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勇者が死んだ世界を救う方法  作者: くたくたのろく
間章Ⅱ ”勇者たち”
191/226

4-8


***


 キラキラと眩い光の花びらが舞う中。

 ガロ・トラクタルアースは「ふんふんふふふ~ん♪」鼻唄を奏ながら、魔術生体の頭上を目指して駆け登る。


 久しぶりの強敵だ。

 きっとこれなら楽しく戦闘を続けられるだろう。

 死ぬか殺すか。生と死の、紙一重の緊迫した戦い。


『武神』となってからは、あまり実力を出せなくなったガロにとって、待ちに待った――本気を出せるかもしれない相手。興奮するな、という方が無理である。


 ぺろりと上唇を舐め、鞘から双剣を抜く。乾いた喉に唾を飲み込み、“放たれた呪堕の永眼フュチッドアース・ブレイカー”の巨大な瞳の上に乗ると、ガロは目の前の『天使』に剣を向けた。

「会いにきたよ、魔王。キミと戦いたくて♪」

 まるで天使のような様相の魔王アイリスは、魔術生体から魔槍を切り離すとガロへ瞳を向ける。


「……ガロ・トラクタルアース。来ると思ったの、“教会の忠犬”」

「忠犬? それはちょっと違うカナ? 利害が一致してるから、俺も教会もお互い利用してるだけだもん」

「利害? 利用?―――お前、自身が今どんな(・・・・・・・)状態なのか(・・・・・)察しはついてるはずなの。その上で教会に従ってるなんて、狂ってるとしか言えないの」


 おそらく魔王アイリスの能力は『進化』と『接続』。これが全部かは分からないが。

 ――『接続』で俺の心身を分析したってところかな。

 どこまで(・・・・)分析出来ているかは定かではないが、最悪全部を知られてる可能性もある。


「そーなんだよ。俺、おかしいんだよねー。だから倒せない魔王と戦えることに歓喜してるんだから、さ!」

剣を中段に構え、その状態から一気に魔王と距離を詰め、彼女の乗る巨大赤い大蜘蛛針(ロートレチリック)まで踏み込むと。

 トラクタルアース流奥義―――十字絶界ッ!!

 右の剣による横一閃と、左の剣による縦一閃。十字の斬撃は空間ごと切り裂き襲いかかる!


 アイリスは右手を前に翳し、斬撃に手が触れた瞬間、


 パンッ!!


 斬撃が弾ける音と共に消え、代わりに宙を舞うのと同じ光の花びらとなって散っていった。

「は……?」

 防がれるとは思っていたが、そういう防ぎ方されるとは思わず一瞬呆然としてしまった。その無防備な体を狙うように、黒い翼の一部が解け、糸のような髪の束がガロの左手首を捕らえる。


「【強制接続(アクセス)】」

「っ、とぉ!?」

 危険を察知して即座に髪を切り離し、一度魔術生体の上に退避する。

「今の花びら、どういう原理なんだよー! もしかして他にも能力持ってる感じ……?」


「――前線(ここ)はすでに私の“巣”なの。その“巣”の中でお前の術技が簡単に通用するとでも思っているの?」

「あー……なんか納得したわー」

 魔王アイリスの眷属は大蜘蛛針(レチリック)。つまり蜘蛛だ。ここはすでに彼女の領域(なわばり)なのだ。


 ――それに、あの花びら。アレからは高密度の魔力を感じる。

 さきほどガロの斬撃が花びらに変わったのは、恐らく斬撃の魔力そのものに干渉し、ただの魔力へと分解したのだろう。

 さすが魔王。とんでもない能力をお持ちだ。

 だとすれば剣術はあまり通用しない。純粋な剣技で戦うか、或いは。


「ん?」ふと左手首がくすぐったく感じ目を向ければ、髪に掴まれた場所が痣になっており――更に、皮膚を内側(・・)から食い破って顔を覗かせた、一匹の小さな赤い大蜘蛛針(ロートレチリック)と目が合う。


 考える前にガロはすでに判断を下していた。

 左手の剣を口に咥え、右手の剣で左腕の肘から先を斬り落とした。

 斬り落とした左腕は魔物と共に落下して姿を消し、ドバドバと流れる血に眉を顰める。

 やられた。まさか掴まれただけで『接続』の干渉を受けるとは。


 だけど、――問題ない。

 不意にガロの右肩辺りから光が淡く灯り、そこから『魔術紋陣』がぼんやりと浮かび上がると、彼の体に小さな“窓”がいくつも展開する。すると、斬り落としたはずの左腕が生えてきた(・・・・・)

 光と“窓”が消え、生えた腕がちゃんと動くか確認すると、口に咥えていた剣を再び握り直す。


「……『勇者の証』――いや、それがお前たち教会が崇めるレハシレイテスの(・・・・・・・・)加護(・・)』なの」

「『加護』? これが? あははっ! こんなのが『加護』だって?」

 腕に残った自分の血を舐めとり、皮肉げに嘲笑する。


「そんな良いモノじゃないってことくらい『勇者』を知る君なら、分かるでしょ? まぁ、俺は『勇者』じゃないけどねー」

 再び剣を構えると、アイリスは首を傾げた。

「再生する、とは言っても死なないわけじゃないはずなの。お前に私を傷つけることが出来ないのに、まだ戦うつもり?」

「俺の任務はキミを弱らせること。それに――ここなら誰も見てないし、本気だせるしぃ?」


 ガロの紺色の瞳が、すぅ、と金色に変わる。


「!! お前……っ、まさか!」

「ほら、行くよ魔王! 俺を楽しませて!」


 驚愕するアイリスの表情にサプライズが成功したように笑みを浮かべ、ガロは跳躍すると双剣を彼女の頭上へ振り下ろす! それを魔王の翼が防ぐと、巨大赤い大蜘蛛針(ロートレチリック)の天に向けて枝分かれした触手の何本かがガロへと降り注いだ。

 着地していない体勢では避けられないはずだが。


「あははははは!」

 唐突に吹き上げた突風(・・)が、触手からガロの体を逃す。しかし宙に投げ出されたままだ。本来なら重力によって地面へ墜落していく。だが、ガロの体は落ちることなく――むしろ宙に見えない足場でもあるように、その場に立っていた。


 否、あるのだ。足場が。小さな氷が浮いたままそこに留まり、それを足場にしている。

 そう。よくアルニが戦闘で使う魔法(・・)――


「―――『魔法師』……!」

「正・解♪」

 ぐ、と氷の足場から跳躍。

「トラクタルアース流―――遊宴ッ!!」

「だとしてもお前の攻撃は効かないの!」


 ガロの双剣が右から左から、上から下から、乱れ打ちのように絶え間なく剣技を繰り出す。

 それを魔王の翼が防ぎ、更に“残撃”を魔力へと分解。二人の間には大量の花びらが舞う。それを見てアイリスは気付く。精霊は純度の高い魔力を好む。ガロが魔力を消費せずとも精霊たちがこの場には密集している可能性が高い。

 精霊が多いということは、広範囲の高火力な魔法を使いやすくなるということ――!


「っ!」

空いてる片翼で花びらを振り払おうとするが、それよりも早くガロは口にする。

「燃え上がりなよ精霊たち! この天使ちゃんが遊んでくれるってさぁ!!」


 グォ―――――ォォオオオオオオオオオッ!!


 視界を埋め尽くす火が燃え上がる!

 周囲の花びらは焼け落ち、巨大赤い大蜘蛛針(ロートレチリック)にも燃え移る。火は触手をも消し炭にし、アイリスは早々にそれを乗り捨てると更なる上空へと飛び立つ。

 さすがの魔王でも、知覚も視覚も出来ない精霊に干渉は不可能だ。魔術のように破壊が出来ない。


「逃がさないぜ☆」

 ガロは宙に氷の足場を作り、それを踏み台にアイリスのいる場所へと登ってくる。

 人間は彼をバケモノと称するが、これほどとは。


「噂以上のバケモノなの、認めてあげる。……でも、言ったはずなの。ここはすでに私の“巣”も同然。狩り場であり餌場でもあるの。そしてお前はもう、餌なの」

 少女へ近づくための最後の足場へ右足が踏み込んだ瞬間、唐突にそれが消えた。

「へ―――」


「人も、魔の者も、この地に宿るすべての魔力も術式も、空間も時間も、私の糸で『接続』したの」

 アイリスが虚空へ手を伸ばし、何かを撫でるような仕草をする。それは目に見えぬほどの“銀糸”。アイリスの能力で生み出したそれは、花びらをカモフラージュにし周囲へまき散らしていたのだ。


『接続』により“銀糸”に触れる全てのモノに宿る“式”を干渉し、支配下に置いた。

 さすがに棲まう次元が違う精霊には無理でも、ガロ自身の魔力に干渉することは出来る。


「く――ははッ!! すげえ! マジすげえ! あはははははっ!」

 足場を失い体が落下してるにも関わらず、ガロはただ嬉しくて笑う。

 久しぶりの強敵だ。今まで隠していた魔法を使っても倒せない――むしろ負けた。負けたのだ。この俺が。バケモノと言われ続ける、この俺が。


「はははっ、あははっはははははっ!」

 面白くて仕方ない。面白くて面白くて。……あぁ、がまん、できない。


 ガロは落下の途中で近くにあった魔術生体の触手へ剣を突き立てる。地面まで落ちていないとは言え、かなりの高さだった。落下の衝撃に腕が悲鳴を上げるが、不思議と笑みは崩れない。


 もっと戦いたい。

 壊したい。

 もっと。もっと。もっと……!


 魔法が使えないなら空中戦は無理だ。彼女のあの翼を斬るしかない。魔力が使えないなら、使用可能な剣技も絞られる。

 だけど、出来る。魔王アイリスと戦う方法。勝つための剣技による連撃も予想出来る。

 ガロは触手に乗り、再び上へ登るべく頭上を見上げた――――刹那。



「トラクタルアース流―――」



 金色の瞳が紺色に戻り、その目に映るのは『天使』ではなく、鎧を纏う一人の『騎士』。


「――月下円閃(げっかせん)!!!!」


 落下の勢いと、体を回転させることによって更に運動エネルギーを加算させた、強力な一撃。まともに剣を合わせれば折られるだろうと、ガロは体を倒し触手から下りて逃げる。

 月下円閃(げっかせん)により、先程までガロが乗っていた触手が斬り落とされる。そして、騎士――ニア・フェルベルカの薄桃色の瞳が、複雑そうに彼女の師を見下ろしていた。


「脅し足りなかったかな?」

 サハディ帝国で首締めてまで忠告してやったのに、とガロは胸中で溜め息をこぼす。

 何にせよ戦いの邪魔をするなら。楽しみを奪うつもりなら。……殺すしかないよね?


「おっと、動けるようになったんだ?」

落下するガロを待っていたかのように、少し離れた触手からユグシルがすでに剣を構え――「亜空斬ッ!!」

 放たれた斬撃がガロへ迫る。しかし、それは右手の剣でいとも容易く払い退けた。

 魔力も勢いもない、しょぼい技だ。やはりユグシルは雑魚だ、と改めて認識したときだ。

「ぅ、お?」


足下の触手に着地したとき、何故か体がふらついた。そして、同時に――全身からぶしゃりと血が噴き出した。

「はぁ、はぁ……『残撃』をいくつも設置するのは、かなり消耗しますね……」

 滴る汗を拭いながらユグシルは血まみれのガロを見下ろす。


 彼がこの辺りに着地することを予測して、直前に虚空へ剣術を放っておいたのだ。途中ニアがガロを攻撃したのは、その着地ポイントから少しずれていたために修正してもらった。

ガロが魔王と戦ってる間に魔術生体が動きを止めてくれたおかげで、ニアへ協力を頼めたのがやはり強かったようだ。


「ふぅん……いいね。『残撃』の使い方は良い線ついてるよ。でもなぁ、ちょっと惜しいんだよねぇ。そこから追撃があれば完璧だったんだけど、」

「では私が追撃しましょう!」

 ガロを追って下りてきたニアが瞬時に距離を詰め、細剣と双剣がぶつかる!


「ニア、君は最近強くなってきたねぇ!」

「褒められて光栄です! ですが先生、かなり満身創痍のようですが?」

 ガチガチと剣身同士が噛み合い、鍔迫り合う。

「あははっ、戦争は最高だよね♪ いろんな人たちや、魔の者、果てには魔王とも戦えるんだから! 楽しくて痛みなんて忘れちゃうよ!」


「最高……? 楽しい、だと? 大勢の国民が、兵士が死んだというのに?……お前が、ライオットを殺したのに……?」

 ぞっとするような殺意に、ニアは背筋を震わせた。

「ユグシル、落ち着きなさい!」

「ふざけるな……ふざけるなよ、バケモノ。殺す。殺してやる」

 怒りに突き動かされるように、軽い魔力欠乏症でふらつく体を揺らしながら、ガロとニアの方へ近づいていく。


「ユグシルさぁ。君は弱いからもういいよ。つまんないしぃ? お笑いコンビの片割れを殺したのは悪いけど、そもそも俺の邪魔してくるからじゃ~ん?」

「~~~~っ黙れ!」


 衝動的に剣を振り回す。巻き込まれかけたニアは下がり、ガロもユグシルの攻撃を避けると、即反撃に切り返した。

「大人しくしてよ~。ライオットと同じように殺してあげるよ~?」

「くそっ、くそ、くそ、くそ、くそぉぉおお!!」

 ガロの反撃を打ち返すだけでやっとなユグシルは、涙を必死に堪えていた。

 弱い自分が悔しい。情けない。ライオットは信じてくれたのに。


「ユグシル!」

 ニアが二人の間に割り込もうとするが、ガロに邪魔されてうまく助けることが出来ない。


 ――ライオット。やっぱり俺には……

「っあ!?」

 触手から足を踏み外し、がくんと体が傾く。

 体勢が崩れ、ガロの剣が振り下ろされる。それをなんとか防ぐが、横合いからくる双剣の片割れが肉薄する!


「ユグシル――――ッ!」

 ニアの叫ぶ声が聞こえる。


 ……ライオット、お前は死ぬ直前に“天国”みたいだと言いましたね。確かに魔王が生み出した花びらはキラキラと煌めき、まるで夢の中にいるようだ。

 でも。

 バケモノがいて、魔王がいて、たくさんの“死”に塗れたこの世界は――どう見ても“地獄”じゃないか。


「そ、れでも……俺はっ」

 宙に投げ出された体から血が噴き出す。その大量の血しぶきは、一瞬でもガロの視界からユグシルを見失わせた。

 だから、彼が踏み外した触手の、その裏側に刺さっていた鞘から剣を引き抜いたことに、ガロは気付いていない。


 その鞘はガロが殺したライオットの物だということも。

 その鞘には武器回収という、剣を一定時間手放すと鞘に戻ってくる武器特性があるということも。


 ――ライオットは、ユグシルは一人でも強いと言ったが、そんなことはない。

 お前が、いつだって俺を支えてくれたから……!


「だあああぁぁぁああああああっ!!!」

 渾身の力で剣を投げた。

 剣先が真っ直ぐガロへ向かっていき、彼の左目から後頭部を貫く!


「は、」それを見届けたユグシルは意識を失ったまま地面へと落ちていく。ニアはガロの元へ駆け寄りかけ、首を横に振るとユグシルを追うように触手から降りた。


「―――――、」

 暫くして頭部を貫いたままの剣を引き抜くと、ガロの体は再びいくつもの“窓”が展開し、傷口がみるみる内に修復される。

「……まさかユグシルに一本とられるとは」

 普通の体(・・・・)だったら、死んでいただろう。危ない危ない……。


 本来ならユグシルをちゃんと殺しに行くなり、魔王と再戦しに行きたいところだが、傷が治ると言っても疲労感はとれない。特に短時間で致命傷を二回も負ったのだ。

 体が異常にダルい。このまま寝れそうだ。

 魔王の弱体化という任務が途中放棄になってしまうが、ここは退くしかないだろう。


「つーか、たぶんこれも……“あの女”は予想してたっぽいなぁ」

 枢機卿員第5位席。

 なんとなくここまでの展開で、ガロにも彼女の目的が見えてきた。


 これは全て布陣だ。敵対者を選別し、なおかつその能力や力量を見ることが出来る。更に――『勇者(・・)にする(・・・)人物を見定めるための。


 魔王と武神(おれ)は、そのダシに使われたということだ。

「はぁ……まだちょっと不完全燃焼気味だけど、まぁいいや。また魔王と戦わせてもらえるようにお願いしてこよっと」

 ふぁ~あ、と大きく欠伸をすると、ガロは戦場から離脱した。



***


「ちょっと補足」

魔王アイリスも言ってますが、ガロは別に不死身ではないです。ただ、脳みそ貫かれただけでは死なないだけです。

ちゃんと弱点もあるし、死にます。

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