泡沫に消えろ 後編⑤
昨日更新出来ずにすみません!爆睡してました←
――近いな、とリウルは思わず眉を顰めた。
帝都ではない。帝都からはむしろ遠く、常人なら数日もかかる距離もある。しかし、距離も方角も、帝都に連れて来られて間もない頃よく地図で見ていたから分かってしまう。
ここは、リウルの故郷がある村と近い森の中――。
その最深部にある大樹の前で、リウルとガラテスは巨鳥の魔物と対峙していた。
見たことのない魔物だ。
全長は20mもある。大きな白い翼と鮮やかな暁色の羽毛、竜鱗をまとった太い1本の足、聡明そうな鋭い琥珀色の瞳。それから橙色の孔雀のような尾には、何か大きな石が一本一本に埋め込まれていた。
リウルが感じ取れるだけでも膨大な魔力量を保有しており、その威圧感から強力な魔物だと分かる。
これほどの巨体で今まで感知されてこなかったのは、大気中が時々揺れているのを見ると、なにかの術で結界を張っているからだろう。
以前倒した晶凍ノ鰐よりも、強さも大きさも段違いだと思えた。
「“レドマーヌ”。ツレテキタ、ユーシャ」
ガラテスに紹介されたリウルは冷や汗を手に握る。
この巨鳥が“レドマーヌ”だって……?
記憶にある“レドマーヌ”は、幼いリウルが抱えられるくらいの大きさで、もっと愛らしく人懐っこい魔物だった。確かに色や姿は似てるが、絶対にコイツではないと断言出来る。
それに『勇者』と『魔族』を見下すような冷淡な琥珀色の瞳は、まるでリウルたちのことを意識すらしていないように見えた。
「《――――――、まだ“運命”は、決しておらぬ》」
「!?」
魔物がしゃべった!?
魔族にはそれだけの知能も声帯もあるから分かるが。それともこの魔物だけ、別格なのか?
「《均衡は、闇に傾きつつある――。塔は、沈黙――。……いずれ審判が下る》」
「???」
「《………………―――――――――――》」
意味不明なことを言い終え、満足した巨鳥の瞳が閉じられた。……え、もしかして寝た?
思わずガラテスを見ると、ガラテスは巨鳥をじっと見つめていた。まだ何かあるのかと視線を戻すと、巨鳥の後ろにあった大樹から一羽の鳥がふらふらと飛んできた。
いや、飛ぶというより落ちている。
リウルは巨鳥を警戒しつつその鳥の落下地点まで歩き、両手で掬うように落ちてきた鳥を受け止める。
「“レドマーヌ”、オソイ」
ガラテスの言葉に勘違いしていたことに気付く。
「ぴぃぴぃ!」
「イイワケダ」
「ぴい! ぴぴぃ? ぴっぴぴぃ~?」
「ウルサイ。クウゾ」
レドマーヌと呼ばれた小鳥は、リウルに助けを求めるように腕をよじ登り、そして左肩へと来ると、首の後ろに隠れてしまった。
「ぴ!」
「カクレル、ヒキョウ。……ユーシャ、ソイツ、ヨコセ」
「ぴぃ!?」ガラテスが睨み付けると、レドマーヌは怯えたように震える。毛が首筋に当たってくすぐったい。
リウルは宥めるように小鳥を撫で、震えが落ち着いた頃に手で掬う。目の前に持ってきたレドマーヌは小首を傾げ、ぴぃぴぃ鳴いていた。
「レドマーヌ、なのか……?」
「ぴ!」
答えるように胸を張る。そこで補足するようにガラテスが口を開く。
「ナマエ、ユーシャ、ツケタ。ソレ、ジマン、シテクル。……ウザイ」
「でも――おれは、」
君を殺したはずだ、とは続けられなかった。
しかしレドマーヌは掌の上で小さな羽根を羽ばたかせ、励まそうとしていた。
「ぴぃぴ、ぴぴっ!」
「ソレ、【不死鳥】ダ。シナナイ」
「ふ、しちょう……? 死なないって、そんな魔物がいるの?」
「――ソコ、デカイ、イル。アレ、ホンタイ。……ハネ、ゼンブ、ケンゾク」
目を閉じて一切動かない巨鳥が【不死鳥】の本体。そして、本体から生える羽一本一本がレドマーヌのような眷属、ということだろうか。
だが、それなら不死鳥というのも納得出来る。肉体が死んでも、代わりの肉体はたくさんある。レドマーヌの様子から、精神も引き継げるようだ。
「君、そんなにすごい魔物だったんだ」
「ぴ!」
再び胸を張る小鳥に、小さく笑みを漏らす。
死なない、と言っても殺したことはなくならない。それでも以前のように懐いてくれるレドマーヌに、涙が出そうだった。
おそらく生まれ変わり、リウルに会いに行きたくてもまだちゃんと飛ぶことができないため、代わりの眷属を用意してガラテスと接触したのだろう。
ただ会いたい、そのためだけに。
「ぴぴっ、ぴぴぃ!」
「ツイテイキタイ、ト、イッテル。……ドウスル」
一瞬、逡巡した。意識障害があるリウルの近くにいたら危ないかもしれない。
だから「ごめん」と謝った。
「おれは『勇者』だから……君を傷つけることしか出来ない。だけど、また遊びに来るから」
「ぴぃ~………」
「約束する。必ず来るから」
レドマーヌの頭を撫でると、嬉しそうに目を細め、しかしどこか寂しそうだ。それでもリウルから離れ、地面をぴょんぴょん跳ねながら本体の元へ戻っていく。
「ぴぃ!」
最後に振り返ると、小さな羽根を頑張って大きく広げた。
「マタ、クルマデ、トベル、ナッテル。ダカラ、ヤクソク――。ト、イッテル」
「うん。またね」
片手を上げ、リウルはガラテスと共に去って行く。
「………本体は動かないのか?」
「マオウサマ、イッテタ。アレ、ウゴカナイ。デク。ツカエナイ」
「口悪いな」
「デモ、オカゲデ、ニンゲン、イキテル」
それには同意する。
もし不死鳥本体が魔王に加担することがあれば、すぐに人間など滅んでいるだろう。
――そもそもアレは本当に魔物なのだろうか?
魔王の命令すら拒否出来る。会話は難しそうだが言語を理解し、しかも死なない。
「モウ、カエルカ?」
「そうだね、ラヴィのこと放置しちゃってるし。帰って怒られてやらないと」
「ソウカ。――?」
「どうした?」
不意に足を止めたガラテスはとある方角をじっと見つめ、やがて目を細めた。
「…………サキ、モドル」
「何かあったのか?」
「ナワバリ、アラス、マモノ、デタ。――コロス」
言い終えると同時に姿が消えると、気配も感知出来なくなる。こうなるともうガラテスがどこにいるのか分からない。
縄張り、というのはガラテスの住処だろう。
未だしゃべるのは苦手のようだが、それでもそこらにいる魔族よりは強いガラテスの縄張りを荒らすとは。よっぽどの雑魚魔物が迷い込んできたのだろう。
しかしガラテスが見ていた方角、少しズレてはいたが拠点小屋も近い。
おれも少し急いで帰るか、と足を踏み込んだとき――「きゃあああっ!」と女性の悲鳴が耳に入る。
リウルは何も考えずその声の元へ駆け出し、腕輪から大剣と杖を取り出す。
やがて見えてきたのは、母子に群がる7匹の蜂蠅だった。全長30cmの蜂と蠅が合体したような見た目の魔物である。不快な羽音が煩わしい。
「動かないで!」
子供を守るように抱きかかえ蹲る女性の背中に呼びかけ、リウルは杖を前に翳す。
【簡略展開発動――結界!】
母子の周囲に薄い膜が張られ、それに触れた蜂蠅が弾かれる。
すぐに杖を腕輪に仕舞い、大剣を両手で構え一閃!
横に凪いだ斬撃は2匹だけを捕らえ、消滅させる。
残り5匹は標的を変えリウルへと襲いかかるが、蜂蠅の攻撃は尾の部分にある針によるひと突きだけだ。
少しでも擦ると猛毒により危険なのだが、攻撃手段がそれしかないのは動きが読みやすい。
あっという間に全ての蜂蠅を倒すと、「大丈夫ですか」と母子へと顔を向け―――息を呑む。
「ええ! ありがとうございます、旅の方」
「か、」
――母さん、と声が掠れたおかげで、相手には聞かれずに済んだようだ。
リウルとよく似た容姿の女性だ。髪色も瞳の色も同じ、記憶よりも少し老けたその人は、額から流れる血が目に入ったようで、あまり目が開けられないようだ。
不幸中の幸いと言うべきか。或いは。
ずっと会いたかった存在なのに、いざ目の前にするとどう反応していいか分からない。
手紙も返してくれなかった。
帝都までリウルに会いにきてもくれなかった。
――手紙は城の人間が捨て、リウルに会いに行くことを教会が禁止していたことなど知らないリウルは、『勇者』になった自分を捨てたのだと勘違いしていた。
だから、嬉しいのに。素直に喜べず。
泣いて抱きつきたいのに。恐怖で後退る。
それでもリウルは手を伸ばし、勇気を振り絞ろうとして―――
「リウルは無事?……良かった、怪我はないわね」
え、と伸ばした手が止まる。
母は「リウル」と呼びながら、リウルを見ていない。その視線も顔も、腕の中で今にも泣きそうな2才くらいの子供へ向けられている。
「旅の方、本当にありがとうございました。この子が突然村の外に飛び出して……普段は大人しいのに、どうしたのかしらね」
仕方ない子ね、と愚痴りつつ、愛情に満ちた笑みを浮かべている。
「あの、旅の方。名前を伺っても……? それと出来ればおもてなしをさせて欲しいの。助けてくれた感謝をこめて」
主人が酒場を営んでいるの、と勧めてくるが、リウルは大剣を腕輪に戻すと、母子に背を向ける。
「いえ、急ぐ旅ですので。……それより頭の傷、」
「逃げるときに転んでしまって……、もう血は止まってますので。――でも、そうですか。残念です。もし、今度近くに寄ったときは是非」
村の方から母子を探す男の声が聞こえた。……父だ。
しかしリウルはぐっと強く目を閉じ、小さく息を吸う。
「そうですね、いつか是非。――旦那さんが迎えにきたようなので、おれはこれで」
父に姿を見られるわけにいかない。
逃げるように背を向けたリウルに、小さな手が服を掴む。
思わず振り返ると、母に抱きかかえられた子供――同じ名前の弟が、じっとリウルを見つめていた。
同じ髪色だが、瞳は父に似て紅い。
「にぃちゃ、ありがと」
「!」
弟がリウルのことを知ってるわけがない。ただ年上の男性に対して「兄ちゃん」と言っただけで、ありがとうと言ったのも母親の真似だろう。
リウルを引き留めた小さな手が離れ、再び母親にしがみつく。
リウルは小さく頭を下げ、駆け出した。
「っ~~~~~~~!」
今自身がどんな表情をしているのか、今どんな気持ちを抱いているのか、よく分からない。
『勇者』に選ばれ、両親から引き離されて城に召され、『勇者』として教育され、――ツラかった。
帰りたかった。
故郷に。両親の元に。
でも、そうか―――例え故郷に戻っても、おれの居場所はないのか。
「は、ははっ……なんで、おれ……泣いてんだろ」
走る足が次第に遅くなり、歩きながら泣いていた。
悲しくて苦しくて、寂しくて憎くて、恨めしくて妬ましくて。
気付いて欲しかったのだろうか。
声変わりしたリウルの声が分からないのは当然だ。姿も見えなかったのだから。
でも気付かれて、微妙な空気になったらもっと傷ついたかもしれない。
お前の代わりはもういる、と言われたら。
捨てたのにどうして帰ってきた、と言われたら。
そんなこと言う人たちじゃない、と思えるほど両親のことを知ってるわけじゃない。
「っ、ぅう……っ。うぐっ……ぅ、」
拭っても拭っても涙が溢れる。
歩くのも止めて、近くの木に凭れかかるとそのままずるずるとしゃがみ込み、蹲った。
このまま拠点小屋にも帝都にも戻れない。
とりあえず落ち着くまでここで泣いていようと、リウルは涙をこぼした。
どれくらい経ったか、リウルはふと目を覚まし飛び起きた。
「……寝ちゃったのか、おれ」
森の中はすでに真っ暗で、夜になってしまっていた。
泣きすぎたのか目が腫れぼったいのと、頭が痛い。どちらも『勇者の証』ですぐに元に戻るだろうと放っておくことにし、とりあえずラヴィのことが心配なので小屋へ向かう。
「あれ?」
最速で帰ると、しかし小屋は真っ暗だった。いつもはラヴィがここで寝泊まりしているので、この時間ならいるはずなのに。
それとももう寝たのか、とベッドを見に行くがいない。そもそも、ガラテスが放り捨てたあの悪ガキたちのズボンと下着もそのままだった。
「あれから一度も帰ってきてない、のか……?」
途端に嫌な予感がする。
「ラヴィ――!」
小屋から飛び出し、周囲を闇雲に探し回る。当然見つかるはずもない。
どこに行ったんだと焦っていると、迫ってくる魔物の気配に大剣を取り出す。
「!」
しかし剣身が魔物首を捕らえる直前、リウルは動きを止めた。
「ガゥ、ガゥウ……」
緊張したような鳴き声を発するその魔物は狐に似ている。尾が7本。似てはいないが、その特徴がガラテスを彷彿とさせた。
「……もしかしてガラテスの眷属か?」
大剣を降ろすが、魔物はリウルの前から逃げることも、襲いかかることもしない。
その瞳は何かを訴えているようだった。
「ガラテスにも何かあったのか?」
「ガゥ!」
リウルの言葉を理解してるわけではないだろうが、狐の魔物はリウルの前を少し歩くと足を止め、振り返ってくる。
「…………」
ついていけば、ガラテスとは合流出来るだろう。でもラヴィは……?
いや、闇雲に探しても埒が明かない。ガラテスと合流し、眷属に頼んで捜索してもらえば、1人で探すよりは―――でも、もし何かに巻き込まれていて、間に合わなかったら?
「っ、くそ!」
迷ってる暇はない。
リウルは魔物の後を追うことを選んだ。
たぶん連日更新はもう出来ないかもです……
ちょっとまた仕事忙しくなりそうなので。
でも更新ペース遅くならないようには頑張ります!




