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泡沫に消えろ 後編③

***


 大剣を一閃―――魔物が断末魔をあげ、血しぶきが噴き出す。

 これで任務は終わりだと大剣を腕輪の収納石に納め、それから魔物の死体にそっと触れる。

「……」

 水辺に生息する魔物で、姿はカワウソに似てる。狂暴そうな目は今や白く剥き、牙は折れていた。その魔物の傍らには、同じ姿の、しかし触れてる魔物よりは一回りも小さい魔物が何匹も転がっている。


 ――魔物が子を成し、育てることはない。

 魔物は突然現れる。サイズが違うだけでそこに血の繋がりはない。

 それでもリウルは思う。家族、だったのかもしれない、と。


「ごめん……」

 やるせなかった。


 今回の任務はこの魔物の討伐だったが、別に人間に被害があったわけではない。

 ただ、人間の住む街が近くにあり、いつか襲われるかもしれないから。――ただそれだけで依頼としてリウルは殺したのだ。


 魔の者が皆、人間を憎んでるわけではないことをリウルは知ってる。

 生きるための糧として狩るラヴィとは違う、目障りだからと殺すこの行為が嫌だった。


 それでもリウルは『勇者』だ。

 立場上、やらないわけにはいかない。


 不意に―――殺せ、とぼんやりする頭の中に声が響く。


 このときに近くに魔の者がいると、また意識を失い、気付けば殺戮を行っている。

 それが嫌で、声が聞こえなくなるまでその場に蹲り、ただ時間が過ぎるのを待った。


 やがて日が傾き、落ち着き始めた頃――帰路に着くとガラテスが現れた。

毛むくじゃらの太い手足に大きく鋭い爪、狐のような尻尾が七本、鋼の鎧のように固そうな胸に埋まった鈍色の“魔装具”――人と魔の者が争わず共存出来る方法を模索するリウルに、唯一賛同してくれた魔族だ。


「どうしたの」

『勇者』という身分から、あまり魔族と仲良くしているところを見られるのはマズイ。

ガラテスとの関係はまだ仲間にも話しておらず、今回はラヴィたちを連れていなかったため良かったが……。

「………………ダイジョウブ、カ?」

「―――、」

 見られていたのか、と悟った。


 ガラテスは気配を完全に遮断し、姿を消すことが出来る。蹲っていたリウルを見かけたのだろう。

 魔族に心配される己の弱さに自嘲する。

「矛盾だらけなんだ、おれは……。どうすればいいか、まだ分からないんだ」


 ガラテスと話をしてると、本当に分からなくなる。今まで殺してきた魔族や魔物も、きっとガラテスみたいなやつはいたはずなのに。

 分かり合えたかもしれないのに。


 ――でも、ふと『魔王』ヴァネッサの言葉も同時に思い出す。

 魔の者は人間の強い思念から生まれるのだと。

 人の感情から生まれた魔の者。それに同情や哀れみを向けるのは間違いなのかもしれない。

 だけど、リウルには割り切れなかった。


 ガラテスにしてもヴァネッサにしても、会話が出来る。彼らにもそれぞれ意志がある。心がある。

 ―――なら、それは生きてるってことじゃないのか?

 人間と何が違う? 生まれ方が違う、価値観が違う――そんなの人間同士だって違うこともある。

『勇者』の力で魔の者を虐殺し、『魔王』と共に死ぬことの意味を見いだせない。


 何よりも……――いつか目の前の魔族を、ガラテスを殺してしまうのではないかという恐怖があった。


「ユーシャ」

「ん?」

 のそのそと近づいてきたガラテスが、リウルの手を掴み何か渡してきた。白い羽根だった。

「これ……鳥の羽?」

「“レドマーヌ(・・・・・)”。シッテル、カ?」

「!?」その名前を知らないはずがない。幼い頃、故郷の村の近くで傷ついた魔物を助けたことがあった。その魔物につけた名前だ。

 ――だが、その魔物は死んでるはずだ。リウルが殺した。『勇者』になるために必要なことだと、剣術の教師が捕まえて来て、殺すことを強要されて………


「どう、して……その名前を?」

「ココ、ツカイ、キタ。ユーシャ、サガシテル」

「ツカイ?――“使い”!?」

 魔族は自分と近い姿の魔物を眷属として使役出来たはず。でも、そうなると――レドマーヌは魔族ということになる。

 リウルの知る“レドマーヌ”は魔物だ。鳥型の魔物。魔族ではなかったはずだが、しかし向こうはリウルのことを知っている。


 ……罠、だと思うべきだろう。ガラテスがそれを知っていて協力してるとは思えないので、騙されているのかもしれない。

 いや、魔族は嘘を吐かない、だったか。意味も必要もないから、と魔王が言っていた。


「その“レドマーヌ”はどこにいるの?」

「イマ、イクノカ?」

 首を傾げるガラテスに、そういえばもう夕刻だったと思い出す。

「いや………今日は無理だね」

 外泊するには皇帝の許可が要る。ガラテスの様子から、今日中に戻ってこれる距離ではなさそうだ。


 ソウカ、と踵を返すガラテスを引き留める。

「ナンダ」

「……ありがとう」

 本人は何故感謝されたのか分からず首を傾げているが、リウルはなんとなく言いたかった。

 このまま小屋に帰って、ラヴィたちと顔を合わせてもいつも通り接することが出来なかったかもしれない。


 人じゃない、その存在が――今は安心する。


「もう大丈夫」

 口角を上げて笑みを浮かべると、ガラテスはきょとんとし、それから僅かに笑ったような気がした。

「――ヨカッタ」


 そして今度こそ去って行くガラテスの背中を見送り、リウルは一度目を閉じる。


 魔の者という存在。

 人間との関係性。

 戦争。

 勇者と魔王。


「…………歴代の勇者の中にも、絶対におれみたいに不審に思った人はいるはずだ」

 だからこそ、勇者たちの遺品はないのかもしれない。

 だけど勇者の仲間はどうだったのか。家族は。他にも本当に――魔の者との関係を疑問に感じた人はいなかったのだろうか。

「歴代の勇者が暮らしていたのは城だ。……あとは、慰霊碑、とか?」


 なんでも良い、何か情報があれば。とリウルは目を開け、再び帰路についた。






 翌日。

 リウルは巡回の兵士の目を盗みながら、城の中を調べていた。

 王族が使う隠し通路や隠し部屋すら見つからない。まぁ、当然かもしれない。そんな簡単に分かってしまうようなら問題だ。

 図書室や資料室で閲覧許可が必要な書物も漁ったが、やはり勇者に関することは見当たらない。


「はぁ……」

 こうなったら皇帝とか、王位継承権1位の皇子とかの部屋に侵入してみるか……?

 見つかったら無事では済まないだろうが。

 ――だけど、このまま燻ってるわけにもいかない。

 なにせリウルには時間がないのだから。


「よし!」

 パンッと両頬を叩き気合いを入れると、リウルはまず皇子たちの部屋に入ることにした。本人が在室だと騎士が扉の前で警備してるので、なるべく不在の部屋を狙う。

「そう簡単にはいかないよな……」

 この国の皇子は6人。その内調べられたのはたったの一部屋。六男のジュアン。4才。どうやら遊びに行ってるらしいのだが、まぁ4才の子供の部屋だ。王族らしく不必要な物、相応しくない物は置かれていない。

 そして当然、目的の物もなかった。


「――ん?」

 どうしたものかと思っていると、ちょうど次男のラスティラッドが自室から出て行くのが見えた。

 周囲に気配はなく、ラスティがすぐに戻ってくる様子もない。

 次男ということは王位継承権二位。可能性はある。

 大きく深呼吸し、それからリウルは慎重に部屋に近づき、ドアノブに手をかける。念のために少し開け、隙間から中を覗く。


 そこで誰かがいることに気付いた。

 まずい、と一度顔を引っ込めるが―――違和感を覚え、もう一度覗く。

「………女の子?」


 王女か? でもこの国の姫は二人しかいない。一人はフィアナ。その下にいる王女は病弱で、療養のため辺境の街にいると聞いたことがある。しかも15歳だったはず。

 部屋にいる少女は10歳くらいに見える。

 虚ろな黒曜石の瞳はぼんやりとしていて、ときおり何かを確かめるように手足を動かしている。赤ちゃんみたいだと思った。

 毛先が青みがかった銀髪でフィアナの面影があるので、間違いなく王女だと判断したリウルは、部屋に入ることを断念した。


 三人目の王女がいるとは知らなかったが、とりあえず人がいるなら侵入は出来ないな、と離れた。

 リウルが皇帝の部屋に侵入出来ないかと調べに行くと、暫くしてラスティが自室に戻る。


 部屋で大人しくしている少女に笑みを深くし―――


「お待たせ、愛しの人形(ミルドール)。さぁ――姉上になるために、今日も躾けてあげよう」


 部屋の扉は閉じられた。


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