泡沫に消えろ 後編④
城の中を調査し終えたリウルは、小さく溜め息を吐いた。
結果的には皇帝の寝室には入れた。が、特に何もなかった。これほどまでに何もないと、やはり不自然すぎる。
――徹底的に隠匿されてる。
「それだけ知られるのはマズイってことだよね……」
最後にリウルが赴いたのは、とある公園にある慰霊碑だ。ここは人通りもあるので、夜になるのを待って訪れていた。
「立派な慰霊碑ですよね!」
「……」
そしてリウルの隣には何故かニア・フェルベルカがいた。
薄桃色の瞳が珍しい物でも見るように慰霊碑へ向けられている。
公園に向かう途中、走り込みをしていたニアと偶然会ってしまい、うまく言い訳出来ずについてこられてしまったのだ。
「―――おれも、ちゃんと見に来たのは初めてかもしれない」
立派な石碑だ。そこには“歴代の勇者 ここに眠る”と書かれている。実際に遺体が埋められているわけではないだろうが、……まぁ形だけの弔いだ。
「300年前――帝国の黄金時代に作られたものらしいよ」
「帝国の黄金時代、ですか……?」
元々小国の一つに過ぎなかった帝国。初の自国から勇者が選ばれ、更に当時の皇帝が賢王だったようだ。
300年前は現在ほど魔術の技術が発展しておらず、結界なんてものは存在しなかった混迷の時代。今よりも魔物が蔓延り、国外へ出向くだけでも死と隣り合わせ。
そこで当時の皇帝が勇者と協力し、魔物どもを駆逐しながら領地を拡大。魔石が大量に発掘される鉱山を発見することで、大国へと成り上がった。
「それでリウル様、この慰霊碑に何か用があったんです? こんな時間に観光ですか?」
『勇者』であるリウルが人前に出ると面倒なことが多いので、確かに観光には最適の時間かもしれない。ただ、今更だ。
故郷を離れ帝都に来てからはもう10年以上経つ。目新しいと感じる物はない。
「えっと……なんか気になったんだ」
「よく分かりませんが、調査ということで良いですか?」
「そ、そんな感じ」
リウルの挙動や言葉を不審がる素振りもなく、ニアは平然と慰霊碑へと近づき、ペタペタと触り出す。
罰当たりだとか不敬だとか、そんなことは考えていないのだろう。一応この国では慰霊碑への過度な接近は違法行為なのだが。
信頼されているのか、それとも天然なのか……ニアらしいと言えばそうだけど。
「?」
そのニアは慰霊碑の後ろの、その根元に違和感を覚えていた。芝やら土で見えづらいが、何か文字が刻まれていることに気付く。
「リウル様!」すぐにそれをリウルへと見せる。
「“親愛なる友よ、私は忘れない”……?」
「歴代勇者の関係者でしょうね。ですが何も、こんな場所に刻まなくても」
勇者の墓はない。だからこそ、だろうか。
だがリウルが引っ掛かったのは「忘れない」という一言だった。別におかしくはないのだが、違和感はある。
「…………他は別に何もない、か」
「はい。――ですが、寂しい慰霊碑ですね」
「……」
手向けられる花もない。最低限の管理はされているが、雨風で風化した慰霊碑は、近くに街灯もないせいで夜の闇に紛れている。
いつかおれも忘れられてしまうんだろうか、この慰霊碑のように。過去の勇者たちのように――。
それは、少し悲しい。
「リウル様?」
様子のおかしいリウルを見てくるニアに首を横に振り、なんでもないと笑う。
「おれは部屋に戻るけど、ニアはどうするの?」
「私もそろそろ帰ることにします。そういえばクローツ様が仲間を増やして欲しいと嘆願書を渡したのに、何も返答がないって困ってましたよ?」
「そんなの燃やした」
「え!?」
軍部からも隊を貸すとか言う話もあったが、丁重に断った。仲間が多いと動きにくいし、信用出来ない人間を近くに置きたくない。
それに、と無意識に左手の甲に触れる。
「あの人しつこいよね。おれはいらないって何度も言ってるのにさ」
「クローツ様はリウル様のことを心配していらっしゃるんですよ!」
その言葉にイラッとした。
「頭でっかちの口うるさい奴だよ。第一あいつは心配してるんじゃなくて、そういうフリをしてるだけだよ」
貴族で、フィアナ王女やラスティラッド皇子と幼なじみで友人。魔術の才もずば抜け、剣術もそこそこ出来て、親衛隊副隊長で。――嫌味なほどの成功者だ。
別に僻んでいるわけではないのだが、ニアは奴のことが好きでよく話題に上げてくるのが煩わしかった。
「そんなことありません! クローツ様は不器用ではありますが、素直な方です!」
「……もういいよ。クローツの話は聞きたくない」
イライラして足早にその場から逃げるように去ると、「リウル様!?」と困ったように呼びかける声を無視した。
「なんだよ……。そんなにクローツのことが好きなら、おれのこと放っておけばいいじゃんか」
前におれの隣に並びたいとか言ったくせに。
「…………どうせ、」
どうせおれは、素直じゃないよ。
拗ねたように愚痴るリウルは、そのときだけは『勇者』ということを忘れていた。
数日後。拠点小屋に寄ると、そわそわと動き回ってるラヴィがいた。
「……何してるの」
「リウ~!」
待ってましたと言わんばかりに駆け寄ってきたラヴィは、すぐに説明しようと口を開くが――。
「すげえ! ここが『勇者』の別荘だって!」
「なんかボロくねぇ? 俺ん家より狭いし」
「ぎゃはは!」「ぎゃははははっ!!」
いかにも悪ガキと言った少年が2人と「し、失礼だよ……」と小声で2人を諫める少女が1人――小屋の中を荒らし回っているのが見えた。
正確には悪ガキ2人が暴れてるのが原因だが。
それを見た瞬間、リウルは額に手を当てて大きく溜め息を吐いた。
この拠点小屋を作る条件として帝都からさほど遠くない場所に建てる、というのがあり、わりと街から近い位置にある。
上位貴族や騎士はそれを知っているので、そう言った家の子息や令嬢が『勇者』をひと目見ようと観光気分で来ることがあった。
それらをいちいち相手にするつもりもないリウルは、「迷惑だから帰ってください」と冷淡に返し、相手も無理は言えずにすごすごと帰っていくのだが、今回は面倒そうなのが来たなと顔を顰める。
「ごめんね~! おいらだけじゃ追い返せなくて~……」
少し意外だと思った。ラヴィは誰とでもすぐに仲良くなれそうなのに。
落ち込むラヴィの肩を叩き、それから忍び込んだらしき3人の子供を前に収納石の腕輪から―――
「てぇぇぇええええ!? 何してるのぉ~、リウ~!?」
「? 剣を出して脅すつもりだけど」
「相手は子供ぉ~!! 夢を壊すつもり!?」
「悪いことを叱るのも大事だろ」
「限度があるよ~! 勇者に剣向けられて脅されたらトラウマ間違いないさぁ~!?」
ぎゃーぎゃー騒いでいると、子供たちがリウルに気付き近づいてきた。
「へぇー、こんなのが勇者?」
「絵本で見た勇者より弱そう!」
「ぎゃはは!」「ぎゃははははは!」
2人の少年の後ろで、顔を真っ青にした少女がごめんなさいごめんなさい……と頭を何度も下げてくる。
「…………一回だけ殴っていい?」
「だめだめだめぇ~!! リウが殴ったら死んじゃうよぉ~!!」
額に青筋を立てるリウルを必死に宥めるラヴィは、もはや涙目である。
仕方ない、と別の方法を考えることにした。
そこでふと閃く。
「ねぇ、君たち――魔術みたくない?」
勇者の魔術、それを見たくないわけがない。
揃って「「見る!」」と反応する悪ガキ2人。少女はその後ろで申し訳なさそうに俯き、ラヴィは大丈夫なのかと視線で訴えてくる。
「今からおれは指を鳴らす。すると君たちのズボンは―――」
パチンッ、と指が鳴り。
「―――消えてなくなる」
小悪党が浮かべるような下卑た笑みを浮かべるリウルの眼前には、ズボンが消えて下半身丸出しの少年が2人。
彼らも違和感を覚え、恐る恐る自分たちの下半身を確認し、それを後ろからとは言え見てしまった少女が「きゃああああああ――ッ!?」と悲鳴を上げながら、顔を青から真っ赤に変色させた。
吹き抜ける下半身。遮る物も守る物もない、無防備な下半身。
少年2人はそれを確認し、1人が口をこぼす。
「お、お前……おっきいな」
「…………~~~~~~ッ!!!!」
大きいことがコンプレックスだったのか、すぐに羞恥に顔を染め、「見んなぁぁあああああ!」と服の裾を無理やり下げて小屋から飛び出していった。
「待てよ! 大きい方がいいじゃん!」と続けて1人も追いかけ、少し距離を開けて少女も追いかけていく。一度リウルを恨みがましい視線を向けて。
「無事に追い出せたね―――て、痛ッ」
思いきり後頭部を叩かれた。
「バカ! リウのバカ~! あれじゃあ街にも帰れないでしょ~!?」
「あ」それもそうか。
今更気付いたリウルに呆れたように溜め息を吐くと、ラヴィは子供たちを探してくると出て行ってしまった。
「――――イイ、ノカ?」
小屋の中にはいつの間にか魔族のガラテスがいた。
この数日でガラテスは能力の調整が出来るようになり、リウルだけ姿を消しても気配を察知出来るようにしてくれたのだ。
先ほどズボンと下着を消した魔術は、ガラテスに協力してもらったもので、実際はそんな役に立たない魔術など存在しない。
「この辺りの魔物はガラテスのおかげで寄って来ないし、大丈夫だよ。――それに用があるんじゃないの?」
「マタ、ツカイ、キタ」
“レドマーヌ”の、恐らく眷属である魔物がまた来たのだという。
ガラテスは手に持っていた少年らのズボンと下着を適当に放り、じっとリウルを見つめる。
「……何?」
「―――、」リウルの顔色を見て、今日は大丈夫そうだとガラテスは安堵していた。以前会ったときは、酷く辛そうにしていたから。
「タノシソウダッタ」
「?……ああ、さっきの? まぁスッキリはしたけど」
ガラテスは頷き、小屋の外へと向かって行く。
リウルは首を傾げるが、まぁいいかとその後ろをついていく。




