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泡沫に消えろ 後編②


***


 日が高く昇った頃。

 ラヴィは森の中で適当に見つけた数種類の花を摘んで束にし、それを何もない荒野へと置いた。


「……ただいま~」

 当然だが、おかえりと返してくれる人は誰もいない。

 しかしラヴィの脳裏には、存在しないはずの光景が記憶から蘇り、見えていた。


 ――ここには昔、一つの集落があった。


魔界域(ラグラ)】から近いため、魔の者に狙われないように常に移動していた集落。その最後は、この場所だ。

 流浪民族ソレスタ。その生き残りであるラヴィ・ソレスタは、気が向いたときだけここに花を手向けにきていた。

 父や母、兄や姉、弟や妹。血の繋がりが濃く、近親婚が絶対だった閉鎖的な民族で、ラヴィの持つ弓――一族は【王弓(ソレスタ)】と呼んでいた――を大事に守ってきた。


 こんな、誰かを傷つけ殺す武器を奉っていたなんて今でも変な一族だとラヴィは思っているが、この弓が残っていたおかげで森の中でも狩りが出来ているのだから、皮肉なものだ。

 本当に変な一族ではあった。どこの集落にも近づかず、街に行くことすら制限していた。

 この【王弓】と血筋を守ることに必死だった。


 どうしてそんなことをしていたのか、ラヴィは知らない。ラヴィが一族の秘密を知る前に、集落は魔物の軍勢に襲われて壊滅したから。

 それほどこの弓や血筋に価値があるとは思えない。一度、本当に食う物に困って弓を売ろうとしたとき、質屋に査定してもらった。金額は……子供のお小遣い程度にもならなかった。


「父ちゃん、母ちゃん、みんな~!………う~ん、あれ? 言うことがないな~……」

 以前来たときに『勇者』リウルと、帝国親衛隊のニアと友達になったことは話した。色々あったけど、仲良しだと報告したのは、確か一ヶ月前くらいだったか……?

 あれ、そんな最近来てたっけ。ラヴィとしては友達が出来て嬉しすぎて、実は最近ここへは頻繁に足を運んでいたことに自覚がなかった。


「あ、そういえば前にリウの誕生日会やったんだよ~!」

 無理やり引き出したのは、この間のパーティのことだった。

 せっかく捕まえたプレゼントを、リウが誤ってリリースしてしまったのだ。まったく、おっちょこちょいなんだから、と語る。


「でも途中でリウ、変だったなぁ~。たまぁ~に、あるんだよね」

 会話や表情はいつも通りなのに、どこか心ここにあらずというか。感情がないというか。

 それを疲れているのかもしれないとラヴィは思っていた。実際、その日はある程度祝ったらお開きにした。リウルは用事でもあったのか、さっさと帝都に戻っていき、それがちょっと寂しかった。

「おいらも人のこと言えないけど~……なんか隠してるよねぇ、絶対」


 初めて出会ったときよりは表情も豊かになったし、ずいぶん仲良くなった、はずだ。

 でもどこか、やはりリウルは一線を引いていた。『勇者』だからだろうが。

 今まで仲間もつけず一人で魔の者と戦い続けてきたリウルは、歴代最強らしい。だからこそ国からの無理難題もこなせてしまう。それだけの戦力を、たった一人で有している。


 だけどラヴィには、その強さが危うく見えるのだ。


 この一年で接してきたリウルは、『勇者』であることにしがみついているように見えた。それを支えにしているように。

『勇者』として生きてきたのだから、当然かもしれない。それでも……いや、それにしても。

「う~ん、なんていうか…………生き急いでる?」

 口にして、だがしっくりこずに首を横に振った。

 結局のところ本人に直接聞かなければ、本当のことは分からない。ラヴィの勘違いだってこともあるのだ。


「まぁ~、それももっともぉ~っと、仲良くなったら聞けば良いさぁ~!」

 時間はまだまだあるのだ。

 せっかく仲良くなれたのに、焦って地雷を踏む必要などないのだから。

 それよりも考えるべきは、リウルはちょっとニアに気があるように思える。友人としては応援してあげたいところだが、ニアには別に想い人がいるようだ。

 どうやって二人の距離を縮められるのか、恋愛経験値のないラヴィには分からない。

 ただリウルには幸せになって欲しかった。


 集落の跡地を背にし、ラヴィは拠点小屋(ホーム)への帰路につく。



***


 一方――ニア・フェルベルカは乱れた息を整えながら、目の前の人影から目を離すことなく剣を構えていた。

「もうスタミナ切れー? もう一度基礎の体力づくりから修行、やり直す?」

「申し訳ありません、師匠! この試合が終わったら、もう一度基礎を振り返ってみます! 毎日やっていたつもりでしたが、どうやら足りなかったみたいです!」

「あ、いや……煽り言葉にマジレスしないで欲しいんだけど」

 人影――『武神』ガロ・トラクタルアースはやりづらそう顔を歪ませた。


 親衛隊副隊長であるクローツ・ロジストに頼まれ、強引にガロの弟子になったニア。ガロは馬鹿正直なこの弟子があまり好きではない。

 そもそも弟子なんてとるつもりはなかったのだ。しかし相手は、絶縁したとはいえカムレネア王国の元姫である。何かあれば外交問題にもなるかもしれないと、お目付役として勅命まで下れば、いくらガロでも拒否出来ない。


 ただ、まぁ最近はマシになってきたかな、と認めてはいる。

 基礎はとっくに出来てる。体力に関しては、そもそもガロが異常なだけで人並み以上には彼女も体力はある。勇者の仲間になってからは実戦経験が増えたため、技術力も身についてきた。

 そこらの騎士よりは強くなっただろう。

 ただ、やはり馬鹿正直なのだ。猪突猛進というか。少しは駆け引きも覚えて欲しい。


「――今日はここまでねー。フィアナ様の護衛に戻るから~」

 何度か打ち合い、ボロボロにして転がされたニアは、痛む体に鞭を打ち敬礼をする。

「はい! ありがとうございました!」

 きっとこれから宣言通りに体力づくりのために走り込むのだろう。

 あ~やだやだ、熱血はこれだから……暑苦しい。


「楽しそうだったわね、ガロ」

「……あれ、フィアナ様って目悪いんでしたっけ」

「失礼ね」と不満そうに眉を顰めるのは、ミファンダムス帝国第1王女フィアナ・ルディス・ミファンダムスである。

 ガロの護衛対象であり、『勇者』リウルの許嫁である。

 ニアの特訓に付き合うため、フィアナにもこの訓練場にきていた。

 本来ならこんなむさ苦しい場所は王女に相応しくないので、部屋で大人しくして欲しかったのだが……フィアナは特訓風景を見たいと我が儘を言ったせいでこうなった。


「ガロは全然素直じゃないわよね~? でも戦ってるときだけは素直よ?」

「はんっ、あの程度じゃ愉しめませ~ん。せめてクローツくらいには強くなってもらいたいものですよ」

「ふふっ、貴方が鍛えてるもの。――強くなるわよ。いつか師匠を追い越すかもしれないわ?」

「はっはー! ご冗談を。俺は『武神』ですよ? 世界最強の剣士が、あんなガキに負けるわけないじゃないデスカー」

「あら、それならバフォメット郷に未来を視てもらいましょうよ」


 フィアナの家庭教師だったバフォメット・スヲッカという、現在は占星術師として教会の保護下におかれている男だ。

 彼は占星術という不思議な術が使えるのだが、その一つに“未来視”というものがある。可能性の高い未来の一つが、断片的に視えるらしい。

 ただ、この術は負荷が大きいためにあまり使用することは出来ない。

 もちろんフィアナが、そんな危険な術を遊び半分で強要するつもりはなく、冗談のつもりで言ったのだが。

「……まぁ、それもいいかもしれませんねぇ」と返され、反対にフィアナが戸惑ってしまう。


「え。だ、大丈夫よ! あの子が貴方を追い越すのは、きっと数年……いえ、あと十何年後? とかだから!」

 弟子に追い越されることを不安に感じていると勘違いしたのだろう。

 暗い表情のガロを懸命に励まそうとするフィアナに、さすがに我慢出来ずに「ぶふッ」と噴き出した。

「! あーっ! ガロ、また私を騙したわね!?」

「くっ……くくっ! ぶふっ! あははははっ!! い、いえいえ! ぶふふッ。フィアナ様の有り難いお言葉で元気が出ただけですヨ☆…………ぷぷっ」

「笑ってるじゃない! ツボってるじゃない! もうっ、からかうのがどんどん上手くなるわね、貴方は」

「ポーカーフェイスが上手なんですぅ~。フィアナ様も王族なんですから、もうちょっと上手くなってはいかかデス~? あ、師匠になりましょうかぁ?」

「不敬罪で斬首するわよ……?」


 さて、とガロは肩を竦め、軽口を止める。

「そろそろ部屋に戻りましょうか、フィアナ王女殿下」

「そうね、今から公爵と接待しないといけないものね」

 フィアナは小さく溜め息を零し、ガロを連れて部屋へと向かう。

「――ガロ、あの訓練場で私たちを覗いていた兵士がいたでしょ? 特に反応していた人は覗いて、静かに去って行った兵士は何人いた?」

「あ~、あの漫才みたいな茶番ねぇ。静かにいなくなったのは、クローツを外して3人いましたよー」


 フィアナの質問の意図は分かる。

 フィアナは『勇者』の許嫁だ。それが護衛の騎士といちゃいちゃしているのは問題がある。反応していた兵士は、まぁ普通の反応である。

逆に、反応のない人物というのは、もちろん見てはいけないものを見なかったフリをしている兵もいるだろうが、フィアナの失脚を狙う者や、弱味につけ込もうとする者なども中にはいるからだ。

 特に王宮へ教会の者たちが多く出入りするようになり、その影響で王宮内も不穏なのだ。


 しかし、フィアナはガロの答えに予想していなかったのか「……え、クローツがいたの?」と確認してくる。

「俺たちの漫才を見なかったフリして来た道戻っていきましたもん」

 訓練所にクローツが来るのは珍しいことだ。なにせ彼は剣術より魔術に魅入られている。元は学者肌なので魔術の研究施設に入り浸り、新たな魔術開発に加わることなら良くあるのだが。

「ガロ」

「はい?」

「あとでちゃんと説明してあげるのよ? 私たちは定期的に探りを入れるために、あんな茶番を披露してるって!」


 クローツ・ロジストという男を、幼なじみであるフィアナはよく知っている。

 彼はフィアナがガロのことを好きであることに気付いてはいない。いないが、親密であることは察している。クローツは空気は読めるが、空回りするタイプだ。

 今の茶番を見て、もちろんフィアナが何か企んでいることには気付いたはずだ。だが、そこは空回りする男クローツ。

 恐らく、フィアナがガロといちゃいちゃしているとこを兵士たちに見せ、それを噂させ、許嫁のリウルに嫉妬してもらおうとしてるとか。

 或いは、フィアナがリウルとの婚約を破談させようと画策してるとか。


 とにかく勘違いを思い込んだまま、変に気を遣おうとしてくるのが厄介なのだ!

 他人事ならフィアナも笑い事で済ますが、巻き込まれる当事者となると話は別だ。そのせいで、過去にも何度かフォローをしなければいけない事態になったこともある。

 それを知るガロは、当時のことを思い出したのかくつくつ笑っていた。


「今回は別に、勘違いさせたままでもいいんじゃないですかー?」

「私だけならまだしも、リウル様に迷惑かかるから駄目よ」

「そうですよねー、残念ですけど了解です。――あ、それとさっきの兵士の話に戻りますけど……あいつらベリーデ子爵派閥ですよ?」

「…………そう。ベリーデ子爵は文部に力を持ってたわね、軍部の力を削ぎたいのでしょう」

「そりゃあ、軍部には『剣豪』ガ―ウェイ・セレットと、その弟子の騎士団長ヴァルツォンがいますからねぇ。――そういえば“噂”が立ってますよ?」

「“噂”?」


「ガ―ウェイ・セレットと皇帝陛下の不仲説」


「……」

 歳だからと現役から離れ、剣術指南役として現在は騎士団の指導員をやってる。

 しかし現役時代は、ガロが頭角を現すまで『武神』の称号を独占していた。幼少期から才能を開花させ、士官時代ではすでに数々の勲章を得ている。当時はまだ皇太子だったカミス陛下の専属騎士に任されたこともあるとか。


 ――それが最近、よくカミス陛下とガ―ウェイが言い争っているらしい。


 フィアナも現場を見たことがあるが、言い争うというよりは臣下から諫言してるだけだ。カミス陛下の最近の傍若無人っぷりは、すでに政治にも影響が出てる。そろそろ王位から退くのではとも囁かれていた。

「ガ―ウェイ様は忠臣よ。それに以前、勇者の指南役に選ばれたというのに、お父様がそれをねじ曲げたことも気になるわ」

 一度尋ねに行ったとき、カミスから「余計な詮索はするな」と忠告された。だが、ある意味それが答えとも言える。

 関わるべきではない、ということだろう。


 しかしフィアナはこの国の王女であることに誇りと責任感を抱いている。王位継承権は残念なことに皇太子が上位である決まりで、フィアナが王座に着く可能性はかなり低い。

 それ故にリウルと政略婚させられるのだが、それでも王族としての責務を全うするつもりだ。


「とにかくお父様とはもう一度話し合う場を設けてみるわ。聞いてくれるかは微妙だけれど。――それと、ラスティの様子は?」

 あー……、と途端に歯切れ悪くなるガロに振り返る。

「どうしたの? 何かあったの?」

「…………あとで報告するつもりだったんですけど、マズイことになりました」


 苦虫を噛み潰したような、不快そうなガロの表情。

珍しいと思いつつ、同時に嫌な予感がした。


「成功しちゃったんですよねぇ……、―――クローン体の意識獲得」


 全身から血の気が引き、頭の中が真っ白になった。


***


クローン体の意識獲得――つまりティフィアはこのとき生まれました。


以前にもクローン技術について説明しましたが、だいぶ前なのでここでも解説。

“式”を組み合わせることで肉体の構築は可能とされています。ただ、そこに精神こころは宿りません。理由は不明とされてます。

これは過去に何度も研究され、100%の確率で失敗してきました。


本来であればラスティの実験も失敗するとフィアナは思っていたのに、まさかの成功……

しかも自分のクローン体とか、キモいですよね。実弟がそれを作ったとか、もはや悪夢です。

そんな感じでフィアナは衝撃を受けてるわけです。


以上、補足説明でした。

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