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泡沫に消えろ 後編⑧

***


 リウルは目の前にいる――ガラテスの眷属である狐のような魔物の背中を追いかけていたが、闇夜を照らすその光は遠くからでも眩しいほど見えた。

「――なんだ?」

 なんて不吉で………どこか悲しい光だろうか。


 あの辺りは確か、バレンディキンという街の方だ。帝国の第2皇子ラスティラッドの後ろ盾、ホルン公爵の派閥に加わっている貴族が領主を任されていたはず。

 ……あまり人と関わってきていないから、家庭教師から教わった政治的情報しか分からないが――こんなところに何故ガラテスが?


「グゥ、ルル……ッ」

 不意に眷属の魔物が足を止め、くるりと踵を返しリウルと対峙する。

 その目は先ほどとは違い、敵意と殺意が込められ、威嚇するように歯を剥き出しに唸り声を上げていた。

「っ、光が消えた途端に敵意向けるってさ……。止めてよ、嫌な予感に確信が増しちゃうじゃん」

「ガァグガアアアアァァ!!」

 理性を失ったように襲いかかってきた魔物を、リウルは躊躇いつつも斬り伏せた。


「…………ごめん」

 人を襲う魔物は殺さなければならない。

 リウルは目を伏せ、軽く黙祷すると先を急いだ。

 恐らくガラテスは街にいる。

 あの光が何か分からないが、魔物の急激な態度の変化――いや、リウルの元から離れるときに言っていたではないか。突然縄張りを荒らし始めた眷属がいるって。

 今のも魔物が錯乱しただけかもしれない。あの光はもしかしたら、そういう効果があるのかもしれない。


 ―――それから全速力で走り、すぐに街には着いた。


 否。

 街があったはずの、更地に。


「――――。なんだ、これ……。何が………………――ラヴィ?」

 街があったなんて勘違いだったのだろうか。

 光も何か見間違えたのかもしれない。

 まるで幻でも見ているかのように、呆然と辺りを見渡していると、ふと人影が一人横たわっているではないか。

 そしてその人物は、友人のラヴィだった。


 慌てて駆け寄れば、彼の周囲にだけ薄い膜のようなものが見えた。

 結界だろうそれに手を伸ばすと、リウルが触れた瞬間に消えてしまった。

「ラヴィ!」

 消えたなら好都合だとその場に膝を着き、ラヴィの状態を確認する。


 脈も息もある。ただ、暴行を受けた痕と腹の傷が酷い。このままでは危険だ。急いで医者に診せるべきだろう、ここから近い街は――

「ぅ、」

「ラヴィ?」

 起きたかと思ったが違ったようだ。瞼は重く閉ざされたまま。代わりに力強く握っていた手から何かが零れ落ちる。

 カラッ、と乾いた音を立てて地に落ちたのは、鈍色の石の欠片だった。


 ――鈍色……そういえばガラテスは一体どこに……?

 そのときだ。

 石の欠片が淡く光り―――同時にリウルの脳裏に何かの光景が高速で流れていく。


 それはガラテスの記憶の一部。

 リウルの友人であるラヴィを守り、そして二人を罠にかけた帝国騎士の存在を知らせるために遺したのだろう。


「…………」

 ガラテスの記憶を見終えたリウルは大きく息を吸い込み、それからラヴィの傷に障らないようゆっくりと歩き出す。


 ――あのとき、ガラテスと一緒に行けば良かった。

 でも、そうしたら母も弟も死んでいただろう。……いや、そもそもおれが居眠りしなければ。


「違う」


 そう。

 そうだ。

 違う。


「騎士……あの顔―――ッ」

 ギリッ、と奥歯を噛み締め、軋む。手の甲の『魔術紋陣』が黒く浮かび上がった。

「ガロ・トラクタルアース」

 フィアナの護衛をしてる親衛隊隊長だ。

 ラヴィとガラテスの立場を利用し、二人を殺すために意図的に罠にはめたとしか思えない。

 なんのために、なんの目的があってこんなことをしたのか。


 ……どうでもいい。そんなこと、どうでも。


「許せない」

 許せるはずがない。

 ガロも。

 そして彼の思惑通りに動いた街の人間たちも。


 人を守って、助けてきたのに。―――なんでよりにもよって、友人を傷つけられなければいけない。


 ガラテスは魔族だけど―――おれは……ッ!


「―――……朝」

 山間から太陽が昇っていた。

 いつの間にか闇夜は明るくなり、空は朝焼けに薄らと赤い。

 しかし今のリウルには、その眩しさが腹立たしかった。

 ガラテスが最期に街を消滅させたあの光よりも眩しいことが。輝いていることが。


 だから、せめて。


「ガラテス、君はおれにとって友達だったよ」

 ラヴィにも言えなかったことを話していた分、本心を打ち明けていた気がする。

 魔の者であろうと、魔族であろうと関係ない。

 友の死を悼むように、リウルは街に着く間ガラテスとの思い出に浸ることにした。




***




 どくり、と胸元の魔装具が脈打ち、魔王ヴァネッサは手に持っていた本を落とし、その場に崩れるよう膝を着いた。

「魔王様!?」

 近くにいたジュラートがすぐに駆け寄った。


 彼は巨鬼(ギガン)よりは小柄ではあるが、剥き出しの逞しい上半身に入れ墨のような紋様が刻まれたスキンヘッドの大男で、歴代の魔王の側仕えでもある。

『魔王代理』とも呼ばれている。


「大丈夫ですか、魔王様……! 一体、どうされて――」

「――――ふ、」

 胸を押さえながら俯くヴァネッサに、ジュラートは駆け寄ったもののどうしたものかと右往左往する。

 魔族は病気にならない。吐き気とか具合が悪くなることはないはずだ。

 だとしたら一体、と不安げに考えていると、ヴァネッサは急に振り返ると凶悪な笑みを浮かべていた。


「ま、魔王様?」

「ふ―――っははははは! 聞け、ジュラート!」

 戸惑うジュラートに彼女は告げる。


「妾の中に勇者の感情が流れてきた! あやつは心底人間を憎み、殺したいと思っておる!」

「…………えっと、何かあったんすかねぇ?」

「知らぬ。興味ない。――妾は妾の『存在意義』のために、あやつの“願い”を叶えてやるだけじゃ」

 魔王ヴァネッサにとって大事なのは、“神様”であるリウルの“感情”だけだ。

 そのために生まれ、そのために存在しているのだから。


「さぁ、準備しようではないか! 軍の編成を急ぎ、魔物共をもっと支配するのじゃ! 偵察隊の魔族も戻せ! 戦争じゃ。戦争を始めるのじゃ! ククッ、一人残らず殺し尽くしてやろう……っ!!」

 立ち上がり、喜び高笑いを上げながら書斎から出て行った魔王に、ジュラートは溜め息を吐き――小さく口を零す。


「……今期も駄目だったか。ちょいと期待してたんですがねぇ」

 巡り、巡る。

 繰り返される100の巡り。

 魔王の側でジュラートは、何度も、幾度も、遠く遙か昔から――それを見てきた。


 ジュラートも魔族だ。“対”の人間の願いを叶えるために存在する。

 だから魔王の気持ちも分かるのだが……同時に落胆してしまう。


 何故ならジュラートが叶えるべき『願い』は―――――


「――ジュラート! 何をしてる、おぬしも来い!!」

 ひょこりと部屋の扉から顔を出したヴェネッサは少し不機嫌そうだ。

 さっきまであんなに一人楽しそうだったのに……。


「あー、すみません。今行きやす」

 ヴァネッサが落とした本を元の場所に戻し、興奮してる我が王の元へ急いだ。




***




「もうすぐだよ、ラヴィ。ほら、おれたちの拠点(ホーム)だ」

 別の街で治療してもらい、医者の反対を無視してラヴィをまた背負い続け、ようやく小屋が見えた頃には、あれからもう丸3日は過ぎていた。

 街に留まらなかったのは、また誰かがラヴィを殺そうとするかもしれなかったから。警戒するに越したことはない。

 だが……まさか、ラヴィが街に入るのが苦手だとよく言っていた理由が、あんな過去のせいだったなんて。


「…………」

 ――医者は、ラヴィはもう目を覚まさない可能性もあると言っていた。

 峠は越え命の危機は去ったが、精神が酷く摩耗していると。


 ガラテスだけでなく、もう一人の友人まで失うのか……おれは。


「リウル様! お戻りですか!?」

 小屋に近づくと、その玄関前にいた人影がこちらに気付いて駆け寄る。

「ニア――」

「あ、ラヴィも。――二人とも数日も行方不明になって、心配したんですよ!?」


 ニアは、ガロの弟子だ。

 彼女はいつでもラヴィを殺せるタイミングがあったのに、そうしていない。だから今回の件は関係ないのだろう。――ただ、それがいつ変わるかも分からない。

「リウル様?」黙ってるリウルを怪訝そうに首を傾げる彼女に、重い口を開く。


「……ニア。ラヴィは起きないかもしれない」

「え―――?」

「おれたちの仲良しごっこは、これで終わりだ」

「え、何を――。いえ、それより仲良し“ごっこ”なんて!」

 困惑するニアの横を通り過ぎ、小屋のベッドにラヴィを寝かす。振り返ればニアは心配そうに彼を一瞥し、そしてリウルへ視線を戻した。


「おれは……君のことを信じたい。信じたいのに……心のどこかで疑ってしまう」

「う、たがう……? 一体、何があったんですか?」


 ニアは『勇者』に対して、並々ならぬ憧憬の情を向けている。

 ならばガロが動く前に、彼女を先に手に入れてしまおう。鎖で雁字搦めにして、こちら側から離れないように。裏切れないように。


「ごめん、話せないんだ。……でも、だからこそ――おれは君に頼みたい。ラヴィのこと、任せても良いかな」

 勇者からの頼みを――彼女は断れない。

「――分かりました。何か事情があるんですね……、私が守ります」

「ありがとう、ニア。君がいてくれて良かった……頼れる人がいて、良かった」

 声を震わせて言えば、泣いていると勘違いしたのか慌てて「と、当然です! 私はリウル様とラヴィの仲間ですから」と慰めてきた。


 ……これで良いだろう。

 ずきりと胸が痛んだ気がした。


「………そう言えば、君がここに来たのはおれに何か伝えるためでもあったんじゃないの?」

「はっ! そ、そうでした……。えっと、その………皇帝陛下からの勅令です。いますぐに帰城しろ、とのことで……」

 まぁ、当然だろう。

 この三日間、ずっと連絡を無視し任務も放棄してきたのだから。なんらかの処罰も受けるはず。

 だからニアにラヴィを頼んだのだから。


「分かった」

 リウルは小屋の玄関へと足を向け――「リウル様!」呼び止められ、振り返る。

「何?」


「――ぁ、あの! 大丈夫、ですか……?」

 本当に。

 心の底から心配する、純粋な薄桃色の瞳に――リウルは咄嗟に目を逸らす。


「大丈夫だよ」

「そう、ですか……」

「うん、ちょっと疲れてるだけ。大丈夫。じゃあ、行ってくるから」

「はい。行ってらっしゃい!」


 ニアに見送られ小屋から出たリウルは、念のために結界を強化しておく。3人以外は絶対に入れないよう、そしてどんな攻撃を受けても耐えられるように。

 ここから先、何が起こるか分からない。


“敵”は魔の者だけではないのだから―――。






 皇帝の座る玉座の前で膝を着き、頭垂れるリウルに第一宰相デミが前に出る。


「勇者の使命を放棄し、多くの街や民を危険に晒し、更にバレンディキンの街をみすみす消滅させた! この責は重大なものとし―――」


 カミス皇帝の隣には教皇もおり、それからこの玉座の間の隅にはガロ・トラクタルアースが警護に立っていた。

 ―――いつもの光景だ。

 今まで命令や重要な案件の相談には、大体このメンバーがこの場所に集う。


 でも、違う。


 ようやくリウルは気付いたのだ。

 ここにいる人物たちこそが―――リウルを掌の上で踊らせているということに。




「無期限の監視官による監査、そして任務以外で城外へ出ることを禁ずる!!」




***


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