へ振り回す。加速と体重の乗った斬撃だ、体をずらして受け流すも、すぐに跳び蹴りがやってくる。それも躱す。


 ガロは速い。マーシュンが知る中で一番の俊敏性を持つ。そしてトリッキーな剣技と連撃。そこにトラクタルアース流特有の“残撃”を使われると、避ける空間を失ってしまう。

 つまり彼との戦闘で避け続けるのは下策。しかし攻撃を受け続けてもジリ貧だ。


 マーシュンは躊躇うことなく魔力を放出する。


「!」唐突に魔力を感知したガロは、咄嗟に頭を庇うように腕をクロスさせる。刹那、近くの建物の壁から何かが爆発した!

 地面を転がり起き上がると、ガロの左肩と左腕にはいくつもの切り傷と火傷が出来ていた。対するマーシュンは無傷。


「爆弾仕込んでたとか……用意周到過ぎない?」

「貴方は教会に定期報告をしている。場所はランダム。だが、報告内容が知られないよう人気がない場所を選んでいる」

「……この場所に誘い込まれてたってわけかぁー。さっすが影者(シャドウ)♪」


 マーシュンは人生で一度も、己の強さを奢ったことはない。情報収集も仕掛けも、確実に任務をこなし対象者を殺すために磨いてきた。

 全ては主君であるカミス皇帝のため。

 カミス皇帝の命令に、邪魔な存在でしかないガロをここで殺す。

 例え魔法師であろうと『武神』であろうと、彼は人間だ。気配も魔力もない無機物を感知することは出来ない。だからこそマーシュンは魔道具を使うことに決めていた。

 この路地裏にあるのは爆弾だけではない。ガロを殺すために考え抜かれた選りすぐりの道具たちだ。


「ガロ・トラクタルアース。――確実にここで殺す」



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