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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
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5.悲嘆の雨


 重く澱んだ曇天が空を覆っている。


 ミファンダムス帝国はいまだ魔の者と、魔王の能力で生み出された『のっぺら人形』の対処に追われ、負傷者や死者の対応にまで間に合っていないようだ。


「これが勇者のいない戦争か~……」


 帝都から離れたとある街。すでに街人たちが避難したその街は、建物のほとんどが魔物の襲撃で崩壊し廃墟同然だった。

 それでもわずかに形が残る宿らしき建物の屋上で、ラヴィは小さく呟く。


 8年前も、それ以前も。

 歴代の勇者たちが戦い、散っていった魔の者との戦争。

 今まではこれだけの規模の戦いを、勇者一人に背負わせていたのだ。

 リウル・クォーツレイも、そうだった。


「――本当だ! 本当なんだッ! 女神レハシレイテス様、それから勇者様に誓って! 本当に――リウル様が蘇り、わたしに啓示を与えてくださったのだ!」

 窓も天井の半分も壊れた宿の一室から、この国の第1宰相だった(・・・)デミ・イェーバンの悲痛な声が聞こえる。


「あの狂った皇帝を殺せば、この国は女神様の加護を受け繁栄がもたらされると! 桃源郷に近づくと! 皇帝は罪を犯した……っ。お前も見たはずだ! 戦争が起きても、国民が魔の者に虐殺されようとも――あの男には眼中にない! 皇帝ともあろうお方が!」


 ――狂皇帝ラスティラッド・ルディス・ミファンダムス。


 わざわざ『協力者』になりすましてガ―ウェイたちにコンタクトをとり、城への潜入を手引きし、更にはデミを引き渡してくれた人物でもある。

 ただ、噂に違わず亡き姉のフィアナ王女に執着しており、妄言も多かったが。


 ……妄言が多いのはデミ・イェーバンも同じだが。


 魔の者の襲撃によって帝都からの避難を余儀なくされたラヴィたちは、中庭にラスティを残して逃げることにした。自身だって襲われる危険性があるはずなのに、姉の体が眠るこの場所から動くつもりはない、とばかりに。

 結局、あの皇帝は何をしたかったのだろうか。


「この国の闇はまだまだ深いさぁ~……」

 大きく溜め息を吐き、ラヴィは屋上からデミを拘束監禁している部屋へと入る。

 一部天井が壊れているおかげで飛び降りるだけで、椅子にくくりつけたデミの瞼をこじ開け、右瞼と眼球の間に太い針を差し入れているルシュの姿が拝めた。


「……だ、旦那~? それ、なんて言う拷問……?」

 デミ・イェーバンがすごい震えてるんですけど~!?

「ん? 爪は全部剥いだし、歯もちゃんと喋れる程度まで抜いたしな。コイツの妄言も妄執も聞き飽きた頃だから……な?」

「な?って言われても~。ほら、デミも泣いちゃってるさぁ~。いい大人なんだから、泣くなって~」


「あぁ、――変な動きするなよ? 今お前の目玉の裏まで入れた針が、脳みそに刺さる。知ってるか? まだ魔術がない時代、医者は手探りで人の体をハサミで切り、針で治療を施していたらしい。……大半は術後の後遺症が酷いと聞いた。ちなみにこのやり方も一応医療法にあるんだ。脳を傷つけて、頭がおかしくなって死ぬことが多かったみたいだがな」


「っ、っ、っ、っ~~~~~!」

 目を閉じることも出来ず、ガタガタ震えつつも視線だけで助けを求めてくるが、ラヴィは苦笑して誤魔化しつつ目を逸らす。ちょっとグロいしエグい。直視はしないようにしておこう。

 デミと対面するように置かれた椅子にルシュも座り、「で?」と憐れなデミへ促す。


「多少違和感はあるだろうが、話せるだろ? 口動かすくらいなら針も動かないはずだ、多分な。……早く抜いて欲しいなら、俺たちの求める答えを語れ」

「………………、わたしは、元々王族に仕える公爵家の血筋だ。先代カミス皇帝が……まだ玉座につく前から、あの方に教会へ入信しある程度の地位にまで昇り詰めろと仰せつかっていた」

「! カミス皇帝が?」


「あの方は何か思うことがあったようだが、それをわたしには話してはくれなかった。言われた通り司祭となり、暫くして辞任し帝国へ戻っても――その目的を話してはくれなかった。カミス様の望み通り敬虔な信徒となったのに。まぁ、夢にまで見た勇者様とお会いできて、カミス様のことはどうでも良くなってしまいましたが」


「……」

 今の話に、ルシュには少し思い当たる節があった。

 師であるガ―ウェイがまだ現役で騎士団長をしている頃、何度かカミス皇帝と接する機会があったらしい。彼は賢王ではないが、勘も良く機転が利く、良き王となるだろうとガ―ウェイは思っていたと。

 しかし勇者――リウル・クォーツレイを王城へ招いてから、徐々に様子がおかしくなったのだと。


 もしかするとカミスは教会を怪しんでいたのか……? しかし、何故?

 怪しむにしても、何かキッカケがあったはずだ。


「カミス皇帝がお前に教会へスパイしろって言い出したのは、正確にはいつ頃だ」

「スパイ……? もしや入信のことを指している?」

「言い方なんてどうでもいい。早く答えろ」

「………カミス様は16の時に一度、外国へ遊学していて……そこから戻ってきて一年後くらいに。遊学先は確か、―――カムレネア王国」

「カムレネア……?」

 予想外の国名にラヴィが首を傾げる。


「――次の質問だ。お前は『勇者計画』について何か知ってることはあるか?」

 ルシュの問いに彼は躊躇うことなく、さも当然とばかりに答えた。

「『勇者計画』は100の巡りそのもの(・・・・・・・・)。女神様が勇者様をお選びになり、勇者様が憎き魔の者と戦い、魔王を打ち倒す……長きに繰り返される輪廻の運命。その使命を果たそうとする勇者様を導き支えるため、女神教は存在する。……あぁ、改めて信徒であることがなんと誇らしいことか……」

 恐らくこの男は教会の洗脳を受けている。カミスが目的を話さなかったのは、そういう事態を考えてのことだったのだろう。


 ――100の巡り。

 女神教、勇者、そして『勇者計画』を調査し、必ず行き着くのがソレだ。

 女神教は、この100の巡りに拘っている。

 100年の周期に『勇者』が『魔王』を倒すこと―――そこに、意味があるのか?


「…………最後の質問だ。城で、俺たちに魔石爆弾使ったとき、お前は“楽園”という言葉を口にしたな」

 楽園へ導き給え、と。

「あれはどういう意味だ」


「――魔の者が存在するこの世界は、不浄で澱み、穢れていると思ったことはないのか?」

「は?」

「魔の者は悪意と欲望に満ちている! 勇者様が何度倒そうと、滅ぼそうとしても、次から次へと湧いて出てくる害獣共……っ! あれらは人間を見下し、尊厳を奪い、嬲り殺して快感を覚えるようなバケモノなのだ!!」


 親兄弟でも殺されたかのような、魔の者への敵意。しかしデミ・イェーバンの家族や親しい人が魔の者に殺されたという情報はなかった。

 彼自身、帝都から出た記録もない。魔の者と遭遇したことはないはずだ。


「だから皆<楽園>に行きたいと願う。不浄の地。争いのない世界。平穏と幸福が常在する素晴らしい桃源郷へ――!」

「……この人麻薬でもやってんのかなぁ~?」

「メビウスの栽培した麻薬を教会が流してるらしいから、可能性はあるかもしれないが……」


 ガ―ウェイからの情報だが、メビウスが入信してから司祭を辞任し城へ戻ってくるまでの期間では、まだメビウスはカムレネア王国にいて、アレイシス傭兵団の副団長を務めている頃だ。

 麻薬による洗脳は、可能性としては低すぎる。


 だがここまで女神や勇者に陶酔し、楽園などという実在しない妄想を信じている。

 認識阻害魔術という禁術があることは知っているが、認知や精神を歪める魔術なんて聞いたことがない。そもそも魔術でそんなことは出来ないはずだ。


 認識阻害は視覚そのものを錯覚するように変換すればいいが、認知や精神となるとその人の頭を開いて式情報をすり替えないと――――……まさか、それをした、のか?

 いや、まさか。間違えれば死ぬか廃人だぞ。

 デミは王族に仕える公爵家の一族。そんな大物に、そんな危険なことするか……?


「旦那~?」

「いや、なんでもない」

 自分の考えにゾッとしただけだ、とは言えなかった。

「とりあえずお前から聞けそうな情報はもうなさそうだな」


 椅子から腰を上げ、やっと針を抜いてくれるのかと安堵と期待に満ちたデミの顔を見下ろしながら――刀を抜いた。

「え、っ?」

 間抜けな声と共に彼の首が転がり落ちる。

「<楽園>とやらに逝けることを願ってやるよ、デミ・イェーバン」


 刀の血を振り払い、鞘へ戻す。ラヴィはやっと終わったと背伸びし、部屋の隅に置いていた荷物を拾う。

「先に~、ニマルカと合流だよねぇ?」

「ああ。ついでにカミスが遊学した際の動向についても調べたい」

「ちゃんと大人しくしてるかなぁ、ニマルカ~。暇すぎてやらかしてないかな~」

「……」


 カムレネア王国で、アルニと親しかったリッサという女性と会ったこと。彼女から助けを求められ、城に行ってくるという連絡があって以降、ニマルカからの定期連絡は途絶えている。

 元々伝達が苦手なニマルカからの連絡は省略が多すぎて、リッサからどんな助けを求められ城に向かったのか、肝心な詳細がないせいで状況が分からないが。


 おそらく、というか確実に敵と遭遇している。そして連絡が送れない状態なのだろうが、それをラヴィも知っているはずなのに、彼はニマルカが負けるとは思っていないようだ。

 確かにニマルカは強い。暴嵐の魔女の名は伊達ではないのだから。


 ただ、もしも相手が――枢機卿員だったら。話は変わってくる。


「カムレネアか……。確か、管轄の枢機卿員は第1位席か」

「でも王国と教会は上手くやってる印象あるさ~。傭兵団たちもいるし?」

「……そう、だな」

 デミから聞いた教会幹部の情報を、そのとき建物の屋上にいたラヴィには聞こえていなかったようだ。




 ―――「教皇様……? 教皇様はよく集会に顔を出してくださる気さくなお方だ。幹部であろうとなかろうと、信徒たちは皆女神様と勇者様を崇拝する同志だと、分け隔てなく接してくださる。ただ、最近は体調を崩しておられると噂に聞いたぐらいだ」

 ―――「枢機卿員様のことは…………正直、わたしもよく分からない。そもそも管轄の国にある教会を管理してるから、会うことがないのだが――ただ、女神教に入信すると必ず言われることがあった」

 ―――「“枢機卿員第1位席様とは、関わってはならない”と。そのルールに質問することも、もしどこかで会ったとしても会釈してはならない、無視をしろ、と」

 ―――「我々信徒にとっては教会の不思議で――え? いや、第1位席様は常に……その、き、着ぐるみ(・・・・)を着ておりまして。唯一教皇様だけが話しかけているのを見かけたことは。どうやら他の枢機卿員様も、第1位席様とは関わってはならないご様子だったな……。今考えたら、どうしてだったのか」




「――旦那~? ぼんやりしてどうしたの~?」

「……ガ―ウェイの方は大丈夫かと思ってな」

「相手、枢機卿員第3位席だっけぇ? でもアル坊もゴーズもいるんでしょ~?」

 それにガ―ウェイも負けるわけないじゃ~ん、とニマルカ同様信じ切っているラヴィに苦笑で返す。

 彼は別に楽観視してるわけじゃない。信頼しているのだ。それから考えすぎてしまうルシュを少しでも安心させようとしてくれているんだろう。


「それもそうだな。――カムレネア王国に急ごう」

「お~!」


 二人は帝国を後に、カムレネア王国へと急いだ。


***


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