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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
196/226

5-4


***


 ぽつぽつ、と。天から地面を叩く黒い滴。

 ――黒い雨。

 それはミファンダムス帝国に降り注ぐ。


 過去の勇者たちが眠ると言われる慰霊碑にも例外なく、黒い雨はその周辺に黒い水たまりをいくつも作り出した。

 しかし、それは時間が経つと不自然に消えてしまう。まるで一瞬で地面に染み込んでいくかのように。


 慰霊碑のある公園には、魔物やのっぺら人形も闊歩しているのだが、本能で感じているのか近づかないように避けている。

 ただ誰の耳にも届かない音で、何かが唸っていた。

 唸りはまるで呪詛のようにも聞こえる。


 ―――その近くを、一つの小さな光が浮かび、観察していた。

 その光は不意に、何かに反応したようにそこから離れると、城の方へと向かっていく。


 何度か魔の者の侵入を許してしまった城内はボロボロだった。しかし、すでに城内の魔の者やのっぺら人形を駆逐し終えたのか、今は数少ない兵士たちが確認のため見回っている。


「ロジスト親衛隊隊長――!」

 騎士の一人が廊下に出ていたクローツを見かけ、目の前で敬礼する。

 騎士団は隊長が死亡、副隊長は重傷で動けないため、親衛隊と騎士団は現在クローツが指揮をしていた。


「どうでした?」

「はっ! 中庭にいた陛下を保護、安全な部屋への護送も完了し、城内の侵入者は掃討したことを確認しました!」

「……陛下は、何かおっしゃっていましたか」

「? いえ、保護に来た兵士たちを労ってくださったと報告がありました。この状況で陛下が無事で本当に安心いたしました」

 そうですか、と返しながらクローツはふと窓の外を見やる。


 城下は未だ酷い有様だ。戦争ですでに疲弊した帝国は、魔の者とのっぺら人形を完全に抑えきれない。

 ただ、ラスティ陛下が他国へ救援を要請していたおかげで、敵の数は少しずつ減っているようだが、厄介なのは魔の者よりものっぺら人形だ。

 魔王が残したそれは、相対した人にとって強く心に残っている人物の姿に見えるという。

 まさしく、城下を歩くのっぺら人形を見ると、クローツには亡きフィアナ王女が徘徊しているように見える。


 援軍もこれにはそうとう参っているらしい。

 下手すると敵と味方の区別がつかないからだ。

 ただしのっぺら人形に口がないためか、発声機能がない。そのため、呼びかけに応えなければのっぺら人形である可能性が高いということ。


「…………帝国は、大丈夫なんでしょうか……?」

 クローツ同様窓の外を見ていた兵士は、無意識に本音を吐露していた。

 本人もすぐに我に返り「も、申し訳ありません!」と謝罪するが、不安に感じるのは当然だ。

 首都でさえこの有様。各所部隊も、有権者たちも全力をもって動いてくれてはいるが――。


(仕方ないとは言え、他国の援軍に救われているこの事実。……帝国を目障りに感じていた諸国がどう動くか)

 ミファンダムス帝国はもう前線地である。他国が侵入し、わざわざ領地を奪うことはしないだろう。

しかし、なにも奪えるのは領地だけではない。

 人や技術、それから魔石鉱山……救援に応じてくれた国が何を求めてくるか。

 数年前――クローツが結界の技術提供を無償で行った成果は高い。おかげで恩を売れたのだから。それを恩義に感じている国は、残念なことに多くはない。


 兵士は持ち場に戻り、クローツも部屋に戻る。――そこには一人の少年が眠っていた。

 リュウレイである。

 まだ10歳の幼い少年のおかげで魔王の侵攻を防ぎ、一時的に停戦状態へ持ち込めた。


 少年を近くで見ていたのに、クローツにはよく分からないことが多かった。

 リュウレイは、一度暴走してる。

 魔術に呑まれ、全てを壊そうとしていたように見えた。それが突然動きを止め、やがて死んだと思っていたリュウレイは目を覚ます。


 ――「クローツさん、オレ……勇者にはなれないけど―――英雄になる」

 何があったのかは分からない。尽きたはずの魔力が、リュウレイの中で溢れるほど漲っていた。

 結果的にリュウレイの魔術によって帝国は壊滅を阻止。大きな損害を受けつつも、ギリギリのところで生きながらえたのだ。


 そしてリュウレイもまた、どうやったのか死ぬはずの運命を回避したのだ。

 リュウレイは魔術を放って疲労から眠りにつく直前「お嬢……信じてる」と漏らしていた。

 彼が「お嬢」と呼ぶのはティフィアしかいない。あの場に――前線に、ティフィアがいたのだろうか。

 そのティフィアが、リュウレイを助けたのだろうか。


「子供たちが頑張ってくれたというのに……僕は、」

 クローツの魔術発明の才は、ミファンダムス帝国の魔術的技術を進歩させた。結界の術式もその内の一つだし、人工勇者というある意味で魔術兵器ともとれる存在もまた。

 しかし、戦争で痛感させられた。


 足りなかった。クローツがどれだけ考え研究し、子供たちを犠牲にして帝国を守ろうとしても――魔王の圧倒的な力の前では、まったく足りなかったのだ。

「何が少ない犠牲で、だ。僕は……僕は、また失敗した……っ!」

 リュウレイの寝姿が、フィアナと重なる。フィアナの死を無駄にしないよう、彼女の依頼に没頭した。『勇者の証』の研究。その成果が人工勇者だったというのに。


 足りなかった。足りなかったのだ。なにもかも。

 拳を何度も自分の太ももに叩きつけ、それでも行き場のない感情に顔を歪ませる。

 クローツはもう、研究者としての自信を喪失していた。


 そんなクローツを心配するように、慰霊碑から移動した光が彼の周囲をぐるぐる回る。クローツにはその光は見えておらず、更に言えばリュウレイの傍にもたくさんの光の玉が浮かんでいるのだが、それに気付く気配もない。

 当然だ。それは人工勇者たちの魂が昇華され、精霊となった姿なのだから。

 生前の記憶も意識もないが、それでも精霊たちは心配そうに二人を見守っている。


 そのとき、コツコツとノックの音に、煩わしげにクローツが応える。

 だが。

「?」

 いつまで経っても応答がないことに怪訝し、クローツは部屋の扉を開ける。

 廊下には誰もいない。気のせいかと閉めようとしたとき、足元に何か落ちているのに気付いた。


 本だろうか。警戒しつつ手に取ると、偶然開いたページが目に入る。

 どうやら手記のようだ。


「――――これは、まさか……リウル・クォーツレイの手記!?」

 最初は日記形式でその日にあったことが綴られているのだが、後半は文字よりも術式のメモや疑問、実験の検証と結果などが記されている。


 リウルの持ち物は全て教会が回収したはずなのに、こんなものがどうして――と疑問に感じ、しかし兵士に気付かれず城内に侵入し、クローツの求めるモノをここへ持ってこれる人物は一人しかいない。


「ニア――、ここへ来たのですね」

 恐らく、本当は直接渡しに来たのだろう。だがクローツの嘆きが聞こえてしまったのかもしれない。

 親衛隊を辞めても、それでも気にかけてくれる彼女に感謝し。

 クローツは覚悟を決めて手記を冒頭から目を通す。



 手記の冒頭は、まず日記を書くキッカケから綴られていた。

 それはまるで――いつか誰かがこれを読むことを前提としていたように。



“○月○日

 本日からおれ、リウル・クォーツレイは日記を書くことに決めた。

 理由は一つ。

 『勇者の証』がおれから意識と感情を奪いとってるからだ。



 ――いつかおれは、人間じゃなくなるかもしれない。”




***



 グラバーズ領。とある建物の一室にて、床に布を敷いて寝かされていたティフィアは唐突に飛び起きた。

 ラスティとの邂逅。母フィアナの死の真実。そして、キスされて……刺された。


「僕、戻ってきたんだよね……?」

 刺されたのは義体の方だが、念のため腹部を確認する。なんともない。

 なんとなく不快で唇をごしごしと服の袖で擦りながら、ふと違和感を覚えた。


 誰もいない。


 アルニもレドマーヌも、元魔王も。

 しかもやけに静かにだ。不自然なほど、音が聞こえない。

「アルニ!」

 声繋石の指輪に呼びかけても返事はない。

 背中が冷たくなっていくのを感じる。


「っ、アルニ! レドマーヌ! ヴァネッサさん!」部屋から出て廊下に飛びだしても、人の気配すら感じない。

 ……おかしい。ここにきたとき、建物に人の気配はなかったけど、外にはまばらながら人気はあったはず。

 転移術式でゴーズさんの屋敷に戻ったなら、元魔王がここに残っていないのはおかしい。


「――雨?」

 割れて隙間風が入る窓から、黒い雨が降っているのが見える。

 黒い雨に苦しむアルニを思い出す。魔法師にはキツいって、確かマレディオーヌが言っていた。

「どこ……――アルニ! どこにいるの!?」


 とにかく状況を。情報が欲しいと声繋石に呼びかけるのを止めず、窓から建物の外へと出る。

 そして、足を止めた。

「―――――え?」


 ティフィアの目の前に広がるのは、クレーターだ。


 他の建物も地面も、干からびた川も、すべて巨大なクレーターによって抉られていた。

「…………ど、どういうこと?」

 一瞬マレディオーヌが攻めてきたのかと思ったが、その考えを即座に否定する。

 ラージが教会に投降したのだから、今はその対応に追われてるはず。ティフィアが帝国に行っていた数時間で、対応が済むとは思えない。


 そのとき、不意に視線を感じて振り返ると、そこにはアルニがいた。安堵しかけ、すぐにそんなわけないと警戒する。

「……アルニ、いたんだね。指輪が通じないから心配したんだよ?」

 アルニの姿をした“それ”は、口を開くことなく無表情でティフィアへと近づいてくる。

「―――」

 ティフィアは強く目を閉じてから開くと、剣を構えて“それ”を両断する!

 両断された“それ”はアルニの姿を保てなくなり、のっぺら人形の姿に戻ると地面に崩れ落ちた。


「…………本人じゃないって分かってても、なんか嫌だな」

 それよりも、まさかグラバーズ国までのっぺら人形がいるとは思わなかった。

 帝国だけではなく、他国にも出現しているとは。


「アルニたちも困ってるよね……、早く合流しないと」

 だが行き先が分からない。

 むやみやたらに探し回るよりは、一度ゴーズの屋敷に戻ってガ―ウェイたちに事情を話した方がいいかもしれない。

 ティフィアは建物へと戻っていく。






 その姿を上空から見ていた『勇者の亡霊』は嗤っていた。

「戦争を止めたのは見事だったけど、残念だね。……ああ、ほら。ちょうどだ」

 亡霊はとある方角へ視線を移す。

 黒い雨が止み、分厚い雲から浮かび上がる『勇者の証』。


「―――新たな『勇者』の誕生だ」


 亡霊にはこの先ティフィアがどうするのか、なんとなく予測出来る。

 帝国で見た動きから、それが分かるのだ。

 だが、同時に亡霊は理解していた。

 この新たな『勇者』を巡り――二人が対立することを。


 魔法師としてのアルニ。

 心を救う勇者のティフィア。


「ああ、ほんと―――――なんて救いようのない」


 二人の対立と決別の未来に、亡霊はただ嗤う。



***



間章Ⅱ 了


→次章 4章後編 始動

間章Ⅱ終わり!

次章は4章の後編ですが、その前にリウルの過去編の後編を更新します。

リウルが手記に書いた内容、そして自殺に至った経緯が明らかに。

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