泡沫に消えろ 後編①
前回までのあらすじ
紆余曲折がありながらも仲間になったラヴィとニア、そしてリウル。
『勇者』の運命に翻弄されつつ、それでも世界を好きになってみようと前向きになれたリウルだったが――――。
「誕生日おめでとぉ~、リウ!」
「おめでとうございます、リウル様!」
パンッ、と二人の手にあるクラッカーが音を立てて紙吹雪が飛び出す。
「あ、ありがとう……」
この歳で仲間や友人に祝われることに羞恥心から、顔を赤くして目を逸らすリウルに、ラヴィとニアは嬉しそうだ。
――リウル・クォーツレイの誕生日である。
テーブルの上に用意されたケーキのチョコプレートには『リウルくん 18才 おめでとう!』と書かれてある。
ニアが予約してくれたらしいのだが、恥ずかしくなかったのだろうか。
18歳なんて成人過ぎて3年も経ってるのに、バースデーケーキとか!
だけど幼少期から故郷の村に帰ることも許されず、ずっと独りぼっちだったリウルは恥ずかしがりつつも、ちょっぴり嬉しい。
「リウル様、こちらは私からのプレゼントです!」
ニアが食い気味に渡してきたのは、不気味なストラップだった。
「……何これ」
木彫りのそれは、人の形をしている。しかし顔の部分がやけに細長く捻れ、目と口の部分であろう窪みも同じように歪んでいた。まるで幽霊に取り憑かれ絶叫しているかのようだなとリウルは思った。
「魔除けの人形です! 本来なら私の給金で買えない代物だったのですが、大切な人へのプレゼントだと言ったら特別に安くしてくれたんです!」
絶対詐欺にあってるじゃん。
ニアからどこの店で買ったのか詳しく聞き、話し終わったのを見計らってラヴィが背中に隠していたモノを掲げた。
「おいらからのプレゼントはこれで~す!」
じゃ~ん、と見せてきたのは――魚だった。
見たこともない、紫と青と赤のグラデーションがかった刺々しい魚は、まだ生きてるのかピチピチ跳ねてる。
「……何、これ」
「魔物!」
いや、それは見れば分かる。普通の魚には見えない。絶対生態系崩すような、狂暴な魔物っぽいよ。ピチピチ跳ねながら大きな顎をガチガチ鳴らしている。
というか色味からして毒とか持ってない?
「おいらも食べたことないけど、美味しそうだったから―――って、ちょ、リウ!?」
ラヴィから奪い取ると、「手がすべったー」と窓から放り投げる。少し離れた川へと無事リリース。
「ご馳走がぁ~……っ!」
危なかった。下手するとこれからの任務に支障をきたすところだった……。
ラヴィは普段から森で生活してるため、金がないのは分かるが……明らかに食べてはいけなそうな魔物を用意してくるとは。
――さすがに1年も付き合いがあれば、二人がズレてることくらいは察する。
リウルも非常識なところはあるが、二人は更にその上を行くのだ。おかげでこの三人の中ではわりと常識人のリウル。
「プレゼントありがとう。でも、おれは祝ってもらえるだけでお腹いっぱいだよ」
「リウル様……っ!」
「リウ~!」
両脇からそれぞれ飛びつかれると、さすがに重い。ニアは鎧を身につけてるし、ラヴィは普通に男だ。
まぁ、それでもやはり嬉しいことに違いない。
ずっと―――ずっと、このまま三人でいられたらいいな。
目の前にノイズが走り、リウルはベッドから飛び起きる。
「はぁ……はぁっ、はぁ…………っ」
ばくばくと激しく脈打つ胸を押さえ、顎を伝う冷や汗を拭う。
窓の外はすでに真っ暗だ。正確な時間まではさすがに分からない。
リウルは視線を部屋に巡らす。
――先程まで、リウルは自分の誕生日を祝ってくれる二人といた。しかし二人はいない。しかも昼間だったはずなのに、今は夜であることは間違いない。
それに祝った場所は三人でいつも過ごす拠点小屋なのに、ここは城の中にある自分の部屋だ。
「……」
最後に、壁の一部分を見やる。そこには日めくりカレンダーが貼り付けてある。
部屋の清掃にくる使用人に、必ず毎朝めくって欲しいと頼んだ物だ。
その日付は――すでにリウルの誕生日から2週間経っているのを示していた。
「14日も、……おれは」
ぶるりと背筋が震える。
――覚えていない。
誕生日パーティの途中から、何も。
今までも度々あったこの症状は、医師が言うには記憶障害で、『勇者』の重責からストレスを感じているのかもしれないと診断されている。
だが、絶対に違う、とリウル自身は思っていた。
ラヴィたちと出会う前なら、重責というよりも『勇者』になりたくなったことへの不満に対するストレスはあった。だが、ラヴィとニアに会ってからは……リウルにとっては楽しかった記憶ばかりなのだ。
なのに、この記憶障害はどんどん悪化してる気がする。
「おれ自身の問題じゃないなら、」
左手の甲に刻まれた『勇者の証』を掲げる。
――やはり、これのせい、なのか……?
女神レハシレイテスによって選ばれた人間の、体のどこかに現れるという『勇者の証』。唯一『魔王』を倒せる存在である『勇者』。
それがリウル・クォーツレイの肩書きでもあった。
確かにこの『勇者の証』は便利だ。元々魔力の保有量の多いリウルに、更にその量を無尽蔵に湧き上がらせ、身体能力や魔術の処理速度も上げてくれる。
しかも恐ろしいことに、手足の1,2本くらい斬り落とされてもすぐに再生される術式も付与されてるらしい。
勇者へ与えられた女神様からの“加護”だと言う。
だが、教会や王族たちから教わったそれらの言葉も、リウルは疑っている。
それも、一年前に会った『魔王』ヴァネッサから聞いた話と矛盾しているからだ。
――「『勇者』と『魔王』は“対”じゃ」
――「『魔王』が復活したから『勇者』が選ばれるのではなく、『勇者』が選ばれたから『魔王』が生まれるのじゃ」
――「妾の愛しき“神様”」
リウルはベッドから離れると、収納石が埋め込まれた腕輪から――一冊のノートを取り出す。
そこには事細かに今までのことが綴られた日記だ。だが、日記にしては、まるでいつか誰かに読まれることを前提としたような、箇条書きに近いメモにも見える。
「――“徐々に記憶障害……否、意識が飛ぶが多くなった。『証』の力はあまり使わないようにしていたのだが、使用頻度とこれは関係ないのかもしれない”」
今までの意識喪失頻度と、その間隔期間をざっと計算すると――次は10~15日後には、また意識を失うかもしれない。
しかし不思議なことに、リウルが意識を失った後倒れたという話は聞かない。
意識のない間、リウルは普通に日常生活を送っているのだ。それも恐ろしい話だ。本人に意識はないのに。
だが、そこが記憶障害であると医師が判断したところだろう。
リウルにはその間の記憶はない。だが、それでも記憶障害ではないと断言しているのは―――意識を失っている間だけ、“声”が聞こえるからだ。
殺せ。殺せ。殺せ。
それが『勇者』の“存在意義”だ、――と。
「ふっ…………さすがに、怖い、なぁ」
本当に記憶障害とか、夢遊病とかだったら良かった。
自分ではない『誰か』に意識を乗っ取られているような感覚に、ぞっとする。
歴代の勇者たちはどうだったのだろうか。
同じだったのだろうか。
彼らのことは機密情報扱いで、全く知ることが出来ない。『魔王』に会えばまた何か教えてくれるかもしれないが、真実を知ることも怖かった。
「でも『魔王』を倒せば、おれも死ぬんだよな……」
こんなことに何の意味があるのだろうか。
『勇者』を選び、『魔王』が生まれたら倒し、共に死ぬだけの運命に――。
一体いつまで――ラヴィとニアと一緒にいられるのだろう。
「死にたくないよ……っ」
手記を腕輪に収納し、膝を抱えてそこに顔を埋める。
暗い部屋に、小さな啜り声と嗚咽だけが響く。
誰にも聞かれず、誰にも知られず。過酷な運命を背負う『勇者』の青年は涙を流す。
左手の甲に刻まれた『勇者の証』が、それを嘲笑うように――黒く禍々しく浮かび上がっていることに気付かないまま。