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泡沫に消えろ 後編⑩


***


 リウルは考えていた。―――この状況に追い込んだ黒幕の目的を。


 元々他者と交流の少ないリウルを、更に隔離し孤立させようとしている。

 リウルが魔王と密会していることが気付かれているなら、対処としては遅い。それにガラテスは魔族だからともかく、ラヴィを巻き込む理由がないはずだ。


「……はぁ」

 一息吐き、窓の外へ視線をやる。

 1羽の鳥が飛んでいた。大きく翼を拡げ、風に乗って空高く。自由に、思うがままに。

 ふと思いつく。

 このまま逃げてしまおうか、と。

 全部投げ出して、『勇者』の立場も捨てて、名を変え、別人として普通の人のような生活を――。


「――分かってるよ」

 窓の外から左手の甲へ視線を移すと、まるでそんなことは許されないとばかりに『勇者の証』が浮かび上がる。それは何故か発現した当初とは違い黒く濁っていた。


 最近気付いたことがあるとすれば、この紋章についてだ。

 軟禁生活へのストレスと、ガロ・トラクタルアースへの憎しみが増せば増すほど、紋章は黒くなった。

それから魔族や魔物を殺せば殺すほど、意識が霞んで「殺せ」という声が響くようになっているのも関係あるに違いない。


 部屋にこもって考える時間が増えて良かった。もし軟禁されてなかったら、すぐにでもガロの元へ行っていただろう。

 ―――バレンディキン街事件の真相をリウルが知ってることは、まだ誰も知らない。

 これはきっと、アドバンテージだ。ガラテスが遺してくれた切り札になるはず。……とは言っても時間がないことは感じている。


 魔族や魔物の出没が明らかに減った。魔王ヴァネッサはリウルの“願い”こそ存在意義だと言っていたから、もしかすると人間を憎む気持ちが伝わってしまったのかもしれない。

 それだけではなく、リウル自身の意識が曖昧になる時間が更に増えた。

 最近は日記やら考えたことをノートに綴って、それを読み返して自身がどれくらい意識なく生活していたか、記憶と記録に整合性があるか確認する日々。


「ニア、ラヴィ……」

 小屋に三人で過ごしていたあの頃が、ひどく懐かしい。

 今や命令された通りに罰を受け、ラヴィは目を覚まさず、憎しみを募らせて。

 いずれ魔王軍が侵攻してきたら討伐に駆り出され、歴代勇者と同様に死んで、その過去も消されて。


 もっと信頼出来る人を見つけておくべきだった。こうして閉じ込められて、ようやく気付く。仲間の重要性に。

 なんて今更だ、自分から突っぱねたくせに……。


 ―――そのときだ、扉の向こう側が騒がしいことに気付く。

 部屋の外には監視がいるはずなのに、何かあったのだろうか。

 気になってドアを開けるのと、ダンッ! と見慣れた人物が勢いよく監視官の頭を床に叩きつけて気絶させたのは同時だった。


「え? に、ニア?」

「リウル様! 会いに来ました!」

「いや会いに来たって……なんで監視官を気絶させてんの?」

 表情を輝かせながら見上げてくるニアに、ちょっと引き気味に質問すると、「何故か門前払いされてしまい、ムカついて……つい」照れくさそうに笑う彼女。


 確かこの監視官って皇帝直属の……まぁ、いいか。

 ニアの天然は考えるだけ無駄だと切り捨て、それよりもこの状況は好機かもしれないと考え直す。


「ニア、ラヴィの様子は?」

「……いえ、まだ目を覚ましてません。ただ先ほどフィアナ様がいらして、」

 かくかくしかじかと、正直にフィアナとのやりとりをそのまま話し、リウルは眉を顰めた。


 フィアナ様か。王族で、更にガロが護衛ということは“敵”と繋がってる可能性がある。でも結界も張ってあるし、ラヴィを殺してわざわざ犯人を特定させるような真似はさすがにしないだろう。


「そうか。――ニア、そいつおれの部屋に隠しといて。ちょっと出かける」

「へ!? ちょ、リウル様!?」

 ニアとしてはフィアナが言っていた他国が勇者を唆してるかどうかの真偽を聞きたいだろうが、悪いがこの好機を生かしたい。


 ――他国、……他国か。『勇者』の情報を他国に流すというのも良いかもしれない。

 レドマーヌがもう少し成長して、飛べるようになったら頼むのも有りかも。だけどそんな猶予がないかもしれない。だとすれば――商人。或いは情報屋か。


「!」

 気配を感じて近くの空き部屋へと身を隠す。巡回兵だ。以前より多い。一応城内を歩くのは許可されてるが、監視がいないことに気付かれると面倒だ。

 息を殺して兵士が過ぎるのを待ってから部屋を出る。


 城内にいる人たちは信用出来ない。それなら外で帝国のやり方に納得していない人物や、商人のような損得勘定で動く人物を探すしかないのだが、そもそも外に出るのが難しそうだ。

 上階から窓の外に出て、城壁を伝って降りる方がいいだろう。上階は王族の部屋があるし、巡回兵も多くないはず。


 行き先を決めたリウルは巡回兵や親衛隊に注意しつつ上階へ昇る。フィアナとラスティラッドが葬式のため外出していたことが幸いし、警備兵や巡回兵が他のフロアより少なかった。

 兵は少ないが―――文官と女神教の神官がうろついていた。


「……ウザいな」

 兵は決まった巡回路があるから分かりやすいが、彼らの動きは予想つきにくい。

 おかげでリウルはラスティラッドの部屋へ避難せざるを得なかった。――“あの子”がいるとは分かっていながら。


「だ、だれ、ですか……?」

 フィアナとよく似た少女が、驚き怯えたようにリウルを見上げる。


 ――前に少女を調べたら王族ではなかった。しかし王族じゃない子供がラスティラッド皇子の部屋にいるわけがない。ワケありだろう。

 でも前に見かけたときよりは自我がはっきりしているようだ。


「おれは……通りすがりの騎士みたいなものかな」

 少女の警戒心を解くためにも適当に質問に答える。

「とおりすがり……」

「新米だから、ちょっと迷子になっただけ。怖がらせてごめんね、すぐに部屋から出るから」ちょうど廊下の気配はなくなった。ここを出たら近くの窓から外に出ようとシミュレートしておく。


「…………そう、なんだ。さようなら」

 ドアノブにかけた手が止まる。不意に振り返ると、少女は引き攣った笑みを浮かべて手を振っていた。


 その姿が幼いリウルの面影と重なる。


 何かに囚われて、逃げることすら考えていない。だけど本当は、寂しくて……助けて欲しくて。

「……」

 もし幼い頃の自分が故郷に逃げ帰っていたら、きっと両親はおれを温かく迎えて、一緒に帝国から逃げてくれたかもしれない。

 もしおれが、もっと他者と交流をとって人脈を増やしていたら、信頼出来る仲間も増えて、ラヴィやガラテスを守ることが出来たかもしれない。

 もしも……――いや、おれの過去は、もう過ぎたことだ。


 だからこそ、と少女へ向き直り、リウルは彼女へ問う。

「ここから出ないの?」

「?」

「この部屋から出ないのかって聞いたんだ」

 意味を理解出来ていなさそうに首を傾げる少女に、どこか縋る気持ちでリウルは続ける。


「部屋に鍵はかかってない。君はここを出て、自由に歩ける」

 逃げることも。

 助けを求めることも。

「君を閉じ込めているモノは――何もないんだよ」


 おれは『勇者』という枷があった。

 君にも何かあるかもしれないけど、でも気付いて欲しかった。

 誰であろうと何者であろうと、己の進むべき道は自分が選べるのだと。

 使命や運命があろうと、それでも生き方は自分自身のモノだと。


「……」

 まだリウルの言葉を飲み込みきれてないのか、ぼんやりと何かを考えている様子の少女を残し、部屋から出た。

 ただの自己満足かもしれない。自己投影して、昔の自分を助けた気になってるだけかもしれない。それでも良かった。


「これもラヴィの影響かもな」

 あのお節介がいたら、きっとリウルのしたことを喜んだだろう。むしろラヴィなら少女が部屋から出る手伝いまでしたかもしれない。

 リウルは想像した光景に小さく笑うと、窓から身を乗り出し、地上にいる兵の様子を確認して城壁を伝って降りた。






 帝都はいつもと変わらなかった。

 街の裏路地や屋根の上を使って移動しつつ街の様子を見ていたが、これには落胆する。


 街が一つ消滅したというのに、実感が湧かないのか、自分たちには関係ないと思っているのか。


「自分の国のことなのに」

 勇者として魔の者と関わってきたリウルは、どれだけこの国が危ういのか知っている。

 危機感がないことへの恐ろしさ、結界への過度な信頼。

 リウルがもし魔族だったら、魔王に頼んで結界を集中攻撃。壊れたところに一斉強襲をかけるだろう。――魔王軍がそれを実行しないのは『勇者』の存在が大きい。だが、そのせいで人間は危機感を持てないでいる。


 もしも『勇者』がいなくなったら……人間(彼ら)は一体どうするのだろうか。


「どちらにせよ勇者は選ばれるから、いなくなる状況なんて作り出せないだろうけど」

 それにヴァネッサは言っていた。勇者が選ばれるから、魔王が生まれるのだと。

 つまり勇者と魔王の存在はセットだと考えるべきだ。

 この繋がりを絶てなければ、100の巡りは繰り返される。


「――――?」

 誰かの家の屋根から裏路地へと降り立ち、ふと今考えたことに何か引っ掛かった。

 繋がりを絶つ。

 繋がり――そもそも勇者と魔王はどうして繋がっている?

 勇者の感情が一方的に魔王に知られるのは何故?

 いや、勇者と魔王の関係だけじゃない。


 どうして気付かなかったのか。どうして思い至らなかったのか。



 一方的な繋がりは――――『勇者の証』も、そうじゃないか。


 

 何か、とてつもなく恐ろしいことに気付きそうになったところで、リウルの思考を中断した。今はそのことは置いておこう。

「……」

 収納石の腕輪から外套を取り出し、顔を隠すように頭からすっぽり被さる。

 この路地の先に、昼からやってる酒場がある。

 部屋を抜け出して来てる以上、あまり猶予はない。ここで使えそうな商人か情報屋がいなければ、今回は諦めるしかなくなるが……。


 勇者とバレないように、信頼出来そうな相手見つける。


「よしっ」

 リウルは意気込み、酒場へと踏み入れた。



***


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